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第一章 大人の私と高校生の君
7 曲のイメージ
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私と夏希は小学校時代からの友人関係。
音楽系の学校を卒業したわけではないが、私はフルート奏者として、ピアノ奏者の夏希とタッグを組んだ。
特に私は誰かに師事したことはなく、独学と夏希のアドバイスをもらいながら、ソロのコンテストに出て結果を残してきた。
ちなみに、夏希はプロに師事しながら、教師を続けている。
フルートは人気が高く、ライバルが多い。ただでさえフルート奏者が音楽の世界で厳しい中、私は仕事をしながら、フルートの演奏活動をしている。
アマチュアであり、独学の私がどこまで音楽の世界で名を残せるか、夏希に助けてもらいながら挑戦している真っ最中。
私にはフルートくらいしか自信が持てるものはないので、いつか音楽で生活ができたらいいなと思っている。
現在は、秋のコンサートに向けて頑張っている。夏希とお金を出し合った、二人のコンサート。少しずつ知名度も上がってきて、今年は初めての満員で、今まで以上に気合を入れている。
『クラシック好きの為のコンサート』をテーマにしている為、有名なものからマイナーなものまで用意してみた。
そして、今から練習する曲は、ロドリーゴの『ある貴紳のための幻想曲 第2楽章エスパニョレータとナポリの騎兵隊のファンファーレ』。
ギターと管楽器のための協奏曲。
初めてこの曲を聴いた時のイメージは寂しさだった。苦しさもある。言い換えれば、絶望に近いのかもしれない。でも、希望がある。光のような小さな希望が。
さあ、その希望の光を掴みに行こう。
そう思った時だった。夏希の弾く手が止まった。
「しほり」
少しムッとした表情。これは怒られるパターンだ。
「……はい」
「似たようなフレーズを繰り返すでしょ? 同じ吹き方じゃあ、聴いてる方は変化がなくてつまんないよ」
やっぱり、それ言っちゃいます?
「はい、わかってます」
「ピアノも同じリズムなわけよ。こんなに何回も同じメロディがあって、ただ音域が変わっただけじゃあ済まされないでしょうが」
「はい」
ごもっともです。
「イメージ、少し弱いんじゃない?」
「……イメージ、かぁ。大体は決めてるんだよ? ロドリーゴの時代背景から、内紛でつらい思いをしている中、希望の光を……」
「つらい思いって、例えば?」
彼女の追求の眼差しは緩まない。
「えっと、貧困してたらしいから、お腹空いたとか」
「他は?」
「他はー……うーん」
大体のイメージはある。でも、細かいところは決めていない。
夏希は、別に内容はどうでもいいのだ。彼女が言いたいのは、漫画や小説の物語が移りゆくように、音楽も常に変化している。その変化が足りない、そう言いたいだけ。
言葉に詰まっていると、夏希はわかりやすく溜息を吐いた。
「アンタさぁ、本番がもう少し後だからって気を抜かないでよね。生徒みたいに合わせる時間は多くないんだから」
「わかってますよー」
「『アランフェス協奏曲』の方が良かったかなー」とつい呟いてしまい、夏希は「そういう問題じゃない!」と頭を叩いてきた。
「しほり、なにかあった?」
ドキ。
「え、なんで?」
出来る限り平静を装う。だが、夏希の訝しむ視線は変わらない。
「アンタが悩んでたり、嫌なことがあったら、顔も出るけど、演奏にも出る。素直に出る。誰よりも出る」
「そんなに言わなくても……」
落ち込むから言わないで。
昨日の夜は言わずに、母の小言の話だけでいいや。
「お母さんだよ。いつもいつも彼氏とかいないのか? ていう話。老後の面倒を見なさいよって、勝手に言われちゃってさ。嫌になっちゃう」
「本当にそれだけ?」
「はい」
思わず否定しそうになったが、ぐっと首元まで登ってきた言葉を飲み込む。
「ど、どこでわかったの? その、なにかあったって、気づいたの」
恐る恐る訊いてみると、夏希は未だに怪しむ視線を止めないまま、『カヴァレリア・ルスティカーナ』を弾き始める。暗譜しているようだ。
「最初のピッチ合わせ」
何度も演奏してきたのだろう。指を動かしたまま、そう言った。
「始めからじゃん」
夏希との付き合いは長い。だから、音合わせの時に、ピッチは合っているが、ぶら下がり気味だと言ったのだろう。奏者である私のテンションが低いから、フルートは素直に音で表してしまった。
私はフルートを縦に抱き、夏希の演奏に耳を傾ける。そんな様子に、彼女は眉をハの字に寄せた。
「なにしてんの」
「夏希のピアノ、聴いてるの」
「そんな暇ないでしょ?」
「だって、弾いてるからさー」
「あたしはアンタと違って、体を動かしてないと落ち着かないのよ」
「焦ってる?」
「焦り……とは違うね」
夏希は曲の中に強弱をつける。落ち着いて、静かになったと思ったら、次のフレーズから音をハッキリ弾き、雰囲気が一転した。
彼女はニヤリと笑う。
「アンタの本気と早く合わせたいだけよ」
上半身を曲の感情に合わせて揺らす。顔の表情も、両腕の力の入れ加減も、曲の構造とフレーズ、そして伝えたい想いを計算して変化する。
彼女のプロとしての顔、それを目の当たりにして少し面食らう。そう言われるとは思わなくて。
こんなプロの演奏家にそう言わせるということは、私の演奏は捨てたものじゃない。そう捉えていいんだよね。
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