悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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最終章 儚き薔薇は……

5、君のために

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「なるほど……シュネイル国の第六王子……ね」

 大海原に浮かぶ船の上、俺とアスランは甲板に腰を下ろしていた。
 何から話していいのか困ったが、俺はセインスから聞いた話だと言って、アスランが邸に来るまでの話を伝えた。
 アスランは黙って聞いていたが、俺が話し終わると遠くを見ながら一言そう呟いた。

「そう……だからアスランは本当はオースティンっていう名前で……」

「ちがうよ」

「えっ……?」

 いきなり自分の出生について明かされたからか、アスランは悲しげな目をして首を振っていた。
 やはり急に言われても受け入れられるものではないのだろう。
 顔を上げたアスランは傷ついたような目をしていた。

「そんな、名前で呼ぶのはやめて、俺はアスランだよ。シリウスと一緒に育った、ただのアスランだ。そんな変な名前じゃないし、シュネイルとかいう国の王子なんかじゃない」

「アスラン、でも、大切なことなんだ。エルシオンはアスランのお兄さんで……」

「シモン! 俺はあいつを許さない……! シリウスをこんなことに巻き込んで……、今度あったら絶対に殴ってやる」

「アスラン!」

 手を握り込んで怒りの表情になったアスランを見て、俺は思わず立ち上がり、アスランの頭を抱え込むようにして抱きしめた。

「確かに……シモン先生は無茶苦茶だし、勝手なことをして許せないけど……。でも、彼はアスランを助けてくれた人だから……。彼と彼のお母さんがアスランを連れ出して、命を救ってくれた。そのおかげで、こうやって出会うことができたんだ。二人が対立して傷つけ合って欲しくない」

 本来であれば同じ国に生まれ、母は違えど、兄弟として一緒に育った可能性のある二人だ。
 エルシオンもアスランも同じ悲劇に巻き込まれてしまった幼い子供だった。
 そう思うと、これ以上争うなんて悲しいことを繰り返して欲しくないと思ってしまった、

「シリ……ウス、俺のこと……嫌いにならない?」

「え?」

「だって、俺は……シリウスの家族になったのに……、アスランじゃないって言われたら……俺は……俺は……」

 アスランは肩を震わせて泣いていた。
 子供の頃はよく泣いていたアスランだったが、大きくなってからは涙を見せることはなかった。
 王子だとか、そんなことより、アスランが気にしているのが俺との関係だったなんて、胸が苦しくなってしまった。

「ばかだな……、俺のアスランはアスランのままだよ。アスランがどこの誰でも、俺の気持ちは変わらない。ずっと大切な家族で、これからも好きだよ。アスランが嫌なら、オースティンだなんて呼ばないから」

「う……うう……シリウス。うん、俺も……側にいる。王子なんてやだ、離れない」

 子供のように泣きじゃくるアスランを抱きしめながら、俺はアスランを守ろうと改めて決意した。

 ここはゲームの世界だが、もう自分の意思で進んでいくと決めた。
 ゲームの主人公アスランがどうなったのかは分からないが、今のアスランは俺のすぐ隣にいる。
 この先に何が待ち受けていても、アスランを、アスランと一緒の未来を守ろうと決めた。

「本当に……行くの?」

「ああ、ケリをつけないと。物語を終わらせて、俺達の話を作っていくんだ」

「………分かった。行こう」

 アスランが右手を上げると、その手は青い炎に包まれた。
 聖力が燃え上がった青い炎だ。
 目の前で見ると熱そうというより綺麗に見えてしまった。

「あれ? そういえば、聖力を使えば、世界中自由自在に行き来できるんだな。ということは、エルシオンだって苦労せずに移動魔法でシュネイルに行けばよかったんじゃ……」

「それは無理だよ。簡単な移動魔法は使えるかもしれないけど、国と国、海を挟んで別の大陸や国を移動するような聖魔法が使えるのは俺一人くらいじゃないかな」

「ええ!? それは……アスランの力が強すぎるから?」

「と、いうより、聖力持ちは、自分の能力をどう割り振るか決めるんだよ。戦闘能力、回復力、洗脳精神系能力、移動能力。その中でも細かく分かれるんだけど、だいたいがみんな満遍なく能力を分けるんだ。でも、俺は移動能力に全振りしたんだ」

「え…………? 全振り?」

「そう、だから他の聖力は全く使えないけど、移動能力だけは飛び抜けたから、どこへでも行けるようになったんだ」

 何を言っているのだろうかと、目をパチパチと瞬かせてしまった。
 移動に全振りってそんなことがありえるのだろうか。
 戦闘や回復の能力を上げて、聖騎士になって使いこなすのをイメージしていた。
 選択肢があれば、満遍なく力を利用したいというのが誰もが考えることだろう。
 まさか他の使えそうな能力を捨てて、移動するだけの力に全振りするなんて、思いつきもしなかった。

「鍛えまくったから、剣や力で負けることはないし、戦闘能力は必要ない。移動能力があれば、シリウスと色んなところへ行けるし、離れたっていつだってシリウスの元へ飛んでいけるからさ」

「………アスラン、お前って……全部、俺なんだな……」

「へへっ、だってシリウスが好きだからさ」

 何を決めるにも、全て俺のことを基準にしているアスランに、もう敵わないなと思ってしまった。
 こんなに愛してくれる人に出会えたことに、俺はゾウの神様に心からありがとうと感謝した。

「俺も」

 大きな口で子供のようにキラキラと輝く笑顔を見せてくれたアスランに、顔を寄せた俺は唇を重ねた。

「んっ……シリウス」

 軽くキスをするつもりが、アスランが倍の勢いで深く唇に吸い付いてきたので、つい夢中になりそうだったが、こんなことをしている場合ではないと気がついた。
 トントンとアスランの背中を叩いて、時間がないと知らせた。

「あ……アスラ……待って、早く、いかないと」

「あーー、もう、シモンだっけ、エルシオンか。やっぱり殴る」

 ムッとした顔で俺から離れたアスランは、仕方がないなと言って再び手に炎を宿した。
 それが魔法陣のように紋様を描きながら二人の周りに広がった。
 紋様は光り輝き風が足元から吹き抜けてきた。

「わっ、これ……どうすればいいの?」

「俺にしっかり掴まって、行き先はシュネイル王国、聖剣の儀が行われる場所でいいんだよね?」

「具体的な場所も分からないのに、そんな感じで行けるの?」

「ふふっ、シリウス。俺を誰だと思っているの? 類い稀な強い聖力を持っていて、それを全部移動能力にした男だよ。俺に行けない場所はない」

「うわー、ある意味、それが最強かも」

 轟々と風が鳴り響き、アスランに抱きついた俺は、だんだん体が溶けて消えていくような感覚を感じ始めた。
 恐くなってアスランを見上げると、アスランは大丈夫だという顔で微笑んだ。

 それを見たら、恐怖の感情は消えて、アスランに全て委ねるように力が抜けた。

「行くよ、シリウス」

 アスランの力の凄さを目の当たりにして、言葉が出て来なかった。
 ただアスランに抱きつく腕の力を強めて、分かったと伝えた。






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