白の皇国物語

白沢戌亥

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16巻

16-3

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◇ ◇ ◇


 苛烈かれつこうエーリケ・フォン・リンドヴルム。
 白銀の髪に父譲りのりの深い顔立ち。怜悧れいり双眸そうぼうは鋭く、それに見据えられた者は心臓を鷲掴わしづかみにされたような錯覚さっかくを抱いたという。
 そんな彼の名は、前半生は皇国の撃墜王げきついおうとして、後半生は白龍公として知られている。二代目白龍公カール・フォン・リンドヴルムの嫡子ちゃくしとして生まれ、皇国筆頭貴族であるリンドヴルム公爵家の後継としての教育を受けた。
 ただ、その気性は若年の頃のカールとよく似て自由奔放ほんぽうであり、酒と女と賭博とばくをこよなく愛する放蕩者ほうとうものであった。
 本人もそれを自覚しており、腹違いの妹が摂政せっしょうと婚約したと聞いたときは、諸手もろてたたいて喜んだという。これで自分がいなくとも公爵家は安泰であると――


「いや、めでたいことだわ。ただまあ、予想外だったのはウィリィアまでおんなじ男に引っ掛かったことかねえ」

 友人の招きによって久しぶりの皇都に現れたエーリケは、道を行き交う女性たちをそのすぐれた動体視力で観察、選別し、これはと思った女性には積極的に声を掛けていた。
 それが女性に対する礼儀であると心から信じ、もはや信仰にさえ近い。

「お嬢さん。この俺に少しだけ時間をいただけませんか?」

 皇国随一の美貌びぼうと言われる妹と同じように、エーリケもまた非常に整った顔立ちの持ち主である。
 しかもただ整っているだけではなく、出自と能力に裏打ちされた自信が全身からみなぎり、存在そのものに輝きを与えている。
 そんな人物に声を掛けられて平静を保てる者は、決して多くない。
 皇都に到着してから声をかけた女性はすでに二十名。うち八割から連絡先を入手し、三名とは近いうちに食事をする約束を取り付けていた。
 連絡先が記載された用箋ようせんふところに仕舞い込み、エーリケはようやく片付いた妹と妹のような女性について思考を巡らせる。
 このまま行き遅れるんじゃないかなあと、内心心配していたのだ。

「あの二人を同時に釣り上げるとは……なかなかやるな、義弟」

 エーリケの感覚で言えば、あの二人ほど面倒な性格をしている女は珍しい。
 片や龍族の女の中でも一等その気質を色濃く受け継ぐ妹。片やその妹に生涯を捧げ、龍族よりも龍族らしい性格の龍人族。

「うん、オレだったら絶対近づかねえな!」

 と、皇国貴族の中でも名うての伊達男だておとこが断言するのだから、ある程度彼女たちを知っている男たちの彼女たちに対する評価はして知るべしである。
 ともに並大抵の男では御することはできず、双方外見的にはエーリケの好みであるが、できれば一生関わり合いたくない潔癖けっぺきさを持っている。
 腹違いの妹であるメリエラは、趣味は女と言ってはばからないエーリケに会うたびに貴族の何たるかを説き、リンドヴルム公爵家の次期当主としての自覚を持つようにと迫った。

「怒ってる姿は、まあ、義母上に似てたな。怒ってる姿が一番似てるって言ったら、さすがにまずいだろうけどよ」

 真面目過ぎる妹に辟易へきえきしていた彼であるが、その愛情にかげりなどはない。
 世界で二人だけの兄妹だ。
 龍族である前妻を病で、自らの騎兵でもあった後妻を事故――と言うべきだろう――でうしなった父が新たに妻をめとるとはエーリケも考えていなかった。
 もし妻をめとるとしても、おそらく公爵位を後継に譲ってからになるだろう。そういったことは、貴族社会では珍しくない。これまでは立場上めとることができなかった相手であっても、隠居の身となれば話は変わってくる。
 そこまで考えたエーリケの脳裏に、ひとりの女性の姿が浮かび上がってくる。
 人を食ったような笑みを浮かべ、いつも自分をからかってくる人物だ。
 その名を、マリア・ヴィヴィ・レヴィアタンという。

「マリア様も、最近は義弟とは随分ずいぶん仲が良いというし、これはひょっとするとひょっとするかもしれんな」

 跡継ぎが戻り、公爵位の継承について摂政せっしょうからの許可が出たことも一因だろう。
 マリアは一度息子への公爵位継承を目前にしてそれを取り止めた過去がある。次こそは、と意気込んでいるのは誰の目にも明らかだった。
 自分の義弟となる人物に対する執着心が理由だとすると、これはなかなか面白いことになりそうだった。

「しかし、そう考えるとケルブも面倒な時期に帰ってきたもんだな」
「そうでもないぞ、エーリケ」

 誰にともなくつぶやいた言葉に、返答があった。
 エーリケはその声に振り返り、相手を確かめると満面の笑みを浮かべた。

「よう、ケルブ! 久しぶりだな!」
「そうだな、前に顔を合わせてからもう二十三年になるか」

 数十年など、龍族の寿命からすれば大した時間ではない。
 だが、一度は死んだと思っていた友人との再会は、まるで数百年ぶりに顔を合わせたかのような錯覚さっかくをエーリケに抱かせた。

(おいおい、やべえぞ。俺ちょっと泣きそう……!)

 エーリケは、自分がこれほどまでに涙もろいとは思っていなかった。
 何気なにげなく別れたあの日、ケルブが内心に抱いていた強い決意に気付けなかったことを、彼はずっと後悔していた。
 自分が手助けをすれば、もっと〝まし〟な結末を迎えることができたのではないかと思い続けた。
 正直なところ、あの日からエーリケは貴族というものをうらんでいた。
 愛する者と想いを交わすことさえ許されないこの国の道理をにくんだ。
 そしていつからか、彼はそうしたしがらみと関係のない異性ばかりに目を向けるようになった。――もっとも、女あさりは以前よりおこなっていたため、対象が変わったにすぎないが。
 さらに言えば、激しさも増した。
 父はエーリケに貴族の娘を何人も紹介したが、彼はそれをすべて拒否した。ケルブのようにはなるまいと思っていた。
 そんな息子の内心をおもんぱかり、カールもまた積極的に息子の相手を探そうとしなかった。時折思い出したように適当な娘を紹介したが、やはりというか、エーリケが受け入れるとは思っていなかったらしく、結局は別の男との間を取り持ち、すべての縁談を成功させていた。
 唯一の誤算と言えば、ケルブとの関係を知らないメリエラが、エーリケの行動を完全な趣味だと認識したことだろうか。
 とはいえ、最初は逃避も含まれていた派手な女あさりも、いつしか本心からの行動になっており、それを考慮すると、メリエラは先見せんけんめいがあったと言えるのかもしれない。

(妙に勘が鋭いからな、あいつ。――義弟、大丈夫かねぇ?)

 大丈夫ではない、とここにくだんの義弟がいれば真顔で答えたことだろう。
 だが、今彼の目の前にいたのは、義弟ではなく親友だった。

「変わってないな、ケルブ」
「君こそ、相変わらず趣味は女かい。昔はふざけ半分で、もっとつつましやかだったような気がしたが、今は随分ずいぶんと堂に入ったものだね」

 のどを鳴らすケルブの物言いに、エーリケは大口を開けて笑い出す。

「それくらいの楽しみは許してもらうさ。どうせ、親父は妹の子どもを後釜あとがまに据えるだろうしな」

 冗談じょうだん半分に口にした言葉だが、エーリケには存外悪くない案に思えた。大貴族の跡取りとして考えるなら、自分の子よりも妹の子の方が向いているだろう。
 自分の子どもが自分に似ない可能性もあるが、自分にはそのような子どもを育て上げる自信はなかった。

「お前はどう思う? 結構いい案だと思うんだが」
滅多めったなことは言うもんじゃない。カール様だって君には期待してるんだ」
「さてな。今の親父が一番期待しているのは、俺じゃなくて殿下さ。なんと言っても、俺さえ期待してるくらいだからな」
「あはは、殿下の名前を出されると、僕にはなにも言えないね。あの方には僕の生涯をすべて渡しても返しきれない恩があるんだ」
「そんな風に思うなら、少しは女の扱いでも教えてやるといい。誰かが教えないと、とんでもないことになるぜ、あれは」
「そうかな?」

 ケルブはそう言って首を傾げる。
 彼はレクティファールの性格について深くは理解していなかった。
 とりあえず善人であることと、善人であることを押し通す強さを持っていることだけ分かっていれば、彼としては十分だったのだ。

「そうさ。ま、その辺りも含めて話そうぜ」

 エーリケは鼻を鳴らし、あごをしゃくって手近な酒場を示した。

「まあね、母には存分に騒いでこいと言われたし」

 久方ぶりの友人との再会だ。マリアも息子に羽目はめを外す許可を与えたのだろう。

うらやましいね」

 そう言いつつ、エーリケは親友の妻の現状について考える。

(〈皇剣〉を使ってようやく復調のきざしが見えているってことだったし、やれやれ、どんだけろくでもない目にったのやら……)

 そこまで考え、エーリケは胸の中にむかむかとした不快感を覚え、思考の方向をねじ曲げた。たとえ思考の中でも、友人の妻を汚したくなかった。

「さて、行くか」

 もしも自分の身に同じ悲劇が降りかかったら――最近になって生涯の伴侶はんりょとして意識しはじめた教え子の姿を思い浮かべ、エーリケは頭を振った。
 そんな悲劇を起こさないために、自分は軍でひよっ子どもを鍛え続けているのだ。

「とりあえず、今日はこちらがおごらせてもらうよ」
「そいつはどうも」

 ケルブを伴い、酒場の扉をくぐる。
 エーリケは鼻を突く酒精しゅせいにおいに口の端を持ち上げた。


         ◇ ◇ ◇


 二人は酒場に入ると、厨房ちゅうぼうに面した席の隅に並んで座った。

「こうしてまた、ふたりで酒場に入ることができるとは思ってなかったよ」
「俺もさ。どっかに逃げるなら俺も誘ってくれれば良かったのによ」
「悪かったよ。友人を巻き込むのははばかられてね」
「そこで巻き込まない方が、友人としてどうなんだよ」
「それもそうか」

 相手がどう思っているかどうかは確認したことはないが、少なくともケルブはエーリケを無二の親友であると思っていた。だから、行くあてのない旅に巻き込みたくなかった。
 しかし、あのときエーリケに相談を持ちかけていれば、自分たちがあのような目にうことはなかったかもしれない。
 当時の決断が間違っていたとは思わないが、それだけが心残りだった。

「あー、一応聞いておくけどな。嫁さんの調子はどうだい。俺にできることがあれば、やれるだけのことはやるぞ」

 聞かない方が気を使わせると分かっているのだろう。
 エーリケは自分がどろを被る形でシヴェイラのことを口にした。
 友人の不器用な友情に感謝しつつ、ケルブは今日の妻の姿を思い浮かべる。

「うん、だいぶ良いよ。殿下が色々気を使ってくれてね。最近は僕の言葉に返事をするようになった。だからそうだね、今度は直接見舞いに来て欲しい」

 レクティファールがおこなっている治療ちりょうは、〈皇剣〉を用いて少しずつ、少しずつ、ありの歩くような速さでシヴェイラの精神と肉体を同調させるというものだ。
 肉体と精神の乖離かいりを修復するというのは、精神操作にけた夢魔族むまぞくの中でも長老格にしかできないことだ。しかも相手が龍族となると、夢魔族は手が出せない。精神の密度が違いすぎ、治療ちりょうのために同調したら最後、龍族の意識にみ込まれてしまうのだ。

「その辺りも含めると、僕は殿下にどれだけの恩があるのか、非常に悩みどころでね。暇があったら相談に乗ってほしい」
「そうか……。じゃあ、そっちの都合に合わせるから、今度連絡をくれ」
「ああ、悪いね」

 航空教導軍が常に多忙であることをケルブは知っていた。
 戦時なら最精鋭航空部隊として、平時ならば各部隊の仮想敵として、三軍の枠を飛び越えて各地に散っているのが彼らだ。
 創設以来、所属する者が一堂に会したことが一度もないと言われるほどに、航空教導軍は常に各地に人員を派遣している。
 だが、親友の気遣いを無駄にするようなことは言わない。下手な遠慮をするような仲ではなかった。

「でも、軍の再編ともなれば君も忙しいだろう」

 ケルブは妻の話を打ち切り、エーリケに水を向けた。
 たとえ快方に向かっているとしても、友人との語らいの話題としては、いささか血の臭いが強過ぎる。
 エーリケはケルブの意図を正確に読み取り、肩をすくめて杯をあおった。

「忙しいね。だがまあ、俺らが一時間相手をすれば教え子の寿命が一時間以上伸びると思ってるからな。これもお役目ってやつさ。俺たちが妥協だきょうしたせいで、俺よりも若い奴が落っこちたら寝覚めが悪い」

 レクティファールが主導する軍の再編は、陸、海、空、近衛――四軍すべてで行われている。
 近衛軍と下部軍である州軍は新規編成に近いが、その他の三軍は大きく組織を組み替えている最中だ。
 各地で毎日のように辞令が発布され、転地を命じられた部隊を詰め込んだ軍用列車が引っ切りなしに走っている。

「貴族軍がなくなった分、陸空はその穴埋めもしなくちゃならない。海軍だって、新たに設定された西域までの交易路を警備するために一個艦隊を増強する予定だとさ」

 エーリケはけらけらと笑いながら言っているが、もはやこの再編は一国の軍を新たに作り上げるに等しい大事業だった。
 戦勝直後だからこそできることなのは間違いない。生まれ変わるという言葉が相応ふさわしいほどに、軍は自らの形を変えつつあった。

「どこもかしこも忙しい。おかげで俺は花街はなまちにも行けやしない。どこに行っても最後のお楽しみって感じで若い兵が楽しんでてなあ。俺たち士官はおとなしく官舎に戻るしかないってわけさ」

 花街はなまちでの優先順位は、軍での階級や軍歴とはまったく逆になる。
 軍歴が短く、階級が低い者ほど優先され、年季の長い士官などは店からあぶれてしまうことも珍しくない。しかしそれを笑って済ませ、さらに部下の花代はなだいを持ってやることが一人前の士官としての作法とされた。

「戻れば書類が机の上に積んであって、朝までそいつらとお楽しみってこともあるな」
「いい先輩をやってるみたいじゃないか。君は昔から面倒見が良かったからね」

 愚痴ぐちを垂れ流すエーリケの肩をたたき、ケルブは苦笑を浮かべた。
 空を飛んでいるのが三度の飯よりも好きで、それと同じくらい女が好きというエーリケにしてみれば、事務のような空を飛ぶ以外の仕事が増えることは我慢ならないのかもしれない。

「そういうもんかね」
「そういうもんだよ。軍人が酒を飲んで忙しい忙しいと愚痴ぐちを言えるということは、その国は平和なんだ。そして君は、軍が暇であれば暇であるほど忙しくなる」

 平時では航空教導軍がもっともせわしなく働く部署だろう。訓練に多くの時間をくことができるからだ。

「そうは言ってもなあ。あっちこっち飛び回って休む暇もねえのもな」

 昨日までは、近衛軍の自動人形部隊を相手に訓練をおこなっていた。
 新たに編成された近衛軍の自動人形部隊は、やはり陸海軍のそれとくらべると練度が低い。元々存在した一個大隊の部隊でさえ、装備こそ一線級であったが、技量は半歩おとっていたのだ。
 これまでの近衛軍自動人形部隊の役割といえば、華やかに着飾って閲兵式えっぺいしきで一糸乱れぬ行進を見せることだった。それを果たすために、操縦技能はかなり高い水準にあったが、実際の戦闘となると一瞬判断が遅れてしまう。
 装備も技量も一線級。しかし経験がいちじるしく欠けているというのが、エーリケたちの見立てだった。
 しかし今後、近衛軍は皇王の剣として三軍に先んじて行動を起こすことになる。それに伴って自動人形部隊の役目も変わり、求められる性能も変わる。彼らは海軍の同部隊のように軽量高機動型でありながら、陸軍のように拠点防衛までこなさなくてはならない。先陣を切って敵地に橋頭堡きょうとうほを確保し、後続の部隊が到着するまで場を保持するのが役目だからだ。
 そして、その役目をになうためには、敵地で戦闘を行うまとまった兵力を海上輸送する輸送艦と、それを護衛する海上戦闘艦が不可欠であるし、護衛には航空戦力も必要だ。輸送する兵力が大きくなれば、空軍の戦力も融通する必要が出てくるだろうが、陸路で輸送するにしても、彼らの上空を守る自前の空の傘は欠かせない。
 そんな空の傘――近衛軍航空部隊の練成も、エーリケたちの仕事だった。

「無茶なんだよ、あの摂政せっしょう殿下」

 ああもう、と机に突っ伏し、エーリケはうなる。
 近衛軍の創設理由は理解できる。最初はなにを考えているのかと思ったが、少し考えれば非常に理にかなった部隊だった。
 短時間でまとまった兵力を望む場所に送り込むには、その兵力の展開に必要な要素を、最初から一つの戦力単位としてまとめて整備しておけばいい。
 あとは投入する場所によって何単位送り込むかという判断になり、戦力単位に合った計画を事前に立てておけば、戦闘計画も素早く立案することができる。
 もしも今、正規軍の三軍で同じことをやれと言われたら、同じ時間で投入できる戦力は近衛軍の半分にも満たないだろう。もっと少ない可能性もある。
 正規軍は、国内での活動を念頭に編成されている。軍を動かすのに十分な兵站へいたんと十分な情報を得られることが前提の軍なのだ。
 敵地に攻め込むことがあるにしても、それは敵から自国を守るための防衛攻勢でしかない。おのずとその作戦範囲は限定される。

「近衛軍だなんだと、結局は帝国に攻め込むためのもんだろうに。それなら最初から正規軍をそっち向きに改良しろよな」
「間に合わない、って考えたんだろうね」

 ケルブは酒肴しゅこうとして出されたたこの和え物を一口つまみ、嚥下えんかする。
 エーリケが自分をじろりとにらんでいることに気付きながら、しかしそれを真正面から受け止めることはしなかった。

「――んなこと俺だって分かってる」
「嫌な奴だな、分かってて文句を垂れるんだから」
「それも分かってるよ、畜生ちくしょうめ」

 通常の軍再編では間に合わない。
 そう結論を出したのは、カールを含めた有力諸侯と政府、そして軍だ。レクティファールが最終的な判断をくだしたとしても、そこに至るまでの過程に責めるべき点は見当たらない。
 だからこそ、このような場所で愚痴ぐちこぼすしかないのだ。
 もし本当に政府の方針に異議があるならば、エーリケはしかるべき経路で自らの意見を送ったことだろう。それをしていない時点で、彼も今の状況が仕方のないことだと分かっているのだった。

「帝国の現状を見れば、そう遠くない未来に我国と衝突するのは目に見えている。今の帝王は皇太子を指名していない上に高齢。有力な後継者候補はグロリエ皇女を除いて我国に対して強硬的と……」
摂政せっしょうと真正面からやりあったグロリエが一番穏健っていうのは、やっぱり才能かね。戦うことが好きだからこそ、できるだけ理想的な条件で戦いたいと思っている。そのためには、国内問題に押し出される形での戦いなんてもってのほかってことなんだろうけどさ」
「彼女がもう少し権力に興味があれば、我国もやりようがある。でも彼女はあくまで軍人としての立場を崩していない。他に有力な候補がいる状態なら、それはそれで美点だろうけどね」
「無い物ねだりってやつさ。世の中うまくいかないことだらけだ」

 過去をいしずえとして、冷静に相手を見定めることができるのは才能だ。
 負けた相手となれば、意固地いこじになることもあるだろう。色眼鏡で相手を見て、冷静な判断ができなくなる可能性もある。
 そういったことを考えると、皇国に対して『独立容認』という立場をとり始めたグロリエは、『戦狂姫せんきょうき』の異名に似合わずに思慮にけているのだろう。
 しむらくは、そんな彼女も帝王候補としては四番手に甘んじており、彼女自身が自らの立場を改善しようと思っていないことかもしれない。

「うちと戦っても傷ばかり深くなって得るものは少ないって、いい加減帝国の連中も分かってくれるといいんだけどな」
「分かってると思うよ。だけど、それでも退けないんだ」
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