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17巻
17-1
しおりを挟む嵐の夜。
破滅の嵐。
あの雨は生きとし生けるものの肉を喰らい、地に死を振り撒く。
世界が喰われていく。
私の世界が喰い荒らされていく。
私の過去、私の現在、私の未来が喰われていく。
なにもかも、すべて。
――――中央暦五五〇二年刊 ミリエル・ベル『黒色の空』序文
第一章 グラッツラーの姫たち
グラッツラー伯爵家には、数多の姫がいる。
それは、この家が外交によって国を成り立たせているひとつの証だった。
「エインセルは?」
現在伯爵家に残っている姫の中でもっとも年長である次女ライゼラが、妹たちを眺めながら三つ下の妹の所在を訊ねる。
「街に行くと」
それに答えたのは、エインセルのすぐ下の妹、アイリアだった。
「またあの子は……今は大変な時期だって分かっているでしょうに……」
ライゼラは溜息を吐くが、彼女と同じように憂鬱そうな表情を浮かべているのは、わずか二名だけだ。
この場にいる彼女の姉妹は十一人。しかも、全員がある程度分別が付いているはずの年齢だというのに、ライゼラの言葉の意味を理解できるのは、その二名だけなのだ。
「仕方がないわ、お姉様」
二名のうちのひとり、フォルナが衣裳の裾を整えつつ長椅子に腰を下ろすと、右手の人差し指を立てた。その仕草で、彼女が首から提げている、鎖付きの小さな眼鏡がかちゃりと鳴る。
「あの子はそういう風に育てられたもの。――あの子だけね」
「だからって、父上に文句を言うわけにもいかないわよ」
「あの……お姉様方? わたくしたちにも分かるようにお喋りしていただけると嬉しいのですけど」
ライゼラたちの会話に口を挟んできたのは、フォルナの双子の姉ディルナだ。
金に近い銀髪を持つフォルナに対し、ディルナは人目を引く輝かしい金の髪を持っている。彼女が動けば誰もがその仕草に注目せざるを得ない、そう言われるほどの容姿の持ち主だった。
しかし、それだけの姫だ。
「――そうね、ごめんなさい」
ライゼラは妹たちをもう一度見回す。
(お父さまの〝商品〟たち……こんな状況じゃあまり役に立てないわね)
伯爵家には多くの姫がいる。
政治や経済、司法、軍事に明るい者も、学問に通じ、研究者として将来を嘱望されている者も、舞踊の大家として各国に多くの出資者を持つ者も、あるいはただひたすらに男を立てることに長けた者や、まったく長所と呼べるものがない者もいる。
あらゆる場所に〝縁組み〟という取引をもって縁者を送り込むため、グラッツラー伯爵家は一族の者まで自らの養子として抱えることで多くの姫を揃えた。
権力者同士の婚姻など、必要な相手と縁を結ぶだけのものという認識が、世間の多くを占めている。しかしグラッツラー伯爵家は、相手が必要とする者を提供することで、可能な限りその縁を利用しようとした。
縁組みはしたものの、すぐに離縁となっては逆効果にもなりかねないから、彼らの方法はそれほど間違ったものではない。だが、じっくり双方の相性を確かめる皇国や、建前だけでも自由恋愛を掲げている民主国家群などのような余裕は、グラッツラーにはなかった。それでも彼ら小国は、常に中大国の意向に従いつつも、自分の要求を押し通す強かさが必要だった。
グラッツラー伯爵家はそのために、ありとあらゆる趣味嗜好に応えられる姫を作ったのだ。
優れた政治的助言者を求める家には、古今の帝王学と政治経済学を修めた者を。
社交界を優雅に泳ぎ、自家の名を高める者を望む家には、容姿に優れ、文化分野で多くの友人を持つ者を。
決して出しゃばらず、家中の取りまとめをする者を求める家には、家政に長け、しかし過剰な存在感を持たない者を。
武門に相応しい強さと気高さを持つ者を求める家には、各国へ軍事留学し、各国軍に伝手を持つ者を。
ただひたすらに美しい花を求める家には、中原一の美との評判を持つ者を。
多くの子を持つ母としての能力を求める家には、多産の血を引く者を。
なにも分からず、邪念を抱かず、夫のためだけに過ごす者を求める家には、他者へ笑みを向けることになによりの喜びを抱く者を。
グラッツラーは、そうして生きてきた。
軍事力を持たず、しかしあらゆる国にとって都合の良い国として生き抜く道を選んだ。
中立であるグラッツラーを介せば、あらゆる国との外交が可能になる――そんな評価を得るために。
「みんな、最近起きた問題は知っているかしら?」
ライゼラが問うと、半数の妹たちは首を傾げた。そして近くにいる姉妹と言葉を交わし、なにか知っているかと訊いている。
そして残りの半数のうち、ただ黙って笑みを浮かべている者が二名。彼女たちは事情を知っていても知らなくても、決して求められるまでは会話に入らないよう教育を受けている。
やはりというか、ライゼラの問いに明確な答えを持っているのは、先ほどの二名だけのようだった。
「アルトデステニアの皇都で、イペイラポス様が暴れた件、やはり大きな問題になっているのか?」
乗馬服に帯剣という、姫と呼ぶにはいささか物騒な出で立ちの四女ヘンリアが、事情を一番知っているらしい姉に問い返す。
ごく最近まで西域に軍事留学に出ていたため、彼女はまだ国内の状況に詳しくなかった。
「ええ、大問題よ」
ライゼラの返答に、姉妹たちがどよめく。
彼女たちはあまり多くの知識を与えられていないが、それでもまったくなにも知らないわけではない。愚かと無知はまったく別のものなのだ。
「でも、お父様たちがなんとかしてくださるのでしょう? お姉様たちも……」
姫たちの考えは、決して根拠のないものではない。
これまで国に危機が訪れたとき、伯爵家は自分たちと自分たちが作り上げてきた外交網を駆使して生き残ってきた。
だからこそ、伯都には様々な国の商人たちが訪れるし、政治の緩衝地帯として各国が頼りにしてきたのである。
しかし、今回に限ればそれも難しい。
すでに外交努力で状況を変化させられる段階ではないからだ。
「――分かりません。お父様たちは屋敷にも戻らず城で合議をしていますが、おそらくこれと言った妙案が出ることはないでしょう」
「なら、わたくしたちがなんとかすればよろしいのではありませんか?」
妹のひとりがそう口にすると、それに同意するように何人かが頷いた。
(たしかに今までならば、私たちのお力で少しはお役に立てた。だけど、今は……)
ライゼラは異国に嫁いだ姉からの手紙で、グラッツラーの置かれた状況が非常に悪いものであることを知らされた。
グラッツラーの行ったことは『異国の首都を奇襲』という外交的にも常識的にもありえない愚行だ。いくら皇国が事を荒立てないように最低限の非難で済ませたとしても、皇都には各国の大使館もあるし、商人たちもいる。イペイラポスの存在は各国に知れ渡り、それを崇めるグラッツラーの立場が悪くなるのは当然だった。
「それに、悪いのはイペイラポス様を連れ去った者たちではありませんか。わたしたちは被害者ですよ!」
「イペイラポス様が連れ去られた経緯については、皇国も見舞いの言葉を口にしたらしい。だが、それとこれとは別の話だ」
「でも……!」
ヘンリアと妹たちの言い争いを聞きながら、ライゼラは今後のグラッツラーの取るべき道について考えを巡らせる。
一番効果的なのは、グラッツラーと親交が深い各国に仲介を依頼することだ。諸外国から圧力を与えられれば、国際協調を重んじる皇国のことだ、少なくとも無反応ということはないだろう。
次善の策としては、単独で皇国に譲歩を強いるというものもある。これならば各国に借りを作ることはなく、従って今後の国政に嘴を挟まれることもない。
グラッツラーのような小国にとって、諸外国からの干渉は避けて通ることができないものだ。だからといって、それを無制限に受け入れることは不可能である。
どこかの国に利益を与えれば、別の国の利益を損なうことになる。利益と不利益の均衡をいかに維持するか、グラッツラーは外交において常にそうした努力を重ねてきた。
(でも……)
だが、今のグラッツラーはそれさえも難しい状況にある。
通常の軍事衝突は、双方に瑕疵がある場合がほとんどだ。他方、今回の騒動では、一方的にグラッツラー側に問題がある。
これでは諸外国からの圧力もあまり意味をなさないし、なによりもグラッツラーに力を貸そうという国が出てくる可能性はあまり高くない。
どう考えても分の悪い賭けだからだ。
各国もグラッツラーの価値は分かっている。しかしそれは皇国とことを構えるに見合うほどだろうか。
大国の怒りとは、中小国にとって災害のようなものだ。
何らかの準備をすることもできるし、そこから復興することもできる。だが、災害が荒れ狂っている間、彼らは身体を丸め、天に運を任せるしかない。
それが小国、相手を虐げるだけの力を持たない人々の生き方である。
実はこのとき、皇国と交渉していたのは、グラッツラーだけではなかった。
グラッツラーと協力関係にある幾つかの国が、皇国からの譲歩を引き出すべく必死の交渉を行っていた。
当代伯爵の妃の兄であり、隣国〈ベリューン大公国〉の大公だったヨハン・ウムナ・ライ・ベリューン。彼は、同じく伯爵家と縁戚関係にある人々を率いて、レクティファールと直接交渉をしている。
偶然にも外遊の最中に皇都で騒動に巻き込まれ、伯爵家たっての願いということもあって、レクティファールの説得に赴いたのだ。
だが、彼は予想以上の困難に直面することになる。
「交渉というのは、少なくとも卓の上では優雅であるものと私は思っていた。卓の下で足を蹴り合うことはあっても、目に見える場所で醜い争いをすることはないのだと」
彼と面会したレクティファールは、そんなごく初歩の外交的諧謔さえ次元の彼方に蹴り飛ばすような男だったのだ。
「我々はみな、交渉は卓の上の札遊びのようなものだと思っていた。暖炉で暖められた部屋で、飲み物と菓子を口にしながら、相手との妥協点を探るものだと思っていた。しかし、彼らは違った」
ヨハンの言葉を引用するならば、このときの皇国の交渉とは『部屋の外に広がる優美な庭園に幾重もの砲を並べ、彼らのいる暖かな部屋の隣室を吹き飛ばし、呆然とする人々をよそに札遊びの卓に座り、心からの笑みで札を請う』ようなものだったという。
卓をひっくり返すどころではない。交渉に参加している者たちを自分ごとまとめて始末することも辞さないという苛烈な姿勢に、ヨハンたちは皇国の怒りのほどを理解する。
彼らはそれをそのまま伯国側に伝え、伯国は自分たちが予想よりも遥かに厄介な状況に追い詰められていることを再認識した。
さらに同時期から、伯国と親交の深い各国が、暗に伯国側に譲歩を促す書簡を送ってくるようになる。
ベリューンから各国へともたらされた皇国の怒りは、これまでの国家間の友情さえ危うくさせるほどだったのだ。
「首都を攻撃されて怒りを抱かない国はない」
伯国への書簡には言葉こそ変えてあったが、概ねそのようなことが記されていた。
国の威信などもあるだろうが、なによりも皇都の多くの住人を巻き込んだことが問題となった。
かつて西方民主連合が皇国に攻め入ったとき、連合軍はどのような目に遭ったか。
レクティファールの率いる龍の軍勢に蹴散らされ、政権の基盤さえ危うくなるほどの打撃を受けたではないか。
伯国では政治を担う者たちが総出で、今回の騒動への対処を始めた。
「それで、皇国の皇王様はどのような者が好みなのでしょうか? やはり大国の王らしく、見目麗しい方? それとも朴訥とした方が意外と好かれるかも」
「見た目だけではだめなのではなくて? あの国は娼婦とて王になれる国ですもの、ただ見た目が良いだけの娘など、歯牙にも掛けないのではありませんか?」
「では、武に長けた娘?」
妹たちの視線を浴びながら、ある程度年齢が高く、武人肌で、嫁ぎ先の決まっていないヘンリアが咳払いをする。
レクティファールの話を聞いてから、そうした可能性については彼女自身も考えた。しかし可能性はあるとしても、自分が嫁いだところでそれほどの価値は見出されないだろうとも思っていた。
「――生憎だが、私以上の軍事教育を受けた方がすぐ近くにおられるよ。実質的に後宮を二分している勢力のうち一方の領袖は、現役の侍従武官だ」
「まあ、そうだったの。じゃあ、芸事に長けた方? ミューランさんとか」
次に名前が出たのは、姉妹の中でもっとも芸術的才覚に秀でた姫の名前だ。
多くの絵画を手掛け、舞台演出家としても嘱望されている。
「ミューランさん、まだお仕事からお戻りにならないの。やっぱり南洋の島は遠いのね」
「皇国の飛竜便ならあっという間よ。とても速いんだから!」
わいわいと好き勝手に話しはじめた妹たちを見て、ライゼラは溜息を吐いた。
あとで、話が通じる姉妹だけで話し合った方がいいだろう。
(でも意外と、あんな風に姦しいだけの女の方が、気に入ってもらえるかもしれないわね。きっと姫らしい姫なんて気にも留めないでしょうし)
彼女のその考えは半分当たり、半分外れていた。
レクティファールの下へ嫁ぐことになる姫は、彼女の考えていた『姫らしさのない姫』ではあったものの、彼女が想定していた妹の誰でもなかったのだ。
◇ ◇ ◇
鉄獣。
皇国鉄道の列車を示す言葉としてもっとも定着しているのは、おそらくその一語だろう。
これは皇国鉄道が開業した際に、それまで皇国の物流を担っていた馬車や竜車と比較して付けられたものだった。
鉄獣現る、という見出しとともに、魔導機関車が平原を走る写真が掲載され、人々は皇国に新たな時代が来たのだと認識した。
実際、鉄道の完成によって皇国内での物流の大半は彼らが担うようになり、馬車や竜車などは物資の集積地から村落や各個人の家まで運ぶために用いられるようになった。
やがてその役目も魔動車が引き継ぎ、馬車や竜車は儀礼用を除けば、今ではごく一部でしか使われていない。
まさに皇国の大動脈。国土を要塞化した皇国にとって、鉄道網は欠くべからざる存在である。
計画当初から軍用規格での建設が決まっており、現在でも主要路線の鉄路の保守点検は、軍が管轄している。鉄道の運営を担う『皇国鉄道株式会社』が保有するのは、民間向けの車輌や軍以外の駅施設あたりで、車輌基地などは軍が管理していた。運転手や車掌も軍人経験がある者が大半で、有事の際に円滑に軍と連携できるよう緊密な連絡が行われている。
ただし、軍用鉄道という区分であれば、皇国以外の国でも珍しいものではない。皇国に遅れること二〇年、現在のアルマダ帝国の前身である人間種国家共同体で鉄道網が整備されはじめた上、実は同時期には大陸各地で鉄道建設が活発化していた。
しかし皇国以外の国では、皇国ほど巨大な鉄道が作られることはなかった。
巨大な鉄道はその大きさに見合った輸送力を持つが、それ以上に多くの予算を必要とする。特に民間需要との兼ね合いが重要視され、皇国の鉄道をそのまま自国でも再現したい軍部と、可能な限り予算を縮小したい政府との間で議論が重ねられた国は多かったという。
それでも、最終的に皇国とまったく同規模の鉄路を整備できた国はなかった。
装甲車輌や自動人形を分解せずに輸送車ごと貨車に載せることができ、短時間での戦力展開が可能、さらには大型の装甲列車なども開発し、列車そのものを戦力化する――という各国軍の野望は完全に潰えた。
とてもではないが、各国の軍事予算では賄いきれなかったのだ。
だから、皇国は軍だけで鉄道すべてを管理運営していない。民間企業をかませることで、無理なく維持できている。
実は、皇国鉄道株式会社の保有する施設は、利益が見込めるものに限定されていた。鉄路や車輌の補修については、軍にある程度決まった委託金を支払う形なので、必要以上に予算が食われることはない。
金の掛かる部分をすべて軍に任せているからこそ、皇国鉄道株式会社は巨大商会として発展し続けられるのだろう。
では、それを押しつけられた軍は損ばかりかというと、そのようなことはない。
鉄路の補修は国防の要である鉄道を守るために不可欠なことで、これを民間に委託することは軍としては絶対に避けたい。他国では予算の縮小を名目にして真っ先に民間委託されるようなことでも、軍の機能を維持するために必要と判断されれば、軍の職掌となるのが皇国なのだ。
要塞として整備された国土を十全に機能させるのに、当然ながら鉄道網は欠かせない。
同じように、港湾事業や魔動車を用いた輸送についても、軍が管理している部分が存在しており、時折これを理由にして皇国を軍事独裁国家と呼ぶ者もいた。
もっとも、そう呼ばれたところで皇国の民は気にしない。
軍事偏重で、絶対権力者が国権を握っているのは事実だからだ。
それが自分たちの生活を守るために役立っているのならば、批判など気にする必要はない。
皇国鉄道にしても、乗客は自分たちが乗っている車輌が皇鉄――皇国鉄道株式会社の略称――に管理されているか、軍に管理されているかなど気にも留めない。
路線によっては軍が車輌を運行している区間もあり、せいぜい運転手と車掌の制服が少し違うくらいの認識でしかないだろう。
他方、皇国の鉄道は諸外国の観光客には人気がある。
大陸一の巨大鉄道で、長距離用編成などはひとつの街を内包していると言われるほど様々な施設が組み込まれている。
食堂車にはいくつもの店舗が軒を連ね、場合によっては散髪店や映画館、演劇場が入った車輌なども接続されることがあった。
しかし、それ以上に人気を集める列車がある。
軍用装甲列車の編成だ。
強固な装甲と砲を備えた戦闘車に、超重量級の車列をぐいぐいと牽引していく魔導動力車、走行する区間ごとに自動的に外装迷彩の模様を切り替える貨物車に、自動人形を寝かせた自動人形輸送車。
各国の旅行会社がこの車列を見るためだけの旅行計画を作り、それを売り出せば一日と経たずに定員いっぱいになるというのだから、人気のほども知れる。
そんな、皇国鉄道の中で特別な地位にある軍用装甲列車の中でも、さらに特殊な編成がある。
通称『御用列車』。
典雅な名前とは裏腹に、一編成で巡洋艦に匹敵する戦闘力を持つという超重武装装甲列車である。
皇王家の紋章を掲げる黒鉄の車列。皇国鉄道株式会社でもなく、軍でもなく、唯一近衛軍の管轄下に置かれる、おそらく大陸最強の列車だ。
その御用列車は今、西方に向かう軌条の上にあった。
「あっはっはっは――畜生ッ!!」
壁を思い切り蹴り上げ、しかしエーリケはすぐにその足を引っ込め、壁の前に屈み込んだ。
自分が乗っているのが皇族専用列車で、内装はどの部分であっても稀少素材の特注品で形作られていることを思い出したのだ。
乗り込んだ際に近衛軍の士官に聞かされた通りなら、予備の材料は用意されているだろうが、通常であれば修理に何ヶ月もかかる。
不可抗力でないかぎり、故意だろうが過失だろうが、空軍に補修費用の請求が回ってくることは避けようがないだろう。
そうなれば当然、彼は各方面から叱責される。
軍においては、生まれや血統など関係ないというのが不文律だ。
むしろカールなど、率先して彼の俸給を差し押さえに掛かるに違いない。
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