剣聖~約束の花嫁~

冴條玲

文字の大きさ
9 / 18

第8話 なら、あなたを賭けて 【前編】

しおりを挟む
「シルク」

 しかめつらをしたシェーンが言った。

「気に入らないな。その言動で、君を恋慕う立場の私がどういう心境になるか、わかるのかい?」
「え……?」

 青い瞳を翳らせて、シェーンがふいと顔を背けた。
 思わせぶりな態度はいつも、淑女とみれば取る彼ながら(シルクが淑女かどうかは別にして)、エスコートに徹しきれずに目を背けるシェーンなんて、シルクは初めて見たように思った。途惑って、シェーンをうかがった。
 たとえ同じセリフを口にしても、いつもの彼なら、微笑んで誘惑にかかるくらいの余裕があるのに。

(どうしたんだろう、シェーン……)

 見かねてか、メイヴェルが口を開いた。

「――シルク皇女」

 シルクが、メイヴェルを振り向いた、その時だった。
 ふいに、背後から抱き締められて、頬を寄せられて、本能的に恐怖を覚えたシルクは、夢中で彼女を捕えたシェーンを振り払った。

「いやっ!」

 反射的にシェーンの頬を平手打ちして、青い瞳に痛みが揺れるのを、見た。
 どきんとした。
 何が起こったのか。
 シェーンが何か言いかけて、けれど、何も言わずに、唇を噛んで顔を背けた。
 青の瞳に、ほんの一瞬、思いの丈を訴えられた気がした。

 ――まさか。

 会う度に口説かれたけれど、シェーンのそれを本気に取ったことはなかったし、冗談だと、思っていたのに。
 シルクがやっと事態を呑み込んだのは、シェーンが耐えかねたように、険のある歩き方で、そこを足早に歩み去った後だった。

 シェーン、本気なんだ。
 その気もないのに、気を持たせるような残酷な真似、できない。

「追わないのか?」

 静観していたエヴァディザードが、口を開いた。
 シルクはこくとうなずいた。

「シェーン、あんなでも、本当はとても、誇り高くて潔い人です。その気もないのに、追うような真似――同情で追うような真似は、シェーンを貶めます。ぼくだったら、馬鹿にするなって怒るから」

 エヴァディザードが切れ長の、黒曜の目を細めた。

「好ましいな」

 少し驚いたシルクに、好きな姿勢だと、エヴァディザードが率直に、飾り気のない言葉で感想を述べた。
 慣れない褒め言葉に、シルクが少し途惑うのを、エヴァディザードが首を傾けるようにして、どうしたと見た。
 近寄りがたい印象の、メイヴェルにも引けを取らない風格のエヴァディザードだ。こういった、本心でなければ人を褒めない感じの人に褒められるとは、シルクは思いもよらなかったから。

「あの、試合、負けません……!」

 とにかくと気を取り直し、そう言ったシルクを、エヴァディザードがフと笑った。

 ――ええっ!?

「ちょっと、今の、試合したら絶対に負けない笑い!? 今、ぼくなんかに負けないと思った!?」

 まともに、エヴァディザードが失笑した。

「すまない、その通りのこと思ったな」
「な、ぬわにぃーっ!?」

 うっわー、ムカつく!
 無愛想な人だと思ってたのに、ここへきて、声立てて笑うか!?

「ほほおう」

 シルクはやおら低い声を出すと、

「それはそれは、負けたらどうしてくれるんでしょうね……! 年少のうら若き姫君に負けたりしたら、カイム・サンドの剣士として、名折れってものだよね……! 笑ったな!? 完膚なきまでに負かしてやるから!」

 エヴァディザード、笑ったはずみに、目の端に涙まで浮かべている。

「なぜ笑うーっ!!」

 ふいに、笑いをおさめたエヴァディザードが切り返した。

「あなたが負けたら、どうするんだ……? 自信があるなら、何か賭けよう」
「なっ、自信だって!? ぼくだって同じ第二シードだ、そうそう負けるもんか!」

 エヴァディザードはなお、楽しげな笑顔だ。
 もう笑いすぎ! それ侮りすぎ!

「――なら、あなたを賭けて」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

処理中です...