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グリニャック聖女編

023 私の婚約者

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 グリニャック様が聖女となった翌日の夜、私は虹色の雲の上にいる夢を見た。

「え、ハレック?」
「トロレイヴ? 夢でまでお前と会いたくはないんだがな」
「それはこっちのセリフ。っていうか、ここどこ?」
「さあな?」

 トロレイヴとそう言って首を傾げていると、目の前にいつの間にか、ハニーブロンドの髪と金色の瞳を持った、神々しい人が立っていた。

『よくぞ参った、トロレイヴ、ハレック』
「貴方は?」
『私はこの世界の神だ』
「グリニャック様に啓示を与えたっていう神様ですか?」
『うむ』

 なんで私達の前に神様が居るんだ? それにしても、後光が差しているし、流石は神様だな、見ているだけで威圧感を感じて膝をつきそうになってしまう。
 いや、ここは膝をつくべきなんだろうか?

「私達に何か御用なのでしょうか?」
『それなのだが、そなたたちにはグリニャックの間違った嗜好を正して欲しいのだ』
「「は?」」
『実は、グリニャックは自分がお前達に愛されてはいないと思っている。そして、お前達が互いに愛し合っていると勘違いしているのだ』
「「はぁ!?」」

 何故そんな誤解を?
 いや、確かにそういった事を考えることを趣味とした貴婦人がいるとは聞いたことがあるが、聖女にまでなったグリニャック様に限ってそんなはずはないだろう。

『信じがたい事だが、事実なのだ。私は聖女となったグリニャックには幸せな生を送ってほしいと思って居る。その為には、そなた達の愛がちゃんと自分に向けられていると自覚すべきなのだと思っておる』
「でも、どうやって?」
『素直にお前達の愛をグリニャックに伝えればよい。私が見たところ、お前達はグリニャックに普段愛の気持ちを伝えてはいないだろう』
「それは、そうですが……」

 まあ、確かにグリニャック様からはよく好きだと言われていたが、こっちから好きだ、愛していると言った覚えはほとんどないな。
 婚約者としてこれはいけないな。

『とにかく、グリニャックの嗜好を正すのはお前達だけだ、頼んだぞ』
「分かりました神様。僕達の愛をグリニャック様に伝えて見せます」
『うむ、まずはそなた達の夢を繋いでやろう。そこで愛を伝えるのだ』
「ありがとうございます、神様。私達は必ずグリニャック様に愛を伝えます」
『頼んだぞ』

 そう言って神様が消えると、虹色の雲の場所から、今度は飴色の雲の上に立っていた。服も先ほどまでの寝着ではなく、タキシード姿になっている。
 そして手には黒薔薇の花束……、神様からの手助けだろうか?
 私とトロレイヴが飴色の雲の上で、どうしたらいいのかと途方に暮れていると、不意に白いドレスを纏ったグリニャック様が現れた。
 早速と言わんばかりに、グリニャック様の前に膝をつくと、私とトロレイヴは口を開く。

「グリニャック様、愛しているよ」
「私も、グリニャック様を愛している」

 私達の言葉に、グリニャック様は戸惑っている様子だ。
 やはり、神様の言う様に、私とトロレイヴが男色の仲にあると勘違いしているのだろうか?

『お二人は、お互いの事を愛し合っているのでございましょう? わたくしの事等お気になさらずにいて下さって結構ですよ』

 ああ、やはり誤解しているのか。
 私とトロレイヴは必死でグリニャック様を説得する。
 どれほど愛しているかを伝えていけば、グリニャック様の頬は赤くなっていく。
 黒薔薇の花束はちゃんと受け取ってくれた。
 その後も、必死でグリニャック様を説得していく。思い込みも大概にしなければ呆れてしまうと言ったら、それは困ると言って慌てている。
 けれども、グリニャック様は私達を見て何か別の事を考えているのか、目が泳いでいる。

「グリニャック様、またなにか変な事考えてる?」
『そ、そんなことありませんわ』
「怪しいな。グリニャック様は私達の想いをまだ信じてくれてはいないようだ」
『えっと……』

 困った様子のグリニャック様の手を取って、その指先にキスをする。
 グリニャック様の顔がさらに赤くなった。
 慌てたように私達に、私達が本当にグリニャック様を愛しているのかと聞いて来たので、トロレイヴと共に即答して肯定する。
 真っ赤なグリニャック様は、普段の凛とした佇まいからは想像できないぐらいに可愛らしい。

「グリニャック様、かわいい」
「ああ、駄目だ。我慢できそうにない」
「僕も」

 そう言って私達はグリニャック様を引き寄せると、熟れた果実のように赤い頬にキスをした。

『い、いきなりは、卑怯ですわ。心の準備が出来ませんもの』
「だって、宣言しちゃったら逃げちゃいそうだったから」
「そうだな、グリニャック様には多少荒療治が必要なようだしな」
『そんな……』
「グリニャック様、もしかしてこれがただの夢だと思ってる?」
『え、夢ですわよね?』
「それがただの夢じゃないんだ。神様が私達の夢を繋げてくれているんだ。神様に出会った際に、グリニャック様が私達の事を誤解しているという説明も受けた」
『え……』

 私達の言葉に、グリニャック様はあからさまに慌て始めている。

「グリニャック様は、僕とハレックがそういう仲じゃないとしたら、僕達に興味がないのかい?」
『そんなわけありませんわ! わたくしはお二人の事が大好きなのですから!』
「そうか、それは良かった。男色を見るのが好きで、私とトロレイヴを婚約者に選んだと言われたら、流石にショックだからな」
『そんなことありませんわ。わたくしは、お二人の事が大好きで、お二人の仲を見守るために婚約者になったのですもの』
「うーん、だから僕達はそん関係じゃないよ」
『うぅ……』
「グリニャック様。私達の気持ちがいまいち伝わっていないようだな。もっと違う形でこの気持ちを伝えてやろうか?」

 そう言うなり、私はグリニャック様の顎を掴み、こちらに顔を向けると、その唇にキスをした。グリニャック様の唇、柔らかいな。

「あ! ずるいよハレック。僕もグリニャック様にキスしたい!」

 そういうなり、今度はトロレイヴがグリニャック様にキスをした。

『な、な……』
「ふふ、ごめんねグリニャック様。でもこれで僕達の想いは伝わったかな?」
『そ、それは……』
「グリニャック様、本当に愛しているよ」
「ああ、他の誰でもない、グリニャック様の事を愛している」
『はうぅぅ』
「グリニャック様、かわいい」
「本当に、普段とのギャップがたまらないな」

 私とトロレイヴは交互にグリニャック様にキスをする。
 私達の愛は受け入れてくれたが、私達が男色の関係にないという事にはショックを受けているようだ。

「うーん、グリニャック様、こっちを向いてくれるかな?」
『はい、なんでしょうか?』

 トロレイヴは、ドレスから見えている鎖骨の部分に顔を落とすと、キスマークを付けるつもりのようだ。

「私も」

 私は背後からグリニャック様の首筋に吸い付く。出来ればこのキスマークが現実でも残ってくれればいいのだが……。

「「よし」」

 顔を上げて見てみればしっかりとキスマークがついている。
 そうすると、視界がだんだん霞がかってきた。夢が終わるのを感じる。

「ああ、時間だね。でもグリニャック様覚えておいて、僕の愛する人はグリニャック様だってことを」
「私も、グリニャック様だけを愛しているぞ」

 そう言った瞬間、意識がホワイトアウトした。
 目が覚めたら、ベッドの上だった。夢、じゃないよな。

「ハレック様、そろそろ起きてください」
「起きている」

 侍従がそう言って寝室の扉を開けて入って来たのでベッドから体を起こす。

「珍しいですね、起こす前に起きるなんて」
「いい夢を見てな」
「そうですか」
「そうだ、学園に行く前に黒薔薇の花束を用意しておいてくれるか?」
「グリニャック様への贈り物ですか? わかりました、準備しておきます」

 そう言いながら、朝の支度を開始する。
 いい夢だったが、あれは夢じゃない。グリニャック様の唇の感触も、皮膚の感触もちゃんと感覚として残っている。
 朝の支度が終わり、自室で朝食を食べ終わると、いつものように馬車で学園に行く前に、侍従が用意してくれた黒薔薇の花束を受け取った。
 学園について、馬車停めの所でグリニャック様を待っていると、トロレイヴの乗った馬車がやってきて、トロレイヴが黒い薔薇の花束を持って下りて来た。
 考えることが一緒なのは昔からだな。

「あ、ハレックおはよう」
「おはよう、トロレイヴ。お前もか」
「そう言うハレックもね」

 私達はそう言い合うと、グリニャック様を待った。
 トロレイヴと昨晩の夢について話しながらグリニャック様を待っていると、エヴリアル公爵家の紋が入った馬車がやってきて、グリニャック様が御者の手を借りて馬車から下りて来た。

「「おはよう、グリニャック様」」
「おはようございます、トロレイヴ様、ハレック様」
「グリニャック様。はい、これ受け取ってくれるかな?」
「私の分も受け取ってくれ」
「え?」

 グリニャック様は驚いたように私達を見て来る。

「あの……」
「夢の事、忘れて貰ったら嫌だからね」
「そうだな、あれは夢だけど夢じゃなかったっていう事を自覚して欲しいからな」
「なぁ!?」

 グリニャック様は途端に顔を赤くして頭を下げて来た。

「申し訳ありません!」
「「え?」」
「わたくしが、お二人の事で妄想を滾らせていたことは、さぞかしご不快ですわよね。わたくしの事等、ゴミクズのように見えてしまいますわよね」

 ゴミクズって……そこまでは思ってないし、グリニャック様の事をそんな風に思うはずないじゃないか。
 グリニャック様にとりあえず頭を上げてもらい、私達の気持ちを改めて伝える決心をする。

「ほら、グリニャック様、この花束を受け取ってくれるかな?」
「さあ」
「え、あ、はい」
「グリニャック様、覚悟してね。今後は遠慮なくアタックさせてもらうから」
「私もだ。容赦なく私達の想いをぶつけさせてもらうぞ」

 私達の言葉に、グリニャック様は何かを考えたようだが、すぐに私達の方を真っ直ぐに見て来る。

「わかりましたわ、お二人の愛は確かに受け止めましたわ。わたくしも、お二人の事を好いております。いえ、愛しておりますわ」
「グリニャック様、嬉しいよ」
「そうだな、想いが通じて嬉しいな」
「わたくしも嬉しいですわ」

 グリニャック様の誤解は無事に解けようだな。

 あの日から、私とトロレイヴは事あるごとに、グリニャック様に愛を囁いている。

「グリニャック様、今日も髪型が可愛いね、似合っているね」
「そうだな、今日は後れ毛が良い感じだな」
「そうでしょうか? リリアーヌの仕事ですのよ、褒めていただけるのでしたら、リリアーヌのお手柄ですわね」
「うん、それもあるけど、愛しいグリニャック様だから余計に似合って見えるんだよ」
「そうだな、流石は私達の愛するグリニャック様だ」
「あぅ」

 グリニャック様は、普段は凛として毅然としているのに、私達がこうして愛を囁くと途端に顔が赤くなってかわいらしい。
 しかし、相変わらずグリニャック様は私とトロレイヴが剣の居残り稽古をしているときなど、妙に熱い視線を送って来る。
 きっと、私とトロレイヴがそういう仲ではないと分かっていながらも、そういった考えが浮かんでしまうのだろうな。
 そういった性癖の人の思考は中々治らないと聞くしな。
 だが、私とトロレイヴが近寄って行ってしまえば、すぐに顔を赤くして、可愛らしい姿を見せてくれる。
 そうやって日々を過ごしていたある日の事だ。
 いつものように三人で食堂に行き、食事を取ろうとしたとき、賑やかな集団、ウォレイブ様達の集団が私達の方にやって来た。

「お姉様!」
「あら、プリエマ。貴女から話しかけて来るなんて珍しいですわね」

 本当に珍しい。プリエマ様は普段グリニャック様を避けているような節があるからな。

「私に呪いをかけるのは止めてください! これだから偽聖女は嫌なんです!」

 なんだって? グリニャック様が偽聖女? いくら妹とはいえ、言っていいことと悪いことがあるだろう。

「は? 呪い? なんのことです?」
「私、王宮に移ってから、夜な夜な魘される夢を見るんです。私の事を呪ってやる、恨んでやるって、ぶつぶつと女の影が言ってくる夢です! だから、お姉様、私を呪うような真似はなさらないでください!」
「なぜ、わたくしがプリエマを呪わなくてはいけませんの? 理由がございませんわ」
「それは、私だけウォレイブ様に愛されていて、王宮に住んでいるから」
「なぜそんなことで呪わなければなりませんの? ウォレイブ様にプリエマが愛されているのは何よりだと思いますし、王宮に住まうことも、別に気にはなりませんわね。まあ、王宮の方々に迷惑をかけなければいいとは思っておりますけれども」

 全くだ。言いがかりもいい所だな、グリニャック様は本気でプリエマ様がウォレイブ様と婚約出来ればと考えているのに。

「でも、私に呪いをかけているのはお姉様以外に考えられません!」
「ですから、違いますわよ」

 グリニャック様が否定するが、さらに何か言って来ようとしたプリエマ様をウォレイブ様が止める。
 もっと早くに止めに入ってくれればよかったのに、そもそも、こんな意味不明な文句を言いに来させないで欲しいものだ。
 しかも、謝罪もなく立ち去っていくなんて、聖女に対する態度なのだろうか?

「プリエマ様、なんだか変わったね。なんというか、荒んでいる感じだね。王宮での暮らしが水に合わないのかな?」
「グリニャック様に突然因縁をつけてくるぐらいだ、相当参っているんだろうな」
「そうですわねえ、それにしても呪いに悪夢ですか、物騒ですわよね」
「そうだな、グリニャック様がアーティファクトを起動させたおかげで、この国に対する悪意を持ったものはこの国に侵入できなくなっているが、個人的な悪意はその範囲外だからな。プリエマ様は誰かに恨みでも買っているのか?」
「さぁ、存じませんわね」
「うーん、プリエマ様に恨みか。まあ、ウォレイブ様の婚約者候補の令嬢達からは少なくとも恨みを買っているとは思うけどね」
「ああ、確かにそうかもしれませんわね」

 まあ、あのプリエマ様だし、他の令嬢からも恨みを買ってる可能性はあるよな。
 なんといっても、グリニャック様が定期的に開いているお茶会にも、全く参加しないっていう話だし、女性社会は横のつながりが大切だって聞くのに、何を考えているんだろうか?

「はあ、来週の王宮でのお茶会、億劫ですわね」
「そうだね、お見合いパーティーみたいなものなんだし、僕達のように婚約者が決まった子息令嬢まで呼ばなくてもいいのにね」
「そもそも、ブロンズ世代だからと言って、婚約者が決まっていない子息令嬢の方がもう少ないだろう? そう言った方々は今後も婚約する気はないんじゃないだろうか」
「そうですわよねえ」

 まあ、第一王子のデュドナ様はもうお子様もいらっしゃるし、有能だっていう話なのだから、次代は安心なんじゃないか?
 なにも無理にウォレイブ様の婚約者を決めなくたって……。そういえばウォレイブ様の傍に侍っている高位貴族の子息達にもまだ婚約者が決まっていないのだったな。
 その婚約者決めも兼ねているのかもしれないな。
 はあ、まったくもって私達には関係のない話なのだから、お茶会は婚約が正式に決まってないものだけを集めてやって欲しいものだな。

 そうして、お茶会の日がやって来た。
 今日はグリニャック様が私達を迎えに来てから王宮に向かうことになっているので、トロレイヴと一緒に我が家でグリニャック様を待っているところだ。

「そう言えば聞いた? プリエマ様に生霊が憑りついてるって話し」
「ああ、生霊に憑りつかれるなんて、本当に恨みを買っていたんだな」
「そうだよね、それがエルネット様の生霊だって噂だよ」
「エルネット様か、ほとんど接点がなかったが、プリエマ様とそんなに因縁があったのか?」
「さぁ? だって僕達は長期休暇の間はグリニャック様についてエヴリアル公爵領に行っていたし、何があったのかはわからないよね」
「そうだな……と、グリニャック様が到着したようだぞ」
「あ、ほんとだ、迎えに行こうか」

 私達は待機室を出て、門の所に向かった。

「お待たせいたしました」
「いや、迎えに来てもらっているのだから、構わないさ」
「そうだよ、それにそんなに待ってないから大丈夫だよ」
「そうですか? ならよかったのですけれども」

 今日のグリニャック様のドレスは、茜色を基調としたドレスで、胸元が少々大胆に開いているデザインの物だ。

「そのドレス、アナトマがデザインしたもの?」
「ええ、そうですわ。その、わたくしもこの歳になりましたでしょう? ですので、少しは色気を出したほうが良いと言われてこのデザインにしたのですが、その、やはり胸元とか、大胆過ぎだったでしょうか?」
「そんなことないよ、よく似合ってるよ。流石は僕らの愛しいグリニャック様だね」
「まあ、確かに他の子息に見せたくないぐらいに似合っているぞ。だが、逆にこれが私達の愛する婚約者だと自慢したくもなるから不思議なものだな」
「あぅ……」

 グリニャック様は胸元を隠すように胸の前で手をクロスさせるが、そうすると余計に胸の谷間が強調されるだけってわかってるのか?
 それにしても、アナトマはこういったデザインが好きだな。流石は新進気鋭と評判になるだけの事はある。
 最近では高位貴族の貴婦人方も贔屓にし始めているらしい。
 それにしても、この間アナトマが言っていたが、本当に最近のグリニャック様は母親のベレニエス様に似て、出るところが出てきたというか、体つきが艶めかしくなってきたな。
 時々、今みたいな時は目のやり場に困ってしまうんだよな。

「とりあえず、遅れたらなんだし、出発しようか」
「そうだな」
「そうですわね」

 私達は馬車に乗り込むと王宮に向かった。
 馬車の中では、グリニャック様の正面に私とトロレイヴが座るのが定石になっている。
 まあ、帯剣もしているし、この位置が何かあった時グリニャック様を守れるいい形なのだが、出来ればグリニャック様の隣に座りたいものだな。
 ……いくらグリニャック様が華奢でも、三人並んだら流石に座席が狭くなってしまうか?
 いや、でも何とかなるか?

「ハレック、何考えてるの?」
「いや、グリニャック様の隣に座りたいな、と思ってな」
「あー、僕もそれいっつも思うんだよね」
「え」
「まあ、この馬車は広いから三人並んで座ることも可能だろうが、護衛というものを考えると、この位置が良いのはわかっているんだがな」
「そうだね」
「そ、その……わたくしはこの位置でいいと思いますわよ?」
「そう?」
「まあ、グリニャック様がそう言うのなら」

 ……まあ、たまに熱い眼差しが送られてくるのは、またそういった考えをしているんだろうな。
 そんな感じに話しをしながら馬車に揺られていると王宮に到着した。
 馬車から下りて、今日は私の番なのでグリニャック様に手を差し伸べれば、手袋に包まれた華奢な手が乗せられる。

「少々遅くなってしまいましたわね」
「でもまだ開始の時間じゃないし大丈夫だよ」
「そうだぞ、まあ、グリニャック様の屋敷は王宮に近いから、いつもはもっと早い時間に到着するだろうけどな」
「そうですわね。まあ、始まっていないのなら問題はございませんわよね。さあ、王妃様の離宮に参りましょうか」

 そう言うと、グリニャック様は慣れた足取りで王宮の中を進んでいく。
 王妃様の離宮の中庭に到着すると、既に多くの子息令嬢が思い思いの場所で会談していた。
 グリニャック様の後について、王妃様の所に行く。

「王妃様、本日はお招きいただきありがとうございます」

 私達を代表してグリニャック様が挨拶をする。

「よくいらっしゃいました、グリニャック様方。もうすぐお茶会が開始されますので、楽しんでいってくださいね」
「はい」

 グリニャック様は賑やかな集団、ウォレイブ様達のいる集団から離れた位置にある、それでも上座のテーブル席に座った。
 王妃様のお茶会の開始の挨拶があり、私達が楽しく会話をしながらお茶を飲んでいるが、チラチラとグリニャック様を見て来る視線を感じる。
 ふん、お前達になんかグリニャック様はやらないさ。

「ハレック様、トロレイヴ様、どうかなさいましたの?」
「ううん、なんでもないよ」
「そうだな、なんでもない」
「そうですか?」

 グリニャック様は首を傾げると紅茶を一口飲む。そんな姿すら絵になるのだから、私達の婚約者は本当に素晴らしいな。
 そして楽しくおしゃべりをしていると、

「きゃぁっ!」

 突然プリエマ様の悲鳴が聞こえて来た。

「いやっ!何なのよ、このっ」

 プリエマ様が見えない何かと格闘するように暴れ始めたので、私とトロレイヴは咄嗟にグリニャック様とプリエマ様達の間に立って剣に手をかける。
 プリエマ様は一体何をしているんだ?
 菓子を切る用だとはいえ、ナイフを振り回しているし、もしこっちに来たら、容赦なく……。
 訳の分からないまま、会場にいるみんながプリエマ様の動向を見ていると、国王陛下と神官達が中庭に入って来た。

「皆、プリエマから離れよ!」

 会場にいる全員が国王陛下に視線を向ける。
 プリエマ様からナイフを取り上げようとしていたウォレイブ様も動きを止めた。

「父上、何を?」
「ウォレイブ、今すぐプリエマから離れるのだ、プリエマには生霊が憑りついておる!」
「なっ!」

 ああ、噂は本当だったんだな。
 神官たちがプリエマ様を囲って呪文のような物を唱えると、次第に黒い靄のような物が見えて来た。

「正体を現したな! 生霊よ、本体に戻るがいい!」

 神官がそう叫んで再び呪文を唱え始めると、耳をつんざくような悲鳴が黒い靄から聞こえて来た。
 思わず耳を塞いでしまう。
 しばらく生霊とプリエマ様の言い合いが続いたところで、生霊がプリエマ様の首筋に噛みつこうとした。

「……エルネット様」

 ああ、やっぱりエルネット様の生霊なのか。
 グリニャック様がエルネット様の生霊に声をかける。
 しばらく問答が続いた。けれども、エルネット様の生霊は弱まるどころか、ウォレイブ様がプリエマ様を助けようとするか、プリエマ様がウォレイブ様に助けを求めるたびに強くなっていっているような気がする。

「……エルネット様! いい加減になさいませ! 貴女は器が足りなかったのです! それをプリエマのせいにしてはいけません! 今は大人しく元の体にお戻りあそばせ!」
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ』

 グリニャック様の必死の説得と言うか、恫喝にエルネット様の生霊が消えた。
 流石は聖女だな。

「……やっぱり、お姉様の差し金だったんですね」
「は?」
「だって! お姉様が命令したら、エルネット様の生霊が離れたじゃないですか! お姉様が手引きしたに違いありません!」

 言いがかりもいいところだ。グリニャック様に救われたっていうのに、プリエマ様は何を言っているんだ?
 ウォレイブ様が宥めているけれども、プリエマ様の言い様は許せないな。
 そうしていると、神官の一人が近づいて来た。

「流石は聖女様です。我々には出来なかった浄化を、あんなにもあっさりとこなしてしまわれるなんて」
「そう、でしょうか?」

 グリニャック様が首を傾げる。
 その後、国王陛下が来てグリニャック様と話をしてから、王妃様の元に行って何かを耳元でささやくと、神官を連れて中庭から出て行った。

「グリニャック様、大変だったね」
「まったく、折角のお茶会が台無しだな」
「そうですわね。それにしてもお二人とも、わたくしを守るようにしてくださってありがとうございました」

 そんなの婚約者として当然の行いだが、改めて言われるとなんだか照れてしまうな。

「皆様、このような事になってしまいましたが、お茶会は継続したいと思います。仕切り直しに皆様にノンアルコールではありますがシャンパンをご用意いたしますので、是非お飲みになってください」

 王妃様がそう言うと、王宮の使用人がゾロゾロと中庭に入って来て、参加者にどんどんシャンパングラスを配っていく。
 もちろん私達にもだ。
 私達は互いに顔を見合わせてグラスを鳴らすと、シャンパンを一口飲んだ。
 グラスの中に浮かんでいる小さな菊の花が泡に踊るように見えて、とても美しい。
 ……シャンパンを飲むグリニャック様も絵になるな。

「それにしても、噂は本当だったんだな」
「噂ですか?」
「うん、エルネット様の生霊がプリエマ様に憑りついてるっていう噂があったんだよ」
「まあ、そうなのですか。わたくしは神様より啓示を受けて知っておりましたが、他の皆様はどうやって知ったのでしょうね?」
「さあ? だが私は騎士科に通っている令嬢から聞いたぞ」
「僕も」
「そうなのですか。……お二人は騎士科に通っていらっしゃる令嬢の方とよくお話をなさるのですか?」
「たまにだよ、たまに」
「そうだぞ、別に嫉妬しなくってもいいぞ」
「し、嫉妬なんて、そんな……」

 そう言ってグリニャック様はもじもじとすると、グラスに入ったシャンパンを一口飲んだ。
 ああ、私達の婚約者は本当に可愛いな。
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