君に取り憑くラブ・ゴースト -黒髪男子に“幽霊さん”と間違われました-

りぃ

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【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-

第3話:幽霊さんはいい幽霊?

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 夕木が旧美術室に来るようになって1週間たった。

 日を追うにつれて、夕木はだんだんここに来る時間が早くなっていく。
 最初は18時くらいだったのが、今では放課後になるとすぐにやってくるようになった。
 そして俺がいるのを見つけると、へにょっとあの不器用な笑顔を浮かべるのだ。

「今日もいる」

 眉毛が下がって、ほんの少し片方の口角が上がる。
 控えめな笑顔だが、うれしそうに見える。

 たぶん、俺は懐かれてしまった。……ような気がする。
 たいして何にもしてないはずなのに、夕木が「幽霊さん」と話しかけてくることが増えたから。
 それに口調がちょっと砕けてきている。
 自分がわざと夕木の勘違いを放置した結果とはいえ、「幽霊さん、幽霊さん」と呼ばれ続けると、少し羞恥心がわいてくる。

 最初はまだ夕方……逢魔が時(?)っぽい時にしか会っていなかったからわからなくもない。
 それにこの教室は物が多いし、窓も半分くらい棚で潰れているのでいつも多少薄暗くはある。
 でも今この時間はまだ明るいほうだろと思うのに、今日も夕木は俺を幽霊だと思っている。

「幽霊さん、こんにちは」

(ほんとなんなんだこいつ……)

 ほんのり面倒で、でもまだあの時のわくわくが続いてしまっている。
 今更幽霊じゃないなんて言えなくて、仕方なく黙ってキャンバスに向き合うのだ。
 すると今日も夕木が、少し遠くからそっと声をかけてくる。

「幽霊さん、ここに座ってもいいですか?」

 一週間も来てるんだから勝手に座ったらとも思うが、まあそういう性分なのだろう。
 毎回わざわざ律儀にお伺いを立ててくる。
 いつもどこかおずおずとしているので、俺は今日も頷いて返す。
 するとさらにうれしそうに、いそいそと黒板の下におさまる。
 そして抱えてきた本やら勉強道具やらを控えめに広げだすのだ。

 今日の夕木は勉強の日だったようだ。
 シャープペンが紙に擦れる音がどうしてか耳に心地いい。
 こいつは気配が静かなせいか、何をしていてもその音がなぜか逆に俺の集中力を上げてしまうらしい。
 そのおかげで、俺はこの一週間で落書きのスケッチやらキャンバスやらを量産してしまっている。
 
(こんなつもりじゃなかったのにな……)

 今日もなんとなく夕木につられてスケッチを一枚描いてしまった。
 顔を上げると、夕木が体育座りをした膝に参考書をおいて勉強しているのが目に入る。

 その辺にある椅子や箱を机にすればいいのに。
 そう思って眺めていると、パチッと目が合った。

(はー……)

 改めて嘘みたいに整った顔だ。
 夕木の相変わらずの透明感は何度見ても慣れない。
 そんな俺をよそに、夕木は俺がスケッチブックを手に持っているのを見る。
 そしておもむろに自分の膝を抱えた。

「幽霊さんはいつも絵を描いてる」

 そう独り言のように言う。
 俺に話しかけているのかわからないが、おそらく俺に向けた言葉な気がした。
 夕木のほうに向きなおると、どうしてか夕木は少し眉を下げた。

「幽霊さんはいい幽霊さんだね、きっと」

(?)

 俺は怪訝な顔をしてしまう。
 改めて言葉にすると恥ずかしいが……俺はなりゆきで声を出さずに幽霊らしさを演出してしまっている。
 なので夕木といわゆる会話らしい会話したわけではないので、何を基準に「いい幽霊」と言われているのかわからなかった。

「幽霊さんに怖いことされたことない。目の前でものが浮いたり、部屋がみしみしいったりもしない」

 そりゃそうだ。俺に怪異が起こせるわけがない。
 俺がそう内心思っていると、夕木は再びへにょっとはにかむ。
 そしてどこか夢見るようにこう言った。

「何より、俺の話を聞いてくれる」

 いつも、うんって頷いてくれるのうれしい。

 そう言って夕木は照れたように目を伏せた。

(……ちょっと頷いたくらいで……)

 でも、そういえばこいつは他のやつらになんだか妙に怖がられてたなと思い出す。
 俺が頷いたくらいで喜んでしまうのは、こいつが人から距離を取られてるせいだろうか。

「だから、幽霊さんはいい幽霊さん。ぜったいそう」

(「ぜったい」までグレードアップした……)

 本当にちっとも大したことはしていないのに。俺も謎に耳が熱くなる。
 思わず目をそらす。

 すると、夕木が夢見るような口調のまま続けた。

「幽霊さんはどうしてこの美術室にいるんだろう」

 ハッとしてもう一度視線を戻すと。
 夕木はなんでもないことのように、あっさりとこう言った。

「幽霊になっても来るくらいなんだもんね……きっと絵を描くのが大好きなんだ」
「っ」

(ちがう)

 咄嗟に思わず声に出しそうになる。
 スケッチブックを持つ手に勝手に力が入る。

(俺にとってこれは――)

 遠くに押しやったはずの感情の波が襲い掛かる。
 のどが詰まるような、そんな感覚。

(もう、忘れるって決めたことだ。諦めるって。だから――)


「んー……」

 夕木がゆっくり一回、不器用にシャーペンを回しながら唸った。
 その声に我に返る。

(……馬鹿みたいだ。夕木にとっちゃなんでもない一言だってのに)

 俺は自嘲する。
 そんな俺に気が付かず、どこか遠くを見ながら口を開く。

「俺がもし幽霊になったら、どこに出るんだろう」

 その声は随分と寂しそうだった。
 もともとどこか消えてしまいそうな透明感のある夕木が言うからだろうか。
 なぜか胸がざわっとする。

(なんだ……?)

 俺がじっと見ているのに気付き、今度は夕木はハッとして慌てだす。
 そして一人であれやこれや話し出した。

「好きな場所とか……未練とか。やり残したこととかが重要だよね、きっと」

 夕木はうーん、と悩む。
 そして散々唸った挙句こう言った。

「俺、ニンジンよく残しちゃったから……給食室?」

 思わずずっこける。
 もっとなんか未練のあるところとかないのか。

 俺が胡乱げな目をしたからだろう。
 夕木は今度こそ白い頬に刷毛をはいたように赤くなった。

「だって、あの……給食室、好きだったんだよ。お昼が、楽しみで……」

 しどろもどろにそういい募る姿に思わず毒気が抜ける。
 そうだ、こいつはとことん変な奴だった。
 つうか。こういうことを思うのはおかしいかもしれないけど。

(なんか、雛みたいでかわいいやつだな)

 男相手に今までそんなことを思ったことがあっただろうか。
 でも、これが俺の今の素直な感想だった。

「わかってるよ、変だって。もう一回考える」

 首を横に振るが面白がってるのはバレてしまった。
 初めて夕木にちょっとにらまれた。

「やっぱり、幽霊さんもちょっとだけいい幽霊じゃないかもしれない」

 そんなことを言われても面白いだけで逆効果だ。
 結局夕木は今日帰るまで、ほんのちょっとだけ拗ねていたのだった。
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