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ミルクとつむじ 後 〚葵〛
しおりを挟む昨日はぼーっとしてて気づかなかったけど、案外和風な家なんだな。なんていうか、もっと瀟洒な感じの家に住んでるのかと思ってた。
しかも、おうちの人はいないんだろうか?
挨拶もせず泊まってしまったけど、大丈夫なんだろうか?
リビングに来て辺りを見回したら侑生が笑った。
「夏頃に父が遠方に赴任してね。母はそれについてってる。俺は転校したくなかったし残ったんだ。大学生の兄は下宿だし、3つ下の弟はついていったから、ここは俺だけ。」
話しながら手際良く動いた侑生が、湯気の立つカップを目の前に置く。
人の家に来ることなんてまずないから落ち着かない。
手伝うと言っても、それはまた今度とさらりと断られて、所在なくただ侑生を眺める。
―――本当に、なんでも出来るんだな。
パンを焼きながら、フライパンではウィンナーと目玉焼きが焼かれ、ささみの載ったサラダにまで取り掛かっている。
あの立派な体格は、こういう食事から出来てるのか。
驚くほどの短時間で料理を終えた侑生が、ことりとお皿を置いてくれる。
ありがとう、いただきます。
そう伝えて手を付ければ、すべてとても美味しかった。
思えば昨日は動転して夜ご飯も食べていない。
ひとくち食べてお腹が空いていることをようやく自覚して、そこからはお腹に急かされるまま次々と口にした。
「今後の提案が、あるんだけど。」
そんなふうに切り出されたのは食後。
今度は温かいコーヒーを出されてそれを飲んでいるときだった。
なんだろ、と思って首を傾げれば、侑生がほんの少し顔を顰める。
「落ち着いてる葵に言うべきかどうか悩んだんだけど。―――昨日弟から電話があったよ。」
何度も鳴るから仕方なく出たんだけど。
俺の葵を返せって、言われちゃった。
とりあえず日曜日の夜までは返さないって言っちゃったけど、良かったかな?
嫌そうに鼻に皺をよせて話す侑生に頷きつつ、茜のことを考える。
まさか、1日帰らなかったくらいで連絡が来るなんて思ってもみなかった。
あの家にとって俺は空気か幽霊か、とにかく居ても居なくても大差ない存在だと思っていたから。
いや、それは違わないかも。
父でも母でもなく茜からの連絡っていうことは、たぶんそういうことだ。
茜の行動が原因で家を飛び出したから、泣いているかどうかを確認するためか、追い討ちをかけるために連絡してきたんだろう。
「それでね。俺は見ての通りこの広い家に一人暮らしで、今は家事も出来てるけど部活が詰まってると手が回らないこともある。葵がよかったらここで暮らさない?家事を手伝ってくれれば、家賃も光熱費もいらないよ。」
すぐには決められないだろうから、ゆっくり考えて。
暗く沈みかけてた思考が完全に停止した。
いったい、侑生は何を考えているんだろう?
まったく行動が読めないし、だいたいこんな提案侑生にはなんの得にもならないのに。
「じゃあ、とりあえず明日までお試し期間っていうことで。日曜日は葵の家についていくから。」
しかもこの強引さ。
まだ何も言ってないのに、こちらが混乱しているうちに話がどんどん進んでいく。
呆然としていたら、整った顔が近づいてきてそのままちゅっとキスされた。
~~~~~っ、お願いだから考える時間をくれ!
✢
2日間はあっという間にすぎた。
日頃手の回らない部屋の片付けを、という侑生を手伝って昔お祖父さんが住んでいたという部屋を片付けたり洗濯をしたり。
ご飯は侑生が作ってくれたけど、美味しいけど量がすごくて食べきれなかったりした。
逆に食べるのが少なすぎるって驚かれたりしたけど、運動部と比べたら少なくて当然だと思うんだけどな。
よくわからないけど、侑生はかなりスキンシップが好きみたいで、通りすがりに頭を撫でられたり俺を抱き枕にしたがったりする。
友達ってこんなふうなのかな?なんか違う気もする……………ペットか!
そう気がついてからはもう色々諦めた。
頬とかおでこにされるキスとかにいちいち狼狽えていたけど、相手は犬かなんかにしてるつもりなんだから。
今まで律儀に抵抗してたけど逆に恥ずかしいかも。
そう思って抵抗しなかったら舌を入れる激しいキスをされて。
―――ほんとに、なんなんだ。まったくわからない。
わからないといえば、護身術の練習もさせられた。
そんなに細くて襲われたらどうするの、なんて。
いったいどこにそんな物好きがいるっていうんだ。
そう思ったのにそれは強制的に始まって、押し倒されてから抜け出す練習とか、後ろから羽交い締めにされて反撃する練習とかをさせられた。
備えあれば憂いなしっていうでしょ、なんて。
いったい何を想定してんだか。
そして、………この状況も、意味がわからない。
なんでうちの居間で父さん母さんと侑生が対面してんだろ。
よくわからないことをいっぱい並べ立てて、さも俺が侑生の家に住むことが当然かのように説得している。
―――あれ、そもそも俺承諾してないような……?
途中から茜も参戦して反対を表明してたけど、最終的に侑生が押し切った。すごい。
まぁたぶん、父さん母さんが厄介払いをしたいという気持ちが勝ったんだろうけど。
ずきん、とどこかが痛んだけど、侑生が嬉しそうに笑うからそれも薄れた。
「強引に進めたけど、本当に嫌だったら無理しなくていいから。」
その言葉にふるりと首を振る。
嫌だなんてあるわけない。これが侑生の優しさだってわかっている。
きっと保健室のときも寝てなかったんだろう、父母との会話の途中、何度も投げられた気遣う目線でそれを感じた。
けど、聞かなかったことにしてくれていて。
それでいて逃げ場を作ってくれて。
―――ほんとうに、優しい。
「色々用意もあるだろうから今日のところは帰るね。荷物は少しずつ運べばいいし、明日からはうちにおいで。無理強いはしないけど、俺としては今日から来てくれても全然構わないから。………何かあったら、迷わずおいで。」
何かってなんだよ、と思いながらもそんなふうに気遣ってくれるのが嬉しい。
ありがとう、と伝えたら玄関先でぎゅうっと抱きしめられた。
この2日間でこんな接触にもすっかり慣れて、逞しい胸に顔をうずめる。
人の体温って、気持ちいいんだな。
すり、と鎖骨に額を擦りつけたら頭上でくすりと笑う声がした。
名前を呼ばれて見上げると、端正な顔が少しずつ近づいてきて。
―――あ、
キスかと思ったら、首にちくりと痛みがはしった。
………なんで少しがっかりしてんだろ。
胸のあたりがもやもやして、少しそこを押さえたらまた侑生がくすりと笑って。
「おまじない。………練習のこと、覚えてる?」
胸を押さえたままこくりと頷いたら、くしゃりと頭を撫でられた。
ぜったい、わすれないでね。
そう言って、さっきちくりとしたあたりをさわりと撫でる。
―――なんだろう。変な侑生。
まぁ、侑生がわからないのはいつものことか。
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