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「隠していた………こと?」

「あぁ………どうしても君に伝えておきたくて、重要なことなんだ…時間をくれないか?」

彼の瞳を見て思う、前のように情けなく姿はなく、何処か覚悟を決めたような表情に私は頷きで返した

「……分かりました、でも長くは無理です……手短に」

「分かってる…ありがとう……」

私にお礼を言って、ベンジャミンはちらりと横目で隣に居たクロードに視線を向けて、言葉をかける。

「クロード、少しだけ彼女と話していいか?2人で話したいんだ」

「僕が聞いていては駄目なのか?」

「……あぁ、すまない…お願いだ」

「…………分かった、僕の友人の最後の頼みとして受け取るよ、ただし視界に入る距離にはいる…アメリアに手を出せば分かってるな?」

「もちろんだ、お前からの拳はあの一発で充分だ、あれで目が覚めたよ」

何処かクロードの目は悲しみを帯びていた、かつての友人と交わす会話に懐かしさを感じ、思いを馳せていたのだろうか…
そして、感じ取っていたのだろう……きっと彼と言葉を交わす事はこれが最後になることに

「アメリア、少しだけ離れるが…大丈夫か?」

クロードの言葉に私は頷いた

「はい、私は大丈夫…きっと話もすぐに終わります。」

離れるクロードは会話は聞こえないだろうが、私達が見える距離で立った

私は改めてベンジャミンへと視線を向ける、公爵家の頃と違って綺麗で高級な布で作られた服ではなく、質素な布で出来た衣類に身を包んだ彼、貴族からかけ離れた身なり…なのにその表情は公爵当主であった頃より憑き物が落ちたように明るかった。

「なぁアリー…俺と会った時の事を覚えているか?」

「アリーと呼ばないでと………もういいです、覚えていませんよ」

「はは………もう何年も前の話だもんな……俺は覚えているよ、始めて社交場で見た君に一目で恋をした」

「………………」

「それから、俺からのアプローチで結婚まで受け入れてくれた時は世界で一番幸せだったよ」

「思い出話をしに来たのなら、もう帰りますよ?」

「すまない…でも聞いてくれ、必要なんだ…クロードとこの国のためと約束した俺は若くて威勢だけはいいガキで、苦労なんて考えてなかった、君と結婚して公爵当主となって……不甲斐なくて自身の力不足を思い知った…知識もなく、公務も失敗が多く………いつしか友人のクロードと交わした約束なんて忘れる程に自信を無くしてしまった」

「それで、他の女性達と不貞を働いた………………と」

「うん、その通りだ…馬鹿だよな、男としての価値が上がった気がして有頂天になっていた、実際は前に進むどころか、転がり落ちるように下に落ちていっただけなのに……俺は迷っていたんだ、人生に…だから分かりやすい快楽に負けて、流されて…」

隠していた事とはこの事……?
そんな訳がないか、これではただの懺悔の言葉、そんな言葉を聞くために時間を作った訳ではない

「それで、何が言いたいのですか?隠していた事とは?懺悔の言葉なんて聞きたくありませんよ」

「あぁ、つまりだな……俺は選択を間違えたんだ…迷ってクズになって、自己保身のために生きていく選択を間違えた」

「はっきり言ってください」


私が少しだけ強く言うと、彼は息を大きく吸込む
言うことにそれほどの覚悟が必要だったのだろう、しばしの無言の時間……彼のゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえて、意を決して口を開いた


「う………噓、を……ついていた」


「噓………ですか?」



私の返答に頷きながら、彼は覚悟を決めたように言葉を吐き出す。
ためこんでいた想いが溢れ出すように


「子供が出来ないのは君の身体のせいじゃない、俺が原因だったんだ……でも怖くて医者に金を持たせて虚偽の報告をさせた、男として価値がなくなりそうで耐えられなかった、友人との約束もろくに守れず、男としても不能で…逃げるように君に全てを擦り付けた」

「………………」

告げられた言葉に、なんと言葉を返せば良いか分からない
その理由は自分勝手だ、自己の保身のために私が一生の傷を背負うような噓をついたのだ

罵倒をする?叫び怒り、平手打ちでもする?
いや、目の前の彼を見れば必要ないと分かった……
全て理解して彼は話しているから、自分が悪い事も…私にかけた負担も理解してここに立っている。

どれだけ罵倒されてもいいと覚悟を決めているんだ

「君と離縁した後に、勇気を出して、不貞していた女性達に真実を告げた………みんな俺の前からいなくなったよ…男として全く価値がないからな、それが彼女達と別れた本当の理由だ………話が長くなってすまない…それだけ伝えに来たんだ、君はもう自分の身体で悩む必要はないと」

価値のない男だと、自虐的に笑うベンジャミンの瞳を見る。
本当に…自分勝手で、どうしようもない男………


けど、彼なりに悩んでいたのだろう。
若き頃に抱いた気高き理想とまるで違う自分自身の不甲斐なさに、公爵家当主としての重圧に、子供を残せないと知って頭を抱えて、大きな過ちに手を染めてしまった…


もちろん、彼から私に行った仕打ちを許せる訳ない……
でも、私がここでかけるべき言葉はきっと罵倒ではない、私が言って欲しかった言葉を、どうしようもなくて、情けなくて………



けど


かつて愛した貴方だから言ってあげる





「貴方は、無価値ではありません…………未来のために、自分のできる事を探してください…貴方ができる事や、残せる物は無限です」

私は彼に届けたい想いを言葉に乗せる。
かつて、自分が最も言って欲しかった事を…

ベンジャミン、貴方に言って欲しかった言葉を

「子供ができないからと、前を進む事を諦めないで……貴方にしか出来ない事がきっとあります、下を向いていては何も見つけられません…だから前を向いて」

「…アリー」

彼の瞳から、ゆっくりと流れた涙
私の言葉が彼に届いただろうか?いや、聞かなくてもその涙を見ればわかる。

「…………ありがとう…俺には充分な言葉だ」

涙を流しながら微笑んだベンジャミンに私は頷きで返す。





「生活は、大丈夫なのですか?」

「公爵家を剝奪されて、残していた財産は両親に渡した…裕福ではないけど2人で慎ましく暮らす分にはあるはずだ………俺は、実は君の父のローマン殿に仕事先を紹介してもらったんだ」

意外な答えに私は驚きの表情を浮かべる。
まさか、父様がベンジャミンに手を差し伸べていたなんて


「俺はあんなに優しい君の父と、そして何より君自身に酷い事をしたと思った」

「もういいですよ、忘れてください」


私の言葉に、彼は首を横に振り……そして背中を向ける。
手を振って別れを告げるように

「君は潔く忘れてくれと言ったけど、そんな事できない…君にしてしまった酷い行為は俺の後悔で罪だ……きっと忘れるなんてできない、だから俺が君の人生から消えればいい……きっとそれが最善の懺悔になるだろうから」

これで、きっと彼と言葉を交わす事も、会うことも最後になるのだろう

彼の言葉と、振り返らない姿に覚悟を感じる。
何も言わず、背中を向けて去っていく彼を見ながら私はただ一言だけ


たった一言、彼に言葉をかける。
夕刻の中で髪を揺らす優しい風にその言葉を乗せ、私が彼にかける最後の言葉


貴方が望んだ事を…………
懐かしき日々を思い出す言葉を















「さよなら、








「っ!…………あぁ…」









懐かしきあの頃と同じ呼び名…
私の言葉を聞いた彼は、嬉しそうに…もう最後だからと涙を流しながら答えた



「ごめんな、さよなら………







涙の混じった声と共に去っていく彼の背中
互いが求めた呼び名を最後に、もう二度と会うことはない
背中を向け合い、もう二度と振り返る事は無い、これが本当の別れ

私達は迷いながら、道を探すのだろう
間違うことも多いかもしれない、絶対に正しい道なんて存在しない
自己保身に逃げれば、大きな過ちを犯す事はきっと誰にでもある……

私だって選択を誤る。
後悔しない人生を送れる人間なんて、きっといない…



だからこそ…

私は道を踏み外した人にも未来はあってもいい、罵倒するのは簡単だけど励ます言葉を私はかけてあげたい…
甘い考えで、子供っぽいと笑われるだろうか…



……でもこの選択に私は後悔しない

私はローズベル家の一員
清く、凛として、強くあれ…

でも、優しくもありたい

それが私だから








「帰ろうか……アメリア」

後方より聞こえたクロードの声に私は頷く

ベンジャミンも前に進みだし、自分自身の人生を後悔しながらも前に進んだ
私も、私の人生を進もう……




「帰ろう、クロード」


手を繋ぎ、彼と共に進む。
この先に続く幸せをお互いが見ながら、もう離れる事がないように強く握り締める。

夕間暮れの中で歩く帰り道にふと、道の端に咲いていた花が目に留まる。
風に揺れ、夕陽に照らされたムスカリの花を見て、薄っすらとかつての思い出が蘇った


ーアリー俺は君を幸せにしてみせる

 だから結婚してくれないか?ー


かつて、彼に言われたプロポーズの言葉を思い出す。
なぜ今更、もう彼に愛なんてない………

幸せになんてしてくれなかったのに
約束を守ってもくれなかった……



忘れて…………いた、はずなのに








そうか…きっと私も…

燃え尽きていたロウソクに刹那の時間、炎が灯るように、私は一瞬の悲しみの中で想う。


あぁ……これで最後にしよう



頬から伝う、一筋の涙を流しながら………空を見上げる



この涙で彼を想う気持ちを最後にしよう…







かつて


愛した……旦那様


さよなら


























私も、潔く貴方を忘れます。



お互いの人生の幸せを思い続けて…



ーfinー
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