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2章

笑って幸せ

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俊くんは、戸惑ったように見つめ返すきいちの様子を視界に収めながら、
なんだか柄じゃない気がして目線を泳がす。今日の事を知っているメンバーたちは、固唾をのんで見守ってくれているのがなんとなくたのもしい。
わざわざこの日の為に、末永を通して文化祭実行委員と学校側にお願いしたのだ。
ミスコンのトリを飾るなら、きいちと二人で出たいと。

少しだけ細く息を吐いて、意を決する。かさりとジャケットのポケットから小さな箱を取り出した。青いビロードのリングケースからシンプルな指輪を取り出すと、きいちの左手に嵌めた。

「改めて俺と結婚してください。」
「うん、えっ。」

凪がおしゃぶりをくわえながら、呆気にとられるきいちの顔を見つめる。細いきいちの左手薬指に収まったそれは、キラキラと誇らしげに輝く。少しだけどきどきしながら、驚きで固まってしまったきいちの反応を待った。
はく、と小さく唇が震える。溢れんばかりに見開かれた眠そうな目が、宝石のようなトロリとした光沢を放つ。

後ろではテンションの上がった葵さんがバシバシと益子を叩いている。無駄に爆発するような雄叫びなどはけしてあげるなと言い聞かせておいたおかげか、クラスメイトやその他はサイレントハンズアップで今か今かと反応を待っている。
どうしても今日、この日にプロポーズをしたかった。きいちと壇上に立つために、数合わせで適当な理由を付けてもらって末永も出てもらうことにしたのだ。学も出ることを聞いてご機嫌に了承してくれたが。

息を呑む会場と、かすかな音でも聞き逃すまいと静まり返るステージ。俊くんの心臓の音と、きいちの呼吸だけが聞こえた。

「え、み、みんなぐる?」
「第一声がそれかよお!!」

ぐすっと鼻を啜ったきいちがキョロキョロとあたりを見回す。益子が呆れたような、それでも笑いながら突っ込むと、末永たちも手前を陣取っていたクラスメイトもうんうんと頷いた。

「つ、番にさせてって言った…あの時がプロポーズかと思ってた…」
「あんときは何も用意してなかったからな。タイミングがなかなかなくて、遅くなってごめん。」
「噛み跡だけで充分立ったのに、」
「うそこけ、指輪に憧れてたくせに。」

益子が葵さんに指輪を渡したと聞いて、少しだけ羨ましそうにそれを聞いていたのを知っていたのだ。きいちの誕生日にバケットハットを贈ったときも、本当はこうして指輪をプレゼントしてやりたかったのだけど、どうせならきっかけになった文化祭で周りを巻き込んで派手にやろうと思った。

俊くんは不器用で、派手なことも好きではない。だけど、きいちの記憶に残るような一瞬にしたい。そう思って珍しく自分から周りにお願いした。

きいちが学校に戻ってくるその日に、ステージを借りて。

「嬉しい…。」
「ん、」

たった4文字。よろしくおねがいしますでも、こちらこそ、でも何でもない。ありがちな定型文でないシンプルなきいちのいまのきもち。だけど、その4文字にしっかりとこもった感情は、多くを語らなくても明らかだ。
にやりと笑って頭を撫でる。そのまま引き寄せて肩口に顔を埋めさせると、俊くんは珍しく不敵な笑みではない普通の笑みを浮かべた。

「改めて、幸せにするから。きいちも、俺と凪を幸せにしてくれ。」
「うん、いいよぉ…。」

ぐしぐしと泣き始めたきいちに、凪もえぐえぐと愚図る。二人してみんなに静かに見守られながら、きっかけになった文化祭で、こうして結ばれた。
色々なことがあった一年だ。きいちも俊くんも、諸々の段階をすっ飛ばしてこうして3人になったのだ。

「食券はご祝儀にするぅ?」

にやにやしながら益子があたりを見回す。参加者も来場者も、周りを巻き込んだサプライズと締めくくりとしては最高の場面に否やはなかった。

「ご祝儀食券とか、さすがネタにつきねえカップルよなぁ。」
「いやいや、飾らないのがいいんでしょうよ。くそ、うらやましーねえ。」

三浦も木戸も、先頭から好き勝手言っている。吹田はもう凪が泣いたタイミングで一緒に泣いたので放置されている。

「ううっ、お、おれも恋じだいっ!!」
「うわきたな。」
「ぎいぢいいいいおめでどおおおお!!!」

ぶびゃあと大泣きしながら手を振り回していたのは、悪ガキ三人組だ。とくに崎田も添田もやかましすぎるので奈良が疲れた顔をしてなだめていた。
益子はステージから指さして爆笑すると、それはもう片っ端から写真を取りまくる。

「おら祝いてえやつは先頭こーい!俺がまとめてアルバムにしてやらぁ!!」
「現像は写真館で請け負うよ、俺もなんだか泣けて来ちゃったな…」
「学、俺も大学卒業したらプロポーズしていいか。」
「そーいうのはサプライズにしろって言ってんだろうが!!!ばか!!!」

まるでさっきまでまとまりがあったはずなのに、タガが外れた瞬間にもうダメだ。会場のテンションの上がり方がきいちと俊くんの予想を遥かに超えていた。テンション上がったのか淡路も坂本も、男泣きしながら脱ぎ始めた吹田を煽るようにして大はしゃぎだ。祝で腹踊りでも見せてくれるつもりなのだろうが、黒歴史になりそうなので誰か止めてやれ。

きいちはまわりの大騒ぎに小さく吹き出すと、いつの間にかステージに上がってきていた和葉にハンカチを差し出された。

「あたしのメイクよれさせたらただじゃおかないわよ。ほら、使いなさい。」
「ふへ…ん、ありがとぉ…えひひ…」
「あんた笑い方ちょっと直しなさいな。」
「なんでだ。こんなに可愛いのに。」

化粧崩れをしないようにきいちが涙を止めるのを見届けると、のろける俊くんは無視して演説するようにして手を大きく広げた。

「この幸せなオメガにメイクを施したのはあたくし。そこの番二人もそう。あたくしのコスメはオメガをより一層輝かせるわ!ほらごらんなさい、きいちなんてこんなに泣いたのにぜーんぜん寄れてない。男女兼用よ、運命の出会いを期待するなら、まずは自分の容姿を見直しなさい。」

がしりときいちと葵の手を掴んで並ばせる。逃げようとした学も、バッチリと子猫のようにつまみ上げられCM代わりに使われた。
商魂たくましい和葉が面白すぎて、きいちはくすくす笑う。

「んひひ、カズちゃんありがとぉ。」
「フフ、その言葉が最高の宣伝よぉ。」
「オイコラきいちをかえせ。」
「狭量な男!あんたなんてお呼びでないのよ!」
「あははははっ!」

さっきまでとは打って変わって、まるでコントのようなやり取りだ。葵も学も、俊くんと和葉が言い合いをしているすきにこそこそと互いの番の元へと逃げていた。
まるですべてが計算されたかのような秀逸な二人の言い合いに、きいちは幸せそうに笑い、凪はくありと大きなあくびをした。
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