白の皇国物語

白沢戌亥

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17巻

17-2

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「あ――やっべ、へこんでるし」

 美しい木目を見せていた壁材に、靴先くつさきと同じ形のくぼみができている。
 くぼみのまわりにはひび割れがあり、一枚板を加工して作った壁材は、修理のためには壁の一面を丸ごと交換しなくてはならないだろう。

(しかもこいつ、アルフィウムひのきじゃね?)

 樹齢じゅれい千年を超えてようやく幼木と看做みなされるアルフィウムひのきは、樹齢じゅれいが五千年を超えたところでやっと加工材料として出荷される。その名の通り神樹しんじゅ都市アルフィウムのみで生育する特殊なひのきだ。
 加工されたあとでも生命活動を続け、大気中の魔素を吸収し、大気組成を変化させて環境を整える機能を持っているという。
 年間の産出量は両手の指で数えられる程度の本数しかなく、同じ重さの魔導銀よりも高価だと言われていた。ゆえに貴金属よりも貴重な木材と言われ、つい数年前に一枚物の長卓が競売に掛けられた際には、その競売史上もっとも高値が付いたらしい。
 そんな高価なアルフィウムひのきだが、初代皇王がアルフィウムに訪れた際に植樹したひのきの本数にちなんで、毎年三本が皇王家への献上品となり、様々な家具や御用車輌しゃりょうの内装などに使用されている。

(へっ、こいつは厄介やっかいだ……)

 エーリケの額に一筋の汗が浮かんで流れる。
 アルフィウムひのきの家具など、実家にもひとつかふたつしかない。それも大型の家具ではなく、ひとつは外套がいとう掛け、もうひとつはカールの持つ鉄筆てっぴつの外覆いである。

(確実に切れるぜ、あの親父)

 一瞬、どんな顔をして怒り狂うか楽しみたい衝動に駆られたが、自分の命と引き替えにするのはしい。なにが悲しくて、自分の父親の怒り顔と命を交換しなくてはならないのか。

(さて、どうやって誤魔化ごまかすかな)

 あのレクティファールのことだ、素直に謝ればあっさり許してくれるだろう。そしてレクティファールさえ許せば、妹も父親もそれ以上怒ることはあるまい。

(よし、そうしよう)

 エーリケは自分の命をレクティファールに預ける決断をくだし、近くにあった観葉植物のはちを移動させ、壁のへこみを隠す。
 様々な角度から植木鉢と壁を確かめ、エーリケは満足げにうなずいた。

「良し」
「良くない」
「おおうッ!?」

 飛び上がりそうな勢いで驚いたエーリケ。
 背後にいた人物がケルブであることを認めると、ほっと安堵あんどの息を漏らした。


「なんだ、ケルブか」
「なんだとはご挨拶あいさつだね。それはそれとして、壁の修理費は今月の君の給料から天引きしてもらうから。幸い僕らの寿命じゅみょうは長い、人の定年の十倍も働けばなんとか払いきれるさ」

 ケルブの淡々とした物言いに、エーリケはへらりと軽薄な笑みを浮かべる。
 しかし、彼の頭脳は何としてもこの場を切り抜けようと、思考を高速で回転させていた。
 空中戦の最中でも発揮はっきし得ないほどの高速回転だ。

「小さいことを気にすんなよ。もちろん修理はするさ。だけどな、今月はちょっと色々あって……」

 確かに色々あった。
 恋人に贈る婚約用の首飾りの支払いなどだ。

生憎あいにくだけど、僕がどうこう決めることじゃない。ここで隠してあとで皇府殿に知られるか、自分から『事故』として申告するか、どちらが得か分かるだろう?」
「きったねぇ」
「友人として忠告してるんだ。皇府殿だって鬼じゃあない。君が支払いに応じられない理由を話せば、割賦かっぷ払いにしてくれるかもしれない」

 鬼よりももっと怖いものだ、という事実は、双方とも口には出さない。
 他に誰もいないはずの場所で口にした言葉さえ、ルキーティには筒抜けだと考えるべきなのだ。それほどまでにあの妖精は恐ろしい。恐ろしいからこそ、誰からも尊敬を勝ち得ている。

「――分かった、あとで破損報告を書いておく」

 エーリケは観念することにした。なにを取りつくろっても仕方がない。軍にいるときのようにいい加減なことをすれば、目の前の友人にも迷惑が掛かってしまうだろう。

「それがいい、僕も貴重な友人の一大事をくだらないことでつまずかせたくない」

 ケルブのそれは本心からの言葉だった。
 彼がシヴェイラと結ばれたとき、様々な困難を引き受けて国からの出奔しゅっぽんを助けたのはエーリケだ。
 次は自分が友人を助ける番だ――そう思っていた。

「そういえば、殿下たちは?」
「あー……うん、殿下が二人を押し倒して――」
「な……!」

 それは不味まずい。ケルブの顔色が一気に変わる。
 ウィリィアだけなら問題ないが、メリエラは問題が大きすぎる。
 ケルブがあわてて走り出そうとしたのを見て、エーリケはその肩を掴んだ。真面目すぎると思っていた幼馴染おさななじみは、やはり真面目すぎるまま大人になったようだ。

冗談じょうだんだ、冗談じょうだん。殿下にそんな甲斐性かいしょう……じゃないか、積極性があれば、俺たちがこんな苦労するわけないだろうに」
「確かに……それもそうか」

 未来の義兄と義父にひどい評価をされているレクティファールであるが、現在、恋人二人の髪をいじっている最中である。レクティファールの中にある〈皇剣〉には、女性皇王の記録も残っているし、同じように皇妃たちの髪を結うことを趣味としていた男性皇王もいないわけではない。
 少なくとも初代皇王などはそうだった。

「二人に似合う理想の髪型を探すと息巻いてたな。マリア様に色々教わったらしい」
「――母上」

 ケルブは疲れたように壁に両手をつき、項垂うなだれる。
 こうやって効果的な援護をしてくれるだけなら、心から尊敬できる母なのだが――

「そういやマリア様、最近色んな髪型してたな。てっきり、昔を思い出して色々自分でやってるもんだと思ったが……殿下か」
「言うな、頼むから」
「おーう、俺だって言いたくないぜ。マリア様、あこがれたし」

 女性が自分の髪をゆだねるということが、それなりの信頼のあかしであることくらい、二人にも理解できている。
 マリアが自分の髪に自信を持ち、それゆえに信頼する髪結師かみゆいしにしか髪に触れさせないことも、二人は知っていた。

「何があるか分からんよなあ、人生って」
「だなあ。僕も国を出るときは、まさか摂政せっしょう殿下のおともとして他国行脚あんぎゃするとは思ってなかったよ」

 現実逃避といえばそれまでの、実りのない会話。
 互いに課せられた厄介やっかいな裏仕事を思い、二人は同時に溜息ためいきいた。

「やれやれ、皇府殿も余計な仕事を」
「全くだ」

 お互いの言っている仕事がまるで逆のものであると気付かぬまま、二人は目の前の友人を慰めるのだった。


         ◇ ◇ ◇


 ケルブたちがいる車輌しゃりょうの後方に、近衛軍の兵員輸送車輌しゃりょうがある。
 元々他国とは一線を画したような兵員輸送車を用いている皇国軍だが、近衛軍の兵員輸送車はさらに多くの改造が施されていた。
 御用列車に接続しても見劣りしないよう装飾された外装には、みがき上げられた近衛軍の紋章が輝き、反固定式の魔導探測儀にさえひとつのさびも浮いていない。
 御用列車とは国家の威信そのものであり、それに付随する軍勢もまた、国の武の象徴であるとの考えがあるからだ。
 そしてこの日、御用列車とともに移動している軍勢は、象徴に恥じないだけの実力を持つ集団だった。


「お疲れ様でーす」

 扉を開けると同時に、同僚たちに挨拶あいさつする。
 兵員待機室の各所から声が返ってくるが、あまり数は多くない。ほとんどの者は兵員食堂か鍛錬たんれん室にいるようだった。

「はあ」

 ルルリは更衣室に移動すると、腰の留め具を外して魔動式胸甲をゆるめ、肩口にある粒体自在管の接続を解除する。次いで肘上ひじうえまでを覆う籠手こてを外し、胸甲とともに自分に割り当てられた装備格納棚に並べる。

「は~~……」

 身軽になると、ようやく人心地つく。
 ルルリは何度目かの深呼吸を終え、簡易整備機能付きの棚にしっかりと収まった自分の鎧を見た。

あこがれ、だったんだけどなあ」

 金と銀で彩らいろどれた紋章は、それ自体が彼女たちを示すひとつの指標だ。低視認性を求めて地味な色合いになっている他の部隊の紋章とは違い、彼女たちの装備には敵から姿を隠すという概念がない。
 皇族のたてである彼女たちが戦う段になれば、視認性などすでに関係ないということだろう。むしろ、目立つだけ目立って皇族から敵の注意をらす目的さえあった。
 だからこそ、隠れ、だまし、あざむきが美徳とされる軍の中で、少しも身を隠そうとしない装甲乙女騎士団パンツァール・メイディス・オルデの紋章は、一部の戦う女性たちにとってあこがれの対象だった。
 求められるのは容姿と強さ。逆にいえば、そのふたつにさえ自負があるならば、皇王が生き様を認めてくれる。田舎いなか道場の娘として生まれたルルリにとって、装甲乙女騎士団は子どもの頃から望み続けた、自分の生き方を変えずに済む仕事のはずだ。
 そう、そのはずだったのだ。
 ルルリと乙女騎士の出会いは十年前。彼女が暮らす村にやってきた先代皇王の側妃の護衛が、乙女騎士だった。
 村に来た理由について、ルルリはあまりよく覚えていない。
 その側妃は刺繍ししゅうが趣味で、村で取れるかいこの糸を仕入れるために来たと大人たちが話していたような記憶が、おぼろげに残っているだけだ。
 側妃は半日程度で村を離れたため、歓迎の式典などはごく簡素だった。それでも前日は大人たちがせわしげに動き回り、子供たちもめずらしく汚れの少ない服を着せられ、できるだけ大人しい遊びをするように命じられた。
 ルルリは道場で大人たちの鍛錬たんれんながめたあと、村長の家の近くで乙女騎士と会った。
 村で唯一の水車小屋を管理するのが村長の仕事で、その水車のすぐ近くに綺麗きれいな鎧をまとった、鎧よりもはるかに美しい女性が立っていた。
 女性は周囲に気を配りながらも、決して気を張ってはいなかった。
 彼女たちは常に緊張をいられているが、それを周囲にき散らすことはいましめられていた。美しい騎士たちが鬼気きき迫る様子で警戒をしていると、側妃もその周囲にいる者たちも気が休まらない。
 それに、気迫で相手を追い払うならば、乙女騎士である必要はない。通常の兵士を部隊単位で派遣し、完全に周辺を制圧してしまえばいい。
 また、妃は国民の母である。
 母の前で子どもが不要な緊張をいられるなど、妃たちにとってこの上ない不名誉だ。
 ゆえに、乙女騎士は常に穏やかな気持ちを保ち、周囲をながめる。
 ルルリが出会ったのも、そんな騎士の姿だった。

(剣に手を置いているのに、少しも恐くなくて、それどころかわたしに手を振ってくれて、笑ってくれて、強くて優しくて、こんな人たちがいるんだって嬉しくなって……)

 以降、ルルリは乙女騎士を目指す。
 少しずつ乙女騎士がどんな存在か理解し、その目標の遠さに目眩めまいを感じたが、愚直に進み続けた。
 内乱の最中、国が滅びるかもしれないという恐怖と戦いつつ鍛錬たんれんを続け、軍学校の教官に配属希望を提出した。
 教官はあきれながらもルルリの希望通り、近衛軍の入営試験を受けられるよう手配してくれた。当時は近衛軍再編と時期が重なり、レクティファールという絶対的な指標もあって、同じように近衛軍を希望する者が多かった。
 ただ、装甲乙女騎士団の所属する第一特別護衛旅団については、新人からの配属希望がほとんどなかったという。誰もが希望する前にあきらめていたか、ある程度の実績を積んでからの方が有利だと判断したのだろう。
 ルルリも当初は、そうすればよかったと後悔した。
 乙女騎士の配属試験は他の部隊と異なり、実技試験がない。他部隊からの転属ならば実技試験が課せられるが、新人に対して実技に期待するところなどないということなのだろう。
 ルルリは二回の面接と、一度の身体検査だけを受けた。
 もしも希望が通らなければ、おそらく故郷に近い陸軍の部隊に一兵士として配属されていただろう。大半の兵士がそのような経歴の持ち主だったからだ。

(嬉しかったなあ、配属が決まったときは)

 軍学校に辞令が届いたとき、教官室は喝采かっさいに包まれた。
 誰もがルルリの希望が通るとは思っていなかったが、彼女の願いの強さも知っていた。
 駄目なときは次の機会を得られやすいよう、せめて皇都の近衛軍か、皇都防衛軍に配属されるよう手を尽くそう。教官たちはひそかにそんな風に思っていたほどだ。
 口さがない者たちは、乙女騎士を望むルルリを皇王の情けを狙う女と呼んだ。乙女騎士たちが皇王の愛人と呼ばれることを考えれば、そのような考えに至る者がいるのも仕方のないことだ。
 だが、少しでも彼女たちを理解している者は、そんな言葉をまったく気に留めない。気に留めること自体が、乙女騎士の名誉を汚すことだと知っているからだ。
 配属が決まったとき、実家に説明するのは大変だった。
 ルルリについては、故郷の両親が見合いの準備を進めており、軍学校の卒業と同時にそれを実行しようとさえ考えていたらしい。
 しかし、乙女騎士になるならそういった真似まねはできない。乙女騎士は文字通り〝乙女〟しかなれないのだ。
 乙女騎士になってから実家が見合いの席を用意するのならばいいだろうが、配属前の女性にそれをすることがどのように見えるか。
 皇王に対し、「お前はこの見合い相手以下だ」と宣言するようなものである。

あせったよねぇ。あのときは)

 教官たちがあわてて実家を説き伏せたから良かったものの、見合いをするので辞令を辞退する事態になれば、おそらく自分だけではなく教官たちの将来にも多大な影響を与えたことだろう。
 ともあれ、ルルリは無事に乙女騎士となった。
 希望とともに皇城へと登り、宿舎へと足を踏み入れたときの感動は忘れられない。
 だが、彼女の希望に満ちた日々は一日とたなかった。

(うう……こんなに大変だなんて聞いてないよ……)

 ルルリが配属された当時は、摂政せっしょうレクティファールの戦後改革の真っ最中だった。規模拡張のために多数の乙女騎士が配属されることになり、合格基準を超えた者の上澄うわずみをさらにもう一度選考するという、それ以前の選考方法をゆるめたとうわさされるほどだった。
 実際に、例年であれば合格できなかったであろう人物が含まれていたこともあり、そのうわさは一定の信憑性しんぴょうせいとともに流布るふしていた。
 ルルリも、配属された当初はそのうわさを信じていた。そうでなければ自分など合格できなかったはず、と思い込んでいた。
 しかし、うわさ所詮しょせんうわさであり、真実とは違う。
 人員を拡充するのは事実だったが、大半は近衛軍以外からの引き抜きであり、まったくの新人はルルリをはじめとしたほんの一部、人数からすれば二〇名程度でしかなかった。ルルリと同じ訓練班になった新人騎士も、黒龍公軍からの移籍者だった。


 宿舎で同室になった彼女は、ニーズヘッグ公爵家の分家筋出身を自称していた。その見事な黒髪を見る限り、出自に嘘はなさそうだったが、ルルリよりも高い身長からすると、ニーズヘッグ公爵家の嫡流ちゃくりゅうからはある程度離れていることもうかがえた。
 ニーズヘッグ公爵家の女子がみなほとんど変わらぬ姿をしていることは、ある程度の一般知識をわきまえた皇国の民ならば誰もが知っている。
 それを不思議と思う者がいないわけでもなかったが、そもそも龍族のなんたるかを知らない大多数の者たちにとっては、「ニーズヘッグ公爵家とはそういうもの」でしかなかったのだ。

「まあ、本家のことはわたしもよく分からないし、あなたも気にしなくていいわよ。今のところ、摂政せっしょう殿下に夢中で、他のひとには興味ないだろうし」

 ルルリはカティアという名前の、自分より随分ずいぶんと年上の同期とそこそこ仲良くなった。そして、雑談の中でカティアが公爵家を評したのは、その一度だけだった。
 おそらく彼女たちにとっても、ニーズヘッグ公爵家というのは理解しがたい存在なのだろう。分家筋といっても本家との繋がりはほとんどなく、そもそも分家がどこから始まったのかさえ分からないというのだ。
 しかし、カティアの血統は間違いなく皇国守護の一角だった。
 重力制御系魔法を手足のごとくあやつり、それを転用した近接格闘術を得意とする彼女に、ルルリは訓練中幾度いくども土の味を確かめさせられたものだ。
 地元では負け知らず、体格に恵まれた年長の男子さえ簡単にあしらってきた彼女にとって、装甲乙女騎士団は初めて経験する格上ばかりの環境だった。
 訓練では負けが込み、たまに拾う勝利も後が続かない。
 なにをどう間違って自分のような本当の意味での新人を騎士団に入れたのか、寝台の中で延々と悩む日々だった。

「ルルリ、お風呂空いてるわよ。早く入ったら?」
「あ、はい!」

 裸身に湯織り布一枚巻いただけの先輩騎士が、彼女の背後を通り過ぎながら声を掛ける。更衣室の奥には浴槽よくそうまで備えた浴室があり、彼女たちのために常に湯が張られている。

(これ、列車の中なんだよねえ)

 生体端子付きの鎧下を脱ぎ、洗濯用の籐籠とうかごに放り込む。
 すると、身体にまとわりついていた布と一緒に、少しだけ気分が軽くなった。

「よしっ」

 両のほおたたき、浴室へと向かう。
 自分に特別な力がないのは分かっている。ならばこれから作ればいいのだ。
 先祖代々伝わる武術は、ただ黙っているだけで強さを与えてくれるものではない。鍛錬たんれんを積み、身も心も高めることで、ようやく階のひとつを昇ることができる。

「ルルリ・ササ。入ります!」

 気合十分。
 彼女は力強く足を踏み出した。

「あえっ!?」

 そして、力強く足をすべらせ、中にいた先輩騎士たちが驚愕きょうがく眼差まなざしを向ける中で、彼女は盛大に素っ転ぶのだった。


         ◇ ◇ ◇


 皇国使節団の動きは、大陸安全保障会議参加国にとって注目のまとだった。
 御用列車で国境まで移動すると、そこから先は様々な乗り物を乗り継いでいく。
 当初は龍による移動が考案されたが、たとえ一頭でも龍は龍である。ほとんど戦闘能力がない飛竜にかごを抱えさせた旅客かごならともかく、建前上――使節団の構成員に龍族がいることはどの国も触れなかった。特定種族への批判は、場合によっては差別と受け止められてしまう――戦闘能力を持つ近衛軍の龍が領空へ侵入されるのを拒む国は多かった。
 無論、皇国側が押し切ることはできただろう。
 直前に首都への攻撃が行われたわけで、摂政せっしょう一行の安全を考えるなら空中を移動した方が危険は少ないのだ。
 何かあっても健翼の龍ならば逃げの一手で安全域まで飛べるだろうし、経路上にある国々にとっても気を張る時間は少ない方がいい。
 だから、彼らは皇国側が少しでも押してくれたなら龍の使用を認めるつもりでいた。
 友好国の実質的君主を危険にさらすわけにもいかないので、国民への説明もそう難しいことではない。自国と皇国の友情物語でも適当にでっち上げるだけで、あまりものを考えない国民なら目をらすことができるし、頭が回る国民相手には実利を説けばいい。
 少なくとも皇国側に彼らと敵対する意思はないのだから、無理に龍の使用を拒否する必要性はなかった。

「――だというのに、あの連中は……!!」

〈シェルミア共和国〉本土防空軍司令官フェレンツ中将は、ゆっくりと国土を移動する皇国使節団の姿に拳を震わせた。
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