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「おい、そこの赤毛。」

「は、はい。」

「家名を名乗らなかったから、もしやと思ったが。まさかこの崇高な集まりに、下賤な者が混じるとはな!」
ノックもなく、いきなり入ってきた文官達が、横柄な態度で私の前に立った。


「ヴェイル殿下も、お前を煩わしく思っているんだぞ。目障りなんだよ!」

「申し訳ございません。なるべくお目に触れないように致します。」
私は、怒りを露わにする文官達に頭を下げ、嵐が去るのを待つ。


大抵どの国でも、平民には家名がない。
家名を名乗らなかった私を、彼らは平民と判断したのだろう。


「穢らわしいお前の仕事は、これだ!空気が悪くなるから、こちらの部屋には来るなよ!いいな?」
文官達は、ゴミを捨てるように紙の束を床に落とすと、大きな足音を立てて部屋から出ていった。

静かになった部屋で、私は散らばった紙を拾い上げる。
そこには乱雑に、魔物の被害状況が書き込まれていた。
溜息を押し殺した私は、それを持って、埃を払ったばかりの机に向かった。





「お腹、すいた...。」

次から次へと押し付けられる雑用に、私は食事を取る暇もなかった。
窓から見える日の光は、もう大分傾いている。


明日は、軽食とブランケットを持ち込もう。

私は薄暗くなった部屋に、ランプの灯りを灯した。
パッと灯った温かな光に、心が和む。
私はふと、胸元の魔石に手を当てた。
アレン様の魔力が、冷えた私の心を温めてくれた。



夜も深まった頃、やっと仕事が終わった。
隣の部屋からは、誰の声も聞こえない。残っているのは、私だけのようだ。

私は、自分が手掛けた仕事に目を向ける。
時間はかかったけれど、落書きのようだった文書を正書し、製本までした。


これなら、文句は言われないでしょう。


私は、それを各文官達の机に置いた。

さあ帰ろうと息を軽く吐いたところで、背後から、威圧感のある気配を感じた。


「何をしている。」

「キャッ。」

誰もいない真っ暗な編纂室で、突然声をかけられた私は、小さく悲鳴を上げてしまった。


「し、失礼しました、殿下。その...、頼まれた仕事が終わりましたので、片付けておりました。」

「仕事?お前が?」

「...はい。」
鋭い視線に、私は頭を上げられない。
私の頭の上からは、パラパラと紙を捲る音が聞こえた。


「文官達からは、お前が休憩に行ったまま帰ってこないと聞いたが?そんなお前が、これを?ハッ、嘘ももう少し上手く吐くんだな。」

私が作った資料を、バサリと机に投げ置くと、ヴェイル殿下はさっさと部屋を出て行った。




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