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4話

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「何だ?言えない様な手を使っているのか?」

 フェオのユルを射抜く。
 ユルはその視線を受けて体を震わせ始める。
 そして。
 ユルの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ始めた。

「ずみ、ませんっ!ごめんなさいっ!!うっ、ぅぅぅっ………」

 顔をくしゃくしゃにしてユルが泣く。
 それにフェオは度肝を抜かれた。

 フェオは初めて見たのだ。
 感情のままに涙を流す人間を。

 フェオの周りには躾を受けた貴族しかいない。
 子供ですら必要な場面では感情を殺す様に躾けられている。 
 ましてやフェオは皇女だ。
 周りに居る者は洗練されている人物ばかりだ。

 貴族なら小さな少女すらフェオの前では涙を流さないだろう。

 それは時と場合によれば首を刎ねられても仕方が無いから。
 皇女を相手にすると言う事はそう言う事なのである。

 だがユルはそんな躾受けていない。
 感情をコントロールしろなどと躾けられていないのだ。
 14歳の良い年した人間が人前で大泣きするなんて恥にもなる事は分かっている。
 位の高い者の前で質問に答えず泣くなんて不敬だと分かっている。 
 それでも涙は止まらない。
 ユルは涙の止め方など知らないのだ。
 
 村に居た時から、泣きたい時は1人になって泣きたいだけ泣いた。
 その分、人前で泣かない様に気を付けた。
 人の心配を買ってしまうから。
 自分より年下の子供たちに示しがつかないから。
 だから隠れて泣いた。
 泣きたいだけ泣いたら涙が止むことを知っていたから。
 言い方を変えればユルは泣きたいだけ泣く事しか、涙を止める方法を知らなかった。
 それが首を刎ねられる危険を伴っても、ユルはフェオの前でどうやって涙を止める方法を知らなかったのだ。

(人と言うものはこんな風に泣くのか!?)

 それにフェオは衝撃を受けた。
 自分の前でこんな風に泣く存在など出会ったことが無かったから。
 だが不快とは思わなかった。
 それどころか零れ落ちる涙が水晶の球みたいで綺麗だなんて思った。
 震わせる小さな体を抱きしめて、「大丈夫」だと声すらかけてやりたくなった。
 そんな感情をフェオは知らなかった。

 ソレを人は「庇護欲」と呼んだだろう。

 実際エオローもユル相手に庇護欲を刺激されて仕方なかった。
 フェオが居なかったら抱きしめて優しい言葉をかけてあやしていただろう。
 それ程にユルの涙は人の庇護欲を煽るものだった。

「泣くな治癒師、私はお前を罪に問いたい訳ではない」

「は、いっ………」

「治癒師、其方がどうやって私の呪いを解いたのか知りたいだけなのだ」

「は、い…………」

 グスグスとユルは羽織ったローブの袖で涙を拭う。
 折角買いそろえた綺麗めのローブなのに台無しである。
 だが新しいローブ以上の価値ある物をユルは手に入れた。
 企んだわけではない。
 計画したわけではない。 
 だからこそ手に入れたのだ。

 『皇女殿下の庇護欲』と言うものを。

 ユルの無垢な涙だからこそそれは手に入ったものだった。
 だからユルは鋭かったフェオの瞳が優しさを宿したのを見て、それに答えなければいけないと思った。
 自分の能力を言えばどうなるか分からない。
 平穏が脅かされるかもしれない。 
 それでも嘘をつこうとは思わなかった。
 騙そうとは考えもしなかった。

「僕の能力は―――――」

 ユルはしゃっくりをあげながら、自分の能力を初めて人に話すことにしたのであった。
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