14 / 18
砂の夜明け
Aube.01 砂の国からの略奪者
しおりを挟む
「許さない」
真っ青な顔をしたシェーンが割り込んだ。
「サリ、君はよくも、シルクの身がどうなるかわからないことを――」
食ってかかるシェーンに、サリは麗しく微笑むと、柳のような風雅さで、身を翻した。
「シェーン、心配なら、君が守ってあげるといい。彼女は彼女の意思で砂に赴く。それが、私たちの定めだ。――もっとも、私自身は砂を見捨てることを選んだ。彼女にも、強いる気はないけれどね。シルクが、私と同じ卑怯者になることを望むなら、彼女が砂にさらわれないよう、守りもしよう」
「――!」
その、サリがシェーンに告げた言葉に、シルクは正直なところ、心が揺れた。卑怯者は嫌いだけれど、サリと同じなら一度くらい――
サリに守ってもらえる機会なんて、きっと、二度とない。そんな、不謹慎かもしれない乙女心が、むくむく、膨らみかけた時だった。
「あっ」
無言のまま、エヴァディザードが強くシルクの腕をつかみ、歩き出した。
「待っ……!」
ようやく、シルクは恐怖を思い出した。
何か、取り返しのつかないことになるような、引き返せなくなるような、予感。
抗おうとしたシルクの耳元に、エヴァディザードが低く、底冷えするような冷酷さで、囁きを落とした。
「おとなしくしていろ」
死を見たくなければ、と。
シルクはぞくりとして、エヴァディザードを凝視した。
声が、出ない――
視界の隅で、追おうとしたシェーンをサリが止めたのには気付いた。
頭に、血が昇りすぎているのだ。今のシェーンでは、エヴァディザードにいつ、命を絶たれてもおかしくない。シェーンと対峙した時のエヴァディザードの瞳は、獲物を食い殺す、獰猛な豹かのようだった。シェーンの命を絶つことに、一片のためらいすら、持ち合わせていないかのようだった。
無言のままのエヴァディザードに、シルクは城の奥の一室へと連れ込まれた。
「――どういう、つもりなんだっ!」
エヴァディザードが扉を閉める間に、シルクはスラリと腰の細剣を抜き、彼に突きつけた。
カタカタと、全身が小刻みに震えて、邪魔をした。それでも、気丈に睨みつけるシルクの様子に、エヴァディザードがふっと笑みをこぼした。
「貴女を、――地獄へ――」
「なっ……!」
突きつけられた細剣に構わず、エヴァディザードが間合いを詰めようとした。
「ち、近付かないで!!」
エヴァディザードは止まらなかった。微笑みさえ、湛えたまま。
恐怖に、シルクは無我夢中で突きかかった。急所こそ狙わなかったけれど、本気で刺すつもりで、細剣を突き出したから。
その細剣を、エヴァディザードの鋭い手刀に叩き落とされたことが、シルクには数呼吸の間、理解できなかった。
石の床に弾かれた細剣の、甲高い金属音だけが、音高く鳴り響く。
エヴァディザードに強く腕をつかまれ、シルクはとっさに叫ぼうとして、試合の時されたように、あえなく唇を重ねられた。
「――っ!」
懸命に抗うも、エヴァディザードに押さえつけられた身は、びくともしなかった。
「んっ! んーーっ!!」
濡れた舌を挿されると、シルクはびくりと身を震わせて、涙さえ落として、身を硬くした。
「……うっ……」
「あなたを賭けた試合に、あなたは負けたのに、私にあなたを差し出さないな」
「そんなっ、冗談だって、エヴァ言ったじゃないか!」
エヴァディザードはくすくす笑って窓枠にかけると、おいでと、シルクを手招いた。
「だ、誰がおまえの言うこと聞くかぁ!」
「聞け」
ぐっと、啖呵に詰まって、シルクはこぶしを握りしめた。
なん、なんだ。なんで、ぼく、言うこと聞きたくなるんだ。エヴァ、この性格でかっこいいの反則だろ!?
「シルフィランキシィ皇女、あなたをさらうと言ったのは本気だ。公の場でああいうことがあった以上、身分柄、なかったことにもできないはず。あなたが私に従えば、他の者には手を出さないと約束する」
「くそっ……、どこが、砂の剣士は高潔だよ! 極悪非道じゃないか!」
怒りに任せて罵倒したのに、エヴァディザードときたら、声を立てて笑った。
「はっ、はははっ! 人の噂など信じるからだ。くくっ、はははっ!」
笑いすぎ! 超ムカツク! ここ、笑うとこじゃないだろ!? 絶対、笑いすぎだから!!
「生涯、あなた一人しか愛さないとか、そういう約束もしてもいい。砂に入るまででいい。私に従え。あなたを無理に砂に連れようとすれば、追っ手がかかる。あなたを守ろうとする者を、あまり、手にかけたくない。あなたが国に帰りたい時には、私を暗殺すればあなたは自由だ。――できるなら、の話だが」
「な、何言って……!」
トンと、エヴァディザードが窓枠を降り、すれ違いざま、動揺していたシルクをたやすく腕にとらえた。
「皇女、返事を」
真っ青な顔をしたシェーンが割り込んだ。
「サリ、君はよくも、シルクの身がどうなるかわからないことを――」
食ってかかるシェーンに、サリは麗しく微笑むと、柳のような風雅さで、身を翻した。
「シェーン、心配なら、君が守ってあげるといい。彼女は彼女の意思で砂に赴く。それが、私たちの定めだ。――もっとも、私自身は砂を見捨てることを選んだ。彼女にも、強いる気はないけれどね。シルクが、私と同じ卑怯者になることを望むなら、彼女が砂にさらわれないよう、守りもしよう」
「――!」
その、サリがシェーンに告げた言葉に、シルクは正直なところ、心が揺れた。卑怯者は嫌いだけれど、サリと同じなら一度くらい――
サリに守ってもらえる機会なんて、きっと、二度とない。そんな、不謹慎かもしれない乙女心が、むくむく、膨らみかけた時だった。
「あっ」
無言のまま、エヴァディザードが強くシルクの腕をつかみ、歩き出した。
「待っ……!」
ようやく、シルクは恐怖を思い出した。
何か、取り返しのつかないことになるような、引き返せなくなるような、予感。
抗おうとしたシルクの耳元に、エヴァディザードが低く、底冷えするような冷酷さで、囁きを落とした。
「おとなしくしていろ」
死を見たくなければ、と。
シルクはぞくりとして、エヴァディザードを凝視した。
声が、出ない――
視界の隅で、追おうとしたシェーンをサリが止めたのには気付いた。
頭に、血が昇りすぎているのだ。今のシェーンでは、エヴァディザードにいつ、命を絶たれてもおかしくない。シェーンと対峙した時のエヴァディザードの瞳は、獲物を食い殺す、獰猛な豹かのようだった。シェーンの命を絶つことに、一片のためらいすら、持ち合わせていないかのようだった。
無言のままのエヴァディザードに、シルクは城の奥の一室へと連れ込まれた。
「――どういう、つもりなんだっ!」
エヴァディザードが扉を閉める間に、シルクはスラリと腰の細剣を抜き、彼に突きつけた。
カタカタと、全身が小刻みに震えて、邪魔をした。それでも、気丈に睨みつけるシルクの様子に、エヴァディザードがふっと笑みをこぼした。
「貴女を、――地獄へ――」
「なっ……!」
突きつけられた細剣に構わず、エヴァディザードが間合いを詰めようとした。
「ち、近付かないで!!」
エヴァディザードは止まらなかった。微笑みさえ、湛えたまま。
恐怖に、シルクは無我夢中で突きかかった。急所こそ狙わなかったけれど、本気で刺すつもりで、細剣を突き出したから。
その細剣を、エヴァディザードの鋭い手刀に叩き落とされたことが、シルクには数呼吸の間、理解できなかった。
石の床に弾かれた細剣の、甲高い金属音だけが、音高く鳴り響く。
エヴァディザードに強く腕をつかまれ、シルクはとっさに叫ぼうとして、試合の時されたように、あえなく唇を重ねられた。
「――っ!」
懸命に抗うも、エヴァディザードに押さえつけられた身は、びくともしなかった。
「んっ! んーーっ!!」
濡れた舌を挿されると、シルクはびくりと身を震わせて、涙さえ落として、身を硬くした。
「……うっ……」
「あなたを賭けた試合に、あなたは負けたのに、私にあなたを差し出さないな」
「そんなっ、冗談だって、エヴァ言ったじゃないか!」
エヴァディザードはくすくす笑って窓枠にかけると、おいでと、シルクを手招いた。
「だ、誰がおまえの言うこと聞くかぁ!」
「聞け」
ぐっと、啖呵に詰まって、シルクはこぶしを握りしめた。
なん、なんだ。なんで、ぼく、言うこと聞きたくなるんだ。エヴァ、この性格でかっこいいの反則だろ!?
「シルフィランキシィ皇女、あなたをさらうと言ったのは本気だ。公の場でああいうことがあった以上、身分柄、なかったことにもできないはず。あなたが私に従えば、他の者には手を出さないと約束する」
「くそっ……、どこが、砂の剣士は高潔だよ! 極悪非道じゃないか!」
怒りに任せて罵倒したのに、エヴァディザードときたら、声を立てて笑った。
「はっ、はははっ! 人の噂など信じるからだ。くくっ、はははっ!」
笑いすぎ! 超ムカツク! ここ、笑うとこじゃないだろ!? 絶対、笑いすぎだから!!
「生涯、あなた一人しか愛さないとか、そういう約束もしてもいい。砂に入るまででいい。私に従え。あなたを無理に砂に連れようとすれば、追っ手がかかる。あなたを守ろうとする者を、あまり、手にかけたくない。あなたが国に帰りたい時には、私を暗殺すればあなたは自由だ。――できるなら、の話だが」
「な、何言って……!」
トンと、エヴァディザードが窓枠を降り、すれ違いざま、動揺していたシルクをたやすく腕にとらえた。
「皇女、返事を」
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~
イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。
ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。
兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。
(だって飛べないから)
そんなある日、気がつけば巣の外にいた。
…人間に攫われました(?)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる