剣聖~約束の花嫁~

冴條玲

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第8話 なら、あなたを賭けて 【前編】

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「シルク」

 しかめつらをしたシェーンが言った。

「気に入らないな。その言動で、君を恋慕う立場の私がどういう心境になるか、わかるのかい?」
「え……?」

 青い瞳を翳らせて、シェーンがふいと顔を背けた。
 思わせぶりな態度はいつも、淑女とみれば取る彼ながら(シルクが淑女かどうかは別にして)、エスコートに徹しきれずに目を背けるシェーンなんて、シルクは初めて見たように思った。途惑って、シェーンをうかがった。
 たとえ同じセリフを口にしても、いつもの彼なら、微笑んで誘惑にかかるくらいの余裕があるのに。

(どうしたんだろう、シェーン……)

 見かねてか、メイヴェルが口を開いた。

「――シルク皇女」

 シルクが、メイヴェルを振り向いた、その時だった。
 ふいに、背後から抱き締められて、頬を寄せられて、本能的に恐怖を覚えたシルクは、夢中で彼女を捕えたシェーンを振り払った。

「いやっ!」

 反射的にシェーンの頬を平手打ちして、青い瞳に痛みが揺れるのを、見た。
 どきんとした。
 何が起こったのか。
 シェーンが何か言いかけて、けれど、何も言わずに、唇を噛んで顔を背けた。
 青の瞳に、ほんの一瞬、思いの丈を訴えられた気がした。

 ――まさか。

 会う度に口説かれたけれど、シェーンのそれを本気に取ったことはなかったし、冗談だと、思っていたのに。
 シルクがやっと事態を呑み込んだのは、シェーンが耐えかねたように、険のある歩き方で、そこを足早に歩み去った後だった。

 シェーン、本気なんだ。
 その気もないのに、気を持たせるような残酷な真似、できない。

「追わないのか?」

 静観していたエヴァディザードが、口を開いた。
 シルクはこくとうなずいた。

「シェーン、あんなでも、本当はとても、誇り高くて潔い人です。その気もないのに、追うような真似――同情で追うような真似は、シェーンを貶めます。ぼくだったら、馬鹿にするなって怒るから」

 エヴァディザードが切れ長の、黒曜の目を細めた。

「好ましいな」

 少し驚いたシルクに、好きな姿勢だと、エヴァディザードが率直に、飾り気のない言葉で感想を述べた。
 慣れない褒め言葉に、シルクが少し途惑うのを、エヴァディザードが首を傾けるようにして、どうしたと見た。
 近寄りがたい印象の、メイヴェルにも引けを取らない風格のエヴァディザードだ。こういった、本心でなければ人を褒めない感じの人に褒められるとは、シルクは思いもよらなかったから。

「あの、試合、負けません……!」

 とにかくと気を取り直し、そう言ったシルクを、エヴァディザードがフと笑った。

 ――ええっ!?

「ちょっと、今の、試合したら絶対に負けない笑い!? 今、ぼくなんかに負けないと思った!?」

 まともに、エヴァディザードが失笑した。

「すまない、その通りのこと思ったな」
「な、ぬわにぃーっ!?」

 うっわー、ムカつく!
 無愛想な人だと思ってたのに、ここへきて、声立てて笑うか!?

「ほほおう」

 シルクはやおら低い声を出すと、

「それはそれは、負けたらどうしてくれるんでしょうね……! 年少のうら若き姫君に負けたりしたら、カイム・サンドの剣士として、名折れってものだよね……! 笑ったな!? 完膚なきまでに負かしてやるから!」

 エヴァディザード、笑ったはずみに、目の端に涙まで浮かべている。

「なぜ笑うーっ!!」

 ふいに、笑いをおさめたエヴァディザードが切り返した。

「あなたが負けたら、どうするんだ……? 自信があるなら、何か賭けよう」
「なっ、自信だって!? ぼくだって同じ第二シードだ、そうそう負けるもんか!」

 エヴァディザードはなお、楽しげな笑顔だ。
 もう笑いすぎ! それ侮りすぎ!

「――なら、あなたを賭けて」
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