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10巻
10-3
今日の会議は、大幅に予定時間を過ぎてもまだ始まっていなかった。
先ほど中規模の侵攻があった影響で、この会議の中心人物の到着が遅れているのが原因だ。
やがて、微かな雑談が響くだけのやや弛緩した空気が流れる部屋に、遅れて堂々と入ってきた人物があった。比較的年長の者がほとんどの中、全出席者のうち二番目に若いこの男は、迷うことなく彼の指定席に座る。
一応、会議の参加者は全員対等な立場とされるが、それはあくまで建前であり、国力の差で自然と序列のようなものが出来ている。唯一空いていたその席は、最上位者のための上座だ。
彼の名はマイザー、人族最大国家であるガルガン帝国の若き皇帝だ。
もとは第三皇子だった彼は、今から二年ほど前に皇太子の急死から第二皇子との内戦を経て即位したため、当初は統治力を疑問視されていた。
だが、乱れた国内を瞬く間にまとめ上げると、現在では建国帝にして稀代の英傑であった父ベネディクスに勝るとも劣らない評価を受けつつある。
今も、入室と同時に室内を緊張感に満ちた空気へと変えるだけの存在感を持っていた。
「遅れてしまって申し訳ない、所用が立て込んでいて」
謝罪の言葉を述べてはいるが、態度からして謝っているとは言い難い。
自分達が待たされていたというのにこれでは……と、参加者の心中に僅かながら不快感が湧き上がる。
だが、そこは腐っても国の指導者。それを素直に顔に出すような者はおらず、表立った変化はない。
そして帝国の皇帝が忙しいのは事実であり、これぐらいの傲慢は許される立場にあるのもまた事実なのだ。
ただ、列席者のうち幾人かは、マイザーが自らの若さゆえに侮られないようわざと尊大に振舞っていると見抜いていた。無論、これも口には出さないが。
「さて始めようか……まず先ほど届いた情報だと、今日の戦闘において魔族を撃退。勝利と言っていい内容のようだ」
控えていた従者より、戦闘内容について書かれた書類が各人に配られる。
勝ったという報告にほっとした空気が流れるが、それは大きな喜びというほどではない。魔族との戦争が始まって半年、このくらいの規模の戦いは既に何度となく繰り返されているからだ。
「死者二百二十、負傷者千八百四十三……開戦当初の激戦ぶりからしてみれば、随分と大人しくなったな」
この発言は、北の軍事国家と言われているタイホン国のシャリダン国王のものであった。彼もまた即位したばかりで、比較的若い王だ。
シャリダンは父である先王を隠居に追い込んだ男と噂されていたし、タイホン国自体もジルグス国やガルガン帝国といった有力国と険悪な関係になるなど、ここ最近は名声を落としていた。
そのためか、魔族との戦争が始まってからは汚名返上とばかりにタイホン国軍の兵が奮戦しており、今日の戦闘でも見事に先陣を切るなど、軍事国家の面目躍如の活躍だった。
話題に上がった戦闘被害に関しても、シャリダンの言う通り、開戦当初は一日でこの数十倍の規模の戦死、負傷が連日続いた。
早朝から昼までで万の死者が出る激戦もあれば、三日間不眠不休で戦い続ける死闘もあった。そうして、地面は血の色で赤く染まり、死体の山が築き上げられたものだ。
半年続いている魔族との戦争において、現在までの死傷者のうちの七割が最初の半月に集中している。そしてそれらの戦いに人族はかろうじて勝利していた。
「特にゴブリン共半魔族による被害が減っている。こちらが魔族との戦いに慣れてきたというのも大きいか……組織だった行動が生きてきたな」
軍事国家の王らしく、報告書を見ながら冷静に分析するシャリダン。
「それに比べて向こうは、相も変わらず雑魚の数に任せた力押しと、魔族個人の戦闘力頼みか……それであの強さなのだから、たまったものではないな……ふん」
ドワーフの国、ギルボールの国王ガラドフ五世が機嫌悪そうに鼻を鳴らす。
地下に広がるギルボール国は、規模としては小さいものの豊富な鉱物資源を有しており、また地理的に戦場に近いことから輸送に適するため、主に物資面で貢献していた。
「数が少ないのが幸いとはいえ、相変わらず純粋な魔族の攻撃はすさまじいな。今日の死傷者にしても、そのほとんどがたった三人の魔族によるものか……」
「だが、今日も勝ったのだろう? 魔族は手強い。しかしそれ以上に我らも団結して打ち勝っている」
「確かに、必要以上に恐れるのはよくないのでは?」
その他の出席者が口々に述べていく感想は、概ね楽観的な意見ばかりだった。
それもそのはず、この半年で人族側は多大な犠牲を払いつつも侵攻そのものは防いでおり、連戦連勝。こうした反応もある意味当然と言えた。
「……どうも呑気な意見が多いようだが、魔族はそこまで甘い相手ではない」
そんな空気に水を差すような重い声で発言したのは、エブンロの森の長にして、エルフを代表して会議に参加しているリフアロだ。
ダークエルフほどではないにしろ、エルフもまた閉鎖的な性格であり、他の人族との交流は最低限しか行わない。だが魔族が相手なら話は別だとばかりに、この戦争には最初から参加し、会議にも積極的に出席していた。
「確かに今は有利と言ってもいい状況だ。だがかつての戦いでも同じようなことがあった。人族側が有利と油断し始めたところで、手痛い反撃を受けたのだ」
長命のエルフには、三百年前の魔族との戦いに参加していた者も多くいる。リフアロもその一人で、魔族との戦闘経験は頭一つ抜け出ていた。
「……たった一人の魔族に、我が父をはじめとした多くの同胞が討たれた。相手は人族の常識が通じぬ魔族であることを努々忘れないでもらおう」
血の匂いすら連想させるリフアロの言葉に、一同が思わず息をのむ。
「そうですね。確かに死傷者の数は減りつつありますが、その分、魔族側の損害も減っています。これは勝利というよりも時間切れの判定勝ちと表現した方がいいでしょう」
冷静にそう発言するのは、この場で一番若く、かつ女性であるジルグス国王女ミレーナだ。
『ジルグスの至宝』と呼ばれるほどの美姫として圧倒的な国内人気を誇り、また高い執務能力や外交センスをも兼ね備え、古い歴史を持つ大国ジルグスを近年更に発展させている才媛である。
先王レモナスが急死して三年が経つが、未だに王位を継がず王女のまま政務の指揮を執っているため、今のところ問題はないとはいえ何らかの深謀遠慮があるのでは、と国内外で噂されていた。
「甘い考えは持たない方がいいでしょう。ここにいる皆さんも、初期の激戦を忘れたわけではないはずです」
「ゆ、油断するつもりはありません。ですが優勢にあるのは間違いなく、この機を逃すのは勿体ないのでは」
リフアロとミレーナに気圧されながらも、先ほど楽観主義を唱えた列席者達は反論を試みる。
「ただ、戦いが始まって半年、今日のような戦いが増えてきました。魔族どもの出方が少し読めませんな。戦力の逐次投入は愚策、これは魔族も同じはず」
「何かを企んでいると?」
「そうは言っておりません、ただ捕虜の尋問もあまり捗っていない。下っ端は何も知らないし、純粋な魔族は倒すのでさえ命がけで、捕縛などとてもとても……」
「情報が足りないか。しかしこのままずるずるといくのは避けたいな……」
「何か手を考えなければな」
またもや意見が入り乱れ始め、うなり声も上がる。
勝ってはいるのだが、進展がない。ある意味で膠着状態に陥っており、人族側として打開策を模索しているところもあった。
「……やはりこちらから魔族領に攻め入るべきでは?」
とある小国の公王が、恐る恐るといった感じで提案する。
数合わせ、とまではいかなくとも国力からすると発言権の小さい立場だが、これだけは言わなければという意志が感じられる言葉だった。
そして今の発言に対し、何かを期待する多くの目が、この場で最も発言力を持つマイザーに向けられた。
「……これは何度も言っていることだが、我々が有利なのは防衛戦だからだ。襲撃に備えて迎え撃っているからこその勝利であって、攻め入ればそれが崩れる」
渋い顔でそう返したマイザーは、開戦当初から防衛戦の徹底を主張している。
今日の戦闘にしても、柵を作り防御を固め、高所に陣取って矢を撃ち下ろし、伏兵を用意して奇襲するなど、有利な防衛陣地でもって迎え撃っていたのだ。
これは向こうが攻めてくるから採れる手であり、自ら攻めればその前提が崩れることになる。
「魔族とて無限にいるわけではない。このまま侵攻が続けば、疲弊するのは間違いなく向こうだ。こういう勝利の仕方もある」
「あくまで有利な立場を捨てず、向こうが疲弊するのを待つ。消極的ではあるが、策としては上々、幸い人族にはまだ十分余裕がある。もうしばらくは我慢比べでいくべきだ」
ガラドフも、現状は決して悪くない、とじわじわ相手の失血死を狙うようなマイザーの戦略を支持する。
「言っていることは解るのですが……」
ガラドフの言葉に苦しい顔を見せる公王。他にも何人かが同じ気持ちになっていた。
確かに、人族の継戦能力にはまだ十分余裕がある。だが、余裕があるのと不満がないというのは必ずしも同じではない。
渋い顔になっているのは比較的国力の低い国の代表者だった。この戦争に必要な戦費は各国の分担制なのだが、彼らは自国分の支払いのために臨時増税を行うなど、早い話が懐が寂しくなりつつあるのだ。
だが、そうした窮状を直接口に出すことはない。自分の国に金がないことを晒せば、自ら面子を潰すことになるからである。
ガルガンやジルグスといった大国ならばまだまだ余裕はあるし、余裕のある大国だけでも戦争を続けることはできる。だがもしある国を免除すれば、他の国も当然免除を望むだろう。
一旦そうなれば際限がなくなり、人族全体の結束が崩壊しかねない。現在の有利は、人族がまとまっているからこそであるというのに。
「いや、こちらから打って出るのには私も賛成だ」
覆されそうになった攻勢案に賛成したのは、意外にもリフアロだった。
あまり貨幣を使わないので多くを保有しないエルフは、戦費ではなく人員を多めに出し、戦力として十分以上に貢献しているので、決して財政を気にしての発言ではない。
「さっきと言っていることが違うぞ。魔族は危険だと言っていたではないか」
思わずガラドフが口を挟むが、それに対してリフアロは小馬鹿にするかのような顔になる。
「危険で警戒すべきだが、臆したわけではない。この状況は魔族が作り出したもの。何かを企んでいる可能性もないわけではない。だからこそ一気に勝負に出るのも、選択肢としては十分ありだ」
恐ろしいからこそ、有利なうちに、余裕があるうちに決戦に持ち込みたい。リフアロはこう言っており、確かに一理あった。
「それに、このままでは兵の士気が心配になってくるな」
シャリダンがまた別の理由から攻勢に賛成する。
人族軍には人族と世界を守るためという大義があり、また拠点となるこの都市は衣食住が高水準なだけでなく娯楽施設まで備わるなど、事前準備の甲斐あってこれ以上ないほど士気が高かった。
しかしそれにも限度はある。
「防衛戦で相手の力を削るのは良策と言える。しかしそれがいつ終わるか解らないというのは、大きな不安要素だ……明確な決着となる、我々の勝利条件が必要だ」
「勝利条件ですか?」
ミレーナの質問にシャリダンが頷き、口を開こうとしたそのとき、ノックの音と共に扉が開いた。
5
「途中から失礼します」
会議室に入ってきたのはカイルだった。
現在のカイルの立場は少し微妙で、公的には何の役職も持たず、どの国からも爵位を貰っているわけではない。
しかし『竜殺し』をはじめとする多大な名声があり、また世界会議を提唱して対魔族のために人族をまとめ上げた功績は大きい。
何より、彼が危険を顧みず魔族領に潜入し、実際に攻め込んでくる時と場所の情報を得てきたおかげで、魔族を迎え撃てた(ということになっている)。
そして現在も前線に立ち、剣を振るって魔族と直接戦っていることから、現場の兵達の信頼も厚く、カイルがいなければどうなっていたかと思う者も多い。
そんなカイルゆえこの会議に参加できるのだが、それは自ら意見を出すのではなく、必要に応じて意見を求められる助言者としての意味合いが強かった。
それに毎回必ず参加するわけではないし、今日のように戦闘に参加した後で途中参加することもあった。
無論、王でも何でもない、ある意味一兵士でしかないカイルへの特別扱いに対し、これ以上の増長を恐れる者や疎む者もいる。
だがマイザーにミレーナ、シャリダンといった上位の首脳陣がカイルの参加を歓迎しているとなれば、内心はともかく誰も反対意見を口にしたりはしない。
ただし、一杯食わされた過去があるガラドフ王や、個人的な事情が原因で気に食わないリフアロなどは、露骨に嫌な顔を見せていたが。
「今日もご活躍されたようで、本当にありがとうございます」
ミレーナがカイルに笑顔で感謝を述べる。
「自分にできることをしているだけです」
「謙遜なさらないでください、カイル様のご活躍は誰もが認めるところです」
「まったくだ、あなたがいなければ現状どうなっていたことか、想像もしたくないな」
ミレーナに続いてシャリダンも笑いながら会話に加わる。この二人はカイルに直接国の危機を救われているので、特に好意的と言えた。
少し褒められすぎの気もしたため、カイルは話題を逸らすべくマイザーに話しかける。
「それで、今は何の話をしていましたか?」
「兵の話を少しな。このまま長期にわたり士気を維持をするためにはどうすべきか……ふむ、士気か……」
ここでマイザーは何かを思い付いたのか、ふと考え込む。
「どうかしましたか?」
「いや、魔族の方だ……純粋な魔族ならともかく、下っ端の半魔族達がよくこんな状況で士気が持つなと」
素朴な疑問を口にするマイザー。
魔族からしてみれば連戦連敗だというのに、末端に至るまで未だに戦意を失っていない。それを改めて不思議に思ったのだ。
「それは簡単ですよ、元々好戦的であり、人族を敵視しているというのもあるでしょうが……魔族にとって、魔王という存在はそれだけ大きいのでしょう」
カイルが言った魔王という言葉に、室内が少し騒めく。
「魔王か……」
マイザーが苦々しい顔になる。穏健派だった魔王に代わって新しく即位した魔王が、この『大侵攻』を引き起こした。つまりはこの戦争の全ての元凶だった。
「魔族にとっての絶対支配者か……では、逆に言えば魔王さえいなければ、士気が保てないということでは?」
シャリダンが身を乗り出すようにして言う。
「さっきは話が途中になってしまったが、明確な勝利条件とはすなわち、魔王を倒すことだと思う」
その言葉の内容に、室内の騒めきが大きくなる。
「……確かにその通りだ。現に三百年前の戦いでは魔王を討ち取り、それで戦争が終わったのだから」
それを直接見ていたリフアロは感慨深げな表情になる。
「だが、それが可能かと言われれば、首を捻るな。相手が半魔族ならば軍勢で、普通の魔族でも鍛え抜かれた精鋭達が犠牲覚悟で挑めば倒せる。だが魔王は……」
魔王を倒す。言葉にすればひと言だが、それがどれほど大変なことか、現在魔族と戦っている彼らには十分理解できていた。
「伝承に出てくるような英雄でもなければ……それこそランドルフでもなければ……あれは本当に強かった。英雄と呼ぶに相応しかった」
三百年前に魔王を討ち取った英雄ランドルフ。今なお語り継がれている、人間にとっては伝説の人物だ。しかし長命なエルフのリフアロにとっては、面識のある人物である。
「魔王を倒せるから英雄と呼ばれるのでしょう、そして今の我々にも英雄はいる」
そう言って、シャリダンはカイルに視線を向ける。それにつられるかのように、皆の目がカイルに集まる。
「……期待は嬉しく思いますが、あまり買いかぶらないでください。私に魔王を討てるかどうかは解りません。現に今日も魔族を取り逃がしてしまいましたので」
カイルは頬に残る傷を撫でながら、努めて冷静な声を出す。
「いやいや、カイル殿の実力はよく知っている。あなたなら魔王とて……」
期待の込もった視線がカイルに向けられる。そしてそれはシャリダンからだけではなかった。
「無論、カイル殿だけに任せるつもりはない。その際は露払いに人族の総力を結集することになるでしょう。及ばずながら私も戦場に立ち、共に戦いたいと思っています」
総力戦だ、と力強く言って握りこぶしを作るシャリダンに、多くの参加者が頷いた。
色々な思惑があるにせよ、魔族を倒したい気持ち、そしてカイルへの期待に、この場の一同の中で違いはなかった。
「……水を差すようで悪いが、まだ情報が足りない。そもそも我々は魔王がどこにいるかすら調べがついていないのだから」
しかし、マイザーの発言により盛り上がりかけた空気が萎んでいく。相手の居場所が解らないとなれば、倒すも何もない。
「魔王を倒す。確かにそれが人族の勝利条件になるのは間違いないが、現実的ではない。少なくとも今はな」
「……そうですね、現状では仕方ないかと」
マイザーが言葉を続け、カイルも静かに頷く。
この場において、魔王を倒すことに最も執心しているのは間違いなくカイルだ。しかし、その内心を一切見せていない。少なくともまだ知られない方がいいと判断したからだ。
「とはいえ確かに、先が見えずいつ終わるとも知れない戦では、兵の士気に悪影響を及ぼすことも間違いない。打開策については次の会議までに各自検討してくれ」
意見は無視しないと宣言することにより、とりあえずの納得を得るマイザー。
この後は細かい戦況の報告などを行い、兵の補充や物資、戦費をどこの国がどれだけ負担するかといったことを決め、会議は終了した。
皆が退室していく中、席を立ったリフアロはカイルの前に立つ。
「…………」
背の高いリフアロが、まだ座ったままのカイルを無言のまま見下ろす。
カイルにはそうしてくる意図が読めなかったが、その視線に良い感情が込められてはいないことは解るし、理由もはっきりしていた。
彼の娘であるウルザが自分に惚れていて、側を離れるくらいだったら故郷を捨てる、とまで言っているからである。エルフと人間の種族を超えた恋愛がどうこう以前に、父親として気に入らない……そんな非常に単純な話であった。
しかもカイルは、幼馴染であるリーゼや、最近はシノビとして雇っているミナギとも同時にいい関係になっており、不誠実と言われれば否定のしようがない。そのことを追及されれば、最終的には刺されるのではと戦々恐々としている。
ただ無言で見下ろされているのもいい加減辛いので、カイルが意を決して何か言おうとしたとき、先にリフアロが口を開く。
「……確かにお前は強い、英雄と呼ばれてもおかしくない実力を持っている。だが甘く見ない方がいい、魔王というのは文字通り魔族の頂点だ」
不機嫌を体現したかのような表情と声のリフアロだが、その言葉には重みがある。
「そして魔王でなくとも強い魔族はいる。お前には想像もできないかもしれないが、一瞬垣間見ただけで心の底から戦慄させられるような魔族もいた。あの鬼神のような強さ、今思い出しても震えが来る……かのランドルフでさえ片目を奪うのが精一杯だった」
「あ……」
誰の話か気付いたカイルが思わず声を漏らすも、リフアロは構わず続ける。
「個人差もあるが、魔族は我ら並みに長命な者もいる。もしまだ生きているならばこの戦いの中で遭遇するかもしれない」
「いや、その……」
「恥を晒すが、私はひと目見ただけで心を折られて逃亡した……立場上逃げろなどとは言えないが、勝つことよりも生き延びることを優先しろ。お前に何かあればウルザが悲しむからな……」
「あ、はい」
調子に乗らない方がいいと戒めたようにも聞こえるし、経験に基づいた真摯な忠告にも聞こえる。いずれにせよ、カイルに対しては良い感情を持っておらず、全て娘のためだったのかもしれない。
だがリフアロの言葉は少しばかり的外れで、魔王の恐ろしさはよく知っているし、忠告された魔族も既に倒している……とは言えない。
「……えっと、ご忠告感謝します」
「ふん」
当人のせいではないにしろ、この人どっか抜けてるというか残念なんだよなあ、と想い人の父親の背を見送るカイルだった。
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