魔王様と禁断の恋

妄想計のひと

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2章

21

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魔王様は訳がわからなかったが、拳は硬く、何度も剣戟の音が鳴った。

人間たちからも「流石だ!」「大陸一は噂ではなかったのか!」という声が上がっている。

その時に初めて魔王様は気づいたようだった。
顔を覚える事は得意ではないが、剣筋は覚えている。

「貴方は確か……」

そう呟いて僅かに気まずい表情を浮かべた。
サイは怒りと喜びが入り混じった顔をしており、魔王様は早く彼を止めなくてはと、強く拳を握って力を溜めたが、その拳は放たれなかった。

「!?」

なぜか、魔王様の身体は自分では動かせなくなっていた。何かに縛られている訳でもなく、力が抜けている訳でもなく、言うことを聞かない感じに、魔王様は背中が冷える感じがした。

「リタ……?」

「この人間の事を陛下が思い出さないか、少し心配していました」

魔王様の変化に、天帝はすぐに剣を抜こうとするが、リタはナイフを懐から取り出し天帝の首へ、サイは魔王様の首へとそれぞれの凶器を当てた。
神官達は、天帝にナイフが当てられた驚きから、すぐに立ち上がり剣を抜こうとするが、天帝が左手を上げて止めた。

「動かないでください。陛下がどうなるか私にもわかりません」

「何故?」

天帝は汚い物を見るかのような表情でリタを睨んだ。
これは何故このようなことをしたのか?と訊いている。

「偶然にも、私と彼の利害が一致したので」

リタの表情はいつも通り無表情で、淡々としている。
リタが自分を騙すような行為をとるとは、魔王様は思ってもみなかった。

今、魔王様の行動を止めているのはリタの魔族としての能力だった。リタは対象者の血を摂取することで、傀儡として操ることができる。なので、リタは魔王様の動きを封じる事が目的なだけで、危害を加えるつもりがない事は分かっていた。
もし危害を加えるつもりなら、とっくに何かされているだろう。

「まさか本当に、シュエイシカ様が生きているとは思いませんでした!良かった!本当に!魔族の言った通りだとは!」

反天界軍のリーダーとしての立ち振る舞いと全く異なる狂気に満ちた目を天帝へ向け、天帝は全く興味がなさそうにため息をついただけだった。

一方、反天界軍は自分たちのリーダーが天帝に向かってこのような表情を見せるとは思ってもみなかったようだ。

「おい、魔族!持って来たんだろうな?」

「既に用意されています」

リタはナイフを天帝に向けたまま、片方の手で小さな小瓶を取り出した。このサイ・ヒストラーニが何を企んでいるのか、魔王様は察知して、顔を歪めた。

彼は、魔王城へ来て挑戦し、勝ったら当時の勇者に惚れ薬を使うと言っていたその人であった。
魔王様が名前を呼んだことで、天帝がその勇者である事を確認したのだろう。

「それは……」

魔王様は嫌な予感がしていた。魔族の惚れ薬が天帝に効くとは到底思えなかったが、それでも嫌な予感は当たる気がした。

皆の注目がリタの持つ小瓶へと集まる。

「ご自身で飲まれますか?それとも、私の助けが必要でしょうか?」

リタの手からその小瓶を受け取ると、天帝は匂いを嗅いだ。その酷い臭いからか、顔を歪ませる。

「これを飲めば、レイリンを解放するのか?」

「解放は出来ませんが、危害は加えません」

「それは最初からだ。何の取引にもなっていない」

「それは私が危害を加えないだけであって、あの人間がどうするかは分かりません」

天帝の冷めた目はリタから、サイへと移った。
サイは歪んだ笑みを浮かべながら、剣を引く動作をした。

「止めてください」

魔王様は天帝に対して言ったが、「誰が止めると言うのか?」とサイが反応した。

万が一にもその薬が効いてしまったらと思うと、魔王様は冷静に見ているだけではいられなかったが、残念なことに身体は動かず、まだリタの掌の上だった。

「リタ」

「陛下、説得は無駄です。それに応じるようでしたら、最初からこのようなことはしていません」

そうだろう、魔王様はため息をついた。

「分かっています。あなたは私の大切な家族ですから」

その言葉にリタだけでなく天帝も驚いたが、この場では何も言わなかった。

遂に、天帝は小瓶を呷るように飲み干した。

握られていた小瓶は、カランと音を立てて床に落ち、天帝はその手で頭を押さえている。

神官達も薬の中身が気になるのか、天帝へ声をかけるが反応しなかった。

跪いたまま見つめていた天帝狂信者集団ですら、事の成り行きが気になり立ち上がってしまった。

「ランシュエ?」

「………」

天帝は呼ばれて魔王様を見るが、その目はいつも魔王様を捉えて離さない黄玉とは違っていた。
魔王様は、心臓が強く波打ち唖然とした。

「シュエイシカ様!ご気分はどうでしょうか?」

「……少し頭は重いが、悪くない」

天帝はそう笑顔を向けながらサイに反応した。

「一体、主に何を飲ませたのですか?」

この天帝の変わりように、神官達はざわざわと騒ぎ始めた。
サイは得意げに説明を始めた。

「シュエイシカ様に飲ませたのは惚れ薬です!いや!それよりも強い、解けることのない洗脳、幻覚剤のような物です!」

「解けることがない?」

「ジオレライ様!どうなさいますか?!」

神官達は顔の色が白くなったり青くなったりしている。ジオレライというのは、1番前にいる金髪碧眼の神官だろう。

「一度、神術を試みるしかない」

ジオレライが手を前にかざすと、淡い青白い光の球が形成された。

「止めろ!」

サイの声に、天帝は手を伸ばしてジオレライの手を叩いて止めた。

「あはは!さすがシュエイシカ様だ!」

サイは天帝に近づくと、両腕をとって握りしめた。
ようやくリタはナイフを下げて懐に戻し、魔王様を見た。
魔王様は悲痛な面持ちで、その紅玉を潤ませることもなく床を見つめていた。

リタはこれ以上見ていられないと言うように、その姿から視線を逸らせた。

「人間、あなたの要求は主をどうすることですか?」

ジオレライが眉を寄せながらサイに訊いた。

「私はシュエイシカ様を手に入れたらそれで良い!天帝かどうかは知ったことではない」

このセリフに、ジオレライは腕を上げ一筋の光を上へ放ち、その光は魔王城の天井を壊すことなく抜けていった。

「評決では、天帝の座を降りてもらう事になっていたが、これではまともな話など出来ないな」

嘆息をつき、ジオレライが上を見上げて何かを待っていた。
すると、同様の光が2つ飛んできて、ジオレライの掌の上に降りた。

「やはりそうなるか」

「ジオレライ様?」

その光は他の四神官のものであり、伝言を伝える神術だった。

「主には天帝の座を降りてもらうが、そのための宝珠を手に入れるに為に、一度天界へ来てもらう必要がある」

「面倒だけど、それで私とシュエイシカ様の間を邪魔しないのか?」

サイは天帝の腕に絡みつきながら言った。

「協力してくれれば、そちらの思うように融通を効かせよう」

そう言って、ジオレライは魔王城から出て行こうとする。

「待ってください。まだその薬が解けるかどうかわからないのに、何故そんなに急ぐのですか?」

魔王様は自分が人質となったせいで、天帝がその座から降ろされるなんて辛抱できなかった。

ジオレライは魔王様を一瞥し、すぐにまた歩を進めた。

「評決では既に解任要求が通っています」

ジオレライが行けば、神官達は後に続き、サイも天帝へと声をかけて出て行ってしまった。反天界軍もその後を追った。

残されたのは天帝狂信者集団と魔王様とリタだった。
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