憧れの世界でもう一度

五味

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四章 領都

領都前

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「やっと、領都か。」
「ええ、流石に連日馬車の中だと、疲れますね。」

シグルドが、ぐったりとした様子でそういえば、トモエも疲れた声で同意する。
朝から晩までというほどでもないが、それこそ8時間程度はこうして、馬車の中でただただ時間を使っている。
合間に魔物を狩るための休憩時間を、毎日心待ちにしてしまうくらいだ。

「瞑想ばかりも、流石に体が固まりますからね。」
「んで、これっぽっちもマナの気配なんてわからないと来てる。」
「芽が出たのはセシリアさんくらいですか。」
「あんちゃんとオユキは、こう、すっとこなすと思ってたんだけどなぁ。」

その信頼は嬉しいが、流石に過大評価だと、トモエとオユキは笑う。
剣で圧倒できるのは、積み重ねがあるからでしかない。
勿論人生経験というものは彼らに比べればあるだろうが、今度ばかりはそれが足を引っ張っているのだろう。

「異邦には、マナなどありませんでしたから。」
「正直、あるといわれて、その、向こうではまずできない事を目にしていますが、それが無ければ存在を信じなかったでしょうね。」
「そっか。」
「おや。速度が落ちてきましたか。」

休憩を終えてから、そこまでの時間はまだ立っていない。
目的地に着くには早いはずだ、そう思い、馬車の布を開けると、説明に来ていたのか、傭兵の一人と目が合う。

「ああ、気が付いたか。そろそろ領都が近いからな。あんまり速度出してると、怒られちまう。」
「成程。相応に人出もあるでしょうからね。」
「その通りだ。これまでの町はすんなり出入りできたが、領都はそうもいかんからな。」
「速度がそうでもないなら、私達も歩きましょうか。流石に、気が滅入ってきました。」
「ちょっと待て、話してくる。」

そういって一度引っ込んだ傭兵がまた戻ってくると、オユキ達は馬車から降りて、体を伸ばす。
昨日から遠くに見えてはいたが、目の前には一面の灰色が広がっている。
それこそ、軽く視線を左右に振ったくらいでは、途切れないほどに。

「壁もかなり近づいたみたいですね。」
「まぁ、のんびり歩いて後3時間ほどか。」
「遠近感が狂いますね。」

トモエが壁を見ながらため息をつくようにそう答える。

「ま、そこらの町とは壁の高さも厚さも違うからな。
 近づきゃ、より驚くだろうさ。」
「それは、楽しみですね。」
「ま、その前に、速度を落としたから、さっそく魔物だ。
 このあたりはグレイハウンド、タンブルウィード、シエルヴォ、それと、気を付けなきゃいけないのは。」
「プラドティグレでしたか。正直人里近くで出ていい物とも思えませんが。」

トモエはそう応えて、苦笑いをする。
徒歩三時間圏内に、虎が出る様な人里など、前の世界ではそうそうある物では無い。
そもそも、人里にとらが出れば、大騒ぎになるのだから。

「ま、そこまで大きくはないからな。あんたらは、うん、どうにかできそうだが、餓鬼どもの手に余ると思ったらこっちで対処するからな。」
「ええ、頼りにしています。」

そう答えると、トモエは早速少年たちに声をかける。

「では、行きますよ。今日がグレイハウンドと戦うのは、初めてです。
 油断なく、確かに。今のあなた方ならやれると、そう判断して、任せます。
 意味は分かりますね。」

その言葉に、シグルドがすぐに頷くかと思えば、彼はただ身体を固くして、自分の手を見ている。

「やってみます。」

アナがそんなシグルドの様子を見て、心配そうな表情を浮かべるが、ただ、そうとだけ答える。
初めての魔物、それと対峙することに緊張しているのかと思えば、表情が厳しすぎる。

「では、パウ君からにしますか。」
「ああ。」

そう声をかければ、ただパウが進み出るのを、シグルドが見送る。
非常に珍しい、その光景に、さて何事かと思えば、シグルドの背中をアナが叩く。

「緊張しない。思い詰めない。何回も言われたでしょ。」
「でも、前は俺のせいで。」

シグルドのその言葉に、オユキはそういえばと思い出す。
イリアとカナリアと出会う、その切欠。
そこで彼は、なかなかの事をしていたなと。
ならば、オユキからかける言葉は一つしかない。

「あの時と、今は違います。それを証明しましょう。」
「ああ。その、悪かった。今更だが。」
「気にしていませんよ。ほら、痕もないでしょう。」

オユキはそういって、服の袖をまくり見せる。

「でも、万が一があったんだ。確かに、あの時は。」
「それが分かるようになったのなら、構いません。
 それだけでも、あの時とは違います。それに結果として、皆無事でしたから。」

オユキは、それにほらと、少し前を指す。
そこでは、トモエがいつでも助けられるようにと構えてはいるが、パウがグレイハウンドが飛び掛かってくるのを、真っ向から棒で打ち据え、地面にたたき落としていた。
そこで油断するでもなく、棒術というよりも、槍術の一環として教えた突きを、地面に向けて行い、その結果として、彼の雄たけびが聞こえる。

「そっか、やったか。」

彼らにしてみれば、命の危機を始めて感じた魔物であろうし、初対面のイリアに手ひどくあしらわれた、そんな相手でもある。
それを今、こうして一匹だけとはいえ、一人で倒せることが証明された、その事実は大きいのだろう。
それを見て、程よくシグルドの肩から力が抜ける。
そして、パウにしては珍しく、トモエに𠮟りつけられている。
その様子を見守る、周囲に散った傭兵も、微笑まし気にパウを見ながら、初心者の一つの壁だよな、などと話しつつも、数匹で群れたグレイハウンドや、角というよりも、枝分かれした刃物とでも呼んだほうが良いような、そんな角を振り回して突っ込んでくる鹿を仕留めている。

「次は、俺がやる。」

戻ってきた、パウにそう告げて、シグルドがその場で数回素振りをすると、トモエのいるほうへと進んでいく。
まだ、力が入りすぎているなと、オユキが見ても思うほどではあるが、そちらはトモエに任せ、オユキはパウの様子を見る。
彼は、武器の様子を確認するでもなく、何度も手を開いては閉じてと、そんなことを繰り返している。

「お見事でした。今回は武器も大丈夫でしたか。」

オユキがそう声をかければ、パウが慌てたように、武器を確認する。

「強くなったか。」
「ええ、前よりも遥かに。」
「前が、お粗末だったか。」
「独学では、限界がありますから。」
「そうだな。運が良かった。」

相変わらず、端的に喋るパウではあるが、何を言いたいかはオユキにもわかる。

「これまでの皆さんの努力に、神様が幸運を与えて下さったのかもしれませんよ。」
「そういう事もあるか。」

そう答えると、パウが改めて武器を細かく確認し始める。
そして、間が良いのだろうか。
シグルドがちょうどグレイハウンドと相対し始める。
肩に入っていた力が、程よく抜けているのは、トモエが上手く声をかけたからだろうか。
飛び掛かるグレイハウンドに対して、シグルドが動き出すのを見て、オユキは声を出す。

「おや。」

これまでは、飛び掛かる魔物を正面にとらえ、それに対して剣を振る。
間に合わない、体勢が崩れているなら躱すと、そういった方法ばかり教えてきたが、彼は飛び掛かり振られる爪の軌道からまず体をそらす。
足運びは拙く、避けた後に剣を振るのに、足の位置を直す羽目になっているが、それでも、以前オユキが打ち合ったときに一度だけ見せた、過剰な力の入っていない、見事な一振りでグレイハウンドの首を切り落とす。
ただ、しぼりが甘い。
そのまま剣が地面をたたいたため、トモエに叱られることだろう。

「やるな。」
「武器の差もありますから。」

呟いたパウに、オユキはそう声をかける。
彼の武器は、そもそも斬れる物ではないのだから。
そして、パウよりも派手に、両手を空に掲げて喜ぶシグルドを、鞘に入ったままの剣でトモエが叩き、その様子を見たアナもただ額を抑えて、天を仰いだ。
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