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129 忘れられし女神編 ルギウス 前編
しおりを挟む国のために、皆のためにと、必死に戦っていたら、いつしか英雄と呼ばれる存在になっていた。
私が産まれたのは四方を列強に囲まれており、辛うじて生き長らえてきたような非力な国の片隅。貧しい農家の三男坊に継げる土地はないし、喰うだけで精一杯なので金もない。そうなると進める道は限られてくる。
幸いなことに恵まれた体躯をしていた私は軍学校へと入学。そこでの成績が認められて士官学校へと進み、軍人となる。
辺境での紛争に始まり、各地を歴戦、じきに国内外に名が知れ渡り『軍神』なんぞともてはやされる。
だからとて自分がすることに変わりはない。戦場にて敵を屠る。ただそれだけのこと。だがその積み重ねによって、ついに周辺国すべてとの講和が成立する。
立役者として活躍した私は、国民からは熱狂的な支持を受け、仕えていた王家からは姫の婿として迎え入れられることとなる。
このまま終わればキレイな物語であった。
だが現実はどこまでも醜く残酷で……。
軍用金の横領という罪にて、不意に投獄された。
もちろん濡れ衣だ。だからすぐに誤解が晴れるだろうと、大人しく従うことにする。
仮にも国の英雄だからだろうか。冷たく暗い牢屋などではなくて、貴人などの身柄を拘束する際に使用される部屋へと軟禁された。
その日のうちに王様も顔をみせ、今回のことは私の名声を妬んだ門閥貴族の稚拙な嫌がらせらしいと教えてくれた。
「すぐに嫌疑を晴らしてやるから、しばらくは我慢していてくれ」
王様からの言葉を私は鵜呑みにする。その言葉が偽りであったことを知ったときには、何もかも失っていた。
一向に晴れぬ嫌疑、時間だけが無為に過ぎていく。
窓の外から見える遥か遠き峰に、薄っすらと白いものが見え始め、吐く息で窓ガラスが曇る頃になっても状況は変わらない。
王様はあれきりやって来ない。姫にいたっては一度たりとも姿を見せない。仮にも婚約者が苦境に立たされているのだから、手紙や言伝のひとつでも寄越してもよさそうなものなのに……。
なんとなくオカシイとは思っていた。だが私は信じたかった。自分や同胞たちが、文字通り命を捧げてまで守ってきた人たちのことを。
ある夜のこと。
私の軟禁場所に忍んできた者がいた。
かつて苦楽をともにした部下の一人である。
「将軍……、そのご様子では、何もご存知ないのですね」
彼の口から告げられたのは、堕ちた名声と裏切り。
姫は私との婚約を破棄し、有力貴族出身の幼馴染の近衛騎士と新たに婚約を結ぶ。
その騎士が私の不正の数々を暴き、英雄の仮面を被った悪漢から国と姫を救った英雄として、市井にて祀りあげられている。
私の息のかかった部隊は解散させられ、兵らは各地に散り散りとなり、戦が失くなったことで不要となった軍部も解体が進んでいる。用済みとなった軍人ら、とくに下級層出身の者からどんどんと放出されているという。
すべては王と貴族たちが、自分たちの特権を守るために謀ったこと。筋書きは当初より決まっていたのだ。よい英雄とは死んだ英雄だけとは、よく云ったものである。
これだけ時間をかけていたのは、すべての準備を整えるため。
すでに世論は完全に掌握されており、かつての熱狂は憤怒へと塗り替えられ、心ある者らは放逐されてしまったと嘆く部下。
「将軍、私がお手伝いします。ここから逃げましょう。貴方ほどのお人ならば、どこの国でも喜んで迎え入れてくれるでしょう」
ありがたい申し出だが、私は首を横にふる。
「いいや、それはないだろう。何故ならこの度の一件には、きっと他国の思惑も絡んでいるのだろうから」
「もしや工作員が裏で動いていると!」
「ああ、邪魔な私を消すだけならばともかく、いかに講和が結ばれたからとて軍の縮小は早急が過ぎる。おそらくはこの首が落ちた後に、すぐに講和が破棄されて他国の軍勢が雪崩れ込んでくるだろう」
「そんな……、だったら我々は何のために命を賭けて戦ってきたというのですか。これではあんまりだ。死んでいった連中が浮かばれない」
「すまんな。すべては私の見通しの甘さが招いたこと。だから頼む。ここを抜け出したら、かつての仲間たちに『直ぐに国を離れろ』と伝えて欲しい」
「ならば将軍もご一緒に」
「それは駄目だ。もしも私が脱獄したら騒ぎが大きくなる。追撃の手も厳しくなるだろう。そうなっては彼らを救えない。だからどうか」
決死の覚悟で忍びこんできてくれたかつての部下に、今生の別れを済ませると私は彼を送り出した。
せめて彼らだけでも、どうか無事に逃げのびてくれ。
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