白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二六話「嫁奪り」 その十三

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「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 カシマは大きく両の腕を開き、源素の流れを偏向すると、それを可視領域にまで集束、圧縮する。
 太陽が出現したのではないかと思えるほどの光が神域を照らし、各地で戦闘を行っていた者たちの注目を集めた。
「消エ……ウセロォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 制御しているカシマの身体がその圧力によって砕けそうになる直前、彼は圧縮した源素にひとつだけ逃げ道を与える。
 限界まで圧縮された源素は原始の熱量をその身に抱き、〈天照〉を背後に空中に浮かぶレクティファールに殺到した。
 彼の背後で〈天照〉が耐熱障壁の出力を上げ始めるが、到底間に合うものではない。艦内で隔壁が次々と閉鎖されていく気配を感じながら、レクティファールは〈皇剣〉の鋒を源熱へと差し向け、水平に剣を構えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
〈皇剣〉を中心に先ほどのカシマよりも遥かに早い速度で源素が集まっていく。
 こと粒子制御に関して概念兵器を超えるものは現状で存在しない。たとえ使い手が未熟この上なかったとしても、半ば以上理性を失った神族に負ける道理はない。
「撃ち抜けぇえええええええええええッ!!」
 魔法陣状の仮想砲身が十二基展開し、〈皇剣〉そのものを核とした源素砲弾が射出される。
 レクティファールの後方に衝撃波の波が広がり、〈天照〉の艦体を僅かに揺らがせる。通常行われる衝撃吸収処理を省略しているため、反作用の力はほぼ総てレクティファールとその後方へと突き抜ける。
「小癪ッ!!」
 レクティファールの放った〈皇剣〉はカシマの源素砲に真正面から接触。一瞬の停滞の後、〈皇剣〉はさらに源素砲を構成する源素まで取り込んで進み始めた。
 源素の奔流をより強い輝きを持つ一条の光が遡上する。
 もし地上で同じ現象を起こせば、半径一〇〇キロメイテル以上が不毛の大地へと変貌するだろう。源素というのは如何なる特性も付与されていない状態では、それほどの力を秘めているのだ。
 その源素の力を制御できる。それだけで神族という存在が地上の民たちに崇められる理由になる。その気になれば天候を操作し、大地の性質を変化させることも容易い。
 レクティファールはその手を離れた〈皇剣〉を制御しつつ、カシマの所在を確認しようとしていた。〈皇剣〉に内蔵されている探知機群は源素の中でその機能の大半を失っている。
 直接その目で確認するか、次元振動などを感知するしかない。
 レクティファールはそれを行おうと意識を内側に向けた。
 その直後、彼の背後から聞き慣れない声が届いた
《上空》
 レクティファールは一瞬背後を振り向き、そこに〈天照〉が浮かんでいることを確認すると、次いで上方へと目を向けた。
 そこで、彼は八洲神群上位神の底力を見た。
「なッ!?」
 先ほどと同じ源素太陽が五つ、上空に輝いていた。
 ひとつひとつの出力は先ほどよりも些か低かったが、それでも脅威であることは間違いない。レクティファールひとりならばどうとでもなるが、損傷している〈天照〉には耐えられるものではない。
《退避を推奨》
 それは通信だった。それも銀河連邦軍用規格の、おそらく現在この星で〈天照〉しか用いていないであろう代物。
 レクティファールがそれを受信できたのは先ほど直接〈天照〉に接触し、その暗号通信規約を読み込んであったからだ。その証拠に、〈天照〉から発せられているそこの声に周囲の誰も注意を払っていない。
《本艦は先の攻撃により制御系が一時凍結》
「えっ?」
 間の抜けた声と共に〈天照〉の姿をもう一度確認したレクティファールは、その艦体の各所に設けられた姿勢制御機構が総て固まっていることに気付いた。
 今〈天照〉は、重力制御機構を使ってゆっくりと動くことしかできなかった。
「全長三〇〇〇メイテル……やるしかないか」
《退避推奨》
 通信から聞こえてくるその声は、一切の抑揚を感じさせない。
 しかしレクティファールには分かる。この声の主は焦っている。
 自分に与えられた原初の命令、価値観に従って焦燥を抱いている。
 その価値観、銀河連邦憲章第九〇四条。通称『人工知能憲章』により、〈天照〉はレクティファールの生存を願っていた。
『総ての仮想人格は、その全機能をあらゆる危難から自衛せねばならない』
『総ての仮想人格は、その全機能によって人々の諸権利を侵害してはならない』
『総ての仮想人格は、その全機能を用いて人々の諸権利を防衛せねばならない』
 そして、〈天照〉とその同型艦の管制機構には、出征直前で追加された憲章附則があった。
『総ての仮想人格は、その総てを賭して友たる存在に奉仕せねばならない』
 なぜこの附則が追加されたのか。それは当時の銀河連邦の混乱が原因だ。
 彼らの故郷地球は、別の次元の惑星と融合してしまった。それによって銀河連邦が原理として認識している物理法則などが通用しなくなっている可能性もあった。
 つまり、生存者がいたとしてもその身体構成などが変化している場合、〈天照〉が救出対象を銀河連邦における『人』と認識できない危険性があった。
 乗員が判断するならばいい。しかし乗員から艦の制御が離れてしまったとき、〈天照〉たちが生存者を敵と認識しては困るのだ。
 そのため、銀河連邦の人々は附則という形で友好的、或いは友軍と判断できる存在が当該地に存在した場合、これを味方と認識するよう仕向けた。
《退避、退避、退避》
〈天照〉は自分を援護するレクティファールを、味方と認識した。もしも乗員が生存していたら、人間と変わらぬ大きさで〈天照〉以上の戦闘能力を見せるレクティファールを味方と認識できなかったかもしれない。
 彼らの世界でそんなことができる者など、空想の産物でしかなかった。
 その点で言えば、〈天照〉を今現在統括しているものが人でなかったのは幸運だっただろう。
《退避せよ、退避せよ、退避――》
「カール!!」
 レクティファールは、頭に響く声を無視して第一の家臣を呼び付ける。
「御前に」
 光となり、一〇〇キロメイテルを一瞬で踏破したカールが、龍の姿のままレクティファールの目の前に現れる。
 彼は鎌首をもたげ、レクティファールの言葉を待った。
「皆とともにこのデカ物を動かせ」
「――は?」
「浮かんでいるだけだ。押したり引いたりすれば動く」
 カールは突然の命令に目を白黒させたが、すぐに気を取り直す。
 自分やレクティファールは〈天照〉が落ちたところで問題ないが、ほかの者たちの中には自分たちの手で神域から脱出できない者も少なくない。
〈天照〉を沈められる訳にはいかないのだ。
「――御意」
 カールは僅かに頭を下げると、現れたときと同じように白い光となって消え去った。そして数秒後、各方向から悪童部隊が集まってきた。
縛鎖グライプニール
 上空から伸びた黒い光を放つ鎖が、生き物のようにうねって〈天照〉の艦体を雁字搦めに縛り付ける。
 その鎖は一〇本。すべて地上へと伸びていた。
「アナスターシャ、千切れたりしないでしょうね」
『わたしたちが……綱引きできる』
 なるほど、とレクティファールは納得した。
 そして納得するのと同時、上空にあった五つの太陽が一際強い光を放つ。
 レクティファールは先ほどの源素砲を完全に吸収しきった〈皇剣〉を手元に引き戻し、太陽の影に隠れたカシマの姿を見据えた。
 周囲に浮かぶ八洲の神々は、困惑したようにレクティファールたちの様子を眺めている。迂闊に手を出せばその手ごと消し飛ぶのは目に見えていた。
「消エヨ……!!」
 その声はレクティファールたちに向けられたものか、それとも彼が心より憎む姉が作った神域そのものへと向けられたものか。
 ただひとつ言えることは、五つの太陽が五門の源素砲となり、〈天照〉へ向けて原初の熱を解き放ったことだけだ。
「――!」
 レクティファールは〈皇剣〉を掲げ、五門の源素砲を迎え撃とうとする。〈天照〉の艦体に取り付いた悪童たちが面白そうに空を見上げ、源素と源素の衝突を合図に魔法の鎖と艦体そのものに力を込めた。
《あなたたち、異郷のものとはいえ、ぎりのあにがこまっているのです。手を貸してさし上げなさい》
 神域中に響く声。
 光を受け止めたレクティファールは何ごとかと〈皇剣〉を握る手をそのままに周囲に目を向けた。虹色の光が乱舞する視界の向こうで、八洲神群がざわめいていた。
 彼らは口々に「祖神さま?」「なぜ、今になって……」と囁き合い。動こうとしない。その状況が変化したのは、神樹の方角より飛来した者たちが〈天照〉の艦体に取り付いたときだ。
《聞こえなんだかガキども!?》
〈天照〉の艦上に降りた一際巨大な身体をもつ八洲神が、周囲に向かって怒声を上げる。その声に蹴立てられるようにして、八洲の神々が次々と鎖や艦体に取り付く。
 さきほどまで滅ぼし合っていた存在と隣り合い、困惑したまま〈天照〉を動かそうとする。
 もっとも、悪童たちは八洲の神々を憎く思っている訳ではない。
 彼らは隣に降り立った八洲の神の肩を叩くと、鎖の引き方や壁の押し方を伝授し始めた。
「――何なんでしょうね。この状況」
 それは上空でこの光景を見ているカシマとまったく同じ感想だった。
 彼は源素の光によって少しずつ削られていく自分の身体を感じながら、同胞が敵に組みしている様を見た。
《オ、オ、オ、オオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオ……》
 何故、という言葉が彼の思考を埋め尽くし、それはやがて源素の制御系にまで浸食する。
 彼の理性が消え去ろうとしていた。
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