君に取り憑くラブ・ゴースト -黒髪男子に“幽霊さん”と間違われました-

りぃ

文字の大きさ
10 / 18
【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-

第10話:幽霊さんはまだ知らない

しおりを挟む
「最近智生真面目じゃね?」
「え?」

 すっとぼけてみるが、金本はバシバシと俺を叩く。
 昼休みの教室とはいえ目立つからやめてほしい。

「ちゃんと授業出てるし。朝もちゃんと来てるじゃんか」
「……なんだよ、文句あんの」
「いーや! お母ちゃんはうれしい! いいこでちゅね~!」
「うわ馬鹿、頭さわんな」

 うっとおしい絡みに顔をしかめて体ごと遠ざける。
 なのに案の定、周りにからかわれ始めた。

「ただサボりやめただけでここまで喜ばれて、よかったなあ智生」
「ヤンキーが捨て犬拾う理論的な? 普通のことしただけなのにな~」
「うるせえ、そうだよ。普通に出てるだけ。ほっとけ」

 俺は周りの声を遮断するように机に突っ伏す。
 田口にあそこまで言わせたから。
 自分の行動を省みただけだ。

「でも、放課後はやっぱ爆速でどっか消えるよな」
「……」
「智生クンはどこに行ってるのかな~」

 金本がうざい絡みを続けてくるのを無視する。
 すると金本がこそっと声をかけてた。

「やっぱ、好きな子のとこ? あの黒猫のお面の――っ痛ぁ!」

 思わず金本にデコピンしてしまった。強めのやつ。

「だって絶対そうじゃん。いいじゃん聞かせろよ~」
「うるさい」
「素直じゃないなあ」

 小声でやいのやいの応酬していると突然駆け込んできたクラスメイトが声を張った。

「みんな注目! 文化祭の出し物決めなきゃ!」

 そう言って黒板にバン!とプリントを貼る。
 どうやら昼休みに文化祭実行委委員での話し合いがあったらしい。

(もうそんな時期か……)

 うちの高校はわりと文化祭に力を入れていることで有名だ。
 普段学校行事を軽くパスする受験生も部活ガチ勢も、文化祭にはウェイトを置いている。
 部活だけではなくクラスごとの出展もあり、来客の投票によって賞をもらえたクラスには毎年豪華なご褒美が出るのだ。

「やっぱ安パイはお化け屋敷じゃね? 毎年賞もらってる気もするし」
「えーでも喫茶店とかもよくない? これも結構人気だよね?」

 なまじ去年の文化祭の熱を直に体験しているからか、クラス中みんな前のめりで会話に入ってくる。
 授業が始まってもその熱は冷めず、みんなそわそわしていた。

(夕木のクラスは何やんだろ)

 少しでも気を抜くと夕木のことを考えてしまう。
 新学期になっても、夕木は放課後旧美術室に来てくれる。
 もうすっかり絵を描くことに抵抗がなくなった俺は、開き直ってスケッチブックを新調した。
 絵を見られないことをいいことに、気づけば好き勝手描いてしまっている。
 本当に誰にも見せたくない。見せられない。
 でも、すごく満足していた。
 日々自分で納得がいくまで描けることがうれしい。

(……充実してる、気がする)

 夕木に気持ちを伝えることはない。
 夕木にとって俺は“幽霊さん”だから。
 それでも、夕木と……好きな子と過ごす放課後は俺にとってとても大事なものだった。
 浮かれていた。それはもうわかりやすく。
 金本にバレるくらいに。

 でも、だからこそ……いや、それなのに、かもしれない。
 ――俺は最初、違和感に気付くことが出来なかった。

 その日も、放課後、夕木はこそっと旧美術室にやってきた。
 その動きすら好き、みたいな境地に至っている俺は、その様子をにこにこ見つめることしかできない。

「幽霊さん、見て。ほら、俺ちょっと上達したと思うんだ」

 いそいそとノートを取り出して俺に見せてくる。
 授業中に描いたのか、板書の傍ら黒い猫が二匹寄り添っている。
 最初のころと違って、ちゃんと目もあるし、猫の形がわかりやすくなってきている。

「ほんとだ、かわいい」

 絵について言ったつもりだが、思わず熱のこもった言葉になってしまう。

(だって……)

「だよね。今日もね、こうやって塀の上に座ってたんだ」

 俺に伝えたくて仕方ないというように前のめりで説明してくれるのが、もうすごくかわいいのだ。
 夕木が、めちゃくちゃかわいい。
 俺が一言褒めただけで頬を染めるくらい喜んでるのも。
 もっと褒め倒したくなる。

(しないけど)

 引かれるのは確実なので、心の中にとどめておく。
 それなのに、夕木はまだ俺に追い打ちをかけていく。

「え、お前それ」
「あ……見ないで」

 ノートをしまうために開けた通学鞄から、あの日俺があげたお面が覗いている。
 夕木が慌てて鞄の口を押えるが、俺はばっちり見てしまった。

「分かってるよ。持ち込むようなものじゃないって。でも、でもね」
「うん……」
「持ってると安心するんだよ。きっといいことがあるって」

(あーーーーもう……)

 致死量のときめきにぶっ倒れそうになる。
 あんなのでここまで喜ぶ?
 だったらなんだってあげたい。俺にあげられるすべてのものを。

(ほっぺ真っ赤じゃん……)

 触りたい。そう自然と思ってしまう。
 あの黒い髪に指を通したい。撫でたい。

(俺ってわりと変態だったのかな……)

 自分の腕をばれないようにつねりながら、俺は平静を装う。

「そんならよかった」
「うん、本当にありがとう」
「でも持ち歩くにはデカかったな」
「いいんだよ、これで」
「小さいの……なんかあげようか?」
「え、いい、大丈夫! これがいい、俺が初めて人にもらったものなんだ」

(ん?)

 少し引っかかる。
 初めてという言葉に浮かれかけた自分を抑えながら、俺は疑問をそのまま口にした。

「初めて?」
「うん、ほら、俺こんなんだし……」

 もごもごと口ごもる。

(そういえば、夕木ってクラスでちょっと浮いてるみたいだったな……)

 今更思い出す。
 前に夕木を見かけたときには「怖い」と避けられていた。
 そんな夕木が果たしてこれから来る文化祭を乗り切れるだろうか。

「……俺はお前がいい奴だって知ってる。大丈夫」
「え?」
「自然と、お前にそのお面あげたら喜ぶかなって思うくらいには。お前のこと気に入ってる……から……」

 安心させるつもりが、気づけば口からあふれるみたいに本心を話してしまった。
 そのくせ、『気に入ってる』なんてごまかし方をしているのが本当にダサい。

(あー……くそ)

 夕木と出会ってからというもの、俺は年間赤面回数の自己最多記録を更新し続けている気がする。
 こんなに照れたり恥ずかしくなったり人生で初めてだ。
 それでも、夕木を安心させたい気持ちに変わりはなくて。
 目を丸くしている夕木をまっすぐ見つめた。

「お前には俺っていう“幽霊さん”がいるんだから。困ったらいつでも言って」
「……」

 夕木はしばらく固まったあと、俺をみてまたいつもの笑い方をした。

(夕木の笑顔ってどうしてこんな胸に来るんだろう……)

 嘘がないと感じるからだろうか。
 とにかく、見るとたまらない気持ちになる。
 夕木はそんな俺の内心に気付くことなくはにかみ続ける。

「ありがとう、本当に。……そうだよね、俺には、幽霊さんがいてくれるもんね」

 そう言うと、夕木は最近使っているお絵かき用の椅子に腰かけた。

「ちょっとね、俺、人が苦手で……」
「うん」
「俺……その……あまりなじめないから、クラスとかそういうの」
「そっか……」
「でもね、本当に最近は大丈夫だった。学校来るのが楽しみだった。幽霊さんがいるから」
「う……そ、そっか」
「うん。そう……そうなんだ」

 夕木はここでいったん口をつぐんで俯いた。
 さっき浮かんだ懸念がちょっと現実味を帯びてくる。

(やっぱり……)

「……文化祭がいや?」
「えっ」

 夕木が驚いてこっちを見る。

「どうして……」
「いや、うちの高校結構文化祭ガチじゃん。そんで、ガチになるってなったら人と協力がマストみたいな空気あるし……」
「そっか……幽霊さんも知ってるか……」
「あ、あー……うん。そう、そりゃな」

 咳ばらいをして、夕木を見つめる。

「でもさ、無理な時ってある。それなら逃げたっていい」
「え……でも……」
「俺はここに居る。約束する、文化祭の日もきっとここに来る。だから……もしお前が傷つきそうになったらここに来て」

 俺がそう言い切ると、夕木が一瞬泣きそうな顔をした。

(!!)

 咄嗟に手を伸ばしかける。が、夕木はそのまま笑った。

「やさしい。やっぱり、幽霊さんはすごく優しい幽霊さんだ」
「そうか……?」
「うん。こんな幽霊さんがいるなら、俺、頑張れる」
「ん……? なにを?」

 優しく聞く。
 すると夕木は目をごしごしとこすった。
 そしてまた笑う。

「文化祭。幽霊さんがここにいてくれるって言ったから」
「うん」
「もし逃げたくなっても大丈夫って、思える。幽霊さんがついてる」
「そうだよ」
「頑張る」
「……ん、ほどほどにな」
「うん」

 夕木は今度こそうれしそうにしてくれたのだった。

 ――夕木のクラスの出し物のことを知ったのは、その翌日のことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...