この声が君に届くなら

折原さゆみ

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70夏休み

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 光流が着替えを終えてリビングに入ると、すでに夕食の準備がされていた。

 夕食は焼肉だった。両親と妹、光流の四人がそろっての食事でいつもと同じ光景だ。両親と夜奏楽は席についていて光流のことを待っていた。

「部活はどうだった?」

 光流が席に着くと、すぐに両親と夜奏楽は自分の食べる分の肉を焼いていく。肉を焼いている間に、母親が夜奏楽と同じ質問をする。

『た、たの゛し』
「初日から楽しめたんだって。お兄ちゃんが、学校が楽しいなんて言う日が来るなんて思わなかったよねえ。妹は嬉しいよ」

 光流に対しての質問なのに、なぜか夜奏楽が光流の言葉にかぶせて返事をする。しかし、それに文句を言うことなく、光流は目の前の肉の焼き加減に集中する。

「そうねえ。光流が楽しいならいいわ」

「二年生の途中から部活なんてどうかと思ったがな。だが、これと勉強は別の話だ。光流が選んだ進路に向かって、部活だけでなく勉強も頑張るように」

『はい゛』

 光流はすでに夏休み前に提出する進路調査票は学校に提出していた。両親には自分の進路を伝えて相談に乗ってもらっていた。

「まさか、光流が教員免許を取りたいなんて言い出すとは思わなかったわ」

 息子の進路を聞かされた時のことを思い出した母親が感慨深そうにつぶやく。それに父親も深く頷く。

「別に教員免許を取っても、必ずしも教師になる必要はないからね。資格を持っていて損はないと思うよ」

「私も将来何をしたいのか、そろそろ考えなくちゃなあ」

 夜奏楽も、光流の一つ年下なのでそろそろ進路について考え始めたほうがいいだろう。兄の姿から何か得るものがあればいい。

『い゛ただきま゛す』

 話しているうちに肉が良い具合に焼けてきた。食べごろの肉を自分の皿に取り、光流は食べ始める。リビングには穏やかな空気が流れていた。



 夏休みが始まり、光詩のマネージャー活動が本格的に始まった。陸上部は基本的に月から金曜日の午前中に活動していた。土日はしっかり休むような体制となっていたため、部活動を始めたばかりの光詩には有難いことだった。

 陸上部のマネージャーの仕事を初めてから一週間ほどは慣れないことばかりで、午前中に部活が終わって家に帰ると、なんだか疲れてしまっていたが、そんな生活もすぐに慣れ始めて、充実した夏休みを過ごすことになった。

 お盆中は部活が休みになる。実はアリスと付き合い始めてからまだ、一度も二人きりでデートをしたことがなかった。

『あ゛りす、お盆中に゛、空いている日は、あ゛る?』

【ごめんなさい。お盆は実家に帰ることになっているんです】

 お盆前の最後の部活の日に、光流が勇気を出してアリスをデートに誘ってみたが、すぐに断られてしまった。部活動がある日の午後や土日に誘えばよかったのに、なかなか誘えずにいたため、お盆休みならと思ったが帰省のことを考えていなかった。

【そこまで落ち込まないでください。ちょっと夏休みは忙しくて……。また夏休み明けにで、デート、しましょう】

 部活が終わって解散した後、アリスがたまたま一人になったタイミングで声をかけた。二人で学校を出るのは久しぶりで、ドキドキしていたが、デートに誘って断れられてそこまで沈んだ顔をしていただろうか。光流は顔を手で触ってみるが、自分が今どんな顔をしているのかわからない。わからないが、きっと落ち込んでいるのだろう。しかし、アリスの次の言葉で一気に気分が上昇する。アリスの顔を見ると、彼女自身が放った言葉に頬を赤くしている。照れているのだろう。

(アリスはかわいいな)

 アリスは光詩と同じ中学なので最寄駅は一緒だ。学校から電車に乗り、最寄り駅を降りるまで一緒にいた。電車は混んでいたがアリスと一緒のため、あまり不快に感じない。座席に座れなくても隣にアリスがいるだけでその場は心地よい場所になる。

【じゃあ、またお盆明けに会いましょう】
『じゃあ゛、また』

 電車を降りたらそこからは当然、家が違うため、別れることになる。別れ際のアリスの言葉にもう少し一緒にいたいと思ってしまったが我慢する。

【私も光流先輩に会えなくて寂しいです。だから、お互い様です】

 光流の表情に気づいたアリスがくすっと笑う。そして自分も同じ気持ちだとうれしいことを言ってくれる。その言葉に手を振ってこたえる。

 光流たちはその場で別れた。雲一つない快晴で日差しが強くてとても暑かったが、とてもすがすがしい気分だった。
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