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44 ラテンあんじゃん!

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 外出にはアビゲイル付きの侍女ルイカとヴィクター付きの侍従レイ、護衛騎士ら二名を連れていくこととなった。
 
 アビゲイルは髪を結わえずに下ろし、緩く巻いてもらって、外出着には柔らかな布地のコルセット無しのゆったりしたドレスを着せてもらった。これにボレロを羽織って靴は動きやすいローヒールの編み上げブーツ、鍔広のスラウチハットを被れば、お出かけの準備は完了である。
 
 侍女のルイカに手を引かれてエントランスまでやってくると、既に準備を整えたヴィクターが侍従のレイと護衛官二人を連れて待ってくれていた。
 
「おまたせヴィクター」
「では、参りましょうか、姉上」
「うん!」

 ルイカからヴィクターにエスコートを交代して、フォックス家の使用人たちの「行ってらっしゃいませ」の挨拶に「行ってきます」と返し、用意された馬車に乗りこんだ。
 帝都の広場までは貴族街から馬車で二十分程度だが、馬車の車窓からのぞく、閑静な貴族街の街並みから活気ある商業地区へと変化していく道のりを見つめていると、近づくにつれてワクワクしてきてしまう。
 
「楽しみね、ヴィクター! どんな大道芸人がいらしているのかしら」
「姉上、はしゃぎすぎると危のうございますよ」
「だって、楽しいんだもの。そういえば最後に市井へ行ったのっていつだったかしら。買い物とかそういうのはお店の人に来てもらってたから、あまり行ったことなかった気がするわ」

 基本、貴族の買い物は使用人に目的の物を買ってきてもらうか、商人を邸に呼んで、そこで買い物をするのが普通だ。
 流行のファッション等は夜会などで身分の高い人々、とりわけこの国では皇帝オーガスタ陛下のドレスなど、そういったものを参考にして、人気デザイナーに来てもらったりなどが通常であり、貴族が市井へ買い物へ行くのはあまりない。
 
 安全性の問題から、護衛が貴族には少なからずついているし、物々しさを醸し出すので怯える平民も多く、そう頻繁には行けないものだ。
 
 ただ、今回のように大道芸人のキャラバンなどが来ている場合、街は一種のお祭り騒ぎのようになって、その時は貴族も平民もこぞって見物に集まってくる。
 勿論、こういう時に大金を落として行ってくれる貴族は、彼ら芸人たちにとっては大口の客であるため大歓迎らしいが。

「私は父上に同行して商業ギルドに商談に行ったのが数日前ですが、姉上とご一緒したのは、おそらくまだ子供のころじゃなかったでしょうか」
「あ、そうだったそうだった。お父様とお母様とご一緒に移動遊園地に行ったのよね。確か五、六歳の頃だったような」
「ふふ、懐かしいですね。身長が足りなくてメリーゴーランドの白馬に乗れなくてカボチャ型の馬車に乗ったのを覚えています。姉上は白馬に乗りたかったのにと不機嫌になっていましたよ」
「んー、まあ、そのころはうちの護衛騎士たちが馬を颯爽と駆っているのがカッコよく見えてたのよね。あれ、でも結局乗ったような?」
「姉上があまりに乗りたい乗りたいと仰って、乗るまで帰らないと侍女たちの宥めもお聞きになりませんでしたので、父上に抱き上げられて一緒に乗られたんですよ」

 その時のはしゃいでけらけらと笑っているアビゲイルを後ろで支えながら、いい年をしてメリーゴーランドに乗らされている父ローマンの恥ずかしそうな顔と言ったらなかったらしく、母ニーナがヴィクターの手をつなぎながら大爆笑していたとヴィクターは話す。
 
「お母様といえば、お土産は一体何にしたらいいかしら。可愛らしい物が大好きでいらっしゃるから、ガラス細工の小物なんかもいいかもしれないわね」
「そうですね。フォギアリア・ガラスの可愛らしいモチーフのペーパーウエイトとか、ペーパーナイフ……あ、駄目か」
「……あ、そうよね。ペーパーナイフだと、あたしの手紙の件での嫌味かととられちゃうかもしれないわね」
「じゃあ、無難なところでアクセサリー、花束、チョコレート、とか」
「うーん、悩むわねえ……」

 母への贈り物といえば、前世では母の日のカーネーションだったが、こちらではカーネーションらしい花をあまり見たことがないが、花屋に行ったらあるだろうか?
 姉弟で多趣味な母への贈り物を考えるのは難しいけれどなかなかに楽しい。
 二人は御者が到着の合図を送ってくるまで真剣に話し込んでいて、侍女のルイカや侍従のレイにも意見を聞いてからああでもないこうでもないと意見を出し合って、結局のところ現物を見ないと始まらないよねという、あっけらかんとした結論に至った。
 
 帝都レクサールの商業地区にある広場に到着すると、そこはもう様々な出店や遊戯小屋などがひしめき合っていて、貴族街とは別世界が広がっている。
 帝都の食べ物屋も、このときは店の外に屋台を出して、調理のパフォーマンスをしながら作り立ての食べ物を売っていて、大道芸人のキャラバンの到着にあやかっているようだ。
 
 甘い匂いや香ばしい匂いなどが充満していて歩いているだけでお腹が空きそうな通りを、ヴィクターにエスコートされながら広場の中央、目的の大道芸が見れる場所へと行くと、わあっと歓声があがっている場所を発見して、そちらに行ってみることにした。
 
 そこには火を噴くパフォーマンスを披露している大道芸人や綱渡りの軽業師、猛獣使い、パントマイムなどの芸を披露していて、その周りには食欲をそそる様な屋台もたくさん並んでいた。これはレクサールの商店の屋台ではなく、大道芸人のキャラバンが催している見せ物小屋や食べ物の屋台だろう。帝都では見たことが無いような食べものがいっぱいで色々と目移りしてしまう。
 
 そこで流れている音楽も、ロズ・フォギアリア帝国では聞き慣れないような情熱的なカスタネットの音が軽快にこだまして、何だか踊り出したい気分になる。
 
 よく見るとこの音楽に合わせてダンスを披露している芸人もいて、そのダンスにアビゲイルは目を奪われた。
 ダンサーの男女が腰をくねらせながら踊るその動き、見覚えがあった。
 
 予備歩からのオープンベーシックムーブメントに入り女性をくいと引き寄せ、女性が美しくヒップツイストで魅了し、ホッキ―スティックで足を組み替えてくるりと回ってからのニューヨーク。
 
 あれは、ルンバだ。キャラバンでやってきたダンサーがルンバを踊っている。
 この世界にもラテンダンスが存在したんだ。うわあー、踊りたい。
 
 よく見るとダンサーたちは耳がみな尖っていて、隣国のルビ・グロリオーサ魔王国出身の魔族であることが伺える。
 もしかして、ロズ・フォギアリア帝国ではラテンの文化はないけれど、ルビ・グロリオーサ魔王国にはラテンダンスの文化が存在するのだろうか。
 ラリマールなら知っているだろうか。彼はあの激しいクイックステップを踊り切ったダンスの達人だから、もしかしたら知っているのかもしれない。
 
 なによ、教えてくれりゃいいのに! あの人はもう……!
 
「ルンバだあ~、カッコいい」
「姉上、御存じなのですか、あの不思議な踊り。そういえば以前一人で部屋でダンスの練習していたときにこんなのを踊っていたような」
「不思議な踊りって。ルンバはセクシーで超カッコいいのよ。あの方たちは魔族のダンサーね。きっとルビ・グロリオーサ魔王国ではこういうダンスの文化があるのだわ。羨ましい~! 見て、周りの人たちもうっとりと見つめているじゃない」
「……なんだかちょっと変なかんじになるダンスですね。見ていて恥ずかしくなりそうです」
「あら、あれは愛のダンスよ。ヴィクターにはちょっと早いかしらね」
「そ、そんなことはありません! そういう姉上はもしかしてこれを踊れるんですか?」
「こんど教えてあげましょうかヴィクター?」
「こ、これを……愛のダンスを、姉上と……?」
「でもヴィクターがよりカッコよくみえるのはもしかしたらルンバよりパソドブレとかかもしれないなあ、あれは男性が主役のダンスだし……ぶつぶつ」
「あれれ、アビゲイルちゃんに弟君、君らも遊びにきたの?」
「ぎゃわーーーーーっ!」

 と、弟の顔の横からにゅーっと突然に突き出てきたラリマールの顔にアビゲイルは姫らしからぬ極太な悲鳴を上げた。
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