狼王の贄神子様

だいきち

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『ヨギは村の英雄だね! ヨギほど立派な村長は、きっといないよ!』
『誰かがやらなくちゃいけなかった。それが、たまたま俺だっただけさ』
『ウェンベ村の知恵をありがとうヨギ! これから、きっとこの村は良くなるよ!』

――それは、ヨギが犠牲になったからだろ





「ハニ!! 呆けるな!!」

 目の前で血飛沫があがった。焦げ茶色の毛と、土くれ。肉の間を縫うように、翡翠の剣が一閃する。
 澄んだ森の匂いと、血生臭さが鼻腔を擽った瞬間。灰色の瞳を光らせたヘルグがハニの体を突き飛ばした。

「ぅあ、っ」
「邪魔だ‼」
「っ、……!!」

 ハニがいた場所は、地べたから鋭く土の塊が生えていた。魔物の放った土魔法は、もとの土くれにかわると、その上に両断されたウインドウルフが落ちてきた。

「炎よ!!」

 翡翠の剣が鋭く輝く。ヘルグは指先を滑らすように血を吸わせると、剣は瞬く間に火炎を纏う。

「骨も残すな!!」

振り上げた剣が業火を繰り出す。火炎は風を取り込むように素早く膨らむと、ウインドウルフを飲み込んだ。獲物だけを狙う、一点集中の二属性魔法。難易度の高い術をやすやすとやってのけるヘルグの背中を前に、ハニは乾いた喉を上下させた。
 
 翡翠の剣が、澄んだ音を立てて火炎を払う。ヘルグを飾るように、炎を纏った肉片が雪のように舞う。それらは土に触れる前に魔素となって姿を消すと、ヘルグは鋭利な灰色の眼光をハニへと向けた。

「なにをしている」
「す、すみませ」
「魔物を前に、何故意識をそらした。たった一晩で兵士としての自覚を失ったとでも言うのか」

 氷のように冷たいヘルグの言葉は、そのままハニの後ろめたさへと突き刺さった。
 ウェンベ村が近付くにつれて、白い布に黒いインクを垂らしたかのように、心に不安が広がっていったのだ。
 戦闘の最中に思考を奪われるのは死に直結する。兵士として、緊張感を持つ場でハニは正しく動けなかった。
 言い逃れのできない落ち度への叱責。穏やかだったヘルグの上官としての顔を前に、ハニは己が急に恥ずかしくなった。
 
「自覚を持て。今のお前の覚悟では剣は似合わん」
「すみませ、ん」
「外すな。帯剣はしてろ、だか抜くな」
「は、い」

 ヘルグが見切りをつけるように前を向く。きっと、進行方向の確認のためだとわかっているはずなのに、ハニは己の肺が縮んでしまったかのように体は萎縮した。
 鉄板が入っているのだろう、ヘルグの靴が砂利を踏み潰すように前を歩く。その影すら、踏むことができない。ハニは頭に熱を抱えたまま、オアシスの瞳に涙を滲ませて歩く。

(情けない、……っ、お、俺……すごください)

 漏れそうになる熱い吐息を必死でやり過ごす。少しでも零してしまえば、それが涙を誘発するとわかっているからだ。
 沈黙はハニの感情をそのままに表していた。
 ヘルグはそれを知ってなお、口にはしなかった。静かな旅路は、ウェンベ村の入口を前に終わりを告げた。村に入ったその瞬間、違和感は突風のように二人の体に吹き付けたのだ。

「……っ、嗅覚を遮断しろハニ!!」
「あ……!?」

 村の中を、毒々しく甘ったるい芳香が漂っていた。ヘルグに言われるがままに口元を覆う。
 まるで雪が降るように、薄桃色のイヘンアの花びらが舞っている。季節外れの開花は、村の異常をありありと示していた。

「っ、ハニ待て!!」

 外套で顔の半分を深く隠す。肌を白く染めたハニが、ヘルグの横を駆け抜けた。
 村の中は、薄桃色の霧に染まるように魔力が充満していた。道端では、倒木のように人が倒れている。なんらかの干渉が起きたことは明白だった。

「氷華!!」

 澄んだハニの声が一帯に響いた。その瞬間、人の体温を避けるように、足元に氷の花が咲き誇った。
 辺りに充満していたイヘンアの芳香が、急速な温度変化に抗えぬまま霜となって足元に降りてくる。ヘルグがそっと革手袋で霜を検分すれば、花粉が混じっていた。

「ハニ、よくやっ」
「ヨギ!!」

 倒れていた女性を抱き上げる、ヘルグの声を遮るように、ハニが悲鳴を上げた。
 ヘルグは女性を壁にもたれかからせるように寝かせると、幻想的に色付いた氷の花を蹴散らすようにして、ハニの下へと駆けた。

「ハニ」

 男か女かもわからない複音の、それでいてどこか懐かしい声がぽつりと落ちた。
 ハニは立ち尽くしていた。華奢な体を飲み込むように、大きな影が二人を覆う。目の前にいたのは、蔦が何十にも絡み合うようにして咲いた、ディオネゲスであった。

「これは……」
「よ、ヨギ……ヨギの顔、してる……な、なんで」

 美しい男の姿を取る植物の魔物は、その身の一部であるイヘンアの蔦を蠢かせていた。
 ヘルグは、呆然としているハニの言葉で理解した。ヨギは、イヘンアの花に己の血を吸わせたのだと。
 滑らかな光沢を放つ蔦の一本がハニに近付き、華奢な体に巻き付いた。勢いよく剣を振り抜いたヘルグへと、ハニは鋭い声を上げた。

「っ切るな!!」
「お前、どういう……っ」
「よ、ヨギは……っ、まだ生きてる、だ、だからっあ、っ」
「ハニ……!!」

 ヘルグの眼の前で、ハニの体は容易く持ち上げられた。体に巻き付く蔦の力は、思いの外優しい。ハニはゆっくりとディオネゲスの前まで運ばれると、体に蔦を侵食させるヨギの姿を見つめ返した。

「ヨギ、……お、俺だ。わかるだろ? ハニ、だ」
「分かルよ、ハニ」

 何かが侵食する音がして、ヨギは微笑んだ。人としての温度を奪われた頬に、イヘンアの根が走る。
 ハニがそっと手を伸ばして頬に触れれば、乾いた手が小さな手に重なるように添えられた。

「なんで、なんでこんな」
「これデ、全部おシまい」
「おしまい、って……?」

 震えた声で聞き返したハニを前に、ヨギだったディオネゲスはゆったりとした笑みを浮かべた。目の前を素早く何かが横切った。その瞬間、口元を覆っていたハニの外套は引きちぎられた。

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