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まるで、二人が宿屋に入るのを待っていたかのような雨だった。
村で一軒しか無いこの宿を見つけたのはヘルグだ。ウェンベ村につながる森に近いその場所は、めったに人が来ないのだろう。
ハニを引きずるように訪れたヘルグに、店主は随分と驚いた顔をしていた。
黒にも見える茶色の木枠に、割れた箇所を修繕したのだろうガラスが嵌められている。窓と呼ぶには心許なく、しかし雨風はしのげる宿に二人はいた。
「降ってきたな。恵みの雨だ、きっと明日はいいことがあるだろうよ」
「……慰めですか」
「そう聞こえたのなら、お前が慰めを求めているってことだな」
項垂れるように寝台へと腰掛ける。頭を抱えるように両手で支えるハニを前に、ヘルグは溜息をついた。
革手袋を外した、素肌の手がハニの白い髪に触れる。指先で髪を梳くように頭を撫でると、ハニの手がゆっくりとヘルグの手を頭から外した。
「なんすか……もう子供じゃないです」
「お前があいつを殴らなくてよかったよ」
「……でも、あいつはきっと今日のことを引き合いにだしてくる」
ポツリと呟いた。小さな子供の、行き場のない思いにも似た言葉だ。
ヘルグはどかりとハニの隣に腰掛けると、ぱたりと尾を揺らした。
「なんで尾っぽふってんすか」
「いや? お前が俺に対して詫びる気持ちを持ったことがおかしくてな」
「なにも、おかしいことなんて」
「おかしいさ。俺は強いから隊長を任されているだけではない。あの場でどう丸め込むかの腕もかわれている」
問題児ばかりを抱えている。ヘルグにとって、ハニの謝罪の気持ちは随分と擽ったいものだったのだ。謝るだけなら、口だけで終わる。心に秘める気持ちのほうが質量が重い、だから口から出づらいことも、ヘルグはよくわかっていた。
「お前の気持ちはわかってる。ただ、思いがデカすぎてヨルグさんが受け止めきれなかっただけさ」
「……そう、なのかな」
「まあ、寄り添うにも話を聞きたいかな。無理強いはしないが、これからウェンベ村に行くんだ。俺が何も知らないよりは、不利にならんだろう」
ぎしりと音を立てて、ハニの座る寝台に寝転んだ。気楽に足を組んで視線を向けるヘルグに、戸惑ったように見つめ返した。
「あまり、自分のこと話したこと無い」
「お前友達少なさそうだもんな」
「……ほ、ほしいとは思ってる」
「なら、まずは練習だな。俺に心を開いてみろ」
ぱたぱたと尾を揺らして、楽しそうに宣う。ヘルグの冷たそうに見える灰色の瞳が、温もりを宿して緩められる。
ハニは何かを言おうとして、口を閉じた。拒む理由が見つからなかったのだ。
白い手が寝台に体重をかける。そのままヘルグの横に寝転ぶと、青い瞳の中に閉じ込めた。
「……ヨギ、あんたに少しにてる」
「それは顔の話?」
「ううん、性格とか、なんかそういうとこ」
二人して、寝台の一つに寝転がって話をする。友達がどういうことをするのか、決まりはわからないけれど。少なくとも、ハニはヘルグの隣で寝転がることは嫌ではなかった。
「ウェンベ村には、イヘンアが咲いてるって話ししたでしょ。ユキト村よりも、ウェンベ村のほうがものづくりに長けてるんだ。だから、イヘンアを使ったアイテムとかもつくってる」
「なるほど?」
「ヨギは、そのものづくりの技術をユキト村で活かせないかって思ってた。だから向かったんだ」
そうして、友好を深めるためだとヨルグに言われて入れ替わった。村長自体が変わることに、勿論ユキト村の住民たちは戸惑った。
それでも、そこまでして村を思ってくれたのだと、賛同する者たちがいたのも確かだ。ユキト村は、悪い意味でも純粋なものが多かった。
「ヨギを苦しめたのは、俺も一緒だ。あのとき、選択を間違えてなければここに残ってたはずなのに……そうしたら、ヨギもウェンベ村も、妙なことにならなかったかも知れない……」
ハニの記憶では、ヨギは笑っていた。ヨルグが来て、ものづくりの面ではたしかに村は発展した。それでも、村が軌道に乗ってからハニは耳にしてしまった。
ヨルグは、ユキト村を利用して村を大きくさせようとしている。
ウェンベ村からヨギを追い出して、合併させようとしているのだ。
村が大きくなれば、収入も増える。街道沿いにあるユキト村の土地を奪って、ヨギが守ったこの村に大きな畑を作るのだと耳にした。
イヘンアの花畑を作る。それも、アリアドネの加護がある土地で。
記憶に残る会話は、今もヨルグの声でたやすく再生される。あの時、扉を開いて抗議をしていれば、きっと状況は変わったかもしれない。不甲斐ない過去の己が、ハニの首を絞めるのだ。悔しくて、唇を噛みしめる。
それを窘めるように、ヘルグの指先がハニの唇に触れた。
「噛むな。血が出る」
「……そうですね」
真っ直ぐに向けられた灰色の瞳に、何を期待したのか。ハニは顔をそらすと、天井を見上げるように仰向けになった。
「全部、明日わかる……、今日は……もうつかれた……」
「どういう結果が起こっても、お前だけはブレるなよハニ。感情に引き摺られてたら、兵士なんてできないからな」
「ヘルグさんも、俺と同じっすか」
「それは、どっちの意味できいてる?」
穏やかなヘルグの声が、じわりとハニの内側に染み入る。胸の中で燻る不安が、やけに鈍痛を伴ってハニの涙腺を刺激する。
イヘンアの種のことが発端とはいえ、己が関わることでヘルグに迷惑をかけている気がした。
全てが、うまく行かない。何もかもままならない今だからこそ、余計に優しくしてほしくなかった。
村で一軒しか無いこの宿を見つけたのはヘルグだ。ウェンベ村につながる森に近いその場所は、めったに人が来ないのだろう。
ハニを引きずるように訪れたヘルグに、店主は随分と驚いた顔をしていた。
黒にも見える茶色の木枠に、割れた箇所を修繕したのだろうガラスが嵌められている。窓と呼ぶには心許なく、しかし雨風はしのげる宿に二人はいた。
「降ってきたな。恵みの雨だ、きっと明日はいいことがあるだろうよ」
「……慰めですか」
「そう聞こえたのなら、お前が慰めを求めているってことだな」
項垂れるように寝台へと腰掛ける。頭を抱えるように両手で支えるハニを前に、ヘルグは溜息をついた。
革手袋を外した、素肌の手がハニの白い髪に触れる。指先で髪を梳くように頭を撫でると、ハニの手がゆっくりとヘルグの手を頭から外した。
「なんすか……もう子供じゃないです」
「お前があいつを殴らなくてよかったよ」
「……でも、あいつはきっと今日のことを引き合いにだしてくる」
ポツリと呟いた。小さな子供の、行き場のない思いにも似た言葉だ。
ヘルグはどかりとハニの隣に腰掛けると、ぱたりと尾を揺らした。
「なんで尾っぽふってんすか」
「いや? お前が俺に対して詫びる気持ちを持ったことがおかしくてな」
「なにも、おかしいことなんて」
「おかしいさ。俺は強いから隊長を任されているだけではない。あの場でどう丸め込むかの腕もかわれている」
問題児ばかりを抱えている。ヘルグにとって、ハニの謝罪の気持ちは随分と擽ったいものだったのだ。謝るだけなら、口だけで終わる。心に秘める気持ちのほうが質量が重い、だから口から出づらいことも、ヘルグはよくわかっていた。
「お前の気持ちはわかってる。ただ、思いがデカすぎてヨルグさんが受け止めきれなかっただけさ」
「……そう、なのかな」
「まあ、寄り添うにも話を聞きたいかな。無理強いはしないが、これからウェンベ村に行くんだ。俺が何も知らないよりは、不利にならんだろう」
ぎしりと音を立てて、ハニの座る寝台に寝転んだ。気楽に足を組んで視線を向けるヘルグに、戸惑ったように見つめ返した。
「あまり、自分のこと話したこと無い」
「お前友達少なさそうだもんな」
「……ほ、ほしいとは思ってる」
「なら、まずは練習だな。俺に心を開いてみろ」
ぱたぱたと尾を揺らして、楽しそうに宣う。ヘルグの冷たそうに見える灰色の瞳が、温もりを宿して緩められる。
ハニは何かを言おうとして、口を閉じた。拒む理由が見つからなかったのだ。
白い手が寝台に体重をかける。そのままヘルグの横に寝転ぶと、青い瞳の中に閉じ込めた。
「……ヨギ、あんたに少しにてる」
「それは顔の話?」
「ううん、性格とか、なんかそういうとこ」
二人して、寝台の一つに寝転がって話をする。友達がどういうことをするのか、決まりはわからないけれど。少なくとも、ハニはヘルグの隣で寝転がることは嫌ではなかった。
「ウェンベ村には、イヘンアが咲いてるって話ししたでしょ。ユキト村よりも、ウェンベ村のほうがものづくりに長けてるんだ。だから、イヘンアを使ったアイテムとかもつくってる」
「なるほど?」
「ヨギは、そのものづくりの技術をユキト村で活かせないかって思ってた。だから向かったんだ」
そうして、友好を深めるためだとヨルグに言われて入れ替わった。村長自体が変わることに、勿論ユキト村の住民たちは戸惑った。
それでも、そこまでして村を思ってくれたのだと、賛同する者たちがいたのも確かだ。ユキト村は、悪い意味でも純粋なものが多かった。
「ヨギを苦しめたのは、俺も一緒だ。あのとき、選択を間違えてなければここに残ってたはずなのに……そうしたら、ヨギもウェンベ村も、妙なことにならなかったかも知れない……」
ハニの記憶では、ヨギは笑っていた。ヨルグが来て、ものづくりの面ではたしかに村は発展した。それでも、村が軌道に乗ってからハニは耳にしてしまった。
ヨルグは、ユキト村を利用して村を大きくさせようとしている。
ウェンベ村からヨギを追い出して、合併させようとしているのだ。
村が大きくなれば、収入も増える。街道沿いにあるユキト村の土地を奪って、ヨギが守ったこの村に大きな畑を作るのだと耳にした。
イヘンアの花畑を作る。それも、アリアドネの加護がある土地で。
記憶に残る会話は、今もヨルグの声でたやすく再生される。あの時、扉を開いて抗議をしていれば、きっと状況は変わったかもしれない。不甲斐ない過去の己が、ハニの首を絞めるのだ。悔しくて、唇を噛みしめる。
それを窘めるように、ヘルグの指先がハニの唇に触れた。
「噛むな。血が出る」
「……そうですね」
真っ直ぐに向けられた灰色の瞳に、何を期待したのか。ハニは顔をそらすと、天井を見上げるように仰向けになった。
「全部、明日わかる……、今日は……もうつかれた……」
「どういう結果が起こっても、お前だけはブレるなよハニ。感情に引き摺られてたら、兵士なんてできないからな」
「ヘルグさんも、俺と同じっすか」
「それは、どっちの意味できいてる?」
穏やかなヘルグの声が、じわりとハニの内側に染み入る。胸の中で燻る不安が、やけに鈍痛を伴ってハニの涙腺を刺激する。
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