白の皇国物語

白沢戌亥

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第五章:因果去来編

第五話「深き海の底から」その六

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 ロレンスは海上で起きていることを巨大潜航艦の兵員食堂で知った。
 むしろ、知らされた。
 食事中に彼を取り調べた士官がやって来て、壁の投影窓を操作、海上都市が次々と炎上、沈没していく写真を見せられたのだ。
「お前らがやったのか!?」
 ロレンスたち海虫の乗員の反応は当初それだった。
 アルトデステニア海軍の士官は基本的にものごとをすっぱりと分けて考える。ロレンスたちに祖国の情報を隠したとしても、何かの拍子にそれを知ってしまうかもしれない。
 ならば、さっさと真実を知らせてしまった方が良い。水中艦艇に不和は禁物だ。それが捕虜であったとしても、信頼関係の構築は不可欠だった。
「いいえ、我々ではありません。調査は進めていますが、まだ確定したことはなにもありませんので」
「被害はどれくらいだ!? 生き残りはどうなった!?」
 ロレンスとは別の海虫の乗員が、士官に詰め寄る。
「バスル、やめろ」
「でも船長! あそこにはおふくろが……足も悪いのに、あんな風に船ごとやられちまったら逃げられねえ!!」
「それでも黙ってろ。その兄ちゃんが街をぶっ壊したわけじゃねえんだからよ」
 ロレンスは努めて冷静に部下を窘めた。
 それは部下と同じように少しでも情報を欲している自分を抑え込むための儀式だった。
(俺は船長だ。冷静になれ。ここで暴れてコイツらまで失うわけにはいかねえんだ)
 彼らの祖国は船そのものだ。
 沈めば被害が大きくもなるが、同時に大海原を陸地ごと逃げることができるということもである。
 見せられた映像では各所で火の手が上がり、沈む船の姿もあったが、同じように四方八方へと逃げる船の航跡も確認できた。
 それに、ウルーシュの水軍はそれほど弱くはない。かつて自分が属していた組織故の贔屓かもしれないが、生まれた瞬間から船の上で暮らす者たちが水兵として弱いわけがない。
「あんたらはどうするんだ?」
「さて、本国次第でしょうね」
 士官はそれ以上の情報を出すつもりはないようだった。
 当然と言えば当然のことだ。この艦は皇国にとって最高の軍事機密だろう。その存在も居場所も、内包する戦力までもだ。
 迂闊なことをしてそれを曝け出すような真似をするわけがない。
「民間人を助けることもしないってか」
「要請を受けておりませんのでね。まあ、通信を傍受する限り、ウルーシュの他の藩王国から救援が向かっているそうで、脱出した船も追撃を受けている様子はありません」
 士官の返答に、海虫の乗員たちが安堵の声を上げる。
 彼らの家族がどうなっているかは分からないが、ひとまず生存者がまったくいないという最悪の事態だけは回避できた。
 ただ、それではなんの解決にもならない。
「どこの連中がうちを襲ったのか、分からないのか?」
 ウルーシュという国はかなり特殊な存在だ。
 珍しさでいえば、龍族の国である皇国と同等かもしれない。
「確かに俺たちは生まれながらの罪人だ。あの国で生まれちまったからには、多少なりと追われる覚悟はできてる。だが、そんなのはもう何百年も前の話だ。今じゃそこらの国と変わりゃしねえ」
 ウルーシュ海上船団王国は、およそ七百年前に誕生した。
 開祖はボートウィルという悪人だ。
 彼は今では存在しない小国の役人だったが、国の罪を横領し、一族諸共国外追放に処された。
 彼らは木造船に生活に必要な総てを詰め込み、海賊や凶暴な海獣、飢えや渇きと戦いながら少しずつ船の数を増やしていき、やがて同じような罪人や脛に傷持つ船乗りたちを糾合して一大船団となる。
 その頃には、彼らは商売人として様々なものを取り扱うようになっていた。
 もっとも大きな商品は“情報”で、海の上で様々な国の人々から手に入れた情報を組み合わせ、分析し、より精錬された情報に加工することで高値で売れる情報を作り出していた。
 それだけではない。
 彼らの船は街であり、様々な国の船が立ち寄る。本来ならば陸に持ち込むだけで法に触れるような品でも、ウルーシュの船の上ならば取引することができた。
 彼らの価値は高まり、やがてどの国もおいそれと手を出すことのできない人々として認められるに至る。
 そんな建国の歴史もあって、彼らは多くの国にとって必要不可欠であると同時に目の上の瘤でもあった。
 ロレンスたちウルーシュの船乗りはそれをよく知っており、他国で自分たちの身分を殊更明らかにするようなことをしない。
「そちらについては本国からはなにも。我々の任務に関わることではないという判断をされたのかもしれません」
 この艦がなんのためにここにいるのか、当然ロレンスたちは知らされていない。
 もしかしたら、目の前の士官も知らないのかもしれない。
 海軍に限らず、軍というのは風通しが悪いと決まっている。
 上が何を考えているかなど兵たちは知らず、兵たちがなにを思っているかなど雲上人たちは思いも寄らない。
「せめて、我らの家族がどうなったか調べてはもらえないだろうか? もちろん、我々の無事を伝えて欲しい訳ではない。だが、家族がどうなったかも分からず、ここでこうして過ごすのはあまりにも辛い……」
 半分は演技だったが、残りの半分は本心だった。
 少しでも外界との接触を持ちたいというロレンスの考えは、士官には通じたようだ。
「――わかりました。あなた方からの希望ということで上司に伝えましょう。ただ、結果までは保証できません」
「構わない。この艦がどれほど難しい任務に就いているのかは理解できるつもりだ。こうして希望を口にできるだけでどれほどの幸運か、分からない俺じゃない」
「それはなによりです。あなた方の扱いについては未だに協議中の部分が大きいですが、協力的であればあるほど、我々としても選べる選択肢が増えますので」
 それは脅しだっただろう。
 だが、ロレンスたちにとっては常に背後に張り付く死以外に選べる道があるだけましだ。限られた場所であっても艦の中を歩き、お互いに顔を合わせて食事を摂ることもできる。
「では、私はこれで。皆さんは所定の時間になったら各部屋に戻るようお願いします」
「わかった。そうしよう」
 ロレンスが請け負うと、士官は敬礼して食堂から出ていった。
 圧搾空気の漏れる音が自動扉の脇から漏れ、士官の姿がその向こうへ消える。
「――さあ、俺たちができることはここまでだ。あとは各々が信じる神に祈ってくれ」
 ロレンスは部下たちに向き直り、努めて明るく言った。
 故郷がどんな状況にあるのか、彼らが自分の手でそれを調べることはできない。
 しかし祈りだけはいつどこにいたとしても許されるはずだ。
(頼むぜ、いままで散々酒をくれてやっただろう)
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