ポンコツカルテット

ハルキ

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2章 乙坂鳴(おとさかめい)

8.

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 あたしは放課後に女池くんに告白する。こんな日を待ち焦がれていた。いつも何言っているかわからない授業は上の空でずっと告白のことを考えていた。
 休み時間、山田は佑月に「夏祭り、行かない?」と毎時間誘っていた。まぁ、いつものように無視されていた。けれど、山田はしつこく佑月のことを夏祭りに誘っていた。今日が当日だからかしら。いつもは無理矢理連れていっていたが、今回ばかりは本人から行きたくなるようにしているのかしら。
 ついに六限目が終わった。あたしはすぐに荷物を片付けて、女池くんの後を追う。最近、女池くんは山田以外とはいつもひとりで帰っているため声がかけやすい
 「あ、あの。女池くん」
 昇降口を下りてすぐ、校門へと続く道であたしは声をかけた。
 「なにかな、乙坂さん?」
 「あ、あの」
 毎日練習しているのにいざこういう場面になると、言葉がうまく出てこない。明日からはもう夏休み、あたしたちはもう受験生なのだから告白するのは今、この時を逃せばもうないかもしれない。
 あたしは悩む頭にむちを打つ。心臓が鼓動を上げ、耳にまで届いてきそう。あたしは顔が熱くなりながらもしっかりと女池くんの顔を見て、はっきりと言った。
 「女池くん、あたしと、付き合ってください」
 「ごめん、無理」
 あたしが言うとすぐにその言葉が投げかけられた。あたしが告白の言葉を言えたことがうれしくて女池くんが何を言ったのかわからなかった。あたしはなにが起こったのかわからず困惑していると、再び絶望のような言葉が聞こえる。
 「ごめん、付き合うのは無理」
 ようやく言葉を飲み込めた。断れることを予想していなかったわけではない。ただ、少しも悩まずに断られた。まるで、あたしが告白することがわかっていたみたいに。
 「ど、どうして?」
 あたしは震えた声で尋ねた。
 「うーんとね、理由はいくつかあるんだけど。君さ、胸にパッド、入れているでしょ」
 気づかれていた。あたしは胸に手をやる。そこには固い感触があった。山田の大きな胸に嫉妬して、自分の胸を大きく見せるために入れたものだ。けれど、誰にも言ったことがないし、言われたこともない。
 「多分、言ってないだけで、みんな気づいていると思うよ」
 あたしの考えていることを見透かされているかのように女池くんは言う。あたしは一歩後ずさった。
 「あと、昨日、俺が恵琉と帰っているとき、あとついてきてたでしょ。あれもやめたほうがいいと思うよ」
 やっぱり気づかれていた。女池くんは人差し指を立てて続ける。
 「あの時の君はちょっと可愛そうに見えた。けれど、今の君は傲慢のかたまりみたいなものさ。弱い自分を隠して強く見せようとしている。けれど、それじゃあだめだと思う。やっぱり自分の弱い自分をさらけださないといけないよ」
 そう言って女池くんは去っていった。あたしはその後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。あたしは、あたしは女池くんに好きになってもらえるように努力してきた。けれど、先ほどの女池くんの言葉でそれは簡単に打ち砕かれた。あたしはうなだれる。もう、なにもやる気が起きない。あたしはまるで目の前が真っ暗になったかのようになる。
 あぁ、あたしなんて生きている価値がないんだ。あたしはなにも才能がない。信じてくれると思っていた人にも見限られたあたしなんて・・・・・・。
 「鳴ちゃん、大丈夫?」
 すると、後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは山田だった。山田はあたしの肩をつかんでいた。まったく気が付かなかった。けれど、あたしはそれを強引に振りほどく。
 「あんなんで落ち込んだりしない。ほっといて」
 女池くんに告白したところを見られたかはわからない。けれど、見ていなかったらそんな言葉は出てこないと思った。
あたしはそれだけ言い、校舎裏へと足を運んだ。山田にはあんなことを言ったものの、ほんとうは涙がいまにも出てきそうだった。
 
ここなら誰もいない、いくら涙を流してもいい。あたしは背中を壁につける。あたしのこれまではなんだったのだろう。あたしは誰に声をかけられてもそっけない態度をとってきた。あたしは誰とも関わろうとしなかった。誰もあたしのことを理解してくれない。
まだ時刻は四時半だった。だから、太陽がこちらに照り付ける。暑くはない。暑くないのだけれど、今のあたしにはそれがうっとうしかった。あたしはすぐ近くにある陰に入ろうとした。そちらのほうがあたしに合っている。
移動しようとすると、奥から誰かが歩いてくるのが見えた。
 「鳴ちゃん?」
 佐藤の声だった。もうすぐ泣きだしそうだったのに、最悪。
 あたしは涙を拭う。もう見られているのに、いまさら隠しても仕方ないのに。
 「ほっといてって言ったじゃない」
 「好きな人に振られて悲しくない人なんかいないよ」
 やっぱり見られていた。あたしが振られたとき、佐藤は何を思ったのかしら。
 「あんたになら、話してもいいかもね」
 あたしは消え入りそうな声でそう言った。
去り際に女池くんに言われた言葉を思い出す。弱い自分をさらけ出さないといけない。
 「あたしさ、勉強も運動も苦手なの。今は小学三年生で習うような漢字しか書けないし、十以上の暗算もできない。それに五十メートルも学年で最下位だった。なにもいいところがないの。それで小学校の時、みんなからいじめられて、あたしは学校が嫌になった。もう行きたくなかった。けれど、女池くんだけはあたしを助けてくれて。だから、女池くんだけはあたしのことをわかってくれると思っていたの」
 他人にこんなことを話すのは初めてだった。何もできない自分を出さないために人から距離を置いてきた。そのほうが楽だったから。
 横を見ると、佐藤は口をあけっぱなしにしていた。ちゃんと聞いていたのかしら。
 「ちょっと、聞いてるの?」
 「あっ、ごめんごめん。聴き入っちゃって。私と同じだぁって」
 佐藤は笑みを含んだ口調でそう話す。
 「なにが同じなのよ」
 「私もクラスでいじめられていたんだけど、それを止めるためにお母さんが動いてくれていたの」
 「ふーん」
 そう言いながらも、あたしは思う。つらいのはあたしだけじゃないのだと。
 「ちょっとさ、祭り見に行かへん?」
 「な、なんでよ」
 あたしは振られたショックが心に残っていた。そんな状態で祭りに行って浮かれることなんてできない。正直、いますぐにでもひとりになりたかった。
 「ええから、ええから」
 「あたし、人込み嫌いなんだけど」
 「じゃあ、遠くから花火だけでも」
 嫌がるあたしを佐藤は半ば無理矢理腕を掴んで引っ張っていく。だけど、なぜだが悪い気がしなかった。
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