ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

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うれしいのかたち

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 結局由春の馬鹿のせいで一泊することになった。琥珀は睡蓮のちいさな頭を膝に載せたまま、由春の蜷局に寄りかかり天井を見上げていた。
 沼御前の部屋の天井は、どこを見上げても揺蕩う水面が覆っていた。時折小魚が泳ぐのを目で追う。それだけでも少したのしい。

「んぅう…」

 由春に抱き込まれた志津の寝言が聞こえる。波旬は出雲と梔子と寝るようで、依は客間でみんなと寝たいと言って、今は風呂に行っている。琥珀もひとっ風呂浴びたい気分ではあるが、一人で入るのもつまらない。というか、勝手がわからないので、結局誘われはしたが睡蓮が起きてからにすると断ったのだ。

「ぅ、」
「ん?」

 もちりとした睡蓮の頬が、もにょもにょと動く。どうやらじきに目が覚めるようで、琥珀はその前髪をよけてやると、小さく笑う。睡蓮の手が、きゅうっと琥珀の指を握ったのだ。なんだか小さな子のようで…と思ったところで、琥珀は己よりも二歳程歳が離れているのかと思い至った。
 先日、睡蓮の初めてを貪り食うようにして奪った琥珀は、こうしてどこかしら体に触れていないとそわついてしまうようになった。これは己の独占欲からだということは、しっかりとわかっている。
 きゅっと琥珀の指を握りしめた睡蓮は、まるで形を確かめるように数度もちもちと揉むように手のひらを動かすと、ゆっくりと目を開く。

「よう、やっと起きたか。」
「はれ…あう、…こはく?」
「水飲め。酔いは冷めたかよ。」
「んう…ふわぁー…」

 頬を染めたままこくりと頷いた睡蓮は、琥珀の手ずから唇に湯呑を当てられ、そっと飲み口を傾けられる。ちいさな喉仏がこくりと上下し、飲み零しがゆっくりと首筋に伝った。白い首筋をなぞるようにして流れるその一筋を、琥珀の視線が無意識に追いかける。翳りができたのに気ついたのか、睡蓮はキョトンとした顔で琥珀を見上げた。
 
「こは、」
「ふわアーーーーーー!!!!接吻するのう!」
「くっ、」
 
 びっくん!と二人して大きく体を跳ねさせた。大きな声の主人は依である。琥珀は慌てて睡蓮から体を離すと、やかましい声で空気を変えた依に振り向いて、渋い顔をした。
 
「してねえ!」
「でもしそうだったよう!」
「いちいちうるせえなあもう…はあ、」
 
 無邪気な依に、琥珀は調子が狂うといわんばかりに頭をかく。睡蓮はと言うと、頬を染めたまま、無意識に指で唇に触れていた。あのまま、依が声を張り上げなければ接吻をしていたのだろうか。そんなことは勿論琥珀次第なのだが、少なくとも睡蓮はそうだったらいいなあと、少しばかし思ってしまった。
 
「依、もう皆が寝ている頃合いだから、あまり大きな声を出しては駄目だよ。」
「あわわ、そうだった。お願い、出雲には言わないで、いっつもそれで怒られちゃうんだ。」
 
 好奇心旺盛な依は、体よりも先に口が出るようだった。
 そそくさと近づいてきた依が、ノソノソと睡蓮のお布団の中に潜り込む。さも当たり前かのように隣を陣取るものだから、琥珀は呆気に取られたように二人を見つめた。
 
「ね、睡蓮。久しぶりに一緒に寝よ。志津も龍様と一緒に寝ているんだもの、僕も独り寝は嫌だしさ。」
「ちょっと待て!」
 
 睡蓮にくっついたまま、そんなことを宣った依に、琥珀は思わず声を上げた。だって、睡蓮の隣は琥珀のものである。その声にくるりと琥珀の方を振り向いた依はというと、人差し指を口元に運び、シーーっ、と静かにしろと主張する。
 先程の己の行為なんぞ、すでに棚に上げている。琥珀は口をつぐむと、ちろりと背後の由春を見る。どうやら騒ぎ立てても起きぬらしい。全くもって図太いことである。
 
「睡蓮、まさか俺を差し置くことなんてないよな。」
「ええ?」
「いいじゃんか、大天狗様はいつでも睡蓮に会えるんだから!」
「いつでも会えるが、貸し出す予定なんざ微塵もねえっての!」
「な、なら三人で寝る…?」
「そうすると大天狗様の匂いが移って波旬様が嫌な顔するかもしれないでしょう!」
「俺だって睡蓮に他の雄の匂いがうつんの嫌だっつの!!」
 
 なんとも大人気ないやりとりに、睡蓮は嬉しい反面、ハラハラと二人の口喧嘩にも似たやりとりを止める隙を窺っていた。しかし、睡蓮までもが流石に五月蝿いと思うと言うことは、当然他のものも思うわけである。三人の背後で、むくりと由春が起き上がる。腕に志津を抱き抱えたまま、その紫色の瞳を剣呑に光らせると、無言で人差し指を三人に向けて振り下ろした。
 
「ぶわっ」
「ひゃあっ」
「ちべたいっ」
 
 バシャン!と勢いよく、盥をひっくり返したかのような水が三人の頭上に降ってきたのだ。見事に濡れ鼠となった三人は、髪の毛から水滴を滴らせながら、ポカンとした顔で由春を見た。
 
「うるさい、ねろ。」
「アッハイ」
 
 由春の寝起きはすこぶる悪いことを、すっかり失念していた。チッ、と鋭い舌打ちの音を一つ響かせると、再び蜷局を巻いて横になる。巻き込まれる形で由春の体の中に飲み込まれていった志津の呻き声だけが、物悲しく静まり帰った部屋に響いた。
 
 
 
 
 
 
「くぁ、あ~~あ、あぁ…」
「随分と大きな欠伸をしたなあ。昨日はよく眠れなかったのか。」
「は、おかげさまでな。」
 
 目の下に隈をこさえた琥珀はというと、昨夜以上に肌艶が良く、快活な波旬に肩を抱かれ、うざったそうに顔を歪めている。
 昨夜、由春によってびしょ濡れにされてしまった三人で再び風呂に入ったのだが、その風呂でも琥珀と依が一悶着を起こしたので、睡蓮がむすくれてしまい、いがみ合っていた二人でご機嫌取りをするなどをした。依からしたらそれも含めて楽しかったようだが、琥珀は嫌われてしまったらどうしようと思い、一睡もできなかったらしい。
 
「しかしあっという間の一日であったなあ。うむ、実に楽しかった。」
「出雲と梔子は?」
「昨日はちと無理をさせたからな。今は褥を温めさせておる。」
「妊娠してんだから程々にしてやれよ…」

 どうやら昨晩はお楽しみだったらしい。琥珀は出雲の腹を気にかけるように言うと、波旬はふふんと得意げに微笑む。

「質の高い妖力は栄養と同義ぞ。種は違えどそこは変わらぬ。他人の母乳で育てるようなものさ。梔子もよしとしておるしな。マ、お前も拵えればわかるよ。」 

 波旬は、そう宣うと琥珀を見やる。

「それとも大天狗は、気に入りの雌に手を出すのを躊躇うきらいがあるのかな?」
「んなわけ、」
「琥珀!」

 なにか言いかけた琥珀の声を、睡蓮が遮った。どうやら皆からお土産を貰ったらしい。ほくほくとした顔で、風呂敷を小脇に抱えた睡蓮が、左側を由春に支えられながらそばによる。

「出雲と梔子に挨拶したら、また生まれる頃に遊びに来てって言われちゃった!」
「んでそれは?」
「依が詰めてくれたきんぴら!あと志津が人参の種くれたんだ!これ、畑作って育てようよ!」
「なら水は由春のところから汲めばよい。ふふ、共同作業というやつだなあ。」
「おいこら、それを言うなら俺とだろうが。」
「あいてっ」

 しゃしゃり出る由春の頭は、志津によって随分と可愛らしく編み込まれていた。ぱこんと頭を叩いて琥珀が宣うと、由春はひしりと睡蓮に抱きつく。

「いいのか!また由春が拗ねるとお前が口煩く言って、結果的に睡蓮が機嫌を損ねるけど、お前はそこを加味した上で由春を怒って、本当にいいと思うのか!」
「お前、そりゃ一体どんな脅しだ!」

 また訳のわからぬことをいって、口喧嘩をし始めた二人に、睡蓮がもはや諦めたような顔をする。そんな様子を見た志津がちょこちょことそばにくると、むにりと睡蓮の頬を摘んでくふりと笑う。

「嬉しい悩みって奴だ?」
「えぇ?」
「こっちにいたときよりも、もっと良い意味での悩みに見えるなあ僕!」

 睡蓮を抱き込んだ志津が、その頭の上に顎を乗せる。睡蓮は胸元に回された志津の腕に手を添えたまま、ちろりといがみ合う二人に視線を向けると、その視線に気がついた二人が、ぴくんと肩を揺らしてゆっくりと口を閉じる。どうやら、また睡蓮が怒ると思ったらしい。志津は一連の流れが余程面白かったらしい。ぶふっ、と吹き出すと、くつくつと肩を揺らす。

「嬉しい、うん。僕は嬉しいのかも。」

 睡蓮は、志津の言葉によって、不思議な胸の感情が輪郭を持ったのを理解すると、照れたように小さく笑った。
 まさか、己が話題の中心になるだなんて、椎葉を出た頃の切羽詰ったままの貧相な兎には思いもよらなかっただろう。いろいろな思考や物事に追われて、必死になって逃げ回っていた睡蓮は、御嶽山に来てから逃げぬ勇気と、変わる勇気を持つことができた。勇気にも様々な種類があることを、知ったのだ。

「睡蓮が大天狗様のものになってくれてよかった!」
「え?」
「だって、沼御前様のお手つきになっちゃったら、きっと今の睡蓮はいないから。」

 磨かれた睡蓮は、四羽の玉兎の自慢だから。志津は、昨日出雲達とそんな話をしたんだよと睡蓮に言って、嬉しそうに鼻先同士をくっつけるご挨拶をする。
 親しい者同士、親愛のそれは昔からの家族の愛情確認だ。

「ちょっとまてや!!」
「あ、やばっ」

 そんな二人を見て、ぎょっとした琥珀が声を上げる。その声色があまりにも必死で面白かったから、志津と睡蓮は顔を見合わせてケラケラと笑ったのであった。
 
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