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二年目 岩窟の迷宮

油断大敵

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 初めて『岩窟の迷宮』に入ってからあっという間に二週間が経つ。
私もなんとかかんとか魔法を使えるようになった。
使えるようになった魔法は『火弾かだん』。
握りこぶしと同じくらいの大きさの炎を生み出して飛ばす魔法。
この魔法を覚えて、正直なところ私は調子に乗ってたんだと思う。

「――楽勝!」

 私の言葉に、アッシェが苦笑を漏らす。

「ちゃんと警戒は怠らないようにするですよ?」
「ん、了解」
「コンカッセちゃんは『火弾』が使えるようになってから、随分と勇ましいね」
「ん。足手まとい、卒業」

 ふんす
鼻息も荒く、リエラちゃんの言葉に答えを返し、胸を張る。
ちょっと前までの、金虫を倒し切れない私とは一味違うのだ。

「コンカッセ、調子に乗っちゃダメだよ。そういう時にひどいしっぺ返しがくるんだから」
「……ん」

 でも、上がってたテンションも、ポッシェのその忠告でしおしおになってしまう。
調子に乗ると危ない――うん、知ってる。
よく、そう言うよね。

「ポッシェの言う通りだな。この辺りから、金虫だけではなく『刃虫』も出るようになる。気を引き締めた方がいい」
「……刃虫、ですか?」
「ああ。オレのこぶし程度の大きさの虫で、羽が刃物のようになっている。黒いから岩陰に紛れやすいし、体が薄いから隙間に潜り込まれると厄介だ」

 リエラちゃんと師兄の会話を聞きながら、『刃虫』とやらを想像してみる。
どう考えても、アレだよね?
炊事場によく出るヤツ。

「アッシェ……」
「――アッシェも、コンちゃんと同じものを想像したです」

 アッシェに意見を求めると、彼女は私に同意しつつ大きく頷く。
うわ……。
師兄のこぶしくらいの大きさの、あのアレ?
絶対見たくない!
まあ、迷宮に入っている以上はそんな希望が叶う訳もなく、私達はさほどの時間も置かずに刃虫に襲われることになった。

「~~~! キタ~!!」

 遭遇の合図は、ルナちゃんの悲鳴じみた叫び声。
つられて、私も息を呑む。

「……刃虫」

 やっぱりというかなんというか。
刃虫の姿は、炊事場によく出るあのアレに酷似していた。
這いまわる時にカサコソと音を立てるのも、なぜか顔に向かって飛んでくるのも。
――顔に、向かって……。

「~~~!!」

 本当に怖いと、声も出ないって言うのは本当みたい。
右手の方から飛んでくるのに気が付いたものの、飛んでくる刃虫に私は反応しきれなかったのに、そいつはやたらとゆっくりと近づいてくる。

「コンカッセ!」

 あ、まずいかな? ポッシェの声を聴きながら思う。
その瞬間、急に左手を引っ張られて体がぐらりと揺れた。
刃虫は、私の髪を切り裂きながら耳のすぐそばを通り過ぎる。
そこはついさっきまで、私の首があった場所。
ぺたんと地面に座り込んで呆然とする私の横に、乾いた音を立てて切り落とされた髪が落ちた。



 刃虫との遭遇で混乱状態に陥った私達は、迷宮実習を中断するという師兄の決定に従う。
私も、直前までの『魔法が使える私に敵はない!』なんて言える状態じゃない。
あの時、リエラちゃんがとっさに腕を引いてくれなかったら、落ちていたのは髪の毛ではなく私の首だったのかもしれないんだもの。
もっとも、流石にその前に師兄が手助けはしてくれたかもしれないけれど。
自分の事ながら、油断、しすぎだとおもう。
でも、暑さがすぎたらなんとやらってヤツだろうか?
迷宮の外にでて人心地がついたせいか、私はぽつんと呟いた。

「髪……」
「コンちゃん、頑張って伸ばしてたですからねぇ……」

 ぐすん

「髪が……」
「綺麗な髪だったし、残念だったよね……」

 ぐすん
 ひっく

「私の、髪が……」
「――命が助かったんだから髪ぐらいどーだっていいだろ?」
「いやいや、スルとん。髪は女の命ともいうから……」

 ぐすぐす

「髪の毛ぐらいで泣かないでよ、コンカッセ……」

 ポッシェが褒めてくれたから伸ばしてた、私の髪が……。
片側だけやけに短くなってしまったツインテールに触れながら、ヤギ車の上で私は涙にくれた。
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