紅湖に浮かぶ月

紅雪

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紅湖に浮かぶ月4 -融解-

0章 不遇の名家

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内容説明
相変わらずの司法裁院の仕事に、不満を零しながらも受けるミリア。もともと
考慮していた新たな店舗展開を、リュティに打ち明ける。夢を見るのは自由だ
よねとの思いから。そんな中、沈静化したかに見える法皇国オーレンフィネア
で動く不穏に、グラドリア国執政統括であるリンハイアが動きだす。ミリアを
またも巻き込むために・・・





「人が形成する社会では、確固たる意志など形成されない。」


「ジジイ、鈍った?」
何時もの家の裏手で対峙する老人と少女。少女が息を切らせながら言った。
「歳を取れば誰でも衰えるものだ。」
老人の方は呼吸の乱れもなく平然と答える。
「ふーん。」
「そういう事は儂を捉えてから言うんだな。」
無感情に相槌を打った少女に、老人が挑発の言葉を投げる。少女は若干口を尖
らせると、その姿が霞んだ。
老人の右手に回り込み、少女は左手で右脇腹に突き、老人は右半身を後ろに捌
き突きの間合いから逃れると同時に左足を蹴り上げる。少女は軽く左に身体を
捌くと、老人の足を両手で掴み跳躍の加速に利用、同時に少女の右足の蹴り上
げが老人の顎に牙を剥く。老人は頭部を後ろに引き避ける、直ぐ様少女の右足
が踵落としに変化、老人は更に仰け反って回避、少女の左足の回し蹴りが続け
て放たれ追い縋る。老人は左手で少女の左足首を掴み、蹴り上げていた左足で
地面を踏み込みその勢いのまま放り投げる。
少女は両手足で四足獣の様に着地すると、老人との間合いを一足跳びで詰め、
鳩尾に右手で突き、老人は左手の掌で弾くと返す拳で裏拳を出す。少女は左手
で裏拳の腕を掴みながら軽く跳躍、その勢いで右足の跳び回し蹴りを老人の左
脇腹へ放つ。老人は咄嗟に左手を引いて少女を引き剥がす、同時に右拳の回し
打ちが空中で体勢を崩した少女を襲う。寸打が少女の腹部を打つと、吹き飛ん
で少女は地面を転がった。
「ごほっ・・・」
呼吸に詰まりながら少女は飛び起きる。全身土塗れの姿で老人を見据え荒い息
を整える。
「どうした、もう終わりか。」
「ジジイ、うざい。」
挑発する老人に少女は悪態を付くと地面を蹴る。直線で向かっていく少女を老
人の左突きが牽制、少女は両手で掴むと引き寄せるようにして左足の前蹴りを
放つ。老人は既に少女を持ち上げるように左手を引く。少女は直ぐに手を放し、
前蹴りに使った左足を踏み込みに変え、左肘を老人の鳩尾に突き上げる。老人
は右足を後ろに引くと、半身をずらして肘をやり過ごすと左肘の打ち下ろし、
少女は身体を回転させながら身を屈め肘を避けつつ、回転の勢いで左足の足払
いを引いた老人の右足に放つ。老人は右足を上げて避ける、勢いの止まらない
少女は右足の回し蹴りに移行、老人の右内太腿を狙う。老人は右足をそのまま
振り上げ避けつつ踵落とし、少女は懐に潜り老人の左内太腿に左膝蹴りを放つ。
老人の左手が少女の膝を受け止めると、少女は右手で老人の左手を掴み、右足
で老人の膝を踏み台にして跳躍、そこに老人の右手の鉤突きが追い縋る、少女
は老人の肩を掴むと身体を回転させ鉤突きを避けつつ右足の回し蹴りを老人の
後頭部に放つ。老人は前に踏み込み頭部を下げて回避しつつ、鉤突きを上方へ
の突きへ変化させる。頬に突きを受けた少女は一瞬浮くと、引力に引かれ落下
を始める。
視界が歪み世界が回る少女。地面に落下すると、視界の暗転とともに意識も消
えた。

「・・・またか。」
目を半開きにして、私はうんざりした声を出す。窓から射す朝日が眩しいので
はなく、見た夢に辟易して。
最近、たまに見るようになった過去の出来事は、はっきり言って悪夢としか言
いようがない。来る日も来る日も泥土に塗れ、痣と痛みが絶えることは無かっ
た。当時はその生活が普通で当たり前だと思っていた事が恐ろしいわ。
付近には数十人しか住んでいない村があるのみで、滅多に行くことも無かった
のだから外の情報と言っても、村にあるもの以上は分からない。その村ですら
時代遅れもいいところだったのだから笑えるわ。
私は寝台から起き上がると、台所に向かう。リュティが朝食の準備をしている。
何なんだろうなこいつは。そう思いながら冷蔵庫から水を出して飲む。
「あら、おはよう。」
と言ってリュティは何時もの微笑を向けてくる。
「ん、シャワー浴びてくる。」
私はそれだけ言うと浴室に向かう。熱めのシャワーを浴びていると、目が覚め
てくる。不機嫌な寝起きでリュティには態度が悪かった思うが、他人を気に出
来るほど寝起きがいいわけでもなく、出来た人間でもない。
リュティは朝食をほぼ毎朝用意してくれるのだが、私は食費を出しているわけ
ではない。冷蔵庫に在るものは勝手に使っていいと言ってはあるが、私は食材
を買うことがあまりない。つまりリュティが朝食代を賄っているようなものだ
けれど、一人も二人も変わらないからと言って受け取ろうとはしない。本人が
そう言うのだから、私に不満が在るわけもなく有り難く享受している。
浴室から出て台所に戻るとテーブルの上に朝食が既に並んでいた。最近はクロ
ワッサンにはまっているのか、もともと好きなのか不明だけれどよく出てくる。
私は好きだからいいのだけど。
もしかすると生地の甘味とこんがり焼けた表面のバターの香りがいいのだろう
か。リュティは甘いものを好んで食べるし。あと表面のサクサク感と中のしっ
とり感が、って私の好みね、それは。
レタスとトマトの簡易なサラダとコンソメスープ、目玉焼きにベーコンとオー
ソドックスだが私には手間なので毎回用意するリュティは凄いなと感心する。
もちろん感謝もしているのよ。
「嫌な夢でも見たのかしら。」
椅子に座ると既に向かいに座っていたリュティが聞いてきた。寝起きの私の態
度から察したのだろう、人の機微にもよく気が付くなと思う。
「ええ、また子供の頃のね。」
私はそれだけ言うとクロワッサンを手に取り囓る。
「そう。」
リュティもそう言ってサラダにフォークを刺して口に運んだ。何時もの態度で
何かを聞いてくる事もない。本人が嫌がっている事に、無理に触れようとはし
ないのはやはり気を回しているのかも知れない。私がコンソメスープを飲んだ
ところで、リュティが封筒を差し出してくる。
「そう言えば郵便受けに入っていたわよ。」
朝から見覚えのありすぎる封筒を出され辟易する。
「ありがと、後で見るわ。」
封筒を受けとるとテーブルの隅へ追いやって、朝食の続きを食べる事にする。
フォークでベーコンを口に入れ咀嚼しながら時計を確認すると、時間は九時半。
開店前に内容を確認する時間は在りそうだった。
点いていたテレビに意識を向けると、日々さして変わらない報道が流れている。
殺人に窃盗、汚職に性犯罪と毎日のように聞くが、私の回りもそうだが大概の
人は無関係の生活を送っている。その中でロググリス領とナベンスク領の国境
で小競り合いが始まったと聞いて嫌な気分になる。
(そう言えば、ゲハートにそのうち連絡しないとな。)
モッカルイア領主に言いたい事があるのを思い出す。最近それどころじゃなか
ったから頭の隅に追いやっていたわ。報道はグラドリア国とバノッバネフ皇国
との国境問題に移っていた。あそこは度々小競り合いが起きている。同盟国で
あるから国の報道官は、現地の住民の諍いで国家間の問題ではないと毎回対応
しているのは、面倒そう。
(ユリファラはバノッバネフ皇国に行っていたわね。リンハイアの指示だろう
から、何かありそうね。)
そう思うと今の報道にはいい予感はしない。何故ならユリファラは執務諜員な
のだから、動かしているのは執政統括であるリンハイアという事になる。その
リンハイアが絡んでいるのだから、良い予感なんてする筈もない。
「ご馳走さま。」
食べ終わった私は食器を片付けようとするが、リュティがやると言うので任せ
て、私は封筒の中身を確認する事にした。何時も通りの【危険人物特別措置依
頼】と書かれた用紙が入っていて、それを見ると最近は面倒というかうんざり
というか、そんな気分になる。
私生活が充実しているのだろうか?分からないが、司法裁院の仕事を放りだす
わけにもいかない。ウェレスの件で振り込まれていた報酬は二百二十万だった。
表の司法裁院から受けた支払命令は三百六十七万だから、余裕で足りない。他
の依頼と合わせてもまだ足りないので、あと少しで補填が出来そうといったと
ころだ。
定期の薬莢記述も今は一件あるが、いつ切られても不思議ではないし、アクセ
サリーだけの売り上げでは維持が難しい。そう考えると司法裁院の依頼を外す
のは得策ではないわね。定期の記述依頼が安定しない限りは、司法裁院は切れ
ないって事ね。
(しょうがない、依頼書を確認するか。)
考えても仕方がない、今はこれしか無いのだから。
名前はタランフォス・アンナ、十九歳。随分若いわね。服役経験二回。うげっ。
この歳で二回も刑務所に入っているのか。窃盗でもしたのかと思うが、司法裁
院がそんな軽罪の人物を指定してくるとは思えない。続きを見ると幼小児の解
剖、殺害合わせて六件。色々突っ込みたいが、困惑して考えが纏まらない。初
犯が六歳って、一体どんな人生歩んだらこうなるんだ。
最初に手をかけたのは一歳の次女で、続いて三歳の長男!自分の弟と妹を解剖
したのか。しかも六歳で?何でそんな事になるのか想像も付かない。
六歳といえば私は既にジジイに地面を転がされていたわ。いや、やめよ、夢の
せいで嫌な事思い出した。
三年間の保護観察と更正教育を受け、更に三年の更正教育を継続。大人しく周
りにも馴染み、真面目に生活していたので六年で構成教育を打ち切ったが、両
親が引き取りを拒否したため通常の施設に入る。それから直ぐに犯行に及ぶ。
猫を被っていただけか。
六歳男児を強姦、挿れたまま陰部を切断してそのまま解剖・・・嫌になってき
た。残りの三人も六歳以下の男女で似たような内容だ。最初の犯行から逮捕さ
れるまで半年程。十三歳で服役して先週出所したばかり。
(司法裁院も手回しのいいことで。)
それより、こんな奴関わりたくないな。出来れば私の知らない世界の住人とは
なるべく関わり合いになりたくないもの。人は理解出来ない範囲は大抵拒絶す
るものなのよ。と思うが選り好みもしていられないので日程を確認すると、依
頼書をくしゃっと丸めて投げ捨てた。
死ね。
滅べ。
阿呆裁院。
「さ、開店の時間ね。」
「そうね。」
私は笑顔で椅子から立ち上がり言うと、食器を洗い終わったリュティが苦笑し
て相槌を打った。



日射しも入らない地下室で一人の女性が椅子に拘束されている。照明は点いて
いるが地下で混凝土の壁が剥き出しの所為か室内は薄暗い。室内の換気をする
ために動いている換気扇の音が遠く聞こえ、それ以外は重い空気と静寂に包ま
れている。
拘束されている女性は下着姿で、身体のいたる所に火傷や裂傷、痣が浮かび血
に塗れ、白い肌の面積の方が少なくなっている。女性は口を引き結ぶと、口の
端を伝った乾いた血がひび割れる。
傍らでは男性が手足を拘束されて、下着のみで転がされている。金髪は血に染
まり斑模様となり、碧眼は片方が失われ黒い眼窩から血の涙を流している。手
足の爪は引き剥がされ、幾本かは切断されていた。男性も同様に火傷と裂傷に
痣と見るに耐えない姿をしていた。
「やはりマールリザンシュの言った通りかよ。」
二人に辟易した眼差しを向け、老女が吐き捨てる。
「アーリゲル卿、これ以上は生死に関わります。」
老女、アーリゲルの後ろに控えていた背広姿の男が言った。
「分かっとるがよ。ラーンデルトは死んでも構わんが、ユーアマリウが死んで
は水泡よ。ヴァールハイア家の生き残りはこやつしかおらんからよ。」
アーリゲルはそう言うと、ユーアマリウに愉悦に歪んだ目を向ける。ユーアマ
リウはその目を正面から見返すが、その瞳は怒りも悲しみも憎悪もなく、高潔
で揺らぎすら見せない。
「言った筈です。例えラーンデルト卿が殺されようと、私が拷問や辱しめを受
けようと、決して余人に口伝を語る事はありません。」
アーリゲルに真っ直ぐに向けた目を変える事なく、ユーアマリウが言った。ア
ーリゲルはそれを可笑しそうに見返す。手に持った杖でユーアマリウの顎先に
先端を付けると、顎を軽くあげる。
「現状じゃぁお主の言う通りだろうよ。」
アーリゲルは杖を離すとユーアマリウに背を向け、部屋の入口付近に据え付け
られている椅子に向かう。椅子に座ると横に在る机に肘を付き、再びユーアマ
リウに目を向ける。
「こんな事が許されると思っているのか!」
そこへラーンデルトが苦痛に顔を歪めながら怒声を上げる。
「小僧は黙っておれよ。」
アーリゲルは控えている男に顎で合図をする。男はラーンデルトに近付くと腹
部に革靴をめり込ませた。
「っぐ・・・」
苦鳴を上げてラーンデルトは身体を折り曲げるが、後ろ手に縛られた手と、足
首と膝も縛られているため芋虫の様にもがく事しか出来ない。呻く口からは鮮
血が垂れ頬を伝って床に滴る。
「今話し中じゃ、後にせいよ。」
辟易したように見下ろしながら言ったアーリゲルを、ラーンデルトは睨み付け
るが唇を噛んで声を出す事を堪えた。罵詈雑言を浴びせたい怒りを押さえて。
ヴァールハイア家の女性が、二十歳という若さでありながら毅然としてしてい
る。感情を出さず、嘆く事も乞う事もなく清廉な瞳をアーリゲルに向けている。
その態度がラーンデルトを押さえたのかもしれない。
「そこで実験じゃよ。お主が示す意志は曲がるのかどうかのよ。」
アーリゲルは口の端を吊り上げて笑んだ。
「間もなく最初の友人が到着する予定です。本日は十人程の予定となっており
ます。」
男の報告にアーリゲルは頷く。
「ちと多かったかよ。あまり多くては目立つからよ。」
「はい、次からは半分くらいにします。」
アーリゲルは男に頷くと、ユーアマリウに視線を戻す。
「何を企んでいるかは分かりませんが、いくら脅したところで結果は変わりま
せん。」
ユーアマリウも引くことなく対峙する。アーリゲルはそれを愉快そうに眺めた。
そこで部屋の扉が 叩かれ背広姿の男と、その男に連れられ二人の男女が部屋の
中に入れられる。
「なっ・・・」
「ひっ・・・」
二人は部屋に入れられると室内を見渡し、ラーンデルトとユーアマリウの姿が
目に入ると悲鳴を発し、口を開いたまま硬直する。何が起こっていて、自分た
ちが何故此処に連れられてきたのかも分からずに。
ユーアマリウは二人を見ると、アーリゲルに目線を戻す。その瞳に動揺も怒り
も困惑すら見せずに。
「なんなんだ、これは・・・」
「ユーアマリウ、どうしてそんな姿に・・・」
二人が困惑と恐怖から、辛うじて疑問を洩らす。
「まずは近しい学友からよ。」
アーリゲルはそう言うと、口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「無駄だと言っているのです。二人を帰してください。」
「それじゃ実験にならんがよ。それに無駄かどうかの判断はお主がする事では
ないがよ。」
アーリゲルは愉快そうに目を細め、ユーアマリウを嘲笑するように言った。
「おい!これはなんなんだ、説明しろ!」
連れられて来た男性が痺れを切らして言った。何の説明もなく立たされ、無視
して会話をするアーリゲルとユーアマリウに対して。腹立たしさから交互にア
ーリゲルとユーアマリウを睨み付ける男性にの腕に、女性は明らかに恐怖を浮
かべしがみついている。
「ん?あぁ悪かったよ。お主らには協力してもらおうと思って招いたわけよ。」
「こんな非人道的な事に協力しろって言うのか!?」
男性はラーンデルトとユーアマリウを指差して怒鳴った。その怒声にしがみ付
いている女性が怯えるように目を瞑る。
「お主らは見てるだけでいいがよ。ユーアマリウがいつ聞きたい事を言うか分
からんがよ。」
アーリゲルは二人に言うと、つまらなそうな視線をユーアマリウに向ける。ラ
ーンデルトを拷問した時にも揺らぐ事の無かった瞳は変わらず向けられている。
故にこの二人では効果が無さそうだという思いから。
「おいユーアマリウ!」
連れて来られた男性が呼び掛けると、ユーアマリウは男性に目を向ける。
「そんなになってまで言えない事なのかよ?お前死にそうじゃねぇか。死んで
まで守る必要のあるもんなのか?」
「ごめんなさい、その通りです。私の命よりも遥かに重い事なのです。」
ユーアマリウは頷くとはっきりと言った。その毅然とした瞳と態度に男性はた
じろぐ。大学では見たことのないユーアマリウの態度に。
「だとよ。残念だがよ、後が支えてるからお主らは時間切れよ。」
アーリゲルはそう言うと杖を振り合図する。部屋に待機していた背広姿の男二
人が銃を抜くと、連れてきた男女の頭に銃口を突き付ける。
「い、いや・・・」
「おい、どういう、事だ?・・・」
突然の事に身体を硬直させ、二人は現実の拒絶と疑問を洩らす。
「単純なのでよ、隅でやっとけよ。絶望って奴をよ。」
アーリゲルは下卑た笑みを浮かべて背広の男たちに指示する。
「やめてくださいアーリゲル卿。無駄な事は止めて彼らを帰してください。」
「言った筈よ、無駄かどうか判断するのはお主ではないがよ。」
「うあああぁぁぁぁっ!」
その直後、銃声と共に絶叫が室内の空気を震わせ響く。男性は左の脹ら脛を押
さえて床を転がった。脹ら脛は銃で撃たれた箇所から赤黒い体液を流し、押さ
えている男性の手も同じ色に染めていく。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
「やめろぉっ!」
同時に男性が撃たれ血を流している光景に、顔を蒼白にしていた女性の服が強
引な力によって引き千切られる。男性は左手を伸ばし女性を襲う背広姿の男に
手を伸ばすが再び銃声。
「ぐあうっ・・・」
銃弾は男性の伸ばした左手の掌を貫通し、血を飛沫かせる。背広姿の男は男性
の顔を床に押し付けて伏せると、銃口を頭に押し付けた。目の前で蹂躙され、
泣き叫ぶ彼女の姿を見せ付けられると、突然訪れた理不尽な状況に涙が溢れだ
す。激痛の中、憎悪が爆発的に膨らむが、目の前で背広姿の男が彼女の陰部に
男根を突き入れていても、床に押し付けれた顔からは涎と涙が垂れるだけで何
も出来ない。押さえ付けている暴力に抗う事も出来ない。
男性は元凶であろうユーアマリウに、憎悪の視線を向けるがユーアマリウはア
ーリゲルと睨みあうだけで男女の方は見てもいなかった。その態度に視界が赤
くなるほど怒りが込み上げてくる。
「ユーアマリウっっ!!!」
男性はありったけの怒声を発した。その呼びかけにユーアマリウが振り向く。
「なんでてめぇの所為で俺らがこんな目に遇わなきゃならねぇんだっ!てめぇ
が犯されろっ!てめぇが殺されろっ!実は仲間なんだろお前らっ!聞いてんの
かよっ!!」
口角から泡を飛ばしながら男性は喚くが、ユーアマリウの瞳は何一つ揺らぎは
しなかった。
状況から察すればユーアマリウから何かを聞き出す為に本人が拷問されていた。
だがいくら拷問しようと本人が喋らないから、自分達が利用されたんだろうと
男性は考えた。激痛と憎悪、無理矢理され泣き叫ぶ彼女とでユーアマリウに激
情をぶつけたが、ユーアマリウの瞳を見たら沸き上がっていた憤怒が消えてい
くのを感じた。だが入れ替わりで沸き上がって来た恐怖に、現状と自分の末路
を考えさせられる結果となり、男性の顔は蒼白となって目は虚ろに床を見るこ
としか出来なくなった。彼女の嫌がる悲鳴すら何処か遠くで聞こえる他人事の
気さえしていた。
自分達が痛め付けられようが、追い詰められようが、殺されようがユーアマリ
ウの意志は変わらないだろう。あの瞳はそう語っているのだと、男性は悟ると
虚ろな目からただ涙だけが流れ続けた。助けを叫ぶ彼女の声も既に、男性には
届いていなかった。
「呆気ないものよ。」
アーリゲルはつまらなそうに呟く。
「彼らを帰してください。」
「ふん、聞けぬ話しよ。そもそも今止めを刺したのはお主だろうがよ。」
アーリゲルが鼻を鳴らし下卑た笑みで吐き捨てた。
「何と言われようと私の意思は変わりません。彼等を解放して終わりにして下
さい。」
「ふん、水掛け論にしかならんがよ。」
アーリゲルがユーアマリウ言葉をあしらったところで、扉が叩かれまた背広姿
の男が部屋に入ってくる。連れられて一人の三十代半ばの女性が、強引に部屋
に放り込まれるように入れられる。
「こ・・・れは・・・」
部屋に入るなりその光景に女性は絶句し、言葉が続かなかった。
「これは先生、よく来たがよ。」
アーリゲルは下卑た笑みで女性に言った。
「お宅の生徒が強情でよ、説得してみるかよ?」
と続けた。
「どういう事ですかこれは!?こんな事をして警察が黙っているわけがないで
しょう!」
女教師は拘束されるユーアマリウと床に転がる男性、背広姿の男に血を流しな
がら押さえつけられる男性、無理矢理される女性を横目で確認しながら声を大
きくして言った。その態度を見てアーリゲルは愉快そうに嗤う。
「何が可笑しいんですか!今すぐ彼らを解放しなさい!」
女教師はその嗤いに馬鹿にされている感じがして、アーリゲルに向かい怒鳴っ
た。
「なかなか気丈な先生よ、ユーアマリウが話せば直ぐにでも全員解放するがよ
。」
アーリゲルは細めた目をユーアマリウに向け、様子を伺うが瞳は一切揺らぎは
見せなかった。
「一体何の話ですか!?」
「それは言えんよ、取り敢えずユーアマリウが話せばいいだけの事だからよ。」
アーリゲルが言った後、更に扉から背広姿の男が入り、気弱そうな青年が引き
連れられて来た。女教師はその青年を見て気付くと、アーリゲルを睨み付けて
疑問を口にする。
「うちの生徒ばかり何故・・・」
「しょうがなかろうよ、身近で手っ取り早いのがそこだからよ。」
アーリゲルが面倒そうに答えると、女教師は怒りで目を吊り上げる。
「どちらにしろ許される事ではありません!警察に連絡します!」
女教師はそう言うと鞄から小型端末を取り出す。が、銃声と共に小型端末は弾
かれ乾いた音を立て床に落ちた。銃撃と落下の衝撃で砕けた小型端末は明らか
に使い物にならない状態だった。女教師は小型端末を撃たれた事よりも、銃で
撃たれるという事実に驚き硬直する。
「別に警察に言うのはいいがよ、アーリゲル・フォーベルン相手には迂闊に動
いたりはせんよ。」
女教師はそれを聞くと恐ろしいものを見るような目で、アーリゲルを見た。目
を見開き、困惑とともに瞳は驚愕と嫌悪と不信が入り乱れる。
「なん、て、こと・・・」
女教師は両手を下げ、先程までの威勢も無くなりその場に立ち尽くした。フォ
ーベルンと言えば中央政府の推進派で、その中でも古参の名家だ。しかも現当
主でアーリゲルは推進派の中でも権力が強い。その事実は女教師にとって抗う
事への意思が挫けるのに十分な理由だった。
アーリゲルは冷めた視線を女教師に投げると、顎で連れてきた背広姿の男に合
図を送る。
「つまらん事よ。」
女教師は背広姿の男に抵抗をすることもなく、足払いを掛けられ床に受け身も
取れずに倒れた。
「やめろっ!」
それに怒りの声を上げたのが、女教師の後に連れられて来た大人しそうな青年
だった。青年は怒りに顔を紅潮させ、アーリゲルと背広姿の男を交互に睨み付
ける。その青年を連れてきた男は、青年の頭に銃口を押し付けて無言の圧力を
掛ける。
「小僧はこの先生が憧れの対象よ。」
その言葉に女教師が、青年に困惑した目を向ける。アーリゲルの言葉と女教師
の視線に青年は更に顔を赤くした。女教師への暴力と隠してきた想いを、本人
を目の前に暴露された事への怒りと羞恥で。
「ほれ、今ならやりたい放題、好きにせいよ。」
下卑た笑みを向けて言うアーリゲルに、青年は我を忘れて飛び掛かる。その青
年の後頭部を男の銃床が打ち据え、青年は衝撃でよろめいて顔面から床に激突
する。鼻から床に激突した事により、青年の鼻から赤い筋を描いて体液が垂れ
顎から滴った。
「遠慮するならほれ、その男が蹂躙するまでよ。」
アーリゲルの挑発に青年は睨み付ける。
「いやぁっあぶっ。」
直後に聞こえた布が破れる音と悲鳴、青年が悲鳴に反応するように振り向くと
女教師のシャツが背広姿の男に引き千切られたところだった。悲鳴を上げた女
教師は、煩いと言わんばかりに男に頬を殴られ、口の端から出た血が赤い筋を
描く。
「おまえぇぇぇっ!」
青年は飛び起きながら男に向かうが、背中を銃床で殴打されその場に突っ伏す。
目の前では女教師のスカートが捲られ足を広げられる。
「あああぁぁぁぁぁっ!」
青年は目から涙を流しながらもがくが男の呪縛からは逃れられない。
「やめなさい。これ以上何をしても無駄だと言っているでしょう。」
ユーアマリウが制止を呼び掛けるも、アーリゲルは一瞥しただけで笑みを浮か
べた。ユーアマリウの瞳に変化が無いことを確認すると、口を歪めて醜悪な笑
みに変化する。
「勝手に喚いておれよ。今日はまだ前座でしかないからよ。」
青年を見ると泣きながら、虚ろな瞳で弱々しい笑みを浮かべている。目の前で
は女教師の下着が剥がされ、男が自分の男根を挿れようとしていた。
「お前らに蹂躙される、くらいなら、僕が。」
青年がそう言うと拘束解かれた。青年は這いずって女教師に近付くと、その露
になった太腿を両手で掴み広げ恥部を露わにさせる。
「や、やめて・・・」
女教師が懇願の目を向けて言うと、青年の顔が醜く歪んだ。
「こいつらには逆らわないくせに、僕には言うのかっ!」
青年は叫ぶと右拳を女教師の腹部に振り下ろした。
「ぶぐっ。」
くぐもった呻き声を上げて女教師の身体が跳ねる。青年はその姿を見て愉悦を
瞳に浮かべると、鼻血が混じった涎を垂らしながら笑みを浮かべ、自分の男根
を出して無理矢理女教師に捻込んだ。
「いっやぁぁぁっ!」
痛みと拒絶から女教師が絶叫する。その光景をアーリゲルはつまらそうに眺め
ていた。
「次はまだかよ。」
そう呟いて扉の方に目を向けると、丁度扉が叩かれ開いた。

部屋の中を換気しきれない異臭と、所狭しと並んだ死体が満たす。十体の死体
を眺めアーリゲルは顔を顰めた。
「やはり此の部屋に十体は多かったかよ。」
辟易しながら吐き捨てる。
「首以外は処分しておけよ。」
背広姿の男たちは頷くと直ぐに処理に動き始める。
「また明日来るでよ。」
十人もの人が死ぬまでの間、結局ユーアマリウの瞳は揺らぎもしなかった。何
処まで鋼の精神を持っているんだとアーリゲルはうんざりする。部屋を出る時
ユーアマリウをもう一度見ると、瞳が持つ意志は変わらないものの、目から一
筋の涙が流れる落ちるのが見えた。それを目にしたアーリゲルは、口の両端を
吊り上げ愉快そうに笑んだ。
「明日からが楽しみよ。」
それだけ言うとアーリゲルは異臭漂う部屋を後にした。ユーアマリウはその扉
を暫く見据える。その瞳は一切変わる事は無かったが涙が伝った事には、アー
リゲル以外の本人すら気付いてはいなかった。
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