騙されて神鳥の卵を食べさせられた令嬢、国を追放されるーしかし神鳥と同化した令嬢は人々を救う聖女となったー

【２１話】

「遅いお帰りでしたのね」

　ゾクリと悪寒が走りました。
　艶っぽい声。
　なのに何でうすら寒い。

「母上、夕食に姿を見ませんでしたが具合は良いのですか？」

「えぇ、もう大丈夫よ」

「それは良かったです。では私はこれからマーチを部屋に案内するので」

「そう、貴方が女性を連れて来たと聞いた時は耳を疑ったのだけど…本当に綺麗なお嬢さんを連れて来たのね」

　赤い唇を薄い舌がペロリ舐めました。
　その仕種に怖気が走ります。
　艶やかな仕種であるはずなのに。
　何故だか私には蛇が獲物を前に舌をちらつかせているように見えたのです。

　皇后様は深い緑の髪に血のように赤い瞳。
　フェブ様のお母様は金髪に青の瞳だと聞きました。

　外見はそっくりだったそうですが、色合いは全く似ていない姉妹だったようです。

「今晩は、お嬢さん。名前は何と言うの？」

「マーチと申します。以後お見知りおきを」

　ローブの裾を摘まんでカーテシーをしました。
　それに皇后様が僅かに目を見開きます。

「貴方は法術師の護衛だと聞いたのだけど…もと貴族なのかしら？」

「実家とはもう関りありません」

「そう。マーチ、美味しいワインがあるの。良ければ一緒にどうかしら？」

　ねっとりと絡みつくような視線に居心地の悪さを感じます。
　生暖かい空気が全身に絡みつくようです。

「いえ、フェブ様の護衛があるので辞退させて頂きます。折角の申し出、申し訳ありません」

「そう。そう、マーチはお酒は飲まないのね」

「護衛が酔う訳にはいけないので」

　これは少し嘘を含んだ答えです。
　私は毒耐性もあるのでアルコールなどでは酔う事はありません。

「そう、そうのね。楽しい子ね、マーチ」

　名前を呼ばれるたびに生暖かい空気が体を這いずり回るようです。
　その奇妙で気味の悪い感覚に居心地の悪さを感じました。

「母上、夜も遅いです。ワインは明日になさっては？」

「そう、そうね。明日にしましょう。お休みなさい、護衛のマーチ。私の誘いを断ったのは面白かったわ」

「無礼をお許し下さい。それでは失礼いたします皇后様」

　挨拶をして、私とフェブ様は私の手を握り皇后様の横を通り過ぎました。
　手を握られた事で、私は自分が震えていた事に気付きました。

「お休みなさいフェブ、マーチ」

　ゾクリと名前を呼ばれる度に悪寒が走ります。
　でもフェブ様が手を握っていくれているので、震えはしませんでした。

　：：：

「あの方が皇后様………」

「驚いたよ」

「何がですか？」

「マーチが母上の誘いを断った事に」

「え？」

「母上の誘いを断ったのはマーチが初めてなんだ。多分呪術だろうね、母上に名前を呼ばれると皆魅了されたように従うんだ。マーチが名前を名乗った時には肝が冷えたよ」

「真名を握られる、と言うやつですね」

「うん、私でも母上が真名を握った相手の魅了を解く事は叶わない。おそらく解けるとしたらマーチのような法術師だろうね。
でもコレでマーチの法力が母上の魔力を上回っている事が分かった。ますます心強いよ」

　フェブ様の説明を聞いて分かりました。
　あの生温い絡みつくような空気は、皇后さまが真名を握ろうとしたためのモノでしょう。
　アレに絡めとられたら私も皇后さまの誘いに着いて行ったに違いありません。

「私は、皇后さまに囚われませんよフェブ様」

「うん、マーチは僕と一緒にいてくれるんだよね」

　コツン

　フェブ様が私の額に己の額をくっ付けました。
　一気に体中が熱くなります。
　顔にも熱が！
　手も握られたままなので手汗が心配です。

　そして何よりも目の前にあるフェブ様の美貌！

　これに耐えれる女性など存在するのですか！？

　ですがフェブ様が安心した顔で瞳を閉じていられたので、今心地良いと感じてくれているなら暫くはこのままで良いかと思いました。
　私の手汗が不快に感じる前には手を放して下さいよフェブ様……。