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第30話 ヴァレイユ家の崩壊2
しおりを挟む「クソッ………………!」
メイベル達が家出した日の夜、グレッグは額に青筋を立てながら書斎の中を歩き回っていた。
「あのクソガキども……戻ってきたら二度とこの俺に歯向かえないよう、足を切り落としてやる…………ッ!」
いつまで経っても、娘達に対する怒りが収まらないからである。
「ふふふっ、ふふふふふ♪」
怒りに任せて壁を殴ろうとしたその時、部屋の外でハウラの笑い声がした。
彼女を含めた数人の人間にはメイベル達の捜索をさせず、屋敷の留守を任せている。
だが、今は深夜だ。屋敷に居る者は全員休んでいる時間である。
「……こんな時間に……一体何をしているんだ……?」
疑問に思ったグレッグは扉を開けて、廊下を歩くハウラの様子を伺う。
――ハウラは、ちょうどふらついた足取りでこちらへ向かって来るところだった。
「貴様……何をしている?!」
グレッグは、ハウラのことを呼び止める。
「どういうつもりだ……!」
――彼女は異様な風貌をしていた。
フレームが折れ曲がりレンズが割れて使い物にならなくなった眼鏡をかけ、首からは古びた懐中時計を下げている。
おまけに、着ているメイド服もなぜか薄汚れていた。
「あ、グレッグ様ぁ♪ どうかしましたか?」
「……なんだその格好は。道化師を雇った覚えはないぞ」
グレッグの問いかけに、ハウラは微笑みながら答える。
「ふふふっ♪ 聞いてください、やっと見つけたんです。大事な大事なアニ様からのプレゼント♪」
「…………は?」
「アニ様が渡してくれた大切な眼鏡……これがないと生きていけません。ゴミ捨て場に残ってて良かったぁ♪」
「貴様……今までそんな場所に居たのか?!」
思わず顔をしかめるグレッグ。しかし、ハウラはまるで意に介さない様子だった。
「そうですよ♪ あと、今からアニ様にお勉強を教えないといけないので、邪魔しないでくださいね♪」
「何を言っている……? まるで意味が分からないぞ! 第一、あいつはこの俺が――」
「それではさようなら♪」
そう言って、ハウラはグレッグの横を素通りする。
明らかに普通の様子ではない。
「何を考えているんだ……あのメイドは……?」
不審に思ったグレッグは、ハウラの後を付けることにした。
*
「失礼します、アニ様♪」
ハウラが入っていったのは、以前アニが住んでいた部屋だった。
当然、今は何も置いていないはずだ。
「あのメイド……何か良からぬことでも企んでいるのか……?」
グレッグはそう呟きながら、警戒しつつ扉のそばへ近寄る。
そして、聞き耳を立てて中の様子を探った。
「………………ましたか……ニ様?」
どうやら、ハウラが中で何か話しているらしい。
「……まさか、暗殺者の手引きでもしているのか?」
グレッグはそう考え、部屋の中へと踏み込むことにした。
「そこまでだハウラッ! 一体誰と話しているッ!」
叫びながら踏み込んだグレッグが目にしたのは、予想外の光景だった。
「今日はここの問題をやりましょうか。……ちゃんと答えられなかったらお仕置きですからね♪」
ゴミとしか言いようのないガラクタが散乱する部屋。その奥に座り込み、誰かと話すハウラ。
「な、なんだ……一体なんなんだ……?!」
グレッグの足は震えていた。この部屋には、大の大人を怯えさせるほどの不気味な空気が流れていたのである。
「まったく……アニ様は泣き虫ですねぇ♪ 私に甘えてばかりではいけませんよ♪ ほら、抱っこしてあげます♪」
「な、なるほど……ようやく分かったぞ……! 貴様、あのクズを匿っていたんだな……!」
隣に座る何かに向かって話しかけるハウラを見て、グレッグはそう解釈する。
「ふざけるな……アニは俺が追放したんだ! 寝ぼけたことを言っていないで今すぐこの部屋を片付けろハウラッ!」
怒りが湧き上がり、怒鳴りながらハウラの側へ近寄るグレッグ。
「アニ、貴様もすぐにここから――」
そしてハウラの隣にあったそれに手をかけたグレッグは、気付いてしまった。
それは、アニではないのである。
何かを詰め込んだ大きめの袋に、ぼろぼろになったアニの服を着せているだけだ。
「は……?」
そして、その袋の中は今も蠢いている。
一体何を入れているというのだろうか。
「……グレッグ様。邪魔をしないでくださいと言いましたよね?」
「何だ……これは…………!」
「これではありません。アニ様です」
「く、狂ってるぞ……貴様……!」
困惑するグレッグの耳元で、ハウラが囁いた。
「アニ様をそんな風に呼ぶだなんて……お仕置き……されたいのですか?」
「ひ…………!」
「待っていてくださいね」
ハウラはゆっくりと立ち上がり、ガラクタの中から赤い液体の滴る斧を拾い上げる。
「まさか……それを俺に振るうつもりか!?」
「早く出ていってください」
「ま、待て。落ち着くんだ。今の貴様はおかしい。すぐに医者か神父を――」
「出ていけええええええッ!」
「うわああああああああああああああッ!」
こうして、自室へと逃げ帰ったグレッグは、ベッドの中で震えながら夜を明かすのだった。
ほとんどの人間がメイベル達の捜索に出てしまっているので、暴走したハウラを止めることのできる人間は屋敷内に残っていないのである。
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