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110.羨望 *

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『スピナ様。このお花、何というお名前なのですか?』

 あの頃はそう、こんな私でもいつくしむ心を持っていたのよ。学校の勉強も成績優秀、運動もそこそこ出来たし、友達もそれなりに多かったわ。

『あら、珍しい。それはマリーゴールドというのよ』

 みーんな、みんなに囲まれて。何気ない話をしたり、笑い合って。毎日毎日、代わる代わる、素敵な贈り物をくれたりして。いつだって自然と、私の周りには皆が集まってくる。自分で言うのもなんだけれど、私は人気者だったのよね。

 機嫌取りをされていると分かっていてもね、それなりに心地良くって、私はとても楽しかったわ。

――そう、あの娘が現れるまでは。



 ある日、名家のお嬢様が私の通う学校へ入学してきたのよ。歳が私よりも二つ下だったから、お会いしたこともなくて。存在すら知らなかったわ。
(まぁ、そうね。“ベルメルシア家”という名は、知っていたけれど)

 容姿端麗、頭も良く、入学当初からすごい人気だった。もちろん私も最初は随分と可愛がってあげたものよ。でも数ヶ月経つと、私の周囲が一変したわ。

『ベリル様~! 帰りご一緒させて下さらない?』
『え……あ、あの。ハイ』
『あら! 抜け駆けは良くありませんことよ! わたくしもご一緒いたしますわ』
『あ、えっと』

――どういう事……なのかしら?

 今まで、私の周りでちやほやしていた者たちのほとんどが、その名家のお嬢様である【ベルメルシア=ベリル】に乗り換えたってわけ。さすがに気分が悪かったけれど、私だって当時はもう十八歳。子供じゃないんだから、解っていたわ。

 あの娘ベリルが悪い訳じゃないと、そんなことくらい十分に理解していたわ。でも、それでも! 私の心はすさんでいった。



『マリー……とても綺麗なお花』
『そうね。でも、花というのは時に――怖い意味を持つ』

――そうよ。貴女の事が嫌いだったわけじゃない。

『怖い? いつもスピナ様が教えて下さる、花言葉ですか?』

――それでも、私は。

『えぇ。ベリルには想像できるかしら?』

『こんなに美しく可愛らしいお花ですのに。怖い意味……』

――私よりも皆に愛され、持てはやされて。

『花言葉には、両極端な意味もあるのは?』

『ハイ! スピナ様が教えて下さいましたので』

――その笑顔も今や、うとましい。

『そう、これはオレンジ色。愛情や真心と明るい意味があるわ』

『素敵! でも……怖いのは』

――言えない。

『怖いから、秘密にしておくわ』

――今は、口が裂けても……言わないわ。


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