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1章 少年編

2話 背景

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 ――僕には才能がなかった。

 フィル・ニルヴァーナ。
 それが僕の名前だ。
 この名前を聞いた時、皆が揃って最初に反応するのがニルヴァーナという姓。
 
 ニルヴァーナ家。
 一般人でも聞いたことがあるような優秀なテイマーの血筋をひく一族である。
 二人の兄もテイマーであり、父も祖父もテイマー。
 別にただのテイマーならそこまで話題にもならない。
 父は現、調教之王テイマリストであり、祖父はその先代だ。
 長男は過去最年少でテイムの契約をし、次男は十五歳の頃に強力な竜種をテイムした。
 要するにテイマーの中でも我が一族は頂点に君臨する血筋というわけである。

 さて、そんなニルヴァーナ家の三男に生まれた自分は何の偉業を残したのか。
 否、何も残さなかった。残せなかったの方が正しいか。
 皮肉であれば偉業を残したと口にする者もいるかもしれない。

『十六歳になっても、たった一匹もテイムできない一族の汚点』と。

 ――僕には素質がなかった。 

 僕だってこれまで何もしてこなかったわけではない。
 出来ることは何だってした。血反吐を吐くような努力だってした。
 けれど現実は残酷だった。
 どれだけ抗おうが結果は何も変わらない。生まれ持った才能がなければ何も覆せない。

『一族から去れ! この恥さらしが!』
『なんでうちからこんな汚点が生まれたのでしょう……』

 実の両親さえも僕の味方はしてくれず見放された。
 挙句には一族から勘当までされた。
 そして今回は自分のクラスからも追放である。

 念のため帰る前に職員室を訪ね、担任の先生に確認を取ったが俺のクラス移動は確定事項となっていた。
 それは先生までもがルーグの横暴を容認したということ。
 
「はぁ……」

 僕は深い溜息を吐きながら、とぼとぼと宿屋までの帰り道を歩く。
 既に日も落ちており、等間隔にたてられた街灯が薄暗い夜をぼんやりと照らしていた。
 
「ずっとこうだ……」

 別にルーグを恨んでいるわけでも、教師の判断が気に入らないわけでもない。
 それこそ正当な判断だと言えるだろう。弱者などあのクラスに置いておく理由もない。
 けれど、この心の奥底から湧き出す負の感情だけは抑えられなかった。
 ただただ何も言い返せない自分が悔しい。なんの力もない己が醜い。

「なんで僕だけ……」

 絶え間なく生まれる疑問が口から勝手に転がり落ちた。けれど誰も答えてはくれない。
 そんな弱音はすぐに夜風によってかき消されてしまう。

 テイマーとはその名の通り、獣を使役して魔獣に立ち向かう役職を指す。
 テイマーの中でも色々と役割があり、前衛で戦闘をする獣を主に使役したり、後方で補助をする獣を使役したりなどオールラウンダーで適応力の高い役職だ。
 けれどそこまで一般的な役職ではない。
 何故ならテイマーになるためには圧倒的な才能と技術を要するためだ。
 僕の場合、前者が完全に欠如していた。

 一番上の兄が六歳の頃に行った登竜門とも呼ばれる狼のテイム。
 我が一族の者は遅くても十歳までには初テイムを成功させていた。
 しかし僕は今でも何もテイムは出来ていない。
 百回、千回挑戦しても結果は変わらなかった。

 魔力不足? 

 いいや、魔力測定では自分の魔力はかなり突出していた。
 正直、自分が知っている中では誰よりも多い自負がある。
 足りないなんてことは、まずない。

 テイムの仕方が間違っている?

 絶対にありえない。技術の面で言えば僕は一族の中で誰よりも秀でていた。
 それしか僕には取り柄がなかったから必死に鍛え上げてきたのだ。

 なら、いっそのことテイマー以外の別の道を探せばいいじゃないかって?

 そんなこと出来たら僕だって真っ先にしている。
 しかしニルヴァーナという姓が呪縛となり、放してくれなかった。
 何処に行っても僕がテイマーだというのは大前提。
 ニルヴァーナ家に生まれた以上、テイマー以外の道は残されていない。
 そう思っていたのだが――

「もうどうでもいいかな……」
 
 そんな言葉を吐き出すと、同時にゆっくりと進んでいた足が止まった。
 靴から根が地面にはったかと思うほど足取りが重く感じる。

 もう僕には家族も友情もない。手元に残ったものは何もない。
 ならテイマーで居続ける必要なんてあるのだろうか。
 テイマーには絶対になれないなんてことは一番自分が理解している。
 ならきっぱり諦めて別の役職に就いた方が得策なのではないか。
 そうやって何度も自分自身に問いかけていた。

 そんな時だった――

「きゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!」
「……ッ!?」

 突如、静寂な夜に高らかな女性の叫び声が響き渡った。
 
 何かに怯えているようで、誰かに助けているような、そんな悲鳴。
 耳に届いた瞬間に脳が理解する。これは明らかに異常事態なのだと。

「……っ!」

 刹那、僕は走り出していた。
 悲鳴が聞こえた方角へと一直線に足を進めていた。
 周りの通行人に声をかけた方がいいのでは。先に衛兵に連絡するべきでは。
 普段の僕ならそんな思考が最初に脳内を巡るだろう。
 けれど今は一ミリも脳をよぎらなかった。

 ――助けに行かないと。

 その意志だけが僕の中で何度も往復している。
 焦っていたのか、動揺していたのか。
 ただ上手く言葉で表すのであれば、何かを考えるより先に自分の体が動いていたのだ。


 路地裏を進むと、月明かりが届く開けた場所に着いた。
 そこでは黒いフードを被った男と銀髪の少女が視界に入る。
 男は少女の胸ぐらをつかみ、下衆な笑みを浮かべていた。
 逆に少女は丸みのある瞳から溢れ出る大粒の涙が、いくつも頬を伝っている。
 彼女の服はいたる所が破れており、そんな彼女を見る男の下劣な表情から状況は安易に想像できた。

 どちらが悪者かは考えるまでもなかった。

「おい、その手を放せ!」
「あん?」

 声を荒げて男を制止させると、すぐに僕の方へと鋭い男の眼光が移る。
 正直怖い、今すぐにでも逃げたい。
 でもそれ以上に、自分が助けを呼んでいる少女を見殺しするような男になる方が怖かった。

「……誰だてめぇ」

 男はこちらを警戒するように凝視してくる。

 あぁ、そうだ。
 もう僕には何も残っていない。
 何も残っていないからこそ、誰でもない。
 もうニルヴァーナ家でも、テイマーの一族の三男でも、Aクラスの生徒でもない。
 だからこそ――

「僕はフィル――その女の子を助けに来た」

 今日からは自分フィルの意思でカッコつけてもいいのではないだろうか。
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