狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
67 / 111

9

しおりを挟む
 まるで、二人が宿屋に入るのを待っていたかのような雨だった。
 村で一軒しか無いこの宿を見つけたのはヘルグだ。ウェンベ村につながる森に近いその場所は、めったに人が来ないのだろう。
 ハニを引きずるように訪れたヘルグに、店主は随分と驚いた顔をしていた。
 黒にも見える茶色の木枠に、割れた箇所を修繕したのだろうガラスが嵌められている。窓と呼ぶには心許なく、しかし雨風はしのげる宿に二人はいた。

「降ってきたな。恵みの雨だ、きっと明日はいいことがあるだろうよ」
「……慰めですか」
「そう聞こえたのなら、お前が慰めを求めているってことだな」

 項垂れるように寝台へと腰掛ける。頭を抱えるように両手で支えるハニを前に、ヘルグは溜息をついた。
 革手袋を外した、素肌の手がハニの白い髪に触れる。指先で髪を梳くように頭を撫でると、ハニの手がゆっくりとヘルグの手を頭から外した。

「なんすか……もう子供じゃないです」
「お前があいつを殴らなくてよかったよ」
「……でも、あいつはきっと今日のことを引き合いにだしてくる」

 ポツリと呟いた。小さな子供の、行き場のない思いにも似た言葉だ。
 ヘルグはどかりとハニの隣に腰掛けると、ぱたりと尾を揺らした。

「なんで尾っぽふってんすか」
「いや? お前が俺に対して詫びる気持ちを持ったことがおかしくてな」
「なにも、おかしいことなんて」
「おかしいさ。俺は強いから隊長を任されているだけではない。あの場でどう丸め込むかの腕もかわれている」

 問題児ばかりを抱えている。ヘルグにとって、ハニの謝罪の気持ちは随分と擽ったいものだったのだ。謝るだけなら、口だけで終わる。心に秘める気持ちのほうが質量が重い、だから口から出づらいことも、ヘルグはよくわかっていた。

「お前の気持ちはわかってる。ただ、思いがデカすぎてヨルグさんが受け止めきれなかっただけさ」
「……そう、なのかな」
「まあ、寄り添うにも話を聞きたいかな。無理強いはしないが、これからウェンベ村に行くんだ。俺が何も知らないよりは、不利にならんだろう」

 ぎしりと音を立てて、ハニの座る寝台に寝転んだ。気楽に足を組んで視線を向けるヘルグに、戸惑ったように見つめ返した。

「あまり、自分のこと話したこと無い」
「お前友達少なさそうだもんな」
「……ほ、ほしいとは思ってる」
「なら、まずは練習だな。俺に心を開いてみろ」

 ぱたぱたと尾を揺らして、楽しそうに宣う。ヘルグの冷たそうに見える灰色の瞳が、温もりを宿して緩められる。
 ハニは何かを言おうとして、口を閉じた。拒む理由が見つからなかったのだ。
 白い手が寝台に体重をかける。そのままヘルグの横に寝転ぶと、青い瞳の中に閉じ込めた。

「……ヨギ、あんたに少しにてる」
「それは顔の話?」
「ううん、性格とか、なんかそういうとこ」

 二人して、寝台の一つに寝転がって話をする。友達がどういうことをするのか、決まりはわからないけれど。少なくとも、ハニはヘルグの隣で寝転がることは嫌ではなかった。

「ウェンベ村には、イヘンアが咲いてるって話ししたでしょ。ユキト村よりも、ウェンベ村のほうがものづくりに長けてるんだ。だから、イヘンアを使ったアイテムとかもつくってる」
「なるほど?」
「ヨギは、そのものづくりの技術をユキト村で活かせないかって思ってた。だから向かったんだ」

 そうして、友好を深めるためだとヨルグに言われて入れ替わった。村長自体が変わることに、勿論ユキト村の住民たちは戸惑った。
 それでも、そこまでして村を思ってくれたのだと、賛同する者たちがいたのも確かだ。ユキト村は、悪い意味でも純粋なものが多かった。

「ヨギを苦しめたのは、俺も一緒だ。あのとき、選択を間違えてなければここに残ってたはずなのに……そうしたら、ヨギもウェンベ村も、妙なことにならなかったかも知れない……」

 ハニの記憶では、ヨギは笑っていた。ヨルグが来て、ものづくりの面ではたしかに村は発展した。それでも、村が軌道に乗ってからハニは耳にしてしまった。
 ヨルグは、ユキト村を利用して村を大きくさせようとしている。
 ウェンベ村からヨギを追い出して、合併させようとしているのだ。
 村が大きくなれば、収入も増える。街道沿いにあるユキト村の土地を奪って、ヨギが守ったこの村に大きな畑を作るのだと耳にした。
 イヘンアの花畑を作る。それも、アリアドネの加護がある土地で。
 記憶に残る会話は、今もヨルグの声でたやすく再生される。あの時、扉を開いて抗議をしていれば、きっと状況は変わったかもしれない。不甲斐ない過去の己が、ハニの首を絞めるのだ。悔しくて、唇を噛みしめる。
 それを窘めるように、ヘルグの指先がハニの唇に触れた。

「噛むな。血が出る」
「……そうですね」

 真っ直ぐに向けられた灰色の瞳に、何を期待したのか。ハニは顔をそらすと、天井を見上げるように仰向けになった。

「全部、明日わかる……、今日は……もうつかれた……」
「どういう結果が起こっても、お前だけはブレるなよハニ。感情に引き摺られてたら、兵士なんてできないからな」
「ヘルグさんも、俺と同じっすか」
「それは、どっちの意味できいてる?」

 穏やかなヘルグの声が、じわりとハニの内側に染み入る。胸の中で燻る不安が、やけに鈍痛を伴ってハニの涙腺を刺激する。
 イヘンアの種のことが発端とはいえ、己が関わることでヘルグに迷惑をかけている気がした。
 全てが、うまく行かない。何もかもままならない今だからこそ、余計に優しくしてほしくなかった。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...