君に取り憑くラブ・ゴースト -黒髪男子に“幽霊さん”と間違われました-

りぃ

文字の大きさ
9 / 18
【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-

第9話:まるでふわふわ漂うように

しおりを挟む
 今年の夏休みは夢の中にいるみたいだった。
 俺らしくもなくふわふわと地に足つかない。
 あの花火の日以来、夕木が教室に来てくれるのが前にもましてうれしくて。

 俺を拠り所にしてくれている。
 俺と楽しそうに過ごしてくれる。
 他でもない夕木が、俺の好きな子が。

 それに、なんと――
 あの日以来、夕木は俺と一緒に絵を描いてくれるようになった。
 勉強がひと段落つくと、俺からちょっと離れたところに放置してある椅子に座る。
 そして俺の真似をするように、目の前にある静物の絵を描いてみたりするのだ。
「難しいな……」なんて唸りながら、でも楽しそうに集中しているのを見ると、どうしてもにやけてしまう。
 好きな子が俺のしていることに興味を持ってくれている。
 かわいい、うれしい。浮かれて仕方ない。
 そんなわけで、俺の筆も乗りに乗っていた。

 だから――忘れていたのだ。
 この絵は、休み明けに田口に提出するものだったということを。

「お前、これ……」

 夏休み明け。昼休み、旧美術室に急に訪れた田口に絵を目撃されて。
 俺は羞恥に死にそうになりながら床の一点を凝視する。
 田口が絶句しているのもいたたまれない。

(俺を殺せ……)

 もういっそ気絶したい心持ちにとどめを刺したのはやはり田口の言葉だった。

「力作だなあ……」
「うわ……」

 殺してくれ。
 顔を覆うと、田口が笑い出した。
 爆笑だ。ちくしょう。
 俺が「あ゛~~~~~~~~」と呻くとさらに楽しそうに笑われた。

「よかったなあ、香住、ほんとに、ほんとによかったよ」

 これは満点だ、補修として認めるしかない。合格。
 そう言いながら肩まで叩いてくる。

「ほんと勘弁して。忘れてた、提出用って」
「うんうん、描きたいから描いたんだな。いいぞ」
「くそっ!」
「ははははっ」
「……え、たぐっちゃん泣いてる? おい笑いすぎ、からかうなよ」

 俺は羞恥のあまり田口が教師だということも忘れて肩パンした。
 しかし田口は「ひー」と笑いながら、目の端に浮かんだ涙をぬぐう。
 そして今度は俺をぽんぽんと叩く。

「いやほんとに、めちゃくちゃいい絵だよ。すごい。俺は感動している」
「いいってそういうの」
「本当に、心の底から思うよ。よかったなあ、香住、俺は本当にうれしいんだ」
「……」

 先生が鼻をすする。
 いつもそこまでテンションの高くない田口が泣いてる。
 俺もつられて目の奥が熱くなる。

「な、泣くほどかよ。こんなの、そこまで言うほどじゃ……」
「こんなのって言うな。この絵はお前にとって大事なものだろ」

 真剣なトーンで諭されて黙る。
 田口は遠くを見つめたまま続けた。

「心配していたんだ、ずっと。去年のコンテストから、お前の気力がみるみるなくなって」
「……」

 “去年のコンテスト”。
 俺も遠い目で窓の外を見る。
 ――俺は去年、美術部に混ざって絵を描いていた。

 なんにでもなれると思っていた小学校時代を抜け、中学校で俺は世間の厳しさに気付き始めた。
 そして高校に入るころには、完全に心が折れていた。

(“なんでもそこそこ”では何にもなれない)

 その頃、兄貴がヴァイオリンで食っていくことを諦めて、普通に就職したということもデカかった。
 俺と違って、兄貴は一途で“音楽が一番大好き”だった。
 好きで、努力していて、実際ちゃんとすごかった。
 でも、それでも。
 こんなに好きで、頑張っていても、それで報われることってこんなに難しいのかと知った。

 震えるほど怖かった。
 兄貴ほど一途になれない、全然努力もしていない自分はどうしようもなく凡人なんだって。
 俺なんかじゃ、何にもなれないんだ、って突きつけられた気がして。

「こんなことは軽々しく言いたくないが……俺もある種、お前の兄貴と同じだった」
「え……」
「前に話してくれただろ。本当に好きなことで食っていくって難しい。
 俺も悩んで、でもどうしても認められたくて。で、あがいて。
 絵にかかわる仕事に就くことで証明してやろうって、最初はそんな気持ちで教師になったよ」
「……うん」
「その点、お前の兄貴はかっこいいな。好きが誰かに認められなくてもいいって、そう切り替えた。そんで今も仕事じゃないところで音楽続けてるんだろ」

 でも。

「でもそれって難しいよな」

 やっぱり俺は認められたいし、絵で何者かになりたかった、と田口は続ける。
 だから。

「お前が入ってきたとき、俺に似てるなって思った」

 高校に入って、俺は何かに縋りつく思いで美術部に入った。
 俺の“できること”の中で、少し他より“好き”が強かったのが、絵を描くことだった。
 それでも兄貴ほどじゃない。今まで何の努力もしたことがなかった。
 だから、高校で頑張ってみようと決めた。
 だけど。

「認められたくて焦って。絵で何かになろうとしてた」

 でもダメだった。
 同い年に、芸術系の大学を目指す部員が何人かいたのも、苦しかった。
 あいつらは昔から努力していた。兄貴みたいに。
 それでも今からなら追いつけるかもって、めちゃくちゃ描いた。

 でも、コンクール。
 俺は全国にもっとたくさん、芸術家の卵がいることを知った。
 そりゃそうだ。俺は世間を知らな過ぎた。
 そして。

「お前の心が折れた瞬間を見てしまって。俺は後悔した」
「なんで……描くなって、止めときゃよかった?」
「違うよ。……本当にさ、別に慰める意図なんかなくて、お前の絵はよかったよ。コンクールっていう場に合わないってそういうだけだった。本当に、よかったんだよ」
「……」
「コンクールに出したら、どっちに転ぶかわからなった。つらい思いをするかもしれないのと同じくらい、お前の自信につながるかもしれない可能性もあった。だから俺は何も言わずにお前に真正面から挑ませてしまった。そのことを今も後悔している」
「そんなこと……たぐっちゃんが後悔することじゃない。いずれわかることだったし」

 俺がそう言うと、田口は俺の肩をまたぽんぽんと撫でた。

「結果お前は絵を描くことをやめただろ。好きって思ってるのに、やめた」
「……」
「認められるとか、そういうの関係ない。その“好き”がお前を作ってる。お前は何にもなれないんじゃなくて、もう何かになってるんだよって。そう何度も言いたかった」

 田口はそう言ってまた鼻をすすると、笑った。

「なのに。俺が何もしなくても、お前はこんないい絵を描いちゃうんだもんな」

 すごいな、恋は偉大だ。
 そう言った田口に俺は真っ赤になる。

(やっぱバレバレじゃん)

 それに田口にこんなに真剣に語らせたことも、こんなに気にかけられていたことも恥ずかしくて仕方なかった。
 所詮俺はまだガキで、拗ねていただけなのかもしれないって、そう思ってしまうから。

「……ありがと、教室貸してくれて」
「これからはサボりはほどほどにしろ」
「いいんだ適度ならサボって」
「内緒な」

 田口は笑った。
 そしてもうすぐチャイムが鳴るからと、俺の背中を押して新校舎まで連れて行こうとする。
 もうこの先生には抗わない。
 ただ、俺は体をひねりながらこれだけはと声を張る。

「あの絵、たぐっちゃんはもういいけど、ほかの人には見せないで」
「文化祭の展示にどうかと思ってたけど……」
「んっとに、やめろよ!?」
「はは、わかったわかった」

 明らかにからかわれているが、とりあえず約束してくれたので安心する。
 比喩じゃなく、あの絵を見られたら死ぬ。し、見たやつを殴りに行ってしまうかもしれない。
 ある種、美術室の幽霊の七不思議を完遂してしまうかもしれない。

(でも……)

 夢見心地は終わらない。
 夕木のことを考えてふわふわしていたのと同じくらい、今地に足ついていない。
 誰かが俺の絵をほめてくれた。
 しかも、ダサいくらいに気持ちが乗りまくったあの絵を。

 うれしくて、そしてやっぱり、夕木のおかげだと思う。
 夕木に会いたい。もういつだって、夕木に会いたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

異世界転生した悪役令息にざまぁされて断罪ルートに入った元主人公の僕がオメガバースBLゲームの世界から逃げるまで

0take
BL
ふとひらめいたオメガバースもの短編です。 登場人物はネームレス。 きっと似たような話が沢山あると思いますが、ご容赦下さい。 内容はタイトル通りです。 ※2025/08/04追記 お気に入りやしおり、イイねやエールをありがとうございます! 嬉しいです!

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!

キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。 今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。 最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。 だが次の瞬間── 「あなたは僕の推しです!」 そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。 挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?  「金なんかねぇぞ!」 「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」 平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、 “推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。 愛とは、追うものか、追われるものか。 差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。 ふたりの距離が縮まる日はくるのか!? 強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。 異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕! 全8話

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました

陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。 しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。 それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。 ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。 小説家になろうにも掲載中です。

VRMMOで追放された支援職、生贄にされた先で魔王様に拾われ世界一溺愛される

水凪しおん
BL
勇者パーティーに尽くしながらも、生贄として裏切られた支援職の少年ユキ。 絶望の底で出会ったのは、孤独な魔王アシュトだった。 帰る場所を失ったユキが見つけたのは、規格外の生産スキル【慈愛の手】と、魔王からの想定外な溺愛!? 「私の至宝に、指一本触れるな」 荒れた魔王領を豊かな楽園へと変えていく、心優しい青年の成り上がりと、永い孤独を生きた魔王の凍てついた心を溶かす純愛の物語。 裏切り者たちへの華麗なる復讐劇が、今、始まる。

処理中です...