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130 忘れられし女神編 ルギウス 中編
しおりを挟む雪が本格的に降り出す前に、私の公開処刑が決まった。
両手足を太い鎖で繋がれ、獣のように檻へと押し込められ、都中を引き回される。民衆の憎悪の視線を一身に浴び、ときおりゴミや小石なんぞも飛んでくる。
いかに世論を操作されたからとて、与えられた情報を鵜呑みにして手の平を返す民草には、怒りよりもむしろ憐れみを覚える。
大勢の観客らが見守る中、都内にある一番大きな広場に設けられた処刑場に引き出され、断頭台へと首を据えられる。
罪状に関しては、よくもまあ、これだけデタラメを思いつくものだと呆れるほどの量が、執行官より告げられた。だが私には一切の弁明が許されていない。薬物によって喉を潰され、すでに声を失っていたからである。
首を落とす役目は、この国の新たな英雄となった近衛騎士殿。
いかにも貴公子然とした面をしている。だが剣はきちんと学んでいるようで、構えは堂に入っている。これならば無駄に苦しまずに済みそうだ。
国としては私の断頭をもって、姫と騎士との美しい恋物語を完結させるつもりなのであろう。
「怨むのなら、すべての筋書きを書いた王様を怨んでくれよ。まあ、寂しくはないさ。先に逝った連中が待っているだろうからな」
いまこの騎士は何と言った?
先に逝った連中……、まさか!
この身はすでに拘束されている。わずかに動くのは首のみ。視線が宙を彷徨う。
広場の片隅にてボロ布を掛けられた小山があった。布の表面には薄っすらと血が滲んでいる。
ひゅるりと吹いた寒風により、端がわずかにめくれた。
無造作に転がる首の姿が露わとなる。見覚えのある部下のモノであった。
ここまで、ここまでするのか、王よ!
そこまでして玉座が惜しいのか!
貴族とは、なんと浅ましく、なんと醜い生き物であろうか!
私は、私たちは、こんな者たちを、こんな国を守るために命を賭けて戦っていたというのか? 無念なり、無念なり。
処刑開始の合図の銅鑼が鳴る。
なのに騎士が振り下ろしたはずの刃は、いつまでたっても我が身に届かない。
末期には世界がやたらとゆっくりと見えることがあるという。だからてっきりそうなのかと思っていたのだが……。
ふわりと眼前に舞い降りたのは、よく晴れたときの夕焼けのように、鮮やかな茜色の髪をした、美しいひと。
「よかったー、ぎりぎり間に合ったー」
彼女が手をかざすだけで、私の拘束がすべて外れてしまう。
ゆっくりと断頭台から立ち上がると、周囲に起きている異変に気がつく。
空を飛ぶ鳥が、流れる雲が、処刑を見物にきていた人々が、すぐ側に立つ近衛騎士が、世界の何もかもが固まっていた。
あまりのことに呆気に取られる。
「私が時間を止めたのよ」
どこか得意気な女性は、シイハと名乗り、自分は女神だと言った。
これほどの奇跡を見せつけられては、疑う余地もない。
「ずっと英霊の魂を持つ者を探していたの。貴方のチカラを私に貸してちょうだい」
女神シイハの説明によれば、神の御業により世界間の壁を越えて違う世界へと赴くに足る強度を持った魂は、めったにいない。だがそれゆえに能力の付与にも耐えられ勇者となれる素養を持つという。
現在、彼女の守る世界では、その存続を巡って、神々の対立が激化しようとしており、私にその戦いの手助けをして欲しいとのこと。
「たとえ創造主たちの思惑とは違った姿へと成長したからとて、気に入らないという理由だけで、これを破棄するのは絶対に間違っている。私はそう思うの」
だからその世界を守りたいという真摯な想いに心打たれた私に、彼女の要請を断る理由はない。ただ……。
「みなまで言わなくてもわかってる。先にチカラをあげちゃうから、存分にやっちゃいなさい」
「本当にいいのか?」
「べつにいいわよ。私は確かに慈悲深い女神さまだけど、『ただし真っ当な奴に限る』が後に続くの。胸糞が悪くなるようなクズや外道どもに、かける情けはない」
再び時が動き出す。
刎ねられたのは罪人の首ではなくて、それを刈ろうとしていた若き騎士のモノであった。
斬られた当人も、これを見ていた周囲の人々も、何が起こったのかわからずに固まる。
ヒュンと風が鳴り、剣身を濡らしていた血が、広場の石畳に飛び散る。
紅い甲冑を着た仮面の男が、手にした剣を無造作に振るったのだ。
それが今まさに処刑されようとしていたルギウスなのだと、みなが気づくまでしばらくかかった。
最初に声をあげたのは姫であった。
目の前で婚約者を斬殺された彼女は、半狂乱となり喚き散らす。女の悲鳴によって警護についていた騎士らも我にかえり、断頭台に佇む男のもとへと殺到する。
ひと振りにて十もの首が飛ぶ。鎧を着た騎士の体が紙のごとく両断される。
堕ちた英雄の断罪の場が、一転して虐殺の場へと変わった。
広場の石畳が真っ赤に染まり、濃厚な血の匂いが満ち、刻まれた骸がそこいらに無造作に転がる。
だというのに誰ひとりとして、その場から逃げ出すことは適わない。
圧倒的な殺気を浴びせかけられて、一歩たりとも体が動いてくれなかったのだ。
瞼を閉じて惨劇から目を逸らすことすらも許されない。
ゆっくりと貴賓席へと血刀をさげながら近づいていくルギウス。
道行に貴族どもの首を順繰りに薙いでいく。
やがて最上段の席に到達。
媚びを浮かべ、涙ながらに命乞いをする女。かつては愛らしい笑顔で自分にすり寄ってきた姫。過日の姿はすべて偽りであったのだ。どうして自分はこんな女に、一時とはいえ心を奪われていたのだろうと、小首を傾げながら姫の胸に容赦なく剣を突き刺す。
居並ぶ王族どもをすべて駆除してから、いよいよ王のもとへ。
私は彼の襟首をつかむと、そのまま力任せに広場の中央へと放り投げる。女神より能力を賜り、すでに人を捨てた身にはこれぐらい造作もない。
長らく玉座を温めるのに忙しかった男に、受け身なんぞがとれるわけもなく、無様に転がり、顔面を打って前歯をへし折り、盛大に鼻血を吹き出す。
己が所業を洗いざらい白状させた後に、両手両足を切り落とし、最後に首を刎ねた。
これらの一部始終を目撃し、真実を知った聴衆らは、みな真っ青な顔色をしていた。
「いまこの時より、この国は滅びへと向かうであろう。巻き込まれたくないのならば、すぐにでも荷物をまとめて逃げ出すことだな」
それだけ告げると、紅いの甲冑を身につけたルギウスの姿は、眩い光に包まれて広場より消えた。
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