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電子レンジは偉大だった

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 わたくしが八歳になり、十歳年上のロブ兄様は王立学院を卒業して、早速お父様の元で色々学ぶ手はずになっている。
 長期休暇で戻っている時も教えてもらっていたそうなんだけど、本格的に始めるみたい。
 シスコンだから結婚は無理かとも思っていたのだけど、なんと以前からお付き合いをしていたらしい女性と婚約!
 まずは領地に馴染んでもらうという事で、婚約者さんは領地の騎士団に所属するそうだ。
 ハン兄様は知っていたそうなんだけど、ロブ兄様が学院を卒業するまで教えてもらっていなかったわたくしは、領地に帰る馬車の中で盛大に拗ねて、八つ当たりをかねてロブ兄様の婚約者さんにべったりしていた。
 おかげで将来の義理の姉との仲は急速に近づいて、宿屋で一緒の部屋に泊まったり、兄達をそっちのけでおしゃべりをしたり、食べさせ合いっこをした。
 羨ましそうにわたくし達を見て来た兄達だけど、わたくしに黙っていたのが悪いのよ。

「ナティお姉様。領地についたらすぐに騎士団に行ってしまうの?」
「いいえ。デュランバル辺境侯爵にまずはご挨拶をします」
「そういえば、お父様もわたくしにナティお姉様の事を黙っていたのよね。懲らしめてあげなくちゃ。ロブ兄様の婚約者について、わたくし本気で心配していたのよ」
「父上には、内緒にしていてくれるようお願いしていたんだ」
「むぅ」

 ロブ兄様がわたくしにナティお姉様を紹介してくれなかったのは、絶対にわたくしがナティお姉様に取られると思ったかららしい。
 ナティお姉様は、上級生の間では麗しの騎士と言われていたそうで、同性の、下級生から非常にモテていたらしい。
 だから、絶対にわたくしも気に入って、兄達を放っておいてナティお姉様と遊ぶに決まっていると。
 その通りだよ! 女騎士とか、何それカッコイイ!
 デュランバル辺境侯爵領の騎士団にも、王都の騎士団にも女騎士はいるけど、皆かっこいいのよ。
 余計なお化粧とかしてないし、素材の良さが引き立つ感じで、好感度が上がるよね。
 ナティお姉様も、初めて会った時こそ淑女らしい厚化粧だったけど、宿屋で同じ部屋に泊まって素顔を見て「厚化粧はしちゃだめ!」、とお願いをしたら、翌朝から厚化粧をやめてくれた。
 ロブ兄様は、久しぶりに見るナティお姉様の素顔に感動していたけど、移動中はナティお姉様はわたくしが渡さないんだから。
 それにしても、十歳も年が離れていると、お茶会で交流することもないから、ナティお姉様の事は知らなかったわ。
 お茶会に誘うのは、自分の学年から上下に三学年ぐらいなの。最大譲歩して四学年という感じね。

「ツェツィ様は本当に可愛らしいですね。ロブ様が隠していたのもわかります」
「五年も前からお付き合いしていたのに、ずっと婚約していなかったなんて、ロブ兄様は不誠実だわ」
「デュランバル辺境侯爵様とロブ様が我が家にいらして、仮婚約だけはしていたんですよ」
「それは、聞いたけど……」

 王立学院を卒業したら、正式に婚約してそのまま花嫁修業も兼ねてデュランバル辺境侯爵領に来るとか。
 まったく、乙女心を理解していないわ。
 書類は全部整えていたから、提出するだけだったので、王立学院を卒業して、卒業祝いのパーティーが終わったその足で、二人で王宮に届けに行ったんだって。
 わたくしが知ったのはその後なのよ。ずっこい。
 領地に戻る前日に、ナティお姉様が王都の屋敷に来て初めて紹介された時の驚きったら、ここ最近で一番だったわ。

「あっ、ナティお姉様がロブ兄様の奥様になるんだから、王都の屋敷でわたくしが今使っている部屋はお譲りすべきよね」
「まだ婚約者ですし、ロブ様も爵位を譲られたわけではないのでそのままお使いください」
「うーん、いいの?」
「ええ」
「わかったわ。でも、もし使いたくなったらいつでも言ってね? すぐに部屋を移動するわ」
「ふふ」

 わたくしの言葉に、笑って頭を撫でてくれるナティお姉様に、わたくしはへにゃりと笑みを返す。
 そんなわたくしにナティお姉様が「かわっ……。どうしましょう、このまま忠誠を捧げてしまいそうですね」なんて言っている。
 冗談でも嬉しい。

 領地の屋敷について、お父様にご挨拶して、部屋に戻って着替えて少し休憩してから、わたくしは厨房に向かった。
 年に一度、長期休暇の時に帰って来て、その度にコックに料理のコツの伝授とか、レシピを渡していた。
 わたくしが居ない間も、お父様には美味しいものを食べて欲しいし、偏った食事で不健康になって欲しくないもの。

「久しぶり。皆元気にしてる?」
「お嬢様、お帰りなさい」
「わたくしが居ない間、お父様は好き嫌いしていなかった?」
「大丈夫ですよ」
「それはよかったわ。お父様は濃い味付けが好きだから、わたくしが渡したレシピでは満足しないかもしれないと思ったのよね」
「オムライスと卵焼きが最近のお気に入りですね」
「卵料理、気に入っているのね。以前は親子丼にはまっていたし」

 だが、卵かけご飯はあんまり食べてくれない。解せぬ。
 しかしながら、卵料理がお気に入りかぁ。
 まだコックに伝えていないレシピで、卵料理で、そんなに難しくない物で、今ある材料で出来る物……。

「今日は茶わん蒸しを作るわ」
「ちゃわんむし、ですか?」
「折角蒸し器も作ってもらったのだし、蒸し料理のレパートリーも増やすべきだわ」
「ああ、主にジャガイモを蒸すのにしか使いませんね」
「肉まんのレシピも渡しているのに」

 むぅ、と口をとがらせるとコックが苦笑する。

「アレを作ると使用人が我も我もと取り合いになるんですよ。おかげで大量に作らないといけないので大変なんです」
「餃子の時も同じことを言っていなかった?」
「餃子も大変ですね。ただ、あれは一気に沢山茹でることが出来ますから」

 焼き餃子も一応教えているけど、焼くよりも水餃子にする方が楽らしい。
 くれぐれも茹で過ぎないように何度も注意した結果、皮がドロドロになって崩れるという事はなくなった。

「とにかく、茶わん蒸しを作るわ。専用の器は……ないから、予備のお茶碗で代用するしかないか」

 そう言って、わたくしは保存してある卵を取り出す。
 大きい鶏舎があるから、毎日新鮮な卵が手に入る。食用の鶏も兼ねているから、鶏肉に困る事も無い。
 茶わん蒸しなのでカマボコも使いたいけど、ないんだなぁ、これが。
 白身魚はあるんだけど、常時使う物じゃないから、今回みたいな急遽使うってなると、ストックが無い事が多い。
 エビはあるし、シイタケもある。三つ葉はないから……代用で枝豆でいいか。銀杏もあるといいんだけど、イチョウが無いしな。
 無い物は無いで仕方がない、あるもので作ってこそ家庭料理だ。
 コックに作り方を教えつつ、手早く茶わん蒸しを作っていく。
 いやぁ、何気に転生してから初めて作るな、茶わん蒸し。
 電子レンジで作る事が多かったから、無意識に避けてたのかなぁ。
 流石に電子レンジの構造は知らないから作れないなぁ。

「お嬢様、こんなに卵を使うんですか?」
「親子丼と同じぐらい使うわ。この溶き卵の中に材料を入れて蒸すのよ」
「お嬢様の考える料理は、本当にどれも独創的ですね」
「まぁね」

 わたくしが考えたわけじゃないけどね!
 とりあえず、試食用と、五人分を作る。
 その間に、茶わん蒸しの作り方を教えているコックとは別のコックがご飯を炊いたりお味噌汁を作ったり、サラダを作ったり、煮物を作ったり、和え物を作っている。
 わたくしが広めておいて何だけど、がっつり和食に染まってるな。
 洋食がないわけじゃないんだろうけど、お父様はオムライス好きだっていうし、でも、形を残した煮物の作り方を教えたからか、煮物が多くなったっぽいよね。
 やっぱり調理法って偉大だわ。
 お茶碗の予備に卵の液と、具を入れていき、準備してもらっていた蒸し器にセットする。

「それにしても、ロブ兄様にお付き合いしている女性が居たなんて、わたくし全く気が付かなかったわ」
「俺達もびっくりしましたよ。お嬢様達と一緒にロブ坊ちゃまの婚約者が来ると言われましたからね」
「そうよね。ロブ兄様ってばあんな素敵な人を隠しておくなんて、ひどいわよね」
「いや、俺達はまだその方を見てないですよ」
「あ、そういえばそうね。女騎士って感じで素敵よ。やっぱり、今主流の厚化粧よりも、素材を生かした薄化粧がいいと思うわ」
「そうですね。お嬢様のそのお可愛らしさが化粧で失われるのはもったいないです」

 しみじみ言うコックに、わたくしは苦笑する。
 王都にはもっとかわいい子がいるのよね。リアンとかクロエとかリーチェとかね。
 彼女達の良さを殺さない為にも、今の化粧の概念を絶対に替えて見せるっ。
 調べたところ、ファンデーションを作る原材料はあるっぽい。あとフェイスパウダーの材料も。
 まあ、アイシャドウとかあるぐらいだから、そりゃ、あるよね。
 口紅の材料もある。ずぇったいに、化粧の概念を変えるぞ!
 後はちまちま作っていくのみ。
 スキンケア用品はアンジュル商会で販売して、じわじわ浸透してるから、化粧の概念だって変わるはず。
 そもそも、今貴族が使ってる白粉は鉛入りだ。材料調べてひっくり返るかと思ったわ!
 貴族の女性の寿命が短いとか、社交界から離れるのが早いとか言われるけど、そりゃそうだわ!
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