白の皇国物語

白沢戌亥

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第五章:因果去来編

第六話「終末への標」その序

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 星々と大地の狭間に、一頭の龍がいる。
 蒼龍公の一族に属するアルバート・フィッツ・フォン・レヴィアタン空軍大尉だ。
 一族とはいっても、レヴィアタンを名乗れるぎりぎりもぎりぎりの血統で、泳ぐよりも飛ぶ方が性に合っているという有様だ。
 ただ、彼の生き様を否定するものは一族にはいない。彼が連枝の片隅にいるからという理由もあるだろうが、蒼龍公の一族は当代の皇王に対して格別の忠誠と敬意を抱いている。そんな敬愛すべき皇王が必要とするもののひとつが、アルバートの仕事だった。
「こちらブルーゲイザー〇一。目標上空に到達」
『こちら司令部。ブルーゲイザー〇一了解。観測を開始せよ』
「了解」
 アルバートが意識内で術式を起動すると、彼の背中と腹部に取り付けられた甲虫のような機器が展張を始める。
 後方へと長く伸びた探測線はアルバートの尾を易々と超え、彼の全長の一〇倍近い長さになってようやく伸長を止めた。
 この装備は最近になって新しく配備されたもので、これまでの観測機器よりもさらに詳細な情報を収集することができるようになっていた。
 龍の目でも豆粒にしか見えない対象でも、目の前にあるかのように観測できるというのだから、技術の進歩というものは恐ろしい。
(まあ、僕としては、逃げやすくなったという点だけで十分だけどね)
「高高度観測器郡展開。超空間通信接続」
『こちら司令部。超空間通信を接続した。情報連結確認。観測領域の情報収拾を開始した』
「ブルーゲイザー〇一了解。引き続き偵察飛行を続ける」
 この新型装備は、超空間通信でやりとりすることのできる情報を大きく増やし、少々の圧縮だけで受信施設に総ての情報を送り出せるようになっていた。
 これはすなわち、装備を持ち帰らなくても必要な情報を得られるということであり、偵察騎の安全を確保する上で大きな改善点だった。
(まあ、一基三〇〇〇万とか言ってたし、あんまり捨てて逃げたくないけど)
 アルバートは空軍でも珍しい、高高度戦術偵察騎のひとりだった。
 敵地上空を通過して目的の地点上空に居座り、本営が求める情報を得るのが彼らの仕事だ。
 当然、その役目は情報を得ることであり、そのためにはあらゆるものを犠牲にすることが求められている。その情報を得るために作った凄まじく高価な装備も例外ではない。
(ん?)
 アルバートは遙か下方に広がる海の上で、いくつもの光が瞬いている様を捉える。
 彼の目でさえこれほど多くの光が確認できるのだから、観測機器群が膨大な情報を得ているだろう。
(トラン大同盟平和維持海軍と、正体不明、姿も見えない謎の艦隊。銀貨小説か、ちっぽけな劇団の前衛芝居の光景だな……)
 皇国は姿の見えない艦隊について、いくつかの心当たりがあった。
 ただ、その正体を掴んだとしても、この戦争そのものは皇国に直接関わりのあるものではない。
 しかし、彼らが目的としている海底の『何か』は、世界全体の今後に大きな影響を与えるだろうと言われていた。
(ご当主様がお忙しそうにしている訳だ)
 一族の繋がりを通じて、アルバートのような末端の龍族でも中央の様子は知っている。アルバート自身は皇都で行われている政治的なやりとりにまったく興味はないが、彼の親やもう少し本家に近い人々は、常に聞き耳を立てている状態だった。
 そこから漏れ聞こえているのは、トラン大陸と暗黒大陸に挟まれた南アトラティカ海の海洋通商路が寸断されつつあること。
 それによって、統一帝國エリュシオンと戦っていた東トラン諸島の戦況が悪化しつつあることだ。
 東トラン諸島は、トラン大陸の玄関口であり、豊富な火山性魔導珠鉱脈を抱え込む要衝だ。
 島という大軍の展開に不向きな地形と、高度に要塞化された島々の存在。そしてトランが威信を賭けて投入した精鋭部隊によって、エリュシオン軍は東トラン諸島を突破できずにいた。
 その戦況が変わりつつあるというのだから、巡り巡って皇国への影響も無視できないという訳だ。
 もっともアルバートは今回の任務にそれ以上の意味を感じている。
(ここに僕がいるってのに、迎撃の兆候すらないんだものな)
 空を戦場とするのは、大国ではすでに当たり前になっている。
 しかし空といっても鳥が上れるような高度までであり、今アルバートがいるような星空との境界線にはまだ誰も手を伸ばしていない。
 ここに到達できる生物など、龍か、それに匹敵する幻想の種のみだろう。地上から離れすぎてしまうため神族でさえ、身体を保つことが難しくなるといわれているのだ。
(たぶん、僕の動きも観測対象なんだろうなぁ。『星天軍構想』ってやつだっけ)
 それはここ最近囁かれるようになった新たな軍の創設構想だった。
 主戦場は星空と言われており、噂を知った軍人の大半が首を傾げている。
 そんなところで戦う意味が果たしてあるのだろうか? 
 そもそも、そこに敵はいるのだろうか?
 彼らの疑問はそこに尽きる。
 ただ、アルバートはこの場所に到達した者のひとりとして、星空に軍勢を進めることの意味が僅かながら理解できた。
(ここを支配できるものが、たぶん世界を支配する)
 アルバートは漠然とそのようなことを考えていたが、実際に彼はそれを自分自身で証明する羽目になる。
 彼がその星天軍の一員として軌道強襲龍兵隊を率いるのは、それほど遠い未来ではないのだ。
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