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195 鬼の第二形態
しおりを挟む唸る鉄球。
轟く破壊音。
海風に舞う粉塵。
吹き荒れる破壊の嵐。
おれが化けた重機モンケンの鉄球により、真ん中部分を重点的にえぐられ破壊された翡翠館。
これにより残った両側部分がへこんだ中央へと吸い込まれるようにして倒れてゆく。
かくして建物は全壊。
あとにはキレイな瓦礫の山。
周囲に被害を一切及ぼさずにそれをなしたのは、宇陀小路瑪瑙の巧みな重機さばきがあったればこそ。デキるメイドさんは解体作業のスペシャリストでもあった。
けれども真に驚くべきは、これほどの惨状にもかかわらず鬼どもが誰ひとりくたばっちゃいないこと。
もちろん連中が逃げられる程度には加減をした。
とはいえ巻き込まれるヤツは巻き込まれる。どこにだってどんくさい者はいるものだ。実際に何人かは生き埋めになったし。
けど、あとから自主的にポコポコ瓦礫の下から生えてきたり、仲間に掘り起こされては「あー、びっくりした」「死ぬかと思った。怖かった」とケロリ。
鬼という生き物のなんとしぶといことか。
いくらなんでもタフ過ぎるだろうと、尾白一行はそろってあきれ顔。
もっともタフなのは肉体だけみたいで心はとっくに折れていた。戦意の方はすでに無くなっておりバンザイで白旗をあげている。
この度の一件、下っ端連中によくよく話を聞いてみれば「上役に命じられてしぶしぶ」だったそうで……。
「そういえばその肝心の上役はどうした?」
おれは辺りをキョロキョロ。
鬼の副長、乾班目の姿はどこにもない。
「ありゃりゃ、アイツ、まだ瓦礫の下なのかよ。でも粘着質そうだったし、ヘタに助けだしたらすぐに襲いかかってきそうなんだけど」
かといって放っておくのも気がひける。はてさてどうしたものかしらん。
と、おれがタバコの煙をゆらゆらさせていたら、緑鬼の下っ端の愛煙家たちが集まってきて、火やらタバコの貸し借りをしつつ自然と輪となった。
「そりゃあもう、うちの副長はネチネチと根に持つタイプですから」
「恩を仇で返すことにかけては、鬼界随一」
「スーツのアイロンがけを忘れただけで、減給とかふざけんな!」
「たしかに仕事は出来るけど、なんていうか愛がなくてムチばかり」
「クールと冷酷は断じて同義ではない」
「サービス残業多すぎ」
「見た目に女どもはコロリとダマされるんっすよ。自分、納得いきません」
「しぶちんのくせして、要求ばかり高いんだよなぁ」
「三言話せば二言嫌味。黙ってればいい男なんですけどねえ」
「自慢話と説教ばかりで、いっしょに呑んでもちっとも楽しくない」
「そうそう、そのくせ割り勘だし」
「飲み会とゴルフコンペはただの苦行」
ここぞとばかりに上司のグチを吐く緑鬼の下っ端たち。
ボロクソであった。
乾班目、人望の無さを鬼の序列にてカバーしていた悲しい事実が、ここに明らかとなる。
でもって緑鬼たちの意見としては「掘り起こしても絶対に面倒なことになるから、しばらく放っておこう」ということに。
身内からの助言もあり、おれたちは素直に従うことにする。
しかしその時のことであった。
瓦礫の山の一画が吹き飛び四散。
もうもうと上がる土煙の奥からあらわれたのは乾班目。スーツはあちこち破れて、全身すっかり埃まみれのおしろい姿。なのに双眸が緑光を帯びて爛々としている。額に生えた二本角もさっきより大きく、鋭くなっている。怒気と殺気が駄々洩れ。よく見れば肌の色も薄っすら緑っぽくなっているような?
やばそうな雰囲気におれがゴクリとノドを鳴らすと、緑鬼の下っ端の誰かが言った。
「げっ、第二形態になってるぞ。副長、完全にキレちまってる」
鬼の第一形態。
角が生えて瞳の色が変わって、牙がにょき。鬼としてのチカラは二割ほど解放。
鬼の第二形態。
角がより大きく、瞳の色味も強く、牙はかわらず。でも肌が人肌から鬼肌へとかわる。青鬼の一族ならば青肌に、赤鬼の一族ならば赤肌にといった具合に。鬼としてのチカラは五割ほど解放される。
鬼の第三形態。
肉体のそこかしこが荒々しくなり、より凶悪な鬼っぽくなる。鬼としてのチカラは八割ほど解放。ただしこの形態になるには一族の長の許可が必須。
鬼の第四形態。
絶対女王である白鬼の七宝院白瑠璃(しちほういんしらるり)が認めたときにのみ至れる、最終形態にして真の鬼の姿。チカラはすべて解放されており、生態系の理から外れた存在となる。けれども強すぎるがゆえに肉体がもたず、解放とともに自壊がはじまる。
◇
親切な緑鬼の下っ端のおかげで、長らくナゾとされてきた鬼の生態が詳しくわかったのは収穫であったが、ちょいとマズイことになってしまった。
「ぐっ、う、動けねえ」
乾班目がこちらをギョロリとひとにらみ。
とたんにおれの全身がビリビリ。シビレたような感覚に襲われて、足がすくんだようになってしまった!
しかもこの状態に陥ったのはおれだけじゃない。この場にいた全員である。
無頼の安倍野京香や無双を誇る弧斗羅美ですらもがロクに動けない。
それがヤツの持つ瞳術・緑炎のせいだとおれが知るのは、これからはじまる戦いの決着がついてからのこと。
第二形態となった鬼の副長。
これを前にして誰もかれもが硬直している中にあって、一人だけ踏み出した者がいた。
芽衣である。
タヌキ娘が拳をグッと固く握りしめる。
「その技は一度喰らった。二度はない」
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