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二年目 不本意な継承
後継者を探すわけ 下
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翌日の朝一番で部屋にアスタールさんが訪ねてきたのには驚いた。
「昨日は取り乱して済まなかった」
「いいえ。もう大丈夫ですか?」
開口一番、そう言って軽くではあるものの頭を下げる姿に驚きはしたものの、逆にそう訊ねてみると肯定の頷きが返ってくる。
昨日はセリスさんがお夕飯の時間だと予備に着て暮れた後、結局、アスタールさんは食堂に降りてこなかったから少し心配だったんだよね。
今、リエラの部屋までやって来れたところからすると、なんとか復帰したのかな?
いつも通りの時間に部屋に来て欲しいと言って去っていくアスタールさんは、少しだけ肩の力が抜けたみたいに見えて、ホッとする。
こうしてみると今までの、アスタールさんは随分と張り詰めた雰囲気があったんだと気づく。
それが普通の状態だったから気付かなかったけど。
――や、違うか。
昨日がひどく張り詰めた雰囲気だっただけだ。
普段は今よりもう少し気を張った状態な位だと思うから、昨日の話題が原因なのかもしれない。
さっきの口ぶりからすると、ある程度は話してくれる気になってるっぽいけど。
いつもの時間になってアスタールさんの執務室に行くと、応接セットのソファにアストールちゃんと一緒に座って手遊び歌に興じてた。
意外な事に、アスタールさんは音程も正確に歌っているし、思いのほかいいお声。
アストールちゃんは調子っぱずれだけど、そこが子供らしくてとてもいい。
すっかり親代わりのアスラーダさんよりも、アストールちゃんと一緒に居る事の方が多くなってる炎麗ちゃんは、ローテーブルの上に座り込んで二人が遊んでいる姿を右に左にと首を傾げながら眺めてる。
なんともほのぼのとした光景に、なんだかこの部屋に来る前に入れていた気合が抜けて行くのを感じてしまう。
二人が遊んでるのを、対面に座って頬杖をついて眺めていると、手遊び歌の最後の一節が終わると同時にアストールちゃんがこちらに顔を向けて満面に笑みを浮かべた。
「りえら!」
「きゅ」
「ああもう、テーブルに乗っちゃダメですよ?」
「ごめんなさーい」
ソファからローテーブルに移動して飛びついてくるアストールちゃんを抱きとめながら叱ると、何にも反省していない言葉が返ってくる。
これはアレだ、また同じ事をやるのが確定です。
本当はダメなんだけど、邪気のない笑顔に誤魔化されて、大体なぁなぁにしちゃうんだよね。
「昨日のお話の続きだと思っていたんですけど……?」
「うむ、今日はいつも面倒を見てくれてる人が体調を崩してしまったのだ」
「あらら……。それじゃあ、また明日にしますか?」
「いや、夕飯の時間まではラエル殿が見てくれると言ってくれたから、もうすぐ迎えに来るだろう」
アスタールさんの言葉通り、すぐにラエルさんがやって来てアストールちゃん達を連れて行ってしまった。
アストールちゃんが嬉しそうに走って行ったところを見ると、ラエルさんに預かってもらう事は割とよくある事みたいだ。
言動はちょっときついけど、意外と面倒見が良いんだよね、ラエルさんって。
耳に痛い事ばっかり言われちゃうからリエラは苦手なんだけど、心配していってくれてるんだろうから前向きに対処していかないとなぁ……。
一人称とか、一人称とか、一人称とか。
アストールちゃんを連れたラエルさんを見送り扉を閉じると、アスタールさんがボソッと爆弾を投下する。
「ちなみに、今走って行ったのが『水霊の主』で、ヒラヒラと飛んで行ったのが『地霊の主』だ」
「……は?」
走って行ったのはアストールちゃんで、ヒラヒラ飛んで行ったのは炎麗ちゃんだよね?
え? 『主』って、管理者さんの一柱の??
静かに混乱するリエラの様子に気付かずに、アスタールさんは更に爆弾を投下した。
「私が、後継者を探す理由の一つでもある。あの二人は、常に特定属性の魔力を取り込んでいないと、いつ魔力暴発を起こすか分からないのだ。そんな存在を放置して行く事はできないではないか」
「行く……? 行くって、どこにですか?」
「リリンのところだが――」
どこかで聞いた事のある名前だ。
口を滑らせたとばかりに、視線を上に彷徨わせながら口元を抑えるアスタールさんを眺めながら首をかしげる。
「――ああ。ネズミ好きな人ですね」
暫く考えて、やっと思い出せたことが嬉しくて思わずポンと手を打つ。
確か、箱庭の作り方を教わってた時に名前が出た人だ。
名前が出ただけでも、アスタールさんが耳を真っ赤にしちゃった――多分、女性。
この町に来てから一年が経った今でも未だ会った事のない人だったんだけど、その人のところに行く為に自分の代わりに慣れる人間を探さなきゃいけないなんて、一体どこに居る人なんだろう??
あ、でも、グラムナードの人じゃなく、この町に来ることも出来ないんだとしたら……。
アスタールさんが、『リリンさん』の住んでる場所に永住するつもりなのかも。
もしそうなら、アスタールさんが後継者を探すわけだよね。
今、聞かされたばっかりではあるけど、アストールちゃんと炎麗ちゃんが『特定属性の魔力』の補給を必要としているなら、その仕事を引き継いでくれる人を何としてでも確保したいはずだ。
アスタールさんがアストールちゃんの事をすごく大事にしてるのは、長くない付き合いでも分かるもの。
「昨日は取り乱して済まなかった」
「いいえ。もう大丈夫ですか?」
開口一番、そう言って軽くではあるものの頭を下げる姿に驚きはしたものの、逆にそう訊ねてみると肯定の頷きが返ってくる。
昨日はセリスさんがお夕飯の時間だと予備に着て暮れた後、結局、アスタールさんは食堂に降りてこなかったから少し心配だったんだよね。
今、リエラの部屋までやって来れたところからすると、なんとか復帰したのかな?
いつも通りの時間に部屋に来て欲しいと言って去っていくアスタールさんは、少しだけ肩の力が抜けたみたいに見えて、ホッとする。
こうしてみると今までの、アスタールさんは随分と張り詰めた雰囲気があったんだと気づく。
それが普通の状態だったから気付かなかったけど。
――や、違うか。
昨日がひどく張り詰めた雰囲気だっただけだ。
普段は今よりもう少し気を張った状態な位だと思うから、昨日の話題が原因なのかもしれない。
さっきの口ぶりからすると、ある程度は話してくれる気になってるっぽいけど。
いつもの時間になってアスタールさんの執務室に行くと、応接セットのソファにアストールちゃんと一緒に座って手遊び歌に興じてた。
意外な事に、アスタールさんは音程も正確に歌っているし、思いのほかいいお声。
アストールちゃんは調子っぱずれだけど、そこが子供らしくてとてもいい。
すっかり親代わりのアスラーダさんよりも、アストールちゃんと一緒に居る事の方が多くなってる炎麗ちゃんは、ローテーブルの上に座り込んで二人が遊んでいる姿を右に左にと首を傾げながら眺めてる。
なんともほのぼのとした光景に、なんだかこの部屋に来る前に入れていた気合が抜けて行くのを感じてしまう。
二人が遊んでるのを、対面に座って頬杖をついて眺めていると、手遊び歌の最後の一節が終わると同時にアストールちゃんがこちらに顔を向けて満面に笑みを浮かべた。
「りえら!」
「きゅ」
「ああもう、テーブルに乗っちゃダメですよ?」
「ごめんなさーい」
ソファからローテーブルに移動して飛びついてくるアストールちゃんを抱きとめながら叱ると、何にも反省していない言葉が返ってくる。
これはアレだ、また同じ事をやるのが確定です。
本当はダメなんだけど、邪気のない笑顔に誤魔化されて、大体なぁなぁにしちゃうんだよね。
「昨日のお話の続きだと思っていたんですけど……?」
「うむ、今日はいつも面倒を見てくれてる人が体調を崩してしまったのだ」
「あらら……。それじゃあ、また明日にしますか?」
「いや、夕飯の時間まではラエル殿が見てくれると言ってくれたから、もうすぐ迎えに来るだろう」
アスタールさんの言葉通り、すぐにラエルさんがやって来てアストールちゃん達を連れて行ってしまった。
アストールちゃんが嬉しそうに走って行ったところを見ると、ラエルさんに預かってもらう事は割とよくある事みたいだ。
言動はちょっときついけど、意外と面倒見が良いんだよね、ラエルさんって。
耳に痛い事ばっかり言われちゃうからリエラは苦手なんだけど、心配していってくれてるんだろうから前向きに対処していかないとなぁ……。
一人称とか、一人称とか、一人称とか。
アストールちゃんを連れたラエルさんを見送り扉を閉じると、アスタールさんがボソッと爆弾を投下する。
「ちなみに、今走って行ったのが『水霊の主』で、ヒラヒラと飛んで行ったのが『地霊の主』だ」
「……は?」
走って行ったのはアストールちゃんで、ヒラヒラ飛んで行ったのは炎麗ちゃんだよね?
え? 『主』って、管理者さんの一柱の??
静かに混乱するリエラの様子に気付かずに、アスタールさんは更に爆弾を投下した。
「私が、後継者を探す理由の一つでもある。あの二人は、常に特定属性の魔力を取り込んでいないと、いつ魔力暴発を起こすか分からないのだ。そんな存在を放置して行く事はできないではないか」
「行く……? 行くって、どこにですか?」
「リリンのところだが――」
どこかで聞いた事のある名前だ。
口を滑らせたとばかりに、視線を上に彷徨わせながら口元を抑えるアスタールさんを眺めながら首をかしげる。
「――ああ。ネズミ好きな人ですね」
暫く考えて、やっと思い出せたことが嬉しくて思わずポンと手を打つ。
確か、箱庭の作り方を教わってた時に名前が出た人だ。
名前が出ただけでも、アスタールさんが耳を真っ赤にしちゃった――多分、女性。
この町に来てから一年が経った今でも未だ会った事のない人だったんだけど、その人のところに行く為に自分の代わりに慣れる人間を探さなきゃいけないなんて、一体どこに居る人なんだろう??
あ、でも、グラムナードの人じゃなく、この町に来ることも出来ないんだとしたら……。
アスタールさんが、『リリンさん』の住んでる場所に永住するつもりなのかも。
もしそうなら、アスタールさんが後継者を探すわけだよね。
今、聞かされたばっかりではあるけど、アストールちゃんと炎麗ちゃんが『特定属性の魔力』の補給を必要としているなら、その仕事を引き継いでくれる人を何としてでも確保したいはずだ。
アスタールさんがアストールちゃんの事をすごく大事にしてるのは、長くない付き合いでも分かるもの。
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