憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

招かれたるは

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そしてオユキの懸念が現実のものとなり、紛糾する議論を中座するしかない状況が訪れたため身内だけで話せる少ない機会は生憎と解散となった。トモエとしては全く問題にしていない事ではあるが、オユキとしては生前の己というものがどうしても前提としてあるため、体力がつかない物かと、どうした所で考えてはいるのだが。
当然、そこには前提というものがある。
オユキは生前を元に、出来ていたから今もと考えている。
トモエはそもそもこちらでは仕事があまりない、オユキが先を目指して居るからと限界を見極めている。
要は、確かに体力は付いている。しかし、それは日々の事としてトモエと刃を交える時間で全て消費されているだけだ。馬車が止まれば、休む為にと泊った時。そこでは、朝夕、移動中休憩を取るのであれば昼間にも時間はある。そして、教えるべき相手がファルコとその連れ二人しかいない以上、オユキとトモエが向かい合う時間が多くなる。
毎夜こうして、オユキが早々に眠気を覚えるのも当然の帰結でしかない。
流派を逸れて新しい道を模索しているオユキ、その動きはどうした所で無駄が多い。虚を多く用いる動きだからという以上に、トモエから見ればすべての動作に無駄が、不要な力みが存在している。始まりの町で面倒を見始めたばかりのシグルドたちに幾度も繰り返したように、そのような無様があるから疲れるのだ。

「オユキ。」
「また、無理を頼まれる物ですね。」

そして、今は約束された夢の中。トモエとオユキ、加えてアイリスとまさかと本人も驚愕をありありと顔に出していたものだが、四人で一柱を相手に遊んでいる。
そして、この場ではトモエだけが気が付いている事として、意志というものがより重要になっている。思い通りに動けすぎるのだ、この場では。恐らく、それすらも戦と武技の加護なのであろう。

「ぐ。」
「ほう。小手調べ程とはいえ、我が剣を受け止めるか。声をかけてから確かな研鑽があったと見える。」
「神国の盾の輝き、曇らせたままでは。」
「何とも小気味良い言葉よ。」

そして、以前三狐神と相対した時と同じように、基本としてアベルが前に立ちとにかく一切の攻撃をどうにか防ぎ、いなして残りの三人がそこに生まれる好きに切り込んでいくものだが、生憎決定打にかけている。あくまでこの場にいるのも本体だとは、当然考えられもしない。しかし、同様であったはずの相手が持つ剣を僅かなりとも切ったトモエの剣ですらただ甲高い音を鳴り響かせるだけ。

「良い工夫ではあるがな。しかし、身にまとう鎧と我自身、どちらの強度が上か、その考えが抜けておる。」
「冗談、だと思いたいわね。」
「武すらなくとも、その相手が身に付ければここまでですか。」

オユキがアベルの影から戦と武技の神の背後に回り込み、膝を狙う。そして、それに対処しようと僅かに体を回したことで片側が下がり、反対が上がったその隙間、腕の下からアイリスが流派として研鑽している切り返しの一刀をたたき込むがこちらも同様。アベルですら、一振りで暴風を巻き起こす大剣を正面から受け止められるのだ。その大本がどれほどの最中など考える必要もない。

「アベルさん。」
「くそ。」

しかし、体勢は十分に崩れているからと、アベルに声をかけ、首を傾けたアベル、その正面にある戦と武技の目を狙ってトモエが刀を突き込むのだが。

「正確に急所を狙う。なんとも素晴らしい工夫ではないか。」

他にできる事が無い。打つ手が無いだろう。だからこそ、限られた選択肢などいかにも容易いと、そう聞こえる言葉と共に空いた手で簡単に薙ぎ払われる。戦と武技、本体から見れば、極僅か程度の能力しか持たぬ相手だというのに、正面から攻撃を受けられるのはアベルだけ。そして、そう言った状況だからこそ、アベルは剣を振る暇がない。

「さて、そろそろ良いか。」

そして、数分の間揃って遊んでいれば、何処かあきれたようにこの図書館の主から声をかけられる。

「確かな研鑽も見れた。今はここまでとしておこう。」

そう戦と武技の神が払った事で空いた空間、そこで改めて剣を一振りすれば、か弱い人のみは揃って吹き飛ばされ、仕切り直しと分かるだけの距離が空く。ついでとばかりに、武技によるものだろう、背後に回り首を狙って飛び掛かろうとしたオユキもそのままの勢いで戦と武技を超える事となり、合流する。着地を考えて動く余裕もなかったようで、そのままトモエが一度腕の中に納めた上で地面に降ろすことにはなったが。

「はい。以前よりは、確かな手ごたえが。二人も手が増えた、それが大きいでしょうが。」
「私も、確かにこれまでより良く動けたわね。」
「前にも言いましたが、加減は良いのです。しかし全力で動く場を全く持たないというのは相応に問題がありますから。」
「お前等、いや、予想はしちゃいたが、本当に。」

早速とばかりに先ほどの鍛錬、その感想を口の端に乗せる者達にアベルがただただ何とも言えない、言葉が上手く出てこないとそういった様子で首を振る。

「いいか。くれぐれも、今回は外交だという事を忘れてくれるなよ。」

流石に時と場所は弁える、そのように三人そろって視線だけは返しておく。そして、そこにお前とて楽しんでいたではないかと、そう言った外連味を加えておくことも忘れない。視線を受ける相手としては、その誤魔化しに過ぎないものが真実でもあるため二の句に至る言葉すら作れていないのだ。

「その方の巫女である事は重々承知しているのだがな。場を用意している我の顔も立ててはくれまいか。」
「相済まぬ。どうにも、顔を合わせる度の恒例になりつつあることもあってな。」
「あり方の内で楽しむ分には何も言わぬとも。さて。」

目を覚ます。それにしても少々主観としては語弊があるのだが、それ以外の表現もない。訪れた時には背表紙に使われている文字すらわからぬ本が並ぶかと思えば、瞬きをする時には見知った言語に置き換わる、それもそのはず本そのものが入れ替わるのだから、そのような不思議な書架が圧迫感を与える場。一目で図書館とわかる場ではあったのだが、いざ戦と武技が武器に手をかければ、大いに体を動かせるだけの空間が確保されていたはずがまた元に戻る。
立ち並ぶ本棚、それがどこまで伸びるのか見る事も出来ない本棚に囲まれる机には、すっかり顔なじみとなった柱が揃って座っている。それ以外も。どうやら、いよいよ本題が始まるものであるらしい。

「お久しぶりです。こちらでの旅路はかつてに比べればかなり大変だったとは思いますけど。」
「かつての信徒たちもいるのだから、対価を用意すれば私が安全に運んであげても良かったのだけれど。最初の一人とも言葉を交わしていたようですし。」
「やめてください。せっかく増えた水量がまた減ることになりますから。」

そして、この場に呼ばれた者達は遠慮をする時間も、心構えを作る時間も与えられることなく席にと気が付けば座らされている。ついでとばかりに武器が取り上げられているあたり、いよいよこれ以上遊んでくれるなと、そう言われているようでもある。確かに、オユキもトモエも、知識の結晶が立ち並ぶ場で狼藉を働きたいとそこまで考えているわけでもないのだが、その辺り信頼は勝ち取れていないという事か、そう言った根深さを持っているからこそ戦と武技に好まれているというのか。確かに、書籍が変わらず手の届く距離にあればほとんど意味などないにしても、投擲したに違いは無い。

「全く。色は私と妹からも引いているというのに。」
「トモエも。深紅の獣は気高く、無為に爪を振るったりはしないのよ。」

そして、そのような事を考えていた者達に、揃って窘めの言葉が与えられる。それに対して身内からの視線も鋭くなるものだが。

「私にも陸に届かない剣で、お父様に届くわけないじゃない。如何に分御霊とはいえ、この場では、流石に向こうよりも本体に近いわよ。」
「ええ。ですが確かな手ごたえもありました。次の機会には。」
「試練としての強度も繰り返せば上がる物。そうそう容易く、前と同じままそうは思わない事ね。それにしても、前から言っていたでしょう。」

そして、一人は己の祖と話し込むことに忙しいといった風。

「ええ。一先ずあちらは、分けておきましょう。」

そして、創造神がそう言えば、隣にいるというのに話しているはずの声も聞こえない。アイリスの感情をよく表すはずの部位にしても、どうにも動きが見えないあたり、いよいよしっかりと隔ててという事であるらしい。

「我の場で、あまり無理はしてくれるな。」
「えっと、この程度なら大丈夫でしょう。」
「問題がある事と、対応が可能であることは意味が違うのだ。」

そして、こちらはこちらで何やら話し合いを始める様子であるため、以前と同じく月と安息が口火を切る。

「今度は、全員よ。」
「既にダンジョンによる収穫祭も開かれているかと思いますが。」
「ええ。それぞれに、色々と面白いと思うものに印を与えたわよ。ただ、王都はやっぱり難しいという話に落ち着いたのよね。」

オユキは、なにやら相談したい、詳細を聞きたいとそういった物は全てマリーア公爵に丸投げしていたため進捗は把握していなかったのだが。

「行うにしても、辛うじて先の狩猟祭での糧、それで僅かな余剰からと思いましたが。」
「生憎、今も頭を抱えているわよ。」
「採取者は、流石に私も知識が不足していますし、それこそ育てるには。」

狩猟で得られる成果は、あくまでこちらで暮らす人々の生活を支える一部でしかない。
採取でしか得られない物も、どうした所で多いのだ。水と癒しの国とは言え、他国より確かに潤沢とはいえ、誰も彼もが癒しの奇跡をその身に分け与えられているわけでもない。魔国に出立する前に顔を合わせた懐かしい相手、助祭リザは、いつ戻る予定かというオユキの世間話にただただ空虚な笑いを返すような有様だったのだ。
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