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16 どうか笑って(※ローラン視点)

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「フリージア様がいらっしゃらない、とおっしゃったんですか……」

 ジャスミン嬢の声は明らかに落ち込んでいた。

 風邪をこじらせて寝込んでいた彼女は、まだそんなに体力が戻っていない。自分がフリージア嬢の所に出掛けることが主で、今までずっと通い詰めていたのに、ここまで長いこと顔が見れない状況に陥ったことがなかったのだろう。

 その上、見まいに来たのは私とバロックだ。お見舞い、と聞いて真っ先に思い浮かべただろう彼女の姿はそこには無く、一瞬本当にがっかりした顔をして、それから笑って出迎えてくれた。

 彼女からは別でお見舞いの花とお菓子が届いていたそうだ。それをお茶請けに、サロンでお茶を出してくれたが、やはり元気がない。

 私は彼女に笑って欲しい。顔を曇らせている天使も憂いがあって美しいが、フリージア嬢の傍にいる時の彼女の笑顔は輝いていた。

 こんなに誇らしい友人と一緒にいられて、こんなに大好きな人と一緒に居られて、幸せだというように。

 私はまだ知り合って間もない。その状況に達するのは難しいのは分かる。

 でも、無理に笑って欲しくはない。

「ジャスミン嬢、その……言いにくいんだが」

「なんでしょう、バロック様」

 お茶会を経て、私たち3人も名前で呼び合うようになっていた。

「その……君は、そして私も、多分フリージア様に誤解されている。その誤解を解きたいから、一応確認をしたいんだが、不躾な質問をして構わないかな?」

 私の隣でバロックが少し困ったように笑っている。この時の私は、自分がどれだけジャスミン嬢しか見えていなかったのかを痛感することとなった。

「私とフリージア様が一緒に居る時には、君は必ず私を睨みつけていたけれど……あれは、フリージア様に変な虫が寄って来た、という視線で間違いないだろうか」

 公爵家の嫡男に対してジャスミン嬢がそんな視線を向ける訳が、と、思ったが、振り返った先にあったジャスミン嬢の顔は驚いたように固まっていた。

「そう、そうだね。君とフリージア様はとても仲がいい。おまけに、フリージア様のあの声だ。とられてしまうんじゃないか、と不安に思う心もわかる。声にだけ惹かれていくような輩にフリージア様を任せるのが嫌だという気持ちも」

「……申し訳ありません、バロック様。貴方は、そんなお方ではなかった」

「うん、私はフリージア嬢が歌う前から気になって、歌に魂まで持っていかれて、会話をしていくうちに本当に好きになった。私は彼女に婚約を申し込もうと思う。――なぜなら、彼女は君の視線が、私に対する恋慕だと勘違いしているようだから」

「そんな?! わ、私フリージア様になら、恋をしたらちゃんと言います!」

「でも、目は口ほどにものを言う、ともいう。君の視線は、なまじ造形が整っているから、誤解を受けやすい」

 ショックを受けたような顔で口元に両手を当てていた彼女は、少し考えてから毅然とした顔でバロックを見た。

「バロック様、お見舞いありがとうございます。私はもうすぐ全快しますので、そしたら必ず遊びに行きますと、元気ですとお伝えください。婚約は……フリージア様が嫌がらないなら、私の口を出す所ではございません」

「ありがとう。……じゃあ、ローラン。私は足早に失礼してしまうから、彼女にフリージア様の歌がどれだけ素晴らしかったか、ちゃんと語って聞かせてくれ」

 私の親友はそう告げると、片目を瞑った。どうやら私の気持ちまでお見通しである。

 いや、ここまで露骨にジャスミン嬢に恋慕を向けているのに、気付かれない私への同情でもあったかもしれない。

 バロックはそう言って立ち去ると、二人部屋に残された。

「では、先日のフリージア嬢の声楽会のお話をしましょうか。……バロックが誤解を解いてくれます。彼は、本当に素晴らしい男なので、何も心配はありません」

 私の言葉に、バロックを見送ったジャスミン嬢が少しだけ微笑む。

 その後は、フリージア嬢の声楽会の曲目から、どんな歌い方だったか、観客の反応やら、色々な話をした。

 フリージア嬢の話をする時のジャスミン嬢は、本当に輝くように笑う。早く、再会して本当の元気を取り戻して欲しい。

 ジャスミン嬢、私は、貴女が元気に笑っている時にこそ、私の気持ちを伝えたい。

 ……ここまで鈍いと、本当にもう、真正直に真正面からぶつかるしかないのだろうな、と思いながら、その日はただただ彼女に笑って欲しくて、私が知る限りのフリージア嬢の話を続けた。
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