君に取り憑くラブ・ゴースト -黒髪男子に“幽霊さん”と間違われました-

りぃ

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【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-

第10話:幽霊さんはまだ知らない

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「最近智生真面目じゃね?」
「え?」

 すっとぼけてみるが、金本はバシバシと俺を叩く。
 昼休みの教室とはいえ目立つからやめてほしい。

「ちゃんと授業出てるし。朝もちゃんと来てるじゃんか」
「……なんだよ、文句あんの」
「いーや! お母ちゃんはうれしい! いいこでちゅね~!」
「うわ馬鹿、頭さわんな」

 うっとおしい絡みに顔をしかめて体ごと遠ざける。
 なのに案の定、周りにからかわれ始めた。

「ただサボりやめただけでここまで喜ばれて、よかったなあ智生」
「ヤンキーが捨て犬拾う理論的な? 普通のことしただけなのにな~」
「うるせえ、そうだよ。普通に出てるだけ。ほっとけ」

 俺は周りの声を遮断するように机に突っ伏す。
 田口にあそこまで言わせたから。
 自分の行動を省みただけだ。

「でも、放課後はやっぱ爆速でどっか消えるよな」
「……」
「智生クンはどこに行ってるのかな~」

 金本がうざい絡みを続けてくるのを無視する。
 すると金本がこそっと声をかけてた。

「やっぱ、好きな子のとこ? あの黒猫のお面の――っ痛ぁ!」

 思わず金本にデコピンしてしまった。強めのやつ。

「だって絶対そうじゃん。いいじゃん聞かせろよ~」
「うるさい」
「素直じゃないなあ」

 小声でやいのやいの応酬していると突然駆け込んできたクラスメイトが声を張った。

「みんな注目! 文化祭の出し物決めなきゃ!」

 そう言って黒板にバン!とプリントを貼る。
 どうやら昼休みに文化祭実行委委員での話し合いがあったらしい。

(もうそんな時期か……)

 うちの高校はわりと文化祭に力を入れていることで有名だ。
 普段学校行事を軽くパスする受験生も部活ガチ勢も、文化祭にはウェイトを置いている。
 部活だけではなくクラスごとの出展もあり、来客の投票によって賞をもらえたクラスには毎年豪華なご褒美が出るのだ。

「やっぱ安パイはお化け屋敷じゃね? 毎年賞もらってる気もするし」
「えーでも喫茶店とかもよくない? これも結構人気だよね?」

 なまじ去年の文化祭の熱を直に体験しているからか、クラス中みんな前のめりで会話に入ってくる。
 授業が始まってもその熱は冷めず、みんなそわそわしていた。

(夕木のクラスは何やんだろ)

 少しでも気を抜くと夕木のことを考えてしまう。
 新学期になっても、夕木は放課後旧美術室に来てくれる。
 もうすっかり絵を描くことに抵抗がなくなった俺は、開き直ってスケッチブックを新調した。
 絵を見られないことをいいことに、気づけば好き勝手描いてしまっている。
 本当に誰にも見せたくない。見せられない。
 でも、すごく満足していた。
 日々自分で納得がいくまで描けることがうれしい。

(……充実してる、気がする)

 夕木に気持ちを伝えることはない。
 夕木にとって俺は“幽霊さん”だから。
 それでも、夕木と……好きな子と過ごす放課後は俺にとってとても大事なものだった。
 浮かれていた。それはもうわかりやすく。
 金本にバレるくらいに。

 でも、だからこそ……いや、それなのに、かもしれない。
 ――俺は最初、違和感に気付くことが出来なかった。

 その日も、放課後、夕木はこそっと旧美術室にやってきた。
 その動きすら好き、みたいな境地に至っている俺は、その様子をにこにこ見つめることしかできない。

「幽霊さん、見て。ほら、俺ちょっと上達したと思うんだ」

 いそいそとノートを取り出して俺に見せてくる。
 授業中に描いたのか、板書の傍ら黒い猫が二匹寄り添っている。
 最初のころと違って、ちゃんと目もあるし、猫の形がわかりやすくなってきている。

「ほんとだ、かわいい」

 絵について言ったつもりだが、思わず熱のこもった言葉になってしまう。

(だって……)

「だよね。今日もね、こうやって塀の上に座ってたんだ」

 俺に伝えたくて仕方ないというように前のめりで説明してくれるのが、もうすごくかわいいのだ。
 夕木が、めちゃくちゃかわいい。
 俺が一言褒めただけで頬を染めるくらい喜んでるのも。
 もっと褒め倒したくなる。

(しないけど)

 引かれるのは確実なので、心の中にとどめておく。
 それなのに、夕木はまだ俺に追い打ちをかけていく。

「え、お前それ」
「あ……見ないで」

 ノートをしまうために開けた通学鞄から、あの日俺があげたお面が覗いている。
 夕木が慌てて鞄の口を押えるが、俺はばっちり見てしまった。

「分かってるよ。持ち込むようなものじゃないって。でも、でもね」
「うん……」
「持ってると安心するんだよ。きっといいことがあるって」

(あーーーーもう……)

 致死量のときめきにぶっ倒れそうになる。
 あんなのでここまで喜ぶ?
 だったらなんだってあげたい。俺にあげられるすべてのものを。

(ほっぺ真っ赤じゃん……)

 触りたい。そう自然と思ってしまう。
 あの黒い髪に指を通したい。撫でたい。

(俺ってわりと変態だったのかな……)

 自分の腕をばれないようにつねりながら、俺は平静を装う。

「そんならよかった」
「うん、本当にありがとう」
「でも持ち歩くにはデカかったな」
「いいんだよ、これで」
「小さいの……なんかあげようか?」
「え、いい、大丈夫! これがいい、俺が初めて人にもらったものなんだ」

(ん?)

 少し引っかかる。
 初めてという言葉に浮かれかけた自分を抑えながら、俺は疑問をそのまま口にした。

「初めて?」
「うん、ほら、俺こんなんだし……」

 もごもごと口ごもる。

(そういえば、夕木ってクラスでちょっと浮いてるみたいだったな……)

 今更思い出す。
 前に夕木を見かけたときには「怖い」と避けられていた。
 そんな夕木が果たしてこれから来る文化祭を乗り切れるだろうか。

「……俺はお前がいい奴だって知ってる。大丈夫」
「え?」
「自然と、お前にそのお面あげたら喜ぶかなって思うくらいには。お前のこと気に入ってる……から……」

 安心させるつもりが、気づけば口からあふれるみたいに本心を話してしまった。
 そのくせ、『気に入ってる』なんてごまかし方をしているのが本当にダサい。

(あー……くそ)

 夕木と出会ってからというもの、俺は年間赤面回数の自己最多記録を更新し続けている気がする。
 こんなに照れたり恥ずかしくなったり人生で初めてだ。
 それでも、夕木を安心させたい気持ちに変わりはなくて。
 目を丸くしている夕木をまっすぐ見つめた。

「お前には俺っていう“幽霊さん”がいるんだから。困ったらいつでも言って」
「……」

 夕木はしばらく固まったあと、俺をみてまたいつもの笑い方をした。

(夕木の笑顔ってどうしてこんな胸に来るんだろう……)

 嘘がないと感じるからだろうか。
 とにかく、見るとたまらない気持ちになる。
 夕木はそんな俺の内心に気付くことなくはにかみ続ける。

「ありがとう、本当に。……そうだよね、俺には、幽霊さんがいてくれるもんね」

 そう言うと、夕木は最近使っているお絵かき用の椅子に腰かけた。

「ちょっとね、俺、人が苦手で……」
「うん」
「俺……その……あまりなじめないから、クラスとかそういうの」
「そっか……」
「でもね、本当に最近は大丈夫だった。学校来るのが楽しみだった。幽霊さんがいるから」
「う……そ、そっか」
「うん。そう……そうなんだ」

 夕木はここでいったん口をつぐんで俯いた。
 さっき浮かんだ懸念がちょっと現実味を帯びてくる。

(やっぱり……)

「……文化祭がいや?」
「えっ」

 夕木が驚いてこっちを見る。

「どうして……」
「いや、うちの高校結構文化祭ガチじゃん。そんで、ガチになるってなったら人と協力がマストみたいな空気あるし……」
「そっか……幽霊さんも知ってるか……」
「あ、あー……うん。そう、そりゃな」

 咳ばらいをして、夕木を見つめる。

「でもさ、無理な時ってある。それなら逃げたっていい」
「え……でも……」
「俺はここに居る。約束する、文化祭の日もきっとここに来る。だから……もしお前が傷つきそうになったらここに来て」

 俺がそう言い切ると、夕木が一瞬泣きそうな顔をした。

(!!)

 咄嗟に手を伸ばしかける。が、夕木はそのまま笑った。

「やさしい。やっぱり、幽霊さんはすごく優しい幽霊さんだ」
「そうか……?」
「うん。こんな幽霊さんがいるなら、俺、頑張れる」
「ん……? なにを?」

 優しく聞く。
 すると夕木は目をごしごしとこすった。
 そしてまた笑う。

「文化祭。幽霊さんがここにいてくれるって言ったから」
「うん」
「もし逃げたくなっても大丈夫って、思える。幽霊さんがついてる」
「そうだよ」
「頑張る」
「……ん、ほどほどにな」
「うん」

 夕木は今度こそうれしそうにしてくれたのだった。

 ――夕木のクラスの出し物のことを知ったのは、その翌日のことだった。
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