あたしは蝶になりたい

三鷹たつあき

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彼女の名前は

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「あのね。あたし子供の名前考えたんだ。」

3人の食いつきは中々のものだった。

「教えて優江。男の子の名前?それとも女の子?」

果歩ちゃんが一番興味津津といった感じで聞いてきた。

「うんとね。女の子用の名前。」

それを聞いて美羽ちゃんが、

「だけど、優江は確か生まれてくる子は男の子のような気がするって言ってなかったっけ。」

あたしは苦笑いで、

「そうなんだけどね。なんか直感で女の子につけるような名前が舞い降りてきたの。そのときに、産まれてくる子は女の子で間違いないって気がしたの。」

3人の視線があたしに集中しているのを強く感じた。

「あのね。産まれてくる赤ちゃんにふうわって名前をつけようと思っているの。」

「優江らしい命名ね。」

とクスッと笑いながら美羽ちゃんに言われた。
「いいじゃん、いいじゃん。なんか暖かそうで可愛らしくてわたしはいいと思うな。」

果歩ちゃんは満面の笑顔で賛成してくれた。あとは、パパになる人の反応が気になるところだが、

「優江がいいと思うなら俺もふうわでいいと思うよ。」
思っていた以上にあっさりした回答、むしろあまり興味が無さそうな態度にあたしには捉えられたので、あたしはそれが気に入らなかった。

「ふうわでいいじゃだめなの。ふうわがいいって言ってくれなきゃあたしは嫌なの。」

「そうだよ。亮君、自分の子供のことなんだからそんなに他人ごとじゃダメだよ。もっと真剣に考えなきゃ。」

果歩ちゃんがあたしの言いたいことを代弁してくれた。いつもそうだ。あたしの言葉足らずのところを果歩ちゃんが補ってくれるのだ。ふと亮君の顔を見た。あたしには分かる、あの顔は困っている顔だ。付け加えるのならば、あの顔は彼はふうわって名前を気に入ってはいるのだろう。だけど、ふたつ返事でOKすると、またちゃんと考えていないと思われるんじゃないかって考えている顔だ。あたしも大分亮君のことが分かってきたような気がする。

「いいよ。亮君。時間あげるから後でしっかり考えといてね。」

こうフォローすることがあたしには精いっぱい。

「あら。亮君の前では優江がいつもより頼もしく見えるわね。」
また、美羽ちゃんにクスッと笑われた。

ああ。なんて他愛のない会話だろう。あたしの子供の名前の話だから大事な話と言えばそうなのだけど、なにも下校途中にどうしても名前を決めなくちゃいけないわけじゃない。と言うかここで名前を決められるわけじゃない。ちゃんとお父さんとお母さんにも相談しないと。そういう意味ではここでの会話は他愛のない会話なのだ。だけどこの他愛のなさが物凄く心地よい。みんなある程度一生懸命で、ある程度適当なのだ。

大体の場合において3人の中で果歩ちゃんが一生懸命役。とにかく熱くて自分の好き嫌いにとらわれず、なにごとにも頑張ろうとする。負けず嫌いな性格もなんにでも一生懸命になれるひとつの要素だったのじゃないかな。

逆にある程度適当な役が美羽ちゃん。初めは果歩ちゃんに話を合わせて頑張ろうとか言うのだけど、ある程度結果が出るか、疲れた時点で彼女は終了。一言でいうと飽きっぽいんだよね。だけど、能力が高くて大概のことは運動でも、勉強でも果歩ちゃんより出来ちゃうから果歩ちゃんも文句は言えない。果歩ちゃんと盛り上がっているのも、果歩ちゃんを乗せることをまるで愉しんでいるみたいなことが多かった。まあ、とにかくあたしの中学生活はこのふたりの親友のお蔭で本当に楽しかった。いつもの溜まり場の教室の隅の陽だまり、この帰り道、本当に色々なところで色々な無駄な話をした。だけど3人一緒だからあたし達は自分たちのやっていることを誰ひとり無駄なことなんて思ったりしなかったのだろう。中学を卒業して初めて、やってきたこと、おしゃべりしたことは中学生活にはなんの役にも立たないものだったと言えるようになったのだ。だけど、本当に楽しかったからきっと人生の中では無駄な時間ではなかったと思う。だって、この時間が無くなってしまうことを考えるとあたし今泣きそうだし。果歩ちゃんと美羽ちゃんはこの時間が無くなることをどう思っているのだろう。新しい友達と新しい時間を作ればいいと思っているのだろうか。あたし達3人は第一志望の高校がみんな違うから、もしも第一志望に受かると学校もバラバラになっちゃうんだよ。そんなの悲しいよ。寂しいよ。もしかしたら、高校生活が待ち構えていないあたしにだけ感じる感情だったのかもしれないが、心からあたしは悲しかった。
 
いよいよ4人がバラバラになる交差点に差し掛かった。4人は誰も特別な言葉を口にすることもなかった。亮君があたしの体を気遣ってあたしの家まで連れ添ってくれるという。

「春休みはたくさん優江のおうちにお見舞いに行くからね。」

果歩ちゃんがそれだけ言ってバイバイをした。あたしはしばらくその場を離れることをしなかった。果歩ちゃんと美羽ちゃんの背中が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。ふたりともそれに気が付いて、振り向いてあたしに手を振ってくれた。あたしも同じ所作を返した。だけど、そのうちにふたりの背中は見えなくなった。なんだか手に持っている卒業証書が意味のないものに思えて仕方がなかった。なんとなく卒業式自体が無意味なものに改めて感じた。あたしにとっては卒業式なんかよりこの最後の帰宅道の方がよっぽど感慨深くて、よっぽど悲しい。ああ。卒業したのだなあって実感が湧いてくる。

例え行く高校が違ってもこのふたりとだけはずっと仲良しでいたいな。大人になってもずっと。このときのあたしは自分の寿命が短いことをすっかり忘れていた。まだまだずっと生きていられるつもりで考えていた。それにしても素敵な友人を無くしてしまっては生きている価値なんて無いってそう思った。心配しないでもあたしはそんなに生きながられないのにね。学校の校庭の桜はまだ咲いてもいないのに、今ここにある桜は少しずつ散り始めていた。不思議なものだ。同じ種類の生き物でも、未だ生まれてこないものと、既に散りいくものがある。あたしと彼女らと似ているなあ。彼女らには今日は旅立ちの日でも、あたしには完全に学生生活の終わりの日なのだから。相変わらず散っていく桜が一番美しい。改めてそう感じた。散って地面に落ちた花びらを一枚手にとって眺めていると涙が出てきた。さようなら。あたしの学生生活。さようなら。果歩ちゃん、美羽ちゃん。
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