紅湖に浮かぶ月

紅雪

文字の大きさ
上 下
20 / 51
紅湖に浮かぶ月3 -惨映-

0章 訪れる不穏

しおりを挟む
内容紹介
呪紋式記述の国家資格を取得し、お店も軌道に乗り始めたミリアは、王都アー
ランマルバへの出店を考慮したが出鼻を挫かれる。
その所為で、断ろうと思っていた司法裁院の高査官経由で来た依頼を、嫌な予
感がしつつも受ける方向に傾くのだが・・・



「欲望が無ければ、善意など存在しない」


調光により光量を落とされた部屋で、重厚そうな机を前に座った男が眉間に皺
を寄せ、葉巻の紫煙を吐き出す。机の周囲には調度品が並べられ、応接用であ
ろう椅子や卓も見るからに高級感を漂わせていた。
「ネヴェライオを辞めたいというのは、本気ですか?」
葉巻を咥えながらそう言った男は紫煙を吐き出す。ダークグレーの背広に身を
包み両手の指には高価そうな指輪を幾つも嵌めている。
左腕には腕時計、首には太いネックレス、同じく金製で高価な貴金属を身に着
けている。四十歳程の精悍な顔付きの男である。
「はい、ウェレスさんには大変お世話になりましたが、この度結婚する事にな
りまして、子供も授かりました。これを機に妻の故郷に引っ越したいと思って
おります。」
ウェレスの机を挟んで向かいに立つ男は、控えめに言った。紺の背広に身を包
んだ平凡な見た目の男である。その男の言葉にウェレスは暫し目を閉じると、
寂寥感を宿して開く。鼻の下に整えられ蓄えた髭がゆっくりと動く。
「大変残念です。ヤミトナさんは真面目で良く働いてくださっていたので、非
常に。」
「勝手とは分かっておりますが、お許し頂けないでしょうか?」
ウェレスの言葉に、ヤミトナは申し訳なさそうに言った。
「我が社の退職条件はご存知ですね?」
ウェレスはヤミトナの質問に、確認の問いを返す。ヤミトナはゆっくりと頷い
た。
「はい。後日三百万、お持ちします。」
ウェレスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「普通の会社であれば退職金を払って見送るところですが、我が社の方針とし
ては心苦しい内情で申し訳ありません。」
ヤミトナは首を左右に振る。
「顔を上げてくださいウェレスさん。もともと承知していた事です。気にしな
いでください。」
ウェレスは謝意と共に下げていた頭を上げ力なく微笑み、憂いの眼差しをヤミ
トナに向ける。
「宜しければ、あの綺麗なお嬢さんと入らしてください。心ばかりですが、門
出を祝福させて頂きたいと思います。」
「お心遣い、感謝致します。」
ウェレスの言葉に、ヤミトナはそう言うと深く頭を下げ、その部屋を後にした。



「ミリア、女子会しようぜ。」
その少女は店に入るなりいきなり大きな声でそう言った。アッシュブルーの髪
は何時ものツインテール、ライトイエローの柄入りシャツの上に白のフード付
きパーカーを羽織り、ミニのスカートはカーマインのギンガムチェックプリー
ツ。白の厚底シューズを履いたその少女に、店内に居る数少ないお客さんが胡
乱げな視線を向ける。勘弁して欲しい、あまり来ないアクセサリーを見ている
お客さんが不振がっているじゃない。
「店内ではお静かにお願いします。」
頑張って丁寧に言ってみる。多分、笑顔は引き攣っているだろうけど。
「ぶっ!」
ユリファラがそれを聞いて吹き出しやがった。必死に笑いを堪えているが、顔
には柄じゃねぇと書いてあるのがよく分かるわ。殴っていいかな。
「折角用意したのに、あげないわよ。」
私は冷めた視線でユリファラに言った。本人はそこで膠着する。自分が身に付
けられるアクセサリー欲しがってたもんね。ふふん。
「ずりぃぞ、それ。」
「子供相手に大人気ないわよ。」
うっさい。リュティは被害を被ってないからそんな事が言えるのよ。私はリュ
ティにも冷めた視線を投げてから、ユリファラに向き直る。そこで店の外に佇
む人物に気付く。あれ、あの人。
「あの、あそこのケースにあるブレスレット見たいんですけど?」
外に居る人物が気になったところで、お客さんに声を掛けられた。
「はい、少々お待ち下さい。」
私はリュティに目配せすると、ケースの鍵をそっと出してくれる。ケースの前
まで行くと、お客さんを見て確認する。
「こちらのケースですね。」
「はい。」
鍵を開けてる時に、笑いを堪えてるユリファラが横目に入った、後で覚えてろ。
それよりも、腰まである黒髪ストレートにパンツスタイルの女性が気になって
いた。何故入って来ないのかと。
「こちらですか?」
「あ、はい。」
私がブレスレットを取り渡すと、お客さんは付いているプレートで目が止まる。
「この模様って、なんなんですか?」
「呪紋式の模造です。効果はありませんが、御守りみたいな感じです。」
「そうなんですか、綺麗ですね。」
お客さんはまじまじと見ながら言った。
「これ、買います。」
「有り難うございます。」
私はお礼を言って、後はリュティに任せる。自分が作った物が売れるのは単純
に嬉しい。店内を見回すと他のお客さんは捌けたようだ。私はお店の入口に行
くと、扉を開けて外に居た人物に声を掛ける。
「何で入らないの?アリータ。」
そこに居たのは予想通りアリータだった。ユリファラと一緒に来たのだろう。
入らない理由は分からないが、泳いでいる目を見る限り、照れているのだろう
か。
「いえ、特に理由は。」
私はそれを聞くと、アリータのジャケットの裾を掴んで店内に引き入れる。
「理由が無いなら入ってよ。」
「あ。」
軽く声を上げるが、特に抵抗もなくすんなり入り、何故か気まずそうにするア
リータ。
「いらっしゃい。」
私が笑顔で言うと、アリータは気恥ずかしそうに小さく頷いた。初な乙女か。
とても気付かれず私の首を跳ねるような女性には見えない。
「お客様がお帰りよ。」
そこへリュティの少し甘ったるい声が聞こえてきた。私はお店の扉を開けて、
お客さんが出るとき「有り難うございました。」と笑顔で対応。
いや、売れると嬉しい。対応も自然と笑顔になわね。
「いてっ!」
ユリファラが声を上げる。
「ミリアてめ、なに笑顔で人のおでこ弾いてんだ。」
「茶化しに来たなら帰ってよ。」
私が冷めた視線でユリファラに言うと、しおらしい態度になる。
「わりぃ、ちょっと調子に乗っちまった。」
しょうがないわね。
「ちょっと待ってて。アリータ、好きに見てていいわよ。」
相変わらず見た目と口調に違和感があるユリファラと、入ったまま動かずに居
るアリータに言って、私は一旦店の奥、住居区域の方に移動する。以外と面倒。
戻ってユリファラに出来てたアンクレットを渡す。
「ありがと。」
そう言ってる間に、速攻箱を開けていたユリファラは、中身を取り出して身に
着ける。情緒ってものが無いわね。
「おぉ、ぴったりじゃん。」
でも、満面の笑顔でそう言われると、やっぱり悪い気はしない。それを見てい
た視線に気付き目をやると、アリータは顔を反らしてケース内に目を戻す。や
っぱり面倒。
仕事上の会話はそつなく話せるのに、自分の事は表現しない、違うな、態度に
は出てるから口下手なんだなと思う。
「いやぁ、法皇国から直で来たかいあったわ。」
ユリファラが言った事で、そう言えば以前そんな事を言ってたなと思い出した。
「法皇国の仕事は終わったの?」
「いや、三日後には戻る。」
「そう、大変ね。で、なんでアリータが一緒なの?」
「城に戻る前にミリアの店に寄ってから戻るって連絡入れたら、私も行くとか
言い出したから。」
「ちょっとユリファラ!」
それまで黙って聞いていたアリータが、ユリファラの言葉を咎める様に言った。
冷利な視線を向けてはいるが、顔には恥じらいがある。うん、面倒。
「その、一度来てみたかったので。ユリファラの報告を聞くついでに。」
そう言ったアリータに私は少し寂しそうな笑みを向ける。
「私のお店、ついでなのね。」
「いや、あの、そういう意味ではなくて。」
慌てるアリータ。あ、ちょっと面白い。
「それよりアリータ、貴女もなにか欲しいの?」
「え?あの・・・」
虚を突かれたような顔をして口ごもる。見てれば分かるのだけど、本人は気付
いてないのかしら。
「希望があれば作るわよ。但し、受け取りはお店に来てね。」
「はい、お願いします。私は飾り気が無いので、その、ネックレスくらい着け
たいと。」
隙の無い佇まいはそれなりの格好いいと思うのだけど、在ったら在ったで様に
なりそう。
「分かったわ。どんな感じが良いか教えて。」
ここまで来たらしょうがない。作ってあげるわよ。ユリファラやリュティに作
ってアリータに作らない理由も無いし。ちなみにリュティはブレスレットがい
いと言うから適当に作っておいた。腕を治してもらってるし、しょうがない。
「はい。それと、そこのバレッタが欲しいです。」
アリータが別のケースを指さす。成程、長い髪の毛をいつも後ろで束ねている
から、そこにも使いたいのね。
「いいわよ。お買い上げありがとうございます。」
私は笑顔でアリータに言った。
「いえ、可愛かったので。」
私の笑顔からアリータが顔を逸らして言う。こういう恥じらう乙女が世の男性
には受けるのだろうか。どうでもいいか。と、思った所にユリファラが割り込
んで来る。
「なあ、それより女子会しようぜ。」
「だから何なのよ、その女子会って?」
店に入って来るなり開口一番に言った、ユリファラの言葉がなんなのかよく分
からない。
「ん?そりゃ乙女が集まって、きゃーきゃーと女同士の内情をゲロする会だよ
。」
うげ。実際に在ったら関わりたくないわ。そしてこの面子での女子会とやらは、
血生臭い会話になりそうだわ。
「まあ、お茶はいいけど今は営業中。見て分かるでしょ。」
半眼を向けて言う私に、ユリファラはにやりと笑みを浮かべる。
「閉めちまえ。」
なっ。
「あんたわねぇ。」
私は半眼のまま言って、両手でユリファラの頬を摘まんで引っ張る。
「いでいでぇ。」
両手をわたわたと振るユリファラを見て、まあたまにはいいかと思った。ユリ
ファラの頬から手を話し、リュティを見ると察したかの様に閉店のプレートを
持ってこっちに見せつけている。
どいつもこいつも。
「はぁ、しょうがないわね。」
「お、そう来なくっちゃな。」
お前が言うな。
「楽しくなりそうね。」
一人店番として残してやろうか。
「あの、すみません。」
ユリファラ止める役じゃないのか。
私が諦めを含んで漏らした言葉に、それぞれ言いたい事を言いやがった。内心
だけで突っ込むと、アリータとユリファラが買ったアクセサリーの清算を終え
て、私たちは向かいのカフェ・マリノに場所を移した。
まだ昼日中なのに、お店の硝子扉に閉店のプレート掲げて。



「ジジイ、村に行って洋服欲しい。」
少女はいつもの様に無表情で老人に我が儘を伝え、テーブルの上に並べられた
焼き立ての兎肉を手で掴む。
「ふむ、仕方がない。一着だけだ。」
「そう。」
少女は唇を尖らせて、焼いた兎肉を囓る。そこで動作が止まり、目を少し大き
くすると、咥えていた兎肉を囓り取らず口から出す。
「ほんと?」
いつも通り、「儂に勝ったらな」という言葉を思い浮かべていた少女は、老人
の言った言葉に驚きの問いを口にする。ただ、その表情はほぼ変化が見られな
い。
「ああ。」
老人は無表情にそれだけ言うと、兎肉を囓って千切り咀嚼する。少女も囓りか
けの兎肉を食べ始めるが、その所作は先程より軽快に感じられた。お互い表情
は無いに等しいが、機微については読み取っているようだった。

その村の洋服店は、小さい平屋の一軒家を改築したような造りをしていた。小
さな村のため、その規模で十分なのだろう。普段から殆ど客の入らない洋服店
に、少女と老人がいた。少女は子供用の服と睨めっこをしている。
人口が数十人しか居ない村の洋服店では、子供用の服も少ない。成長する速度
が早い子供服を敢えて買う村人はまず居ないからだ。大抵は親兄弟の御下がり
を着る家庭が多い。大人でも布を使って縫製したり、古い服の再利用で着回す
のが当たり前なので、買う人も少ない。
車で一時間ほど走れば町に出るが、そもそも町に行く様な人は村ではなく町で
買うので尚更需要が無い。
「まだか。」
数着しか置いていない子供服と、かれこれ一時間程睨めっこをしている少女に
老人は痺れを切らして言った。
「も少し。」
少女は服から目を離さずに言う。今まで見た事が無いのだから、もの珍しいの
だろう。選んでいるというよりは、次は何時見られるかも分からないので、今
のうちに見ておこうという心積もりなのかも知れない。
服に向ける少女の眼差しを見ると、老人はそう思いもう少し待つことにした。
「これにする。」
少しの後、少女が選んだのは多少大き目の水色で半袖のワンピースだった。
「大きいがいいのか?」
「うん、成長しても着られるから。」
老人にとっては、不憫な生活をさせているのは分かっていた。先を見越して、
次は何時服が手に入るか分からない。それを考慮しての選択なのだろうと考え
ると、老人は尚更自覚させられる思いだった。
服を買って店を出ると、少女は袋を大事そうに胸の前に両手で抱えている。表
情は変わらないが、態度は分かり易かった。
「走って帰るぞ。」
「うん。」
徒歩で三時間ほどの距離を走って帰る事に、少女は頷いた。来る時もそうした
のだから、当然帰りもそうするのだろう思っていたので気にはしていない。た
だ、折角村に出向いたのだから食事もしたかったが、服を買ってもらっただけ
でも僥倖なので、食事は我慢することにした。
「家に着いたら、今日は好きにするといい。」
「え?」
老人の言葉に少女は戸惑う。
「いつものは?」
「今日は休みだ。」
少女は嬉しいのか、胸の前にある袋を抱く手に力が籠った。老人が何も言わず
に走り始めると、少女も袋を抱えたまま走り出す。少女の走りは、家に帰るの
が楽しみなのか軽やかだった。

家に帰ると食事を終え、老人は酒を持って自分の部屋に消えた。帰って来てか
らそわそわしている少女の事を思っての事だった。
少女は食事後、急いで片づけを済ませると湯浴みをして、綺麗に身体を洗い流
した。部屋に戻ると早速袋の中から買ってもらったワンピースを取り出すと、
目の前で広げてみる。無表情だが瞳には多少の煌めきがあった。
袖を通すと、大き目のを選んだためか、まだぶかぶかだったが少女は嬉しいら
しく両手を水平に広げてくるりと回ってみる。遠心力によってふわりと舞い上
がった裾を見て、もう一度回ってみる。
小一時間程、少女は回ったり姿勢や体勢を変えてみたりした。その後満足した
のかワンピースを脱ぐと、丁寧に畳んで寝台の横に置いた。
床に就くと、横向きになりワンピースに視線を向ける。初めて手に入れた買っ
た服に昂揚感を覚えている所為か、なかなか寝付けなかった。が、気付くと何
時の間にか意識は闇の中へ落ちていた。



窓から射し込む陽射しの明るさに目を覚ます。時間はまだ朝の七時だ。
「またか・・・」
私はそう呟きながら、寝台の上で身体を起こす。忌々しい。
最近多いのよね、昔の夢。あの後、結局次の服を買ってもらう事は無かったっ
け。そう言えば、あのワンピースはどうなったか憶えていない。
どうでもいいか。
そう言えば、今日はザイランに呼ばれているんだったわ。別におっさんの顔は
見たくないが、行くしかない。

四人掛け程度の会議卓に、紙コップに入った珈琲、個別包装されているが安い
チョコレートとクッキー。それと渋い顔のザイランが私の前に並んでいた。ど
れも要らないわ。
珍しくザイランに呼び出された私は、リュティにお店をお願いして、アイキナ
市警察局に来ている。
「わざわざ呼び出した理由は何なの?」
ザイランが無言で数枚の書類を出してくる。何時もの見慣れた、危険人物特別
措置依頼だ。ザイランからの音声通信では、どうしても直接会って渡したい物
があるとしか聞いていない。
「何時もの郵送じゃ駄目な理由は?」
直接渡すには何か理由が在るんだろうと思い聞いてみる。
「直接渡せと指示があってな。」
何故敢えてそんな危険を。会話するだけ危険な気がするのだけど。郵送に危険
が無いとは言えないが、直接会って会話して手渡して、よりは危険度は低い。
「しかもだ、俺も直接渡されたんだよ。お前に依頼しろ、というおまけ付きで
な。」
私の指名付き?ああ、それって。もう嫌な予感しかしないわ。しかし露骨過ぎ
じゃない?二ヶ月前私が惨敗したからと言って、もう乗り込んで来ないとでも
思ってるんじゃないでしょうね。
いや落ち着け私、まだリンハイアが仕組んだと考えるには早すぎる。
「お前、司法裁院とは今どんな関係になってるんだ?高査官が直接来るなんて
今まで無かったぞ。」
は?高査官自ら?まさかネルカじゃないでしょうね。いや、それは無いわね。
あの時、ホテルでの言い種じゃ間接的でも私に頼むとは思えないわ。
「別に今までと変わらないよ。」
あっちが勝手に盛り上がってるだけでしょう。そもそもこちらから高査官にわ
ざわざ絡みたいとは思わない。面倒そうだし。
「ほんとか?高査官が来るとか、何か目を付けられるような事を仕出かしたん
じゃないだろうな。」
ザイランが言い掛かりを付けてくる。うざい。
「するわけ無いでしょう。こっちだって折角お店を出せたのだから、こんなと
ころで死にたくないわよ。」
王都アーランマルバへの出店も考えてるのに、人生棒に振るような真似はしな
いわよ。
「モッカルイアでなんか依頼受けてただろ?それが関係しているとかないか?」
「無いわよ、多分。それにモッカルイアでの件はザイラン関係無いでしょ。」
「まあ、そうか。」
納得はしてないようだが、渋々そう言った。単に私の感情だから納得する根拠
も無いのだけど。
「今のところ依頼だけだからな、根拠の無い不安に怯えてもしょうがないか。」
それはあんただけよザイラン。と、内心思ったが言わないでおいた。ネルカの
言葉を信じれば、だが。
そこでザイランが依頼の内容に話しを移す。
「これな、日程は指定してあるが、割と先の話だ。」
ザイランが依頼書の日付部分を指差す。
「あ、本当だ。二週間くらい先じゃない。」
という事は何かの催し物等、重要な予定が確定している可能性が高い。そうい
う場合、危険も比例するのよね。益々嫌な予感。
「ちなみに、高査官が持って来ただけあるのか、それなりの人物だぞ。」
うーん、見たくないな。正直断りたいが、やらないわけにもいかないんだろう
な。そう思いながら一応ザイランの指先を確認する。ネヴェライオの幹部。
ネヴェライオ!?五葉会の頂点じゃない。今までネヴェライオ相手の依頼は回
って来たことはない。ザイランが意図して回して来なかったのか、単純に司法
裁院が出してないのかは分からないけれど。
「やっかいね。」
その名前を目にして、思い浮かんだ内容から私は言葉を零した。
「警察局でも手が出しずらいところだからな。」
当の本人が言ってるのだからそうなのだろう。ネヴェライオ貿易総社は、五葉
会の中でも次ぐフルクナ商会すら足元に及ばない程の巨大組織だ。もともと貿
易を生業とする小さな組織だったらしい。当然、貿易品には法律上禁止されて
いる物も含まれているが、かなり巧妙なため警察局でも手を焼いていた。
そのうち利を活かしてか貿易警備や、他国製品の通信販売事業、旅行会社など
一般人が知らないところで深く生活に浸透した。ネヴェライオが無くなれば通
常生活に不便を感じる人も出てくるだろう。
私もネヴェライオが運営する各会社の黒い噂とかは聞いた事が無い。他の会社
同様、不祥事していた社員が居た、くらいの報道は見たことあるけど。
と考えれば司法裁院が何かしらの手掛かりを掴んだのだろう。
「ああそれと、断っても良いそうだ。」
「え?そうなの?」
随分と親切対応ね。ネヴェライオの重い名前とは打って変わって、仕事の方は
受けなくてもいいのね。
「期限は三日後だ。それまでに断らなければ受けたと見なす、だそうだ。」
こういうのは、即断った方がいい気がするのだけど。
「まあ、内容読んで考えてくれ。」
「分かったわ。」
まあ、読むだけならいいかと思い返事をした。断る事も出来るし。
「それとな、時間があるならこれも頼む。」
ザイランはそう言いながら、机の端にあった封筒から書類を出して見せる。封
筒が何時も郵送されて来る見た目だったから、もともと送る予定のものだった
のか。
「送ろうとしてたの?」
「ああ。その時に高査官が丁度来たんだ。」
私の確認にザイランが肯定する。
「こっちは普段の依頼と大差ない。」
つまり普段通りろくでもないわけね。
「家出少女監禁の前科がある奴だが、どうも出所した当日からまたやったらし
い。」
「何であっちはその情報持ってて、警察局は動いてないのよ。」
堂々と司法裁院と口にしたくないので、あっちと言っておく。しかしおかしな
話しよね。司法裁院が犯罪を直ぐに特定してるのに、警察局が気付かないなん
て。
「いちいち出所した奴を監視していたら人手が足りんだろう。市内の対応だけ
でも手一杯なのに。」
半ば呆れ混じりにザイランが言う。そう言われると。司法裁院は一度判決を下
してるわけだし、出所後の再犯を監視することも可能なわけだ。特定の人物に
絞られているのだから。
比べて警察局は日々起きる市内の対応に取られる時間が多いし、事件だけを追
っているわけでもない。ザイランのぼやきももっともだ。
「で、頼んでいいのか。」
「やるわよ。内容を知って、こんな屑放置なんて嫌だもの。」
「そうか、ではよろしく。」
ザイランはそう言うと、二つの封筒にそれぞれの依頼を入れ、私の方に置く。
一段落着いた私は、用意されていたチョコレートを食べる。普通。
「もう少し気を遣った物が欲しいわ。」
「お前な、贅沢言うなよ。」
出してやってるだけ在り難いと思え的な副音声が聞こえそうな、ザイランの不
平を聞きながら珈琲を飲む。不味い。
「呼ぶからには自腹切って用意してくれてもいいのに。あと次からこの珈琲は
やめて。」
珈琲が嫌いなわけじゃないのだけど、これは頂けない。ザイランの表情が一層
渋くなる。何時も思うが何故普段から眉間に皺を作っているのだろうか。
「俺がそこまでする義理は無いだろう。」
「気遣い。」
「うるさい、用件は終ったんだからもう帰っていいぞ。」
私の言葉が不服だったのか、蝿でも払う様に手を振りながらザイランは言った。
失礼ね。
「はいはい、帰りますよ。」
「あ、もうひとつ。」
部屋を出ようとした私に、何かを思い出したようにザイランが言ってくる。
「用は終わったので帰るのよ。」
止まらずに私は扉を開ける。
「待てって、悪かったから一つだけ聞かせろ。」
言いながら慌てて立ち上がるザイラン。悪かったと言いつつ命令口調に苛っと
するが、いちいち突っ込むのも飽きてきた。
「なに?」
ニグレースって名前か言葉に聞き覚えはあったりするか?
「知らないわ。」
何か事件の事だろうか。ついでに聞き込みの一環だろう、知っていれば幸いと。
聞いたことの無い言葉に、冷たく返事をしておく。
「そうか、どっかで聞くことがあったら教えてくれ。」
「そう。分かったわ。」

アイキナ市警察局を後にした私は、お店に戻ってから依頼書を確認する事にし
た。高査官から直接の依頼はまだ先だが、断るには三日の猶予しかない。もう
一つの方は、中身もろくに見ていないので帰ってから確認する必要がある。早
めに見ておかないと、司法裁院の無茶振りが紛れている可能性があるので。
嫌な予感は、電車の揺れで眠くなった私から意識ごと消えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

リンの異世界満喫ライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:582pt お気に入り:3,414

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,002pt お気に入り:33

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:667pt お気に入り:1,554

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:682pt お気に入り:137

魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:363

娘と二人、異世界に来たようです……頑張る母娘の異世界生活……ラブ少し!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,415

処理中です...