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プロローグ

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「ちょっと、ヒロキ。椎奈のことちゃんと見といてよ。またご飯こぼしてる」

 彼女は水を流していたキッチンで、振り返りざまに言った。

「こっちも忙しいんだって。香月さんとこのライブ準備なんだから」

 二か月に一度のライブの日。僕は買ったばかりのギブソンに新しいギターの弦を巻いていた。

「ライブって――どうせ素人の集まりなんでしょ。なんでそんなに気合入れて行くかな。たかがギターにそこまでお金かかるなら、結婚前にやめさせればよかった」

「他に趣味はないんだから許してよ。それに、素人でもやるからには本気だよ。お金払ったお客さんが見にくるんだから。ああもう由衣、あと三十分で出なきゃ。帰りは打ち上げで遅くなるから――」

「でも来週はかならず一緒に水族館出かけるんだからね。この子にも今のうちに、楽しい思い出いっぱい作ってあげなくちゃ」

「それはキミが行きたいだけだろ――」


 今日も、築き上げる未来がまた過去へと流れてゆく。繰り返す日々。そこそこ幸せな家庭の中で、自分のわがままを聞いてくれる妻とも出会えた。

 ただ、そこに満足は求めない。満足した瞬間から時は進むことを止めてしまう。毎日が新しい朝だ。昨日の終わりと今日の始まり。いつもためらいがちな足を踏み出し続けることでしか未来は生まれない――。

 僕はギターの弦を巻き終える。そっと確かめるように、あの曲のサビを弾いてみる。

「行ってくる。椎奈、ママの言うこと聞いていい子にしてるんだよ」

 不器用にスプーンを握る娘の細くやわらかな髪をなでると、ギターケースを抱えた。


 地元へ帰る香月さんの、この街での最後のライブ。出会いから十年。いつもさよならは波のように訪れる。さよならを糧にして生まれ出るものは、いつも眩しく健全だ。だとして――。


 もしもタイムマシンがあるとすれば、僕はその日に戻るだろうか――。


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