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しおりを挟む小柄の美少女は馬車を降りると、足早に屋敷の中へと入る。
「お帰りなさいませ、奥様」
直ぐに出迎えてくれたのは、侍女のシーラだ。
「ただいま戻りました。クロヴィス様は?」
「旦那様は、まだお戻りにはなられておりません」
「そう……」
先程までの笑顔が嘘の様に、顔が曇る。まだあどけなさが残る少女の名はリゼット・ルヴィエ。クロヴィス・ルヴィエ公爵の妻だ。
「本日も遅くなるそうですので、先に夕食を召し上がられる様にと言伝を受けております」
最近仕事が忙しいのか旦那であるクロヴィスの帰宅時間が遅い。元々国王陛下の側近を務めながら公爵の仕事もこなしているので忙しくはしていたが、最近は顔を合わせる事すら出来ない。
「いただきます」
彼がいない事に落胆し、ため息混じりにそう言うと、前菜のサラダを口に放り込む。そしてさりげなくミニトマトをフォークで皿の端に寄せた。行儀が悪いがトマトは嫌いだ。絶対に食べたく無い……。
少し後ろで控えているシーラからの視線を背中に痛いくらいに感じるが、リゼットは素知らぬフリをして食事を続ける。
別にトマトを食べれなくても、生きていけます!と、心の中で自分に都合の良い極論を述べる。その時だった。
「全く、僕が見てないと食事もまともに食べられないのかい」
「むぐっ⁉︎」
いきなり話し掛けられて、驚きの余り口の中の物を詰まらせゴホッゴホッと咳き込んでしまった。
「あーもう、何してるんだよ。仕方ないな」
彼が、背中を摩りながら軽く叩いてくれる。咽せながらも優しい手つきに、頬が緩む。
「クロヴィス様、ごめんなさい」
「嫌いな物も残さず食べるって約束したよね?」
「……だって」
「だってじゃない。ダメだよ、そんなんじゃ何時になっても立派な淑女にはなれないよ」
「うっ……」
何も言い返せないと、口を尖らせる。
彼はそんなリゼットを横目に隣に座ると、自分の分の食事を執事のヨーナスに頼んでいた。
「今日は、早かったんですね」
「まあね。陛下がたまには早く帰れって言うからさ」
前菜に手をつけながら、クロヴィスは優雅に赤ワインを口にする。その様子を見て、何時も歳の差を感じてしまう。彼は大人の男で、自分はまだまだ子供なんだと思えて、胸の中がモヤモヤする……。
「ほら、リゼット。口開けて」
彼はお皿に残されたミニトマトをフォークで刺すと、それをリゼットの口まで運ぶ。それをリゼットは躊躇う事なくパクりと食べた。昔から嫌いな食べ物は、クロヴィスがこうして食べさせてくれており、彼の手ずからだと不思議とすんなりと食べられてしまう。
「全部食べたね、良い子だ」
頭を優しく撫でられ、はにかむと彼も微笑んでくれた。その後は久しぶりに二人で談笑しながら食事を摂り、リゼットがお腹も気分も満足した時、クロヴィスが口を開いた。
「僕はもう少し飲んでるから、リゼットは先に寝てていいよ」
「……私も、一緒に飲みたい」
「リゼットには、お酒はまだ早いよ」
その言葉にムッとしたリゼットは、徐にテーブルの上のワイングラスを掴むと一気に呷った。視界の端に彼が呆気に取られる顔が映る。そして次の瞬間、口の中に酒独特の風味が広がったかと思ったら視界が歪み頭がクラクラしてきた。
「リゼット⁉︎」
彼が自分を呼ぶ声を遠くに感じながら、リゼットはそのまま意識を手放した。
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