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【完】幽霊さんは恋をする -智生の話-
第16話:幽霊なんかじゃない
しおりを挟むとうとうやってきてしまった、文化祭前日。
夕木透は――
(どうしよう……)
手の中の紙切れを何度も握り直す。
「ここに来てほしい」と場所が書かれた、幽霊さんからの置き手紙。
それだけを頼りに、新校舎の廊下を進んでいく。
(どうしてここに来てほしいんだろう……)
文化祭前日のにぎやかさに、足が震える。
情けないけれど――ここにいるのが怖かった。
今年は頑張ろうと思っていたけれど、やっぱり文化祭準備も俺はいらない存在で。
幽霊役っていうぴったりの役を振られていても、やっぱり俺は空気だった。
誰かと目が合っても怖がられてしまうから、俺は顔を上げることができない。
それでも今、足を止めないのは。
(幽霊さんのお願いなんだから……きっと怖いことは起こらない)
その信じる気持ちだけが俺を動かしていた。
……あの日、幽霊さんの腕の中で泣いてしまってから。
思い出すと頬が赤くなるくらい、幽霊さんは俺に甘くなった。
(もともとすごく優しかったのに……)
『やっぱり、夕木が幽霊役をすることない』
そう言って、準備期間も一緒にいてくれると約束してくれた。
あの日から幽霊さんはとても忙しそうだった。
それでも、いつもどんな時も俺の話に耳を傾けてくれて優しく笑ってくれる幽霊さん。
その幽霊さんが、今日、旧美術室にいなくて。
代わりにこの紙切れが置いてあったのだ。
(幽霊さんに会いたい……)
俺みたいなやつがこんなに甘えてしまって、きっと困らせてしまっている。
迷惑だろうと思うのに、それでも俺は幽霊さんから離れられなかった。
こんな気持ちは初めてだった。
どうにかお願いされた場所――美術室の前に到着する。
でも、いつもなら新校舎の中でもそんなに人がいないはずの教室は、ちょっとした人だかりになっていた。
(え……文化祭前日の準備、とかかな……?)
俺はびっくりして足がすくんでしまう。
教室の中は人の声でざわざわしていた。
(どうしよう、幽霊さんがここに来てって言ってたのに)
心臓が飛び出そう。でも。
汗でくしゃりと歪んだ紙を握りしめた、その瞬間――
「あ……」
「……夕木だ……」
ふと振り返った一人の生徒と目が合って、そしてそれがきっかけでなぜか道が割れていく。
教室の中のざわめきが、小声のさざめきに代わる。
それはいつものことのようで、なんだかいつもと違っていた。
「……」
戸惑いながら、恐る恐る教室の中に足を進める。
そこで俺の目に飛び込んできたのは――
「……っ、え……?」
濃紺の夜空を埋め尽くす、鮮やかな華の群れがある。
一瞬のきらめきをこれでもかと掬い上げた、明るい色彩の洪水。
その絵の真ん中に、――見たことがない自分がいた。
「……やっぱりこの絵のモデル、夕木くんだよね」
「でもほんとに? こんな、こんな――」
「……いつも幽霊みたいな人なのに」
絵の中で花火みたいに笑う自分と、絵の前に呆然と立ち尽くす俺をみんなが見比べている。
それはそうだ。絵の中の人は確かに俺の顔。
だけど、俺と違って生き生きと光を放っている。
いつも死んでるみたいな、“幽霊”の俺とは全然違う。
こんなのありえないはずなのに。
でも、でも――俺はこの絵の光景を知っていた。
(息ができない……)
だって、これは。この花火は――
絵の下に視線を向ける。
そこには。
『2年A組 香住 智生』
その文字に思わず、触れた。
「“幽霊さん”……?」
震える声で呟いた、その時だった。
「……! 夕木……!」
後ろから駆けてくる足音。続いて、俺のよく知る声がした。
旧美術室でしか聞いたことがない。
それでも、俺が世界一信頼している、安心できる人の声――
「……この絵、勝手に夕木のことを描いてごめん」
「……」
振り向くことができない。顔を上げたら泣きそうだった。
「……もう、バレちゃってると思うけど……俺は幽霊じゃない。勘違いさせたままだましてたことも、ごめん」
いつもと同じようにとびきり優しく響く声。
そこに申し訳なさそうな色が乗る。
どうにか否定したいのに、俺は、ぶんぶんと首を横に振ることしかできない。
(俺が“幽霊さん”とのことで嫌なことなんてあるはずがない)
勝手に勘違いした俺をそばに置いてくれた。
優しい顔で、声で、俺の話を聞いてくれた。
お守りをくれた。俺の、初めてもらったプレゼント。
一緒に花火を見てくれた……俺の大事な、はじめての友達。
視界がぼやけて振り向くことができない俺を、彼がゆっくり振り向かせる。
前にしてくれたみたいに、その手がそっと俺の涙をぬぐった。
「泣かないで……なんて。言う権利ないな。……ごめんな、本当に」
悲しいから泣いているんじゃない。
自分でもどうして泣いているのかわからない。
でも、止まらない。もうどうしようもなくて、彼の手に頬を寄せた。
「っ……夕木……」
前と同じ、とてもあたたかい手だった。
その手に促されるように、俺の喉からやっと声が絞り出せる。
「わ、わかってた……途中から、ずっと。幽霊さんは、ゆ、幽霊じゃないって」
「うん……」
「でも、一緒にいれるのが、う、うれしくて……」
「……俺も一緒にいたくて、言えなかった」
目の前で彼が眉を下げて微笑む。その端正な顔立ちが一気に甘くなる。
俺の頬が熱くなって、余計息を吸うのが難しくなった。
そんな俺に彼はふっと笑う。そして絵のほうに視線を向けた。
「この絵、さ。本当は誰にも見せるつもりなかった。俺の……俺だけの絵にしておくつもりだった」
「え……」
はにかんだように見えたその目は、すぐに俺をまっすぐ射貫く。
「でも、夕木に証明がしたくって」
「しょう、めい……?」
「言っただろ。お前は全然幽霊なんかじゃないよって」
「……!!」
息をのんだ。
そうだ、彼はあの時もそう言ってくれていた。
固まる俺に、彼は続ける。
「この絵はさ、俺から見た夕木だよ。こんな風に、きらきらって笑うんだよ、お前は」
「……っ」
「よく笑うし照れるし、たまにちょっと拗ねるし。そしてよく泣いたりもする。……お前はすごく、今ここに生きてるよ」
「……っ、そんな」
生まれて初めて言われた言葉だった。
胸には確かに歓喜が湧き上がるのに、それでも信じきれない。
思わず否定の言葉が飛び出そうになる俺を、彼が手を握って止めた。
「夕木は幽霊だなんて言わせない。だってこんなに目が離せないんだよ」
「でも……っ」
「俺の絵、信じられない……?」
(そんなこと、言われたら……)
真剣に、それこそきらきらした目でこの絵を描いていた彼を知っている。
その集中している顔をなんど盗み見たことか。
あの時の彼を疑うつもりには全くなれなかった。
「俺は、こんな風に笑って泣いて生きてる夕木が、すごく好きだよ」
そう言って、彼が笑うから。
俺は……もう、抗えなかった。
「あ、あり、がと……」
涙が嘘みたいな量で流れていく。
彼が「あーあー」って言いながらも笑ってぬぐってくれる。
しゃくりあげる俺の肩をなでてくれる手も優しくて、俺はこのまま死んでもいいと思った。
「……夕木くん、泣いちゃった……」
「めちゃくちゃ泣いてる……」
ふと、突然、周りの声が聞こえた。
音量は抑えている。
でもいつものようにひそひそ冷たいものではなく興奮気味な……そんな声。
ハッとして顔を上げる。そういえば、人だかりの前だった……!
(……!)
周りの人が目を丸くして俺のことを見つめていた。
恥ずかしくて恥ずかしくて、俺は真っ赤になって顔を隠した。
「な、み、見ないで……っ!」
「……!」
途端に周りから「か、かわい」「えーなにそれ……!」と聞いたこともないようなはしゃいだ声が上がる。
こんな風に言われたことがないからパニックだ。
すると、彼がくいっと引っ張って俺のことを背中に隠した。
「もー見るな! だめ。ここからは有料だから」
笑い交じりのその声だけど、彼の声だと思うと安心する。
「はー何それー!」
「こんなところで泣かしたのは智生じゃんー!」
「でもだめなものはだめでーす」
彼は周りの人の声に軽く返している。でも、俺を後ろ手でしっかりつかんでいてくれるから。
俺はほっとしてそっとその手を握り返してしまった。
「……!」
その瞬間、彼が振り返って目を丸くする。
「もーなんだそれ」
「え?」
彼が少し頬を赤くしているのが不思議だ。
俺も目を丸くして彼を見つめると、彼の目がふっと柔らかく弧を描いた。
「じゃあ、逃げよっか」
「え……!?」
びっくりしたままの俺の手を強く握って彼が駆け出す。
「えー!」と叫ぶ人たちを置いて、彼は俺を教室の外へと連れ去ったのだった。
「あ、手……!」
「いいでしょ、ほら」
繋いだままの手が急に恥ずかしくなって、ドキドキする。
死にそう。でも、すごく幸せ。
彼と一緒に駆け抜けた廊下は、夕方なのに人生で一番きらきら輝いて見えた。
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