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第三章
今日も明日も明後日も 002
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その日、アイリのもとに、白く美しい百合の花が届けられた。届けに来たのはラルク本人だ。
アイリはラルクを自室に案内すると、花束を受けとり、その中にあるメッセージカードと小箱に首をかしげる。
「ラルク、これは?」
「まあ、読んでみてよ」
「わかりましたわ」
頭にハテナマークを浮かべながら、小箱を花の中から取り出しメッセージカードを開く。
そこに書かれている内容に、アイリは顔を赤くしてラルクを見つめる。
「な、あ……」
「オレの気持ちはそこに書いてある通りだよ」
『愛してる。この世界の誰よりも』
そう書かれたメッセージカードはシンプルなものだったが、それだけにその言葉が胸に沁み込んでくる。
ラルクは、ソファに座らずに片膝をつき、小箱を手に取って、開いてアイリに見せる。その中には指輪が入っていた。
この国には結婚の際に指輪を贈るという風習はないが、それでもラルクはアイリに何かを贈りたかったのだ。
それがたまたま花束の中に仕込みやすいサイズの小箱に入る指輪であっただけだ。
「アイリ、結婚して欲しい。これは婚約者だからじゃなくて、オレ個人としての言葉だ。だからアイリも個人として考えてくれ」
「そんな、急に言われましても……困ってしまいますわ」
アイリは顔を真っ赤にしてオロオロとラルクを見つめる。
「と、とにかく立ち上がってくださいませ落ち着きませんわ」
「だめ。返事を聞くまでこのままでいるよ」
「まあ!意地の悪いことを言いますのねっ。私がこのまま部屋から出ていったらどうするつもりですの?」
「困るけど、アイリはそんなことしないだろう?」
「それは…できませんけれども…だからって…」
アイリはどうしたものかと考えはするが、いい案が全く思い浮かばない。まずラルクの姿勢をどうにかして欲しいのだが、本人は一切変える気はないようだ。
「レティカ様の真似じゃないけど、これでちょっとはオレの事、意識してくれるだろう?」
「そんな事のためにこんなことをしておりますの?」
「そんな事じゃないよ、重要な事だよ」
ラルクはあくまでも真剣な表情でアイリに向かって言う。アイリは思わずと言った感じに一歩引きさがってしまい、トン、と足がテーブルに当たってしまった。
逃げ場がない、そう思ったアイリは頭が真っ白になってしまい、思わず目をつぶってしまう。
誰かに助けて欲しい、とそう思ったのに、浮かんでくるのは困らせてくるラルク本人の顔だった。
「……困りましたわ」
「そんなに困らせちゃってる?」
「ええ、だってこういう時は以前はターニャの顔が浮かんでいましたのよ。なのに、今はラルクの顔が浮かんでしまいますの。助けてって思った時に、私を困らせてくる張本人の顔が浮かんできたのでは本末転倒ではありませんか」
「あはは、それは嬉しいな。少なくとも今はターニャよりもオレの方が頼られてるってことだ」
「嬉しくありませんわよ。私が愛しているのはターニャなんですのよ」
「じゃあオレのことは?」
「好きですわ」
「異性として?」
「……多分」
自身がなさそうに言うアイリにラルクはさらに踏み込む。
「愛してくれる可能性はありそう?」
「そんなのわかりませんわ。だって、今日いきなり愛してるなんて言われて、どうしていいのかわかりませんもの」
「じゃあ、愛して欲しい」
「っ!」
「オレはアイリを愛していくよ。今日も明日も明後日も、この先ずっと命が尽きるその瞬間まで」
「私はっ、ターニャが大切で、愛していて……ターニャが居なければきっと今の私はいませんでしたもの、大切な存在なんですの。だから簡単に愛している対象を変えるなんて無理ですわ」
「変えなくていいよ。アイリ、アイリはそのままターニャを愛してくれればいい。その代わり、別のところでオレを愛して欲しい」
「別のところで?」
「そう。愛って一つだけじゃないだろう?だから、ターニャに向ける愛とは違う愛をオレに向けてくれればそれでいいんだ」
「難しいことをおっしゃいますのね」
「うん、でもいつかでいいから。この指輪はその約束の指輪だよ」
ラルクはそう言うと、小箱から指輪を取ると、アイリの左手の薬指にはめる。この国でこの指に指輪をはめるのは約束をしているときにのみだ。
「俺もはめるよ。今日も明日も明後日も、命が尽きるその時までアイリを愛するっていう約束を守るために」
「ラルク……。私はどうすればいいのでしょうか?」
「それをオレに聞いちゃう?」
「だって、困ったときに浮かんだ顔がラルクなんですもの」
アイリの困った顔に、ラルクは苦笑して、指輪をはめた指にキスをする。
「オレを愛して」
「難しいですわ。でも、いつかはラルクを愛せるように努力しますわ」
「うん。俺もアイリに愛してもらえるように努力する」
「ラルク、約束してくださいますか?」
「なにかな?」
「今日も明日も明後日も、私を想ってくださると」
「もちろんだよ。愛してるよ、アイリ」
「私も……きっとラルクを愛しているのだと思いますわ。まだほのかなものですけれども、この想いを一緒に育てていってくださいますか?」
「もちろんだよ」
ラルクはそこで立ち上がってアイリを抱きしめると、頭のてっぺんにキスをする。
幼少期の栄養不足のせいでアイリの身長が低いからこそできるのだということもあるが、ラルクが伸び盛りだからでもある。
「明日早速ターニャに報告しないといけませんわね」
「あはは、それでオレはターニャに睨まれるわけだ。まあ、構わないけどね、そんなことでアイリの愛を手に入れられるんだったら」
「ラルクも物好きですわよね。私ってば相当面倒な女ですわよ」
「知ってる」
「女侯爵ですし、いずれは公爵にもなりますわ」
「知ってる」
「こう見えて嫉妬深いんですのよ。もしラルクが他に目移りなんかしたら、嫉妬で何をしでかすかわかりませんわよ」
「それは怖いな」
「それに、もう愛人を作ることが決定している不誠実者なんですのよ」
「よく知ってるよ」
「それからそれから……愛されることにはなれていませんので、どうしていいのか、わかりませんのよ」
「ありのままでいいよ。足りない部分はオレが補っていくから、二人でゆっくり歩いて行こう」
「……はい」
アイリはラルクの背中に手を伸ばして抱き合う。
「ねえラルク。私はずっとメイリンが羨ましくて仕方がなかったのですわ」
「そうだね」
「けれども結局、私は望んだものを手に入れて、メイリンは望んだものを失いましたわね」
「そうだね」
「未だにメイリンのことは私の中でシコリとして残っておりますけれどもそれでも、こう思いますの。メイリンとは、私は妹とは違うのですわって。だって私はこうして幸せになれているんですもの」
「アイリが幸せならそれでいいよ」
ふふ、とアイリが笑い、ラルクもクスリと笑った。
ーFIN-
アイリはラルクを自室に案内すると、花束を受けとり、その中にあるメッセージカードと小箱に首をかしげる。
「ラルク、これは?」
「まあ、読んでみてよ」
「わかりましたわ」
頭にハテナマークを浮かべながら、小箱を花の中から取り出しメッセージカードを開く。
そこに書かれている内容に、アイリは顔を赤くしてラルクを見つめる。
「な、あ……」
「オレの気持ちはそこに書いてある通りだよ」
『愛してる。この世界の誰よりも』
そう書かれたメッセージカードはシンプルなものだったが、それだけにその言葉が胸に沁み込んでくる。
ラルクは、ソファに座らずに片膝をつき、小箱を手に取って、開いてアイリに見せる。その中には指輪が入っていた。
この国には結婚の際に指輪を贈るという風習はないが、それでもラルクはアイリに何かを贈りたかったのだ。
それがたまたま花束の中に仕込みやすいサイズの小箱に入る指輪であっただけだ。
「アイリ、結婚して欲しい。これは婚約者だからじゃなくて、オレ個人としての言葉だ。だからアイリも個人として考えてくれ」
「そんな、急に言われましても……困ってしまいますわ」
アイリは顔を真っ赤にしてオロオロとラルクを見つめる。
「と、とにかく立ち上がってくださいませ落ち着きませんわ」
「だめ。返事を聞くまでこのままでいるよ」
「まあ!意地の悪いことを言いますのねっ。私がこのまま部屋から出ていったらどうするつもりですの?」
「困るけど、アイリはそんなことしないだろう?」
「それは…できませんけれども…だからって…」
アイリはどうしたものかと考えはするが、いい案が全く思い浮かばない。まずラルクの姿勢をどうにかして欲しいのだが、本人は一切変える気はないようだ。
「レティカ様の真似じゃないけど、これでちょっとはオレの事、意識してくれるだろう?」
「そんな事のためにこんなことをしておりますの?」
「そんな事じゃないよ、重要な事だよ」
ラルクはあくまでも真剣な表情でアイリに向かって言う。アイリは思わずと言った感じに一歩引きさがってしまい、トン、と足がテーブルに当たってしまった。
逃げ場がない、そう思ったアイリは頭が真っ白になってしまい、思わず目をつぶってしまう。
誰かに助けて欲しい、とそう思ったのに、浮かんでくるのは困らせてくるラルク本人の顔だった。
「……困りましたわ」
「そんなに困らせちゃってる?」
「ええ、だってこういう時は以前はターニャの顔が浮かんでいましたのよ。なのに、今はラルクの顔が浮かんでしまいますの。助けてって思った時に、私を困らせてくる張本人の顔が浮かんできたのでは本末転倒ではありませんか」
「あはは、それは嬉しいな。少なくとも今はターニャよりもオレの方が頼られてるってことだ」
「嬉しくありませんわよ。私が愛しているのはターニャなんですのよ」
「じゃあオレのことは?」
「好きですわ」
「異性として?」
「……多分」
自身がなさそうに言うアイリにラルクはさらに踏み込む。
「愛してくれる可能性はありそう?」
「そんなのわかりませんわ。だって、今日いきなり愛してるなんて言われて、どうしていいのかわかりませんもの」
「じゃあ、愛して欲しい」
「っ!」
「オレはアイリを愛していくよ。今日も明日も明後日も、この先ずっと命が尽きるその瞬間まで」
「私はっ、ターニャが大切で、愛していて……ターニャが居なければきっと今の私はいませんでしたもの、大切な存在なんですの。だから簡単に愛している対象を変えるなんて無理ですわ」
「変えなくていいよ。アイリ、アイリはそのままターニャを愛してくれればいい。その代わり、別のところでオレを愛して欲しい」
「別のところで?」
「そう。愛って一つだけじゃないだろう?だから、ターニャに向ける愛とは違う愛をオレに向けてくれればそれでいいんだ」
「難しいことをおっしゃいますのね」
「うん、でもいつかでいいから。この指輪はその約束の指輪だよ」
ラルクはそう言うと、小箱から指輪を取ると、アイリの左手の薬指にはめる。この国でこの指に指輪をはめるのは約束をしているときにのみだ。
「俺もはめるよ。今日も明日も明後日も、命が尽きるその時までアイリを愛するっていう約束を守るために」
「ラルク……。私はどうすればいいのでしょうか?」
「それをオレに聞いちゃう?」
「だって、困ったときに浮かんだ顔がラルクなんですもの」
アイリの困った顔に、ラルクは苦笑して、指輪をはめた指にキスをする。
「オレを愛して」
「難しいですわ。でも、いつかはラルクを愛せるように努力しますわ」
「うん。俺もアイリに愛してもらえるように努力する」
「ラルク、約束してくださいますか?」
「なにかな?」
「今日も明日も明後日も、私を想ってくださると」
「もちろんだよ。愛してるよ、アイリ」
「私も……きっとラルクを愛しているのだと思いますわ。まだほのかなものですけれども、この想いを一緒に育てていってくださいますか?」
「もちろんだよ」
ラルクはそこで立ち上がってアイリを抱きしめると、頭のてっぺんにキスをする。
幼少期の栄養不足のせいでアイリの身長が低いからこそできるのだということもあるが、ラルクが伸び盛りだからでもある。
「明日早速ターニャに報告しないといけませんわね」
「あはは、それでオレはターニャに睨まれるわけだ。まあ、構わないけどね、そんなことでアイリの愛を手に入れられるんだったら」
「ラルクも物好きですわよね。私ってば相当面倒な女ですわよ」
「知ってる」
「女侯爵ですし、いずれは公爵にもなりますわ」
「知ってる」
「こう見えて嫉妬深いんですのよ。もしラルクが他に目移りなんかしたら、嫉妬で何をしでかすかわかりませんわよ」
「それは怖いな」
「それに、もう愛人を作ることが決定している不誠実者なんですのよ」
「よく知ってるよ」
「それからそれから……愛されることにはなれていませんので、どうしていいのか、わかりませんのよ」
「ありのままでいいよ。足りない部分はオレが補っていくから、二人でゆっくり歩いて行こう」
「……はい」
アイリはラルクの背中に手を伸ばして抱き合う。
「ねえラルク。私はずっとメイリンが羨ましくて仕方がなかったのですわ」
「そうだね」
「けれども結局、私は望んだものを手に入れて、メイリンは望んだものを失いましたわね」
「そうだね」
「未だにメイリンのことは私の中でシコリとして残っておりますけれどもそれでも、こう思いますの。メイリンとは、私は妹とは違うのですわって。だって私はこうして幸せになれているんですもの」
「アイリが幸せならそれでいいよ」
ふふ、とアイリが笑い、ラルクもクスリと笑った。
ーFIN-
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