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528 狂奏のレクイエム
しおりを挟む斬馬刀と長細爪にて英円が楽しげに演奏をしている。
だが愉快なのは当人だけ。周囲は音の暴力に席捲されていた。
生者をうらやみ妬む地獄の亡者の嘆きのような旋律。
見えない凶刃が渦を巻き、激しく飛び交う。
銀毛のトラ獣人がリズミカルに長細爪を前後左右に動かすたびに、斬馬刀が震えて応えては不協和音を発し、狂気のレクイエムを奏でる。
巨大な音の獣爪が頑強なはずのコンテナをたやすく斬り裂き、ぐしゃりとひしゃげ、大小の穴を穿ち、薙ぎ払い、吹き飛ばす。アスファルトの地面をひっかき、抉り、一帯を蹂躙する。
これこそが英円が独自に編み出した「音嗚滅爛虎慄紅武爪術、五の段、怨嗟」なる奥義。
有効範囲は優に二十五メートル四方にもおよび、中心にいる英円へと近づくほどに攻撃の密度が濃く、より苛烈になってゆく。
ためしに弧斗羅美が近くのコンテナをぶん投げて応戦してみるも、あっさり細切れにされてしまい、ただのひと欠片とて相手には届かない。
どうにか殺気や風の流れから攻撃を見極めかわしてはいるものの、隙らしい隙は皆無にて、懐に飛び込むこともままならず。
接近も出来ず、投擲も無効化される。
「くそっ、どうしたら……」
防戦一方となった弧斗羅美、打開策を模索しつつ苦しい時間が続く。
演奏をしながらにじり寄ってくる英円。
狂気のレクイエムから逃れるために後退を余儀なくされる弧斗羅美。
ここまで隠れて戦いの行方を見守っていたおれはついに飛び出す。
トラ美から「まかせてくれ」と言われて、いったんは了承したが、英円の音の獣爪「怨嗟」はダメだ。攻撃力もさることながら演奏を耳にしていると、ココロが波打ちやたらとざわつく。なぜだか水に浮かんだ油を連想させられて気持ちが悪い。変な汗が吹き出る。自律神経がかき乱されて気が狂いそう。
まるで脳が旋律に蝕まれているかのようだ。アレはヤバい毒電波。
さすがにこれ以上は黙ってはいられない。
おれは苦戦中のトラ美へと駆け寄る。
「なっ、危ない。どうして出てくるんだよ、尾白さん!」
「どうして? もちろんアイツをぶっ飛ばすために決まっているだろうが。おれに考えがある、いいから黙って耳をかせ」
茜毛のトラ耳にこしょこしょこしょ。
おれの作戦を聞いてトラ美は目をパチクリしつつも、「わかったよ」としぶしぶうなづく。
◇
弧斗羅美が次々とコンテナをチカラまかせに蹴り上げる。
空高くへと至ったコンテナたちが宙にて弧を描き、重力に引かれては英円へと降り注ぐ。
それとタイミングを合わせて、さらに地上正面からもコンテナを複数蹴り飛ばした弧斗羅美。
だが「怨嗟」の間合いに入ったとたんに、片っ端から音の獣爪の餌食となるばかり。
英円が「ムダな足掻きを」と妹弟子をあざけるも、すぐに怪訝な表情をすることになる。
なぜならいつのまにか弧斗羅美の姿が消えていたから。
「おおかたコンテナの陰に隠れて接近し、こちらを攻撃するつもりなんだろうけど……、甘い甘い」
その言葉を証明するように次々と粉砕されていくコンテナたち。
大量の鉄くずが散乱し、赤サビまじりの粉塵が大量に舞う。
さなかに地を這い突進する一群があった。
三つのコンテナを縦に連結し、まるで電車のように列をなしている。
そいつが中央突破をはかるかのようにして猛然と英円のもとへ向かってゆく。
当然ながらこれも近づいた端から削られてしまう。
あっというまにチビていく。みるみる縮んでいくその姿は、電動鉛筆削りに突っ込まれた鉛筆のよう。
一つ目が完全に消失し、二つ目も半ばほどまで削られたところで、あらわとなったのは奥に潜んでいた弧斗羅美の姿。
自分の読み通りにてニヤリとほくそ笑む英円。
「ヘボ探偵と何やらこそこそ相談していたみたいだけど、この程度の作戦だったのかい? アハハ、こいつはとんだ拍子抜けだねえ」
とは言いつつも、英円は目元を厳しくしたままで周囲に素早く視線を走らせている。
探していたのはヘボ探偵こと尾白四伯。姿がどこにも見当たらない。弧斗羅美に策を授けただけでふたたび身を隠したのか、あるいは他にも何かをたくらんでいるのか。
「まぁ、どっちにしろ、おまえたちの攻撃は私には届かない。ほらほら、はやく逃げないと細切れになっちまうよ、羅美」
そうしている間にも削られ続けている移動中の連結コンテナ。
このまま内部に留まっていればいっしょに音の獣爪の餌食となるばかり。
だというのに弧斗羅美は逃げるそぶりを一切みせないどころか、逆に前方へと向かって駆けだしたではないか!
これには英円も「ついに自棄を起こしたか」と驚く。
けれどもこれもまた作戦のうちであった。
たしかに闇雲に突っ込めば切り刻まれるばかりではあるが、それはあくまで無手であったならばの話。
いま弧斗羅美の右手首には腕輪が装着されており、それはおれこと尾白四伯が化けたモノ。そしてこの局面においてさらに重ね化けを敢行する。
「変化っ!」
ドロンと化けて、たちまちあらわれたのはチタン合金製の大楯。
いわゆるタワーシールドと呼ばれるシロモノにて、女性にしては上背と肩幅があるトラ美でもすっぽり隠れられるぐらいの大きさがある。
大楯をかまえた茜毛のトラ獣人が雄叫びをあげながらの突撃。
この時点で英円と弧斗羅美の距離は十三メートルを切っている。
させじと英円の長細爪が動きを速め、斬馬刀が震え哭く。呼応して荒れ狂う見えない斬撃。
だがいくら斬りつけようとも大楯は頑丈にて崩れず。
十、九、八、七、六メートル……。
じょじょに近づく両者。
いっそう激しくなる英円の演奏。
しかし弧斗羅美の足は止まらない、止められない。
五、四、三、二、……。
カウントダウンでも数えるかのようにして、ついに接近。
ここで弧斗羅美がおもむろに大楯の構えをとくなり、盾を横に寝かせて突き入れるようにして放つ。
「うぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「がぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二体の獣人が同時に吠えた直後。
弧斗羅美の大楯の先端が銀毛のトラ獣人の腹に深々とめり込んでいた。
英円がうめきながら血反吐を吐く。
だがまだ倒れない。行く先々で災厄を振りまく銀禍は、意地で踏みとどまったばかりか、斬馬刀にて反撃を試み、妹弟子の首を狙う。
けれどもそれはかなわない。
わずかに弧斗羅美の追撃の方が速かった。
英円の腹に突き立つ大楯の縁を拳が打つ。
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