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012 親友と迎える朝です
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結局、ビーチェは宿屋に帰ることなく、わたくしの家に泊まりました。
一人で寝るには大きすぎるベッドでございますので、わたくしとビーチェが一緒に寝ても何の問題もございません。
身を寄せ合い、大丈夫だと言ってくれるように手を握って寝てくれたビーチェは、泣きつかれて眠ってしまったわたくしと違ってあまり眠れていないようでした。
「おはようございます」
「おはようございます、ビーチェ。眠れませんでしたのね。わたくしだけ眠ってしまってごめんなさい」
「眠れたのならよかったですわ。眠ることすらできなかったあの頃よりずっとましではありませんか。わたくしなら大丈夫ですわ、これでも勇者パーティーの一員ですのよ、寝ずの番ぐらい慣れておりますわ」
ビーチェはそう言て微笑むと繋いだままのわたくしの手を口元にもっていって軽く口づけるとそっと手を離して起き上がりました。
「どうせ昨夜は何も食べていないのでしょう? 今朝はきちんと食べなくてはいけませんわよ。わたくしも一緒にいただきますわ。昨夜の分で材料は余っているでしょう?」
「余っていますけど、仕方がありませんわね」
わたくしは演技がかってため息を吐き出すと起き上がりベッドから降りるとグッと伸びをしてそのままいつものようにストレッチをいたしました。
そんなわたくしの姿を、ビーチェは検分するように見つめてきています。
ストレッチが終わってワードローブから衣類を取り出して気が付いたのですが、ビーチェの着替えはどうするのでしょうか。
夜着はわたくしのを貸しましたけれど。
そう考えていると、ビーチェは昨日着てきたものを手に取って慣れた手つきで着用し始めました。
そういえば、ビーチェは寝るときも下着をつけていましたわね、昔はわたくしと同じようにつけていませんでしたのに、やはり勇者パーティーに加わって旅をするうちに習慣が変わったのでしょうか。
「夜着はこの籠に入れればよろしいの?」
「ええ、この後洗濯場に持っていきますわ」
「そうですの」
わたくしは夜着を脱いでビーチェと同じように籠の中に夜着を入れると、下着から衣類を着つけ始めます。
着替えが終わったところで籠をもって人形と一緒に洗濯場に向かうと、ビーチェは先にダイニングに向かったようです。
いつものように人形に洗濯するように指示を出してキッチンに向かうと、ビーチェが朝食用だと思われる材料を保冷庫や棚から出している所でした。
「そんなに食べますの?」
「ティナの分もありますわよ。昨晩沢山泣いたのですから、今朝は沢山食べなくてはいけませんわ」
「なんです、その理論」
わたくしはクスリと笑うとビーチェの隣に立ちます。
「ビーチェ、お料理は出来ますの?」
「野外で出来る簡単な物なら作れますわよ」
「流石は勇者御一行のメンバーですわね」
「このお肉の塊は使ってしまってもよろしくて?」
「構いませんけど、まさか朝からステーキにして食べるつもりですの?」
「そのつもりですわよ」
「胃もたれがしそうですわ」
「具合が悪そうだと言われたら、胃もたれのせいになさいな」
「……そうしますわ」
相変わらず変な気遣いの仕方ですわね。
「あと、特に買い物がないのでしたら、今日は出歩かずに家で目元を冷やしておいた方がいいですわね。赤いですわよ」
確かに、顔を洗う時に見た目元は赤かったですわね。
「そうしますわ。ねえ、ビーチェ、お仲間さんにはわたくしの所に来ているのだとちゃんと言っておりまして?」
「ヘルーガにだけ貴女のところに行くと言って飛び出してきましたわ」
「ならよいのですけどね」
行方不明とかで探されても困ってしまいますもの。
ビーチェは思ったよりも手際よく料理していきます。
切る、焼く、しかしていませんけどね。
わたくしはその横でサラダを作ったり、ビーチェが作った料理の味を調えております。
誰かと料理をするなんてなんだか久しぶりですわね。
「ねえ、ビーチェ。この量を本当に食べますの?」
「食べるのですよ」
どう考えても通常のわたくしの朝の食事量の倍はありますわよ。
いくら昨晩食べていないからって、これはないのではないでしょうか、本当に胃もたれしますわよ?
「ほら、テーブルに運んでくださいまし」
「わかりましたわよ」
わたくしは器に食事をもってトレイに乗せてテーブルに配膳していきます。
この土地に来てから、まさか朝から厚切りステーキを食べる日が来るとは思いませんでしたわ。
カボチャのポタージュ、厚切りステーキ、ベーコンやパセリと和えたマッシュポテト、葉野菜のサラダ、スクランブルエッグ、チーズをのせて焼いた食パン。
食べきれるでしょうか?
「ほら、神に祈りを捧げますわよ」
「そうですわね。いただきます」
「……なんですの? それ」
「異国の食事前の挨拶ですわ。食への感謝、食に携わった全てのものへの感謝を表し、その糧を我が身とするという意味なのだそうですわ」
「そのような言葉が異国にはあるのですね」
「ええ、この地には様々な国の方が集まりますもの」
「いただきます、でよろしいのかしら」
「大丈夫ですわ」
わたくし達はそう言ってクスクス笑って食事を食べ始めました。
食べている間は、特に何かを話すわけではありませんが、ビーチェとヘルーガさんが押しかけてのお茶会以外の食事を誰かと一緒になんて本当に滅多にありませんので、なんだかほっとしますわね。
昨晩泣くだけ泣いたおかげか、幾分気持ちも落ち着いたように感じられますわ。
それでも、バシレウ様を見てしまえばまた動揺してしまうのでしょうけど。
朝食は、途中までは問題なく食べることが出来ていたのですが、途中からどんどん手の動きが鈍くなっていくのが自分でもわかりますし、向かいを見ればビーチェも同じような状態でございます。
「ビーチェ、この量はやっぱり」
「駄目でしてよ。食べて胃もたれのせいにするのでしょう」
「それ、本気でしたの」
「わたくしは嘘をつくのが嫌いですわ」
諦めてわたくしは残りの朝食もスープで胃に流し込んでいきます。
そうしていますとスープもなくなってしまって、
「お茶を淹れますわ」
「水で構いませんわよ」
「わかりましたわ」
なんて会話をして、シンクでコップ二つに水を入れてテーブルに戻って片方をビーチェに押しつけて、わたくしは黙々と水で朝食を胃袋に流し込んでいきました。
「本当に胃もたれしますわよ」
「そうですわね」
食後、紅茶を飲んでぐったりとしているわたくしとビーチェは重い口を開く気にもならずに、たまにポツリポツリと会話をするだけです。
「戻らなくてよろしいの?」
「一日ぐらい休んだって罰は当たりませんわ」
まあ、そうなのでしょうけど、マルウィン君もいきなりビーチェが居なくて不滅のダンジョンに行けないとなったら驚くのではないでしょうか。
ヘルーガさんの生還報告の頻度からして、毎日不滅のダンジョンに通っているようですし、確かに今日くらいは休んでもいいかもしれませんわね。
そうしていると、紅茶を飲み終えたビーチェが席を立ち、カップをもってシンクのところに行くと、カップを洗ってからそれをすすいで食器たてに置いてどこかに行ってしまいました。
帰るわけではなさそうですし、お手洗いでしょうか?
それにしても、ちゃんと水気を取って布巾で拭って棚に戻していただきたいものですわね。
そう思ってわたくしも最後の一口を飲み干すと茶器をもってシンクに行って茶器を洗うと水気を取って布巾で拭いて棚に戻しました。
そうしていると人形が洗濯が終わったことを教えに来たので一緒に洗濯場に行くと、なぜかそこにビーチェが居ました。
「何をしていますの?」
「貴女の目を冷やすタオルを探しておりましたのよ」
「ああ、なるほど」
言いながらわたくしはタオルが入っている棚を教えつつ、手にはアイロンを持ちます。
まだ何かするのかと言うビーチェの視線を無視していつものように衣類にアイロンがけをしていき、人形がワードローブに運んでいくのを見守ります。
最後のアイロンがけが終わった頃合いを見計らって、タオルを濡らして絞ったビーチェはわたくしの腕をつかむとダイニングに逆戻りしました。
強制的に椅子に座らさせられ、目の上にちょうど良い大きさに畳んだタオルを当てられましたので、軽く上を向きます。
ひんやりしていて気持ちがいいですわね。
「ねえビーチェ」
「なんです、ティナ」
「わたくしがもっと気を付けていれば、ちゃんと気が付いていれば、よかったのでしょうか」
「以前も言いましたが、早期流産は珍しい事ではありませんし、十二週までの早期流産は何をどうしても対処の使用がありませんわ。ティナが悪いわけではありませんわよ」
「でも、妊娠しているとちゃんと気が付いていれば、忙しいせいで周期が乱れているのだと思い込まなければ」
「それも前に言いましたわね。貴女は魔力過多のせいでもともと生理周期が不安定なのですから、気が付かなくても仕方がありませんでしたわ」
「わたくしは人殺しですわ。バシレウ様が授けてくださった我が子を殺してしまいました」
「殺したくて殺したわけではないでしょう。バシレウ様にお会いして動揺しているのはわかりますが、過去は変える事は出来ませんのよ。受け止めて前に進むしかないのです。ティナが自分でそう言ったのでしょう」
「そうですわね。ええ、本当にそうですわね」
それでも、バシレウ様に合わせる顔がなく、口止めをして限られた人しか来ないような場所に逃げてきました。
この場所なら実家の顔も効かず場所がばれると思いませんでしたからね。
「逃げても捕まってしまうのなら、別れても出会ってしまうのなら、人はそれを運命と言うのではなくて?」
「運命」
「わたくしは、運命を信じていますわ」
「神の花嫁として一生身を捧げると言ったビーチェがそんな事を言いますの?」
「ええ、わたくしだから言いますのよ」
ビーチェは嘘を嫌いますので、この言葉も嘘ではないのでしょう。
運命、というのであれば、わたくしはバシレウ様に罪を告白しなければいけないのでしょうね。
それが原因で疎まれても、それを受け入れなければいけませんわ。
元々、何も言わず姿をくらませて、憎まれればいいと思っていたのですもの、今更ですわよね。
けれども、あの目が、あの怪しくも美しい紫の瞳がわたくしを捕らえるたびに、わたくしは怖くなってしまうのです。
あの方の隣に立つのは、わたくしなどではなくもっと素晴らしい女性であるべきだと、そう思えてなりません。
『また来る』
あの方はそう仰いました、そうであるのなら本当にいらっしゃるのでしょう。
あの方はそういう方です。
些細な約束さえ律儀に守るような、そんなお方。
初めてお会いした時から、あの瞳が大好きで、傍でのぞき込みたいような、そんな恐れ多い事等到底できないというような、不思議な感情が渦巻いて、いつだって一歩踏み出すことが出来ませんでした。
けれどもあの日、魔法大学の卒業報告に行った夜、廊下でお会いしたバシレウ様の手に、乗せてはいけないわたくし自身の手を乗せてしまいました。
愛している、ずっと昔から愛していると何度も言われ、夢なのだと思うには体に走る痛みが現実なのだと告げ、それでも夢見心地でわたくしは自分の想いを告げてしまったのです。
せめて、わたくしが何も言わないでいたのなら、一夜の過ちだと、遊びだったのだと言えたのかもしれません。
けれども、まっすぐにわたくしを捕らえて告げられた言葉に、嘘を返すなんてわたくしには出来なかったのです。
「ビーチェ、傍に居てくださいな」
「仕方がありませんわね。貴女が望むだけ、わたくしはここに居ましてよ」
優しいビーチェ。
本当は知っていますのよ、貴女が神の花嫁になる道を選んだ理由。
でも、貴女が何も言わないのなら、わたくしは何も知らないままでいいのでしょう?
本当に、わたくしの親友は優しいですわね。
わたくしが悲しまないように、苦しまないようにと大切にしてくださるのですから、困ってしまいますわ。
ビーチェにわたくしはちゃんと何かを返せていますかしら?
あの時だって、たまたま近くの聖堂に研修に来ていたビーチェが真っ先に駆けつけてくれて、わたくしが落ち着くまでずっと傍に居てくださいました。
いつ自殺するかわからないから見張っている、なんて言って、泣きそうな顔をして心配していたのはビーチェの方でしたのにね。
どのぐらい時間が経ったのかわかりませんが、途中お手洗いに行ったり、ぬるくなったタオルを冷水につけたり、ぽつりぽつりと会話をして時間を過ごしました。
そうすると、ビーチェが立ち上がった気配がしたのでタオルをどかして様子を見ると、キッチンに向かうようでした。
「もうすぐお昼の時間ですので、簡単に何か作りますわ」
「朝のような量はやめてくださいませね」
「あっさりしたものにしますわ。この乾パスタは使ってよろしいの?」
「ええ」
「こちらのツナの缶詰と大根と大葉も?」
「お好きに使って結構ですわよ」
「ショウユという調味料があるとよいのですが、流石にありませんわよね」
「ありますわよ。シンクの下の観音開きの扉の中ですわ」
「異国の調味料ですのに、よくありましたわね」
「商人ギルドから、お試し品でいただきましたの。賞味期限が長いから、機会があったら使って欲しいと言われまして」
「そうでしたか。確かにお試しサイズですわね、まあちょうどいいですけれど。おろし金はありまして? なければ風味は変わりますがすり鉢でも構いませんわ」
「ああ、先代が使っていたものが上の観音開きの扉の左側にある中央のケースにそのような名前のものがありましたわね」
「なんでもありますのね」
「先代が異国の方でしたからね、色々試していたのかもしれませんわ」
「そうですの」
台も使わずに魔法で観音開きの棚を開いてケースを下ろして中を確認したビーチェがギザギザのついた板切れを取り出しました。
それ、何に使うかわからずにしまいっぱなしだったのですよね。
クリスさんもチーズを下ろすのに似ているけれどもよくわからないと仰っていましたし。
「うん、材料も道具も問題はありませんわね」
「何を作りますの?」
「さっぱりしたものですわ」
答えになっているような、なっていないような。
その後、わたくしは出来上がるまで目を冷やしておくように言われましたので、言われたとおりに大人しく目を冷やしておりますと「出来ましたわよ」と言ってビーチェがパスタを乗せたお皿を二枚持ってきました。
そういえば、スープを作っていないからないのですっけ。
「お茶を」
「今水を入れますわね」
「ビーチェ」
「食後のお茶はちゃんとさせてあげますわよ」
「わかりましたわ」
わたくしはしぶしぶと言った感じに頷くと、ビーチェが作ったパスタを頂きました。
ショウユと言うものを初めて使いましたが、随分不思議な味の調味料ですのね、けれども、ビーチェ曰く「大根おろし」というものと刻んだ大葉やツナととてもよく合いますわ。
「まだわずかに赤いですが、よく見なければわからないぐらいにはなりましたわね。お化粧を少し濃い目にすればわからなくなりますわよ」
「それはよかったですわ。ビーチェ、ありがとうございます」
「お代は今度生クリームたっぷりのパンケーキで手を打ちますわ」
「仕方がありませんわね。今度都合の良い日を教えてくださいませね」
一人で寝るには大きすぎるベッドでございますので、わたくしとビーチェが一緒に寝ても何の問題もございません。
身を寄せ合い、大丈夫だと言ってくれるように手を握って寝てくれたビーチェは、泣きつかれて眠ってしまったわたくしと違ってあまり眠れていないようでした。
「おはようございます」
「おはようございます、ビーチェ。眠れませんでしたのね。わたくしだけ眠ってしまってごめんなさい」
「眠れたのならよかったですわ。眠ることすらできなかったあの頃よりずっとましではありませんか。わたくしなら大丈夫ですわ、これでも勇者パーティーの一員ですのよ、寝ずの番ぐらい慣れておりますわ」
ビーチェはそう言て微笑むと繋いだままのわたくしの手を口元にもっていって軽く口づけるとそっと手を離して起き上がりました。
「どうせ昨夜は何も食べていないのでしょう? 今朝はきちんと食べなくてはいけませんわよ。わたくしも一緒にいただきますわ。昨夜の分で材料は余っているでしょう?」
「余っていますけど、仕方がありませんわね」
わたくしは演技がかってため息を吐き出すと起き上がりベッドから降りるとグッと伸びをしてそのままいつものようにストレッチをいたしました。
そんなわたくしの姿を、ビーチェは検分するように見つめてきています。
ストレッチが終わってワードローブから衣類を取り出して気が付いたのですが、ビーチェの着替えはどうするのでしょうか。
夜着はわたくしのを貸しましたけれど。
そう考えていると、ビーチェは昨日着てきたものを手に取って慣れた手つきで着用し始めました。
そういえば、ビーチェは寝るときも下着をつけていましたわね、昔はわたくしと同じようにつけていませんでしたのに、やはり勇者パーティーに加わって旅をするうちに習慣が変わったのでしょうか。
「夜着はこの籠に入れればよろしいの?」
「ええ、この後洗濯場に持っていきますわ」
「そうですの」
わたくしは夜着を脱いでビーチェと同じように籠の中に夜着を入れると、下着から衣類を着つけ始めます。
着替えが終わったところで籠をもって人形と一緒に洗濯場に向かうと、ビーチェは先にダイニングに向かったようです。
いつものように人形に洗濯するように指示を出してキッチンに向かうと、ビーチェが朝食用だと思われる材料を保冷庫や棚から出している所でした。
「そんなに食べますの?」
「ティナの分もありますわよ。昨晩沢山泣いたのですから、今朝は沢山食べなくてはいけませんわ」
「なんです、その理論」
わたくしはクスリと笑うとビーチェの隣に立ちます。
「ビーチェ、お料理は出来ますの?」
「野外で出来る簡単な物なら作れますわよ」
「流石は勇者御一行のメンバーですわね」
「このお肉の塊は使ってしまってもよろしくて?」
「構いませんけど、まさか朝からステーキにして食べるつもりですの?」
「そのつもりですわよ」
「胃もたれがしそうですわ」
「具合が悪そうだと言われたら、胃もたれのせいになさいな」
「……そうしますわ」
相変わらず変な気遣いの仕方ですわね。
「あと、特に買い物がないのでしたら、今日は出歩かずに家で目元を冷やしておいた方がいいですわね。赤いですわよ」
確かに、顔を洗う時に見た目元は赤かったですわね。
「そうしますわ。ねえ、ビーチェ、お仲間さんにはわたくしの所に来ているのだとちゃんと言っておりまして?」
「ヘルーガにだけ貴女のところに行くと言って飛び出してきましたわ」
「ならよいのですけどね」
行方不明とかで探されても困ってしまいますもの。
ビーチェは思ったよりも手際よく料理していきます。
切る、焼く、しかしていませんけどね。
わたくしはその横でサラダを作ったり、ビーチェが作った料理の味を調えております。
誰かと料理をするなんてなんだか久しぶりですわね。
「ねえ、ビーチェ。この量を本当に食べますの?」
「食べるのですよ」
どう考えても通常のわたくしの朝の食事量の倍はありますわよ。
いくら昨晩食べていないからって、これはないのではないでしょうか、本当に胃もたれしますわよ?
「ほら、テーブルに運んでくださいまし」
「わかりましたわよ」
わたくしは器に食事をもってトレイに乗せてテーブルに配膳していきます。
この土地に来てから、まさか朝から厚切りステーキを食べる日が来るとは思いませんでしたわ。
カボチャのポタージュ、厚切りステーキ、ベーコンやパセリと和えたマッシュポテト、葉野菜のサラダ、スクランブルエッグ、チーズをのせて焼いた食パン。
食べきれるでしょうか?
「ほら、神に祈りを捧げますわよ」
「そうですわね。いただきます」
「……なんですの? それ」
「異国の食事前の挨拶ですわ。食への感謝、食に携わった全てのものへの感謝を表し、その糧を我が身とするという意味なのだそうですわ」
「そのような言葉が異国にはあるのですね」
「ええ、この地には様々な国の方が集まりますもの」
「いただきます、でよろしいのかしら」
「大丈夫ですわ」
わたくし達はそう言ってクスクス笑って食事を食べ始めました。
食べている間は、特に何かを話すわけではありませんが、ビーチェとヘルーガさんが押しかけてのお茶会以外の食事を誰かと一緒になんて本当に滅多にありませんので、なんだかほっとしますわね。
昨晩泣くだけ泣いたおかげか、幾分気持ちも落ち着いたように感じられますわ。
それでも、バシレウ様を見てしまえばまた動揺してしまうのでしょうけど。
朝食は、途中までは問題なく食べることが出来ていたのですが、途中からどんどん手の動きが鈍くなっていくのが自分でもわかりますし、向かいを見ればビーチェも同じような状態でございます。
「ビーチェ、この量はやっぱり」
「駄目でしてよ。食べて胃もたれのせいにするのでしょう」
「それ、本気でしたの」
「わたくしは嘘をつくのが嫌いですわ」
諦めてわたくしは残りの朝食もスープで胃に流し込んでいきます。
そうしていますとスープもなくなってしまって、
「お茶を淹れますわ」
「水で構いませんわよ」
「わかりましたわ」
なんて会話をして、シンクでコップ二つに水を入れてテーブルに戻って片方をビーチェに押しつけて、わたくしは黙々と水で朝食を胃袋に流し込んでいきました。
「本当に胃もたれしますわよ」
「そうですわね」
食後、紅茶を飲んでぐったりとしているわたくしとビーチェは重い口を開く気にもならずに、たまにポツリポツリと会話をするだけです。
「戻らなくてよろしいの?」
「一日ぐらい休んだって罰は当たりませんわ」
まあ、そうなのでしょうけど、マルウィン君もいきなりビーチェが居なくて不滅のダンジョンに行けないとなったら驚くのではないでしょうか。
ヘルーガさんの生還報告の頻度からして、毎日不滅のダンジョンに通っているようですし、確かに今日くらいは休んでもいいかもしれませんわね。
そうしていると、紅茶を飲み終えたビーチェが席を立ち、カップをもってシンクのところに行くと、カップを洗ってからそれをすすいで食器たてに置いてどこかに行ってしまいました。
帰るわけではなさそうですし、お手洗いでしょうか?
それにしても、ちゃんと水気を取って布巾で拭って棚に戻していただきたいものですわね。
そう思ってわたくしも最後の一口を飲み干すと茶器をもってシンクに行って茶器を洗うと水気を取って布巾で拭いて棚に戻しました。
そうしていると人形が洗濯が終わったことを教えに来たので一緒に洗濯場に行くと、なぜかそこにビーチェが居ました。
「何をしていますの?」
「貴女の目を冷やすタオルを探しておりましたのよ」
「ああ、なるほど」
言いながらわたくしはタオルが入っている棚を教えつつ、手にはアイロンを持ちます。
まだ何かするのかと言うビーチェの視線を無視していつものように衣類にアイロンがけをしていき、人形がワードローブに運んでいくのを見守ります。
最後のアイロンがけが終わった頃合いを見計らって、タオルを濡らして絞ったビーチェはわたくしの腕をつかむとダイニングに逆戻りしました。
強制的に椅子に座らさせられ、目の上にちょうど良い大きさに畳んだタオルを当てられましたので、軽く上を向きます。
ひんやりしていて気持ちがいいですわね。
「ねえビーチェ」
「なんです、ティナ」
「わたくしがもっと気を付けていれば、ちゃんと気が付いていれば、よかったのでしょうか」
「以前も言いましたが、早期流産は珍しい事ではありませんし、十二週までの早期流産は何をどうしても対処の使用がありませんわ。ティナが悪いわけではありませんわよ」
「でも、妊娠しているとちゃんと気が付いていれば、忙しいせいで周期が乱れているのだと思い込まなければ」
「それも前に言いましたわね。貴女は魔力過多のせいでもともと生理周期が不安定なのですから、気が付かなくても仕方がありませんでしたわ」
「わたくしは人殺しですわ。バシレウ様が授けてくださった我が子を殺してしまいました」
「殺したくて殺したわけではないでしょう。バシレウ様にお会いして動揺しているのはわかりますが、過去は変える事は出来ませんのよ。受け止めて前に進むしかないのです。ティナが自分でそう言ったのでしょう」
「そうですわね。ええ、本当にそうですわね」
それでも、バシレウ様に合わせる顔がなく、口止めをして限られた人しか来ないような場所に逃げてきました。
この場所なら実家の顔も効かず場所がばれると思いませんでしたからね。
「逃げても捕まってしまうのなら、別れても出会ってしまうのなら、人はそれを運命と言うのではなくて?」
「運命」
「わたくしは、運命を信じていますわ」
「神の花嫁として一生身を捧げると言ったビーチェがそんな事を言いますの?」
「ええ、わたくしだから言いますのよ」
ビーチェは嘘を嫌いますので、この言葉も嘘ではないのでしょう。
運命、というのであれば、わたくしはバシレウ様に罪を告白しなければいけないのでしょうね。
それが原因で疎まれても、それを受け入れなければいけませんわ。
元々、何も言わず姿をくらませて、憎まれればいいと思っていたのですもの、今更ですわよね。
けれども、あの目が、あの怪しくも美しい紫の瞳がわたくしを捕らえるたびに、わたくしは怖くなってしまうのです。
あの方の隣に立つのは、わたくしなどではなくもっと素晴らしい女性であるべきだと、そう思えてなりません。
『また来る』
あの方はそう仰いました、そうであるのなら本当にいらっしゃるのでしょう。
あの方はそういう方です。
些細な約束さえ律儀に守るような、そんなお方。
初めてお会いした時から、あの瞳が大好きで、傍でのぞき込みたいような、そんな恐れ多い事等到底できないというような、不思議な感情が渦巻いて、いつだって一歩踏み出すことが出来ませんでした。
けれどもあの日、魔法大学の卒業報告に行った夜、廊下でお会いしたバシレウ様の手に、乗せてはいけないわたくし自身の手を乗せてしまいました。
愛している、ずっと昔から愛していると何度も言われ、夢なのだと思うには体に走る痛みが現実なのだと告げ、それでも夢見心地でわたくしは自分の想いを告げてしまったのです。
せめて、わたくしが何も言わないでいたのなら、一夜の過ちだと、遊びだったのだと言えたのかもしれません。
けれども、まっすぐにわたくしを捕らえて告げられた言葉に、嘘を返すなんてわたくしには出来なかったのです。
「ビーチェ、傍に居てくださいな」
「仕方がありませんわね。貴女が望むだけ、わたくしはここに居ましてよ」
優しいビーチェ。
本当は知っていますのよ、貴女が神の花嫁になる道を選んだ理由。
でも、貴女が何も言わないのなら、わたくしは何も知らないままでいいのでしょう?
本当に、わたくしの親友は優しいですわね。
わたくしが悲しまないように、苦しまないようにと大切にしてくださるのですから、困ってしまいますわ。
ビーチェにわたくしはちゃんと何かを返せていますかしら?
あの時だって、たまたま近くの聖堂に研修に来ていたビーチェが真っ先に駆けつけてくれて、わたくしが落ち着くまでずっと傍に居てくださいました。
いつ自殺するかわからないから見張っている、なんて言って、泣きそうな顔をして心配していたのはビーチェの方でしたのにね。
どのぐらい時間が経ったのかわかりませんが、途中お手洗いに行ったり、ぬるくなったタオルを冷水につけたり、ぽつりぽつりと会話をして時間を過ごしました。
そうすると、ビーチェが立ち上がった気配がしたのでタオルをどかして様子を見ると、キッチンに向かうようでした。
「もうすぐお昼の時間ですので、簡単に何か作りますわ」
「朝のような量はやめてくださいませね」
「あっさりしたものにしますわ。この乾パスタは使ってよろしいの?」
「ええ」
「こちらのツナの缶詰と大根と大葉も?」
「お好きに使って結構ですわよ」
「ショウユという調味料があるとよいのですが、流石にありませんわよね」
「ありますわよ。シンクの下の観音開きの扉の中ですわ」
「異国の調味料ですのに、よくありましたわね」
「商人ギルドから、お試し品でいただきましたの。賞味期限が長いから、機会があったら使って欲しいと言われまして」
「そうでしたか。確かにお試しサイズですわね、まあちょうどいいですけれど。おろし金はありまして? なければ風味は変わりますがすり鉢でも構いませんわ」
「ああ、先代が使っていたものが上の観音開きの扉の左側にある中央のケースにそのような名前のものがありましたわね」
「なんでもありますのね」
「先代が異国の方でしたからね、色々試していたのかもしれませんわ」
「そうですの」
台も使わずに魔法で観音開きの棚を開いてケースを下ろして中を確認したビーチェがギザギザのついた板切れを取り出しました。
それ、何に使うかわからずにしまいっぱなしだったのですよね。
クリスさんもチーズを下ろすのに似ているけれどもよくわからないと仰っていましたし。
「うん、材料も道具も問題はありませんわね」
「何を作りますの?」
「さっぱりしたものですわ」
答えになっているような、なっていないような。
その後、わたくしは出来上がるまで目を冷やしておくように言われましたので、言われたとおりに大人しく目を冷やしておりますと「出来ましたわよ」と言ってビーチェがパスタを乗せたお皿を二枚持ってきました。
そういえば、スープを作っていないからないのですっけ。
「お茶を」
「今水を入れますわね」
「ビーチェ」
「食後のお茶はちゃんとさせてあげますわよ」
「わかりましたわ」
わたくしはしぶしぶと言った感じに頷くと、ビーチェが作ったパスタを頂きました。
ショウユと言うものを初めて使いましたが、随分不思議な味の調味料ですのね、けれども、ビーチェ曰く「大根おろし」というものと刻んだ大葉やツナととてもよく合いますわ。
「まだわずかに赤いですが、よく見なければわからないぐらいにはなりましたわね。お化粧を少し濃い目にすればわからなくなりますわよ」
「それはよかったですわ。ビーチェ、ありがとうございます」
「お代は今度生クリームたっぷりのパンケーキで手を打ちますわ」
「仕方がありませんわね。今度都合の良い日を教えてくださいませね」
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