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九歳編

挿話1

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 生まれた時から前世の記憶があった。
 だから今世は成功する未来しか思い描くことが出来なかった。
 お茶会では失敗してしまったかもしれないが、挽回は可能だと思っている。
 実際に手ごたえは感じている、今はまだ少し遠慮されているが、そのうちこちらの魅力に気が付いてくれるはずだ。
 なんといっても前世ではそうだったのだから、間違いない。
 婚約に関しては驚いたけれども、これも問題はない。まだ挽回の余地はある。
 問題はアリスだ。
 彼女は前世ではなかった「魔力過剰症」になってしまい、前世とは違う行動をとっている。
 そのせいでこちらのシナリオが崩れてしまっている気がしてならない。
 「魔力過剰症」人によっては死んでしまう人もいるほどの重病だが、彼女は精霊王様の加護を受けて様々な精霊様の加護のもと、魔力操作の訓練を開始しているという。
 こんなこと前世ではなかったことだ。
 それに、母親とも仲がいい。
 前世ではあんなに仲が悪かったと言うのに一体どういうことなのだろうか。
 フィーナ、彼女の母親は精霊様の気配を感じることができる。
 何か入れ知恵したのだろうか?
 それとも、精霊様を通じて何かシンパシーを感じた?
 ……下らない。
 彼女達はこちらのシナリオの通りに動いていてくれればいいのだから、余計なことはしなくていいのだ。

「ハンス王子、このお茶はお父様が私の為に仕入れてくれた,
特別製のお茶なんですよ。お姉様には飲ませることは出来ないんです。魔力を増やしてしまうから」
「そんなお茶があるのかい?ライラは物知りだな」

 アリスがいない二人っきりのお茶会は、それなりに楽しいものだった。問題なのは、話題がどうしてもアリスのことに偏ってしまう事だろう。
 もっとも、この二人が結ばれることは、この世界の決まり事としてあるのだから、心配する必要はないのかもしれないが、念には念を入れておくに超したことない。

「アリスは今頃魔力操作の訓練をしているのだろうね」
「そうですね。精霊様がお姉様にはついていてくださいますので安心してください。なんでも、ウィル・オー・ウィスプ様という光の高位精霊様がついていらっしゃって、死人すら蘇らせてしまうのだそうです」
「それはすごいな」

 本当にすごい。それが事実なのであれば、実質アリスは何をしても死ぬことはない。
 精霊様の加護がいつまで続くのかはわからないが、王族の婚約者としてこれほどまでにうってつけの人材はいないだろう。
 だが、本人にはその気はないようだ。
 王族の婚約者ともなれば、名誉も何もかもが手に入ると言うのに、全く以て彼女の行動は謎が多すぎる。
 前世と全く違った行動をとられると、こちらのシナリオが崩れてしまうのでやめて欲しいものだ。

「ハンス王子はお姉様のことがお好きなのですか?」
「儚げで、守ってあげたいと思っているよ」
「そうなんですか……。じゃあ、私みたいなタイプはお嫌いですよね」
「そんなことはない」

 慌てて言う言葉は、どこか空虚で、嘘の匂いがするが、この場では言わないよりはましなのだろう。

「そうですか?ならよかった。私、本当にハンス王子に一目ぼれをしてしまって、先日は興奮してしまったんです」
「そうなのかい?光栄だな」
「ハンス王子はお姉様のような儚げな雰囲気を持った方がお好きな理由は何ですか?」
「そうだな、守ってあげたくなると言うのが一番だけれども、傍にいて落ち着くと言うのも理由の一つかな」
「落ち着くですか」
「ああ、アリスは大人びているし、話していて勉強させられる気になるよ」
「流石はお姉様ですね」

 アリスの博識は、前世ではないことだった。予定外のことだ。
 余計な知識が付けばその分扱いにくくなる。アリスには前世同様道化として躍ってもらう必要があるのだ。その上で、こちらの思惑を叶えてもらう必要がある。

「それにしても、お姉様が羨ましいです」
「羨ましい? 「魔力過剰症」なのにかい?」
「でも、そのおかげで精霊様の加護を受けることもできましたし、ハンス王子に気に入られることもできました。本当なら私がハンス王子に気に入られててもおかしくないはずなのに」
「どうしてそう思うんだい?」
「私は、お姉様にこう見えて虐められているんですよ。ほら、この傷もお姉様に付けられたものです」

 傷は痣のような物で最近付いたものだとわかる。

「可哀そうに、他にどんなものがあるんだい?」
「他、他ですか?悪口とか……そう言った嫌がらせですね。あんまり体に証拠が残るようなことをすると、お父様が気が付きますから、あまりしないんです」
「ライラ嬢はお父君に愛されているんだね」
「その分、お義母様からは嫌われてます」

 それはしかたのないことなのだけれども、と思う。
 余程心の広い貴婦人でなければ、愛人の子供、しかも自分の子供とほとんど年齢の変わらない子供を受け入れるだろうか。
 難しいだろう。虐待をしないだけ、フィーナは心が広いを言える。

「愛人の子供を引き取ると言うのは中々に難しいからね、気を落とさずにがんばって」
「はい」
「……今日はアリスは顔を出さないのかい?」
「はい、精霊様と電流石なる物の訓練をしていると聞いています」
「電流石!? そんなきけんなものをあつかっているのかい?」
「そんなに危険なものなのですか?」
「持っている分には危険はないが、魔力を流し込めば、周囲に電流が流れ、最悪発火してしまう事もあるんだ」
「まあ! そんな危険なものを? 精霊様の加護があるとはいえ、お姉様ってば随分危険なことをしていらっしゃいますのね」

 事実だとしたら危険な話だし、そんな危険なものをどうやって入手したと言うのだろうか。
 デュシル家の権力を使っても簡単には手に入らないだろう。
 精霊様が用意したのだろうか? おそらくそうなのだろう。そうだとしあら、どこまでも精霊様にアリスは愛されているということになる。

「ハンス王子は、精霊様の気配を感じることができるんですよね。お姉様についていらっしゃる高位精霊様方はどんな方々なのですか?」
「気配だけで姿を見ることができるわけじゃないから、何とも言えないな。けれども高位の精霊であることは間違いないよ。それにしても、先日は驚いたな。城下視察をしていた際に、まあ、僕はデートだと思っていたんだけれども、急に精霊王様とコンタクトを取り始めた時は、その気配に気絶しないように気を張るのに緊張したね」
「まあ! お姉様ってば、ハンス王子とのデートの最中にそんな事をなさるなんて、ひどいです。ハンス王子がのけ者にされてしまっているようではないですか」
「精霊王様だ、僕が叶う相手じゃないよ。アリスも精霊王様からコンタクトを取られたら断ることなどできないだろう?」

 前世では、アリスは精霊王様とコンタクトを取ることなんてなかったし、精霊に愛されるということもなかった。
 ああ、こんなにもシナリオと違うことが起きているのは何がいけないのだろう。

「それはそうですけれど……。私だったら、それでもハンス王子を一人にするような真似はしませんからね」
「ありがとう」
「ああ、私も精霊様に愛されたいです。精霊付きになれば精霊様の姿を見ることもできるんですよね」
「そうだね。孤児院に居た子で精霊付きの子がいたよ。アンジーと言って儚げで華奢で今にも折れてしまいそうなほど細い子供だった」
「そうですか……」
「精霊付きだから、そう簡単に病気になることはないだろうけれども、心配だよ」
「お優しいんですね」
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